第12話
会計を済ませ、表に出た時、電話が鳴った。美幸からだ。
『もしもし』
『久しぶり、覚えてる?』
『ああ、しっかりとね』
『東京に行ってるんだって?西山さんに聞いたよ』
『ちょっと野暮用で。どうしたの?』
『いつ戻ってくるの?』
『明日帰るよ』
『ねぇ。デートしない?』
『は?』
『は?って何よ。彼女でもできたわけ?』
『いるわけないでしょ。別にいいけど、どういう風の吹き回し?』
『私が誘っちゃいけないわけ?どうせ暇なんだし』
『決めつけるなよ』
『明後日の午後2時に鶴見岳の頂上で待ってるね』
雅夫は一瞬考えた。
『鶴見岳って別府の?』
『他にないでしょ』
デートに誘っておきながら、何故か冷たい美幸の対応。
『なんか怪しいなぁ』
『じゃあね』
『あぁ』
電話を切っても、イマイチ納得いかない様子の雅夫に、
『先輩、どうしたの?』
律子が聞く。
『いや、何でもない。大丈夫』
『今日はありがとうね』
『いえいえ、久しぶりだったし、楽しかったよ』
『じゃあ、帰るね』
『うん、気をつけてね』
『おやすみなさい』
『おやすみ』
雅夫はホテルに戻り、律子は自宅に帰っていった。
『よし、準備OK。麗奈、明後日には会えるよ。運命の人に』
『ありがとう。その、鶴…なんとかって何?』
『鶴見岳ね。麗奈、写真もう一度見せて』
定期入れから写真を取り出した。
『大下君と麗奈のお母さんが写真を撮った場所、ほら』
美幸が指差した所に鶴見岳の石碑が建っている。
『ここで麗奈と大下君が会えばいいかなぁって思ってね』
『まーくんとお母さんとの思い出の場所で会うのかぁ…』
『有給まで取って、お母さんに会いに東京行くなんてどうしたんだろう?』
『まーくんって休みとらない人なの?』
『前に聞いたことがあるんだけど、有給が溜まりすぎて会社と喧嘩したことがあるんだって。自分の置かれてる立場じゃ、休みたくても休めないってのが正直なとこみたいだけどね』
『ふーん』
『何かを予感したのかも』
『お母さんのこと?』
『多分ね。大下君ってそういう所は妙に感が鋭いっていうか…ずっと思い続けてる人のことだから、当然っていやぁ当然だね』
『そこまでお母さんのことを…私、自信無くなっちゃったなぁ』
麗奈の顔が曇ってきた。
『大丈夫よ。お母さんがいなくなった今、大下君の凍りついた心を溶かすのは麗奈しかいないんだから』
美幸が麗奈の手を握った。
『うん、ありがとう』
その時、
ピンポーン
『はーい』
インターホンの画面に映ったのは智美だった。
『あんた、どうしたのよ』
『話はあとあと。早く開けてよ』
美幸が入口の自動ドアを開け、しばらくして美幸の部屋の玄関が開いた
『智美ぃ!』
『麗奈、私も来ちゃった』
『来ちゃったってあんた…』
『モデルのロケでこっちに来たの。あっ私、読者モデルから専属に変わったから』
『うそ〜っ、おめでとう』
麗奈は久々の智美との再開に瞳を輝かせてる。一方、美幸は不安と呆れが半々といった顔をしている。
『学校はどうすんのよ。第一、お姉ちゃん達は何て言ってんの?』
『今回は特別。卒業するまでは、学業に支障のないようにしてくれるって。だから親もOKだよ』
『ならいいけど。留年しないように、ちゃんと勉強するのよ』
『はいはい。美幸姉ちゃん、うちの両親より厳しいんだもんなぁ』
『愛のムチよ。智美と麗奈は私のかわいい妹だからね』
『麗奈、ところで進展あったの?』
麗奈は智美に今までのいきさつを話した。
『美幸姉ちゃんの元カレが麗奈のお母さんの元カレで…へぇー、思わぬ所でつながりがあったんだね』
『私1人じゃ途方に暮れてたかも』
『やっぱり、麗奈の言うとおり運命の人なのかな?』
『ね、言ったでしょ。私の思い続けた気持ちは無駄じゃなかったってことね』
『あっ、私行かなきゃ』
時計を見た智美が立ち上がった。
『どこ行くの?』
『無理言ってここに寄せてもらったの。スタッフと一緒にホテルに泊まらなきゃいけないから』
『智美、頑張ってね』
『麗奈もね』
『気をつけてね』
『美幸姉ちゃん、また来るね』
智美は部屋を出て行った。
『智美に会って俄然元気になったね』
『うん!智美も頑張ってるんだもん。私も頑張んなきゃ』
『あんた達はそんじょそこらの姉妹より姉妹らしいよね』
『長い付き合いですから』
『そりゃそうだ』
美幸の言葉に、船の汽笛も納得するかのように鳴っていた。