とある、転生者多すぎ問題
いわゆる「転生者」「異世界人」は、年々増加した。
始まりは、ある侯爵領に突然現れた少女。言葉はかろうじて話せるようだが、奇妙な布の服に、切り揃えられた髪は異様。あまりもの『常識』の無さに、領民たちは「何らかのショックでおかしくなった可哀想な娘」として同情して世話をした。
半年後、とある伯爵領に中年の男性が現れる。少女の噂を聞いていた伯爵は、男性と直接面会して驚いた。
男性は、この世界にはない『常識』を持っていたが、それ以上に知識が豊富だった。毎年の流行病の季節に現れた男性は、手洗いや塩水でのうがいを推奨した。半信半疑で信じた領民たちだが、その年は流行病にかかる人数が減った。
それから三ヶ月後に現れた妙齢の女性は、世話をしてくれる子爵領で見たこともない料理を振る舞った。子爵領は、その料理を食べに来る王国民で賑わった。
一ヶ月後には、木材で家を建てる技術を持った青年。半月後には、老人のお世話が得意な中年女性。
今では日を置かず、どこかの領地に転生者が現れるようになった。
転生者が現れた領地は、その知識から何かしらの恩恵を受ける。欲深い領主などは、毎日、転生者が落ちていないか領地を隅々まで見回らせた。
人々は、転生者は頭が良く、知識が豊富で、しかも秩序を守る良人と認識した。
転生者のおかげで、王国は今までにない発展を遂げるだろう……誰もが、そう信じて疑わなかった。
流れが変わったのは、とある少女が発した言葉だった。
「そのウサギちゃん、食べちゃうの?! 信じられない!」
十歳にも満たない、歌の上手いその少女の言葉に、領主である男爵は困惑した。
「でも、これは大切な栄養源なんだよ」
説得する男爵の言葉など一切聞かず、前世でウサギをペットにしていたという少女は泣き喚き、取り乱した。
これが発端だった。
秩序を守る仕事に就いていたという青年は、「右側を通行すれば事故は減る」と主張し出した。
農業を営んだという壮年の男性は、「作り過ぎると価格が下落する」と減反を主張した。
元教師は言う。「子どもはシッターではなく、自らの手で育てよ」
元政治家はいう。「そもそも、身分制度がおかしい」と……。
謙虚で人当たりの良い転生者たちが、その笑顔の裏に持っていた不満に、王国民は驚愕した。
集団になると一気に本音を言う転生者に対して、王国民は戸惑った。
その戸惑いを感じた転生者たちは、どんどんと意見を主張する。
流暢に話をする中年女性が言い出した。
「この王国の女性はおかしい。今すぐ、健康に悪いコルセットを外し、男性と同じ立場で働き地位を得なさい」
王国は「王国民」と「転生者」とが対立する事態となった。
王国民は、転生者の知識には感謝していた。
ただ、王国の言葉を拒否し、自分たちの『常識』を押し付け、敬ってならない国王を頂点とした身分制度を否定する声が大きくなると、王国民も不快さを感じざるを得ない。王国民の転生者を見る目が変わっていく。
王国が、転生者への扱いに困りきっていた時。
とある侯爵家が、転生者の独立国家の樹立を宣言した。この侯爵は、以前から転生者の知識を欲しがっていた。
苦肉の策……国王は、侯爵領地を転生者の独立国家として認めた。転生者たちは、嬉々として「新国家」に移住した。
国王と新国家との条約。
それは、年に一度の話し合いで決めることとなった。王国としても、転生者の知識は欲しい。転生者側としては、十分な食料や資材を王国から受け取るために、知識を「使用料」として請求したい……。
両者の企みは、意外と平和に一致した。
新国家が樹立した、初の会合。宴会の場に出された生の魚に、王国側は驚愕した。嫌がらせとも判断がつかないまま、理解に苦しむ時間が過ぎた。
木造の家屋、いちいち靴を脱ぐ文化、聞いたことのない言語、男性と同じように酒を飲む女性……。
「ならば、転生者を滅ぼしてしまえばよい」
ある日、辺境伯が戦を仕掛けた。
科学者だった転生者は、身近なもの、例えば小麦粉などで迎撃した。火薬のない、この世界。粉塵爆発に驚いた王国民たちは、転生者たちに刃向かうのを諦めた。
そうして一世紀。
王国と新国家は、適度に距離を保って平和に過ごしていた。
穀物に新たに病気が見つかった時、新国家はその知識を惜しげもなく教授して王国を飢饉から救った。
王国は、人口が爆発的に増えた新国家に対して、食糧などの提供を率先して行った。
王国と新国家には、一応国境がある。
しかし、元といえば隣り合う領地。その近さに、二世三世として生まれた転生者たちは、王国民との交流を望んだ。
若者の希望とは裏腹に、新国家を立ち上げた転生者たちは行き詰まりを感じていた。
制度を作り、文化や言葉を再生し、傍目に見れば順調に進んでいたはずだった。
週末の会合。いつも通り、前世の国歌を歌い終えた転生者は皆、浮かない表情を浮かべている。
「一通り、制度は揃った。が、そうなるとやっぱり文明が恋しくなる」
画家だった男が発言する。
「そうだな。移動手段に車が欲しい。あと、スマホはいつ作れそうかな」
誰もが名前を知る、大会社の社長が続けた。
「半導体って、何から作るんだっけ……」
会合に参加していた皆は下を向く。同じ国で生まれ育った彼、彼女たちは、「文明」の歴史を嫌というほど勉強していたからだ。長年、工場に勤めていた男性がポツリと言う。
「たくさんの先進国がこぞって見つけようとした資源がないと、到底無理だ」
その言葉を聞いて、場の空気は一気に暗くなる。
新たな国家を樹立したつもりであった彼たちは、結局、以前の便利な文明を作りたかったのだ。
「いや。でも、自動車はなんとしてでも作らないと……」
老人といってもおかしくない男性が立ち上がる。しかし、その声は一人の女性に遮られた。
「私、その自動車に撥ねられて、ここに来たのよ」
場は沈まる。その女性の隣にいた男性が話し出す。
「競争社会、成果主義……大人たちはそれしか言わなかった。俺は、それに追い詰められて命を絶った……」
誰も、何も言えない。そんな集会所に、すぐ隣の領地から呑気なワルツが聞こえてくる。
「また、舞踏会か……」
誰かが皮肉まじりに言う。しかし、それに被せて誰かの声がする。
「彼らは皆の言う『持たざる者』なんだろう? では、なぜ彼らは今日も楽しそうに踊っているんだ……」
集会所からあまり離れていない、王国領の屋敷。
屋敷は、毎週末行われている夜会の真っ最中だった。
「まあ、お祖父様。夜風はお体に触りますよ」
コルセットで綺麗に整えた体を、華やかなドレスに包んだ女性が、バルコニーで佇む老人に近づいた。
老人は女性ににっこりと微笑みかけた。
「いや、今日はあちらが、やけに静かだと思ってね」
女性は老人の視線の先を確認して眉を顰めた。
「転生者たちですね。接点があまりないので、正直あまり良い印象はありませんわ」
老人はホホホと笑う。
「だから、接点は必要なんだよ。彼らを導くなら余計にね」
訳がわからないという表情の女性に、老人は水を持ってくるようお願いをした。ひとつ頷いて、女性は使用人を探すためバルコニーから出て行った。
老人は遠くを見る。
「私の高祖父が転生した時も、まったく同じ状況だったそうだよ」
老人は、誰にともなく語りかけた。
「再現、共生、発展、諦め……君たちはどの道を歩むのだろうね」
老人はそう言い残すと、聞こえるワルツに耳を澄ませながら、静かにバルコニーを後にした。
お読みいただきまして、ありがとうございました。
転生者、多くない?
そんな疑問から、送り込まれた側の国を想像して書いた物語です。
この物語に正解はありません。
色々な受け取り方をして頂けたら嬉しいです。




