第11話
『舞ちゃん先輩、いないのかなぁ』
律子が雅夫に話しかけた。
『うん、いればあの場に出てくるはずだもんな…』
30分くらいして、後小路が現れた。
『あ、すみません』
『こちらこそ、突然お邪魔しちゃって』
『舞のことなんですが…実は私達、結婚はしてないんです』
『どういうことですか?』
『舞が妊娠して、結婚するつもりで、全て用意を済ませてたんです。式の前日になって、彼女が一方的に断ってきまして。養育費も慰謝料も認知もいらない。自分1人で育てると言って、姿を消して…それ以来どこで何をしてるか…』
『そうですか…てことは、入籍もまだ?』
『はい。式を終えて入籍するつもりでしたから。親兄弟、親戚からは一族の笑い者だと批難され、今も絶縁状態なんですよ』
『……』
返事に困る雅夫と律子。
『ま、今では笑い話ですけどね。もしかして、舞と同じ吹奏楽部の方ですか?』
『はい』
『いつも話をしてましたよ。あの頃に戻りたいって口癖のように言ってました』
後小路は懐かしんで話していた。
『そうなんですか…わかりました。どうもありがとうございました。あの、後小路さん、余計な事かもしれませんが、ご両親にはきちんと話されたほうがいいと思います。本心で批難されてる訳じゃないと思いますから』
『ええ…そうですね。今度、話しに行ってみます。今日はすいません、せっかく来て戴いたのにお役にたてなくて。あっ、あの…』
『はい』
『もし、舞に会ったら、こっちは元気でやってるから気にするなって伝えてください』
雅夫と律子は、後小路に会釈をして店を出た。
『先輩、舞ちゃん先輩はシングルマザーで頑張ってたんだね』
『そうだな、何も苦労を買って出ることないのに…』
『あの後小路って人、体型こそ違うけど先輩に似てるような感じがしたよ』
『オレって、あんな感じなの?』
『うん、優しさがにじみ出てるっていうか…舞ちゃん先輩は先輩に似てる人を探して、子供を産みたかったんじゃないかな』
『女性って子供を産む時ってそうに考えるの?』
『私はそう思うよ。好きな人が近くにいないなら、似た人を探して子供を産めば、その人のことを想いながら育てられるじゃん』
『じゃんって言われても…もし、りっちゃんが同じ立場なら舞ちゃんと同じことする?』
『私にはできないな。女手一人で子供を育てるって並大抵のことじゃないもん。舞ちゃん先輩はかなりの覚悟をして決断したんだよ』
雅夫は、もっと早く舞を探せばよかったと後悔した。たとえ、自分と舞との子供でなくても、一緒に暮らしていければお互いが幸せだったのにと。
『そういえば先輩、コンタクトに変えたんだ』
『まぁね、イメチェンだよ』
2人は電車に乗って、新宿に戻った。
『先輩、これからどうするの?』
『明日、向こうに帰るよ』
『じゃあ、今晩は久々に飲みに行く?』
『そうしますか』
ホテル近くのこじゃれた居酒屋に行った。
『カンパーイ』
『りっちゃんって結婚してたよね』
『離婚したよ』
『いつ?』
『結婚してから2年で終わったの』
『ごめん。変なこと聞いてしまって』
『ううん、都会の男は私に合わなかっただけ』
『地元に帰ってくればいいのに』
『男は合わないけど、土地と仕事は合ってるから当分はこっちにいるわ』
『制服姿のりっちゃん、格好良かったよ』
『そう?惚れた?』
『惚れたって誰が誰に?』
『そうよね〜。先輩の頭の中は、舞ちゃん先輩で一杯だもんね〜』
『それは昔も今も変わんないよ』
『鈍感っ』
律子は小声で吐き捨てるように言った。
『ん?何か言った?』
『ううん、独り言。ところでさ、唯姉ちゃんが言ってた住んでる世界が違うってどういうこと?』
『舞ちゃんちって、お父さんが証券会社の重役で、それに比べウチはダンプの運ちゃん。住む世界が違うって言われたら何も言えないよ』
『そんなことを言うお母さんには見えなかったよ』
『うん、お母さんにはよくしてもらっただけにショックだった』
『辛いね』
『そういえば、唯姉ちゃんってどこにいるのかなぁ』
『あれ、先輩知らないの?うちらがいた高校で先生やってるよ。しかもブラバンの顧問も』
『そうなの?全然知らなかった。学校に行けば会えるんだ』
『まさに灯台元暗しだね』
『言えてる。そうそう、りっちゃんと健四郎って付き合ってたの?』
『付き合ったってほどのもんじゃないよ。3ヶ月も続かなかったし』
『りっちゃんってそういう趣味だったんだ』
『健四郎先輩が余りにもしつこいから、ボランティアみたいなもんだよ。あっ、言っとくけど、キスも何もしてないからね』
『聞いちゃあいねぇよ』
『今はあの夫婦とメル友だし。私がほんとに好きだったのは…』
『誰?』
『さぁて、明日も仕事だし、そろそろ帰ろっか?』
『誰なんだよ』
『ご馳走さまでした』
『おーいっ』
律子はそそくさと店を出ていった。