強い人(英雄とか)って大体暴論だし、決闘相手は何故か勘違いしてくれるらしい
「《ライトニング》!」
杖から解き放たれた黄金の雷撃が、音速を超えて青年・ゼルの足元を抉った。
人体を容易く千切る程の衝撃。
だが、ゼルは避けるどころか、腕を組んだまま一歩も動かない。
爆ぜる雷光を正面から見下ろしている。
足元の石畳が爆砕され、強烈な熱風が訓練場を包む。
土煙の中から現れたゼルは、外套を揺らすだけでそこに立ち続けていた。
薄く笑みを浮かべて。
(……最初から『外れる』と確信して、一ミリの回避動作すら挟まなかったか)
魔法戦士の胸に、冷ややかな感心が走る。
同時に、鋭利な懸念が突き刺さった。
威嚇など最初から無意味。
この男は、自分の魔法という「現象」を完全に支配しているようだ。
「ならば――《サンダーボルトレイン》!」
空間を埋め尽くす無数の雷。
逃げ道を完全に塗り潰し、標的を焼き尽くす死の雨だ。
「ふははははっ! 避けれるものなら避けて――なっ……!」
雷光が雨のように降り注ぎ、周囲の石畳を容赦なく抉り取っていく。
だが、ゼルは意に介さず進み出した。
雷が地面を縫い進み、逃げ場を無くしていくが。
「……今の、見えたか?」
「いや……“消えた”よな?」
観客も舌を巻くその足捌きは、正に舞踊。
寸分の狂いも無く、最短距離で躱している。
「……っ、なぜ当たらない! 貴様なんなんだぁぁ!」
魔法戦士は取り乱し、叫んだ。
目の前を優雅に進む男。
その一歩ごとに、本来そこにあるはずの死が、得体の知れない"魔法の拒絶"によって横へ逸れていく。
「ならばくたばれぇぇぇぇ! 《ライトニング・スピア》!!」
貫通特化の刺突魔法。
雷槍が青年の腕目掛けて突き刺さる。
が、ゼルは掲げた腕一本だけで、弾き飛ばしてしまった。
雷槍は明後日の方向へ消し飛んでいく。
「……ああああ! 馬鹿なッ、私の魔法を、腕……!?」
魔法戦士は狂乱に陥った。
自分の信じてきた世界の理が、目の前の男が振るう「未知の魔法」によって粉々に砕かれる。
尚も、此方を見据える双眸に、一切の揺らぎは無かった。
「あり得ない……くそがぁぁぁぁ!――《雷域招来》!」
全ての魔力を乗せた、最後の一撃。
数十の雷が天を塞ぎ、円を描いてゼルへ収束する。
黄金の光柱がゼルを呑み込み、訓練場の全方位を焼き尽くさんと閃光が爆ぜた。
「はぁ……はぁ……」
勝った――いや、死んでくれ……お願いだ。
しかし、その儚い願いも虚しく。
世界が、砕けた音がした。
「な……っ」
魔法戦士は呆然と口を開ける事しかできなかった。
黄金の光柱が突如として霧散し、見たこともない「魔法現象」が顕現している。
最強の雷撃に触れることなく、ただ存在しているだけで消し去る不可視の絶技が。
(消えた……私の魔法が、触れることすら許されず……)
瞳から光が消え、膝が笑う。
その刹那、絶望する彼の視界を襲ったのは、光すら置き去りにする衝撃。
認識の速度を遥かに上回る、無色透明の圧倒的な破壊魔法。
それはもはや、拳の形をした「神罰」そのものだった。
(あぁ……そうか。これが、本物の魔法……)
音を置き去りにした超常の衝撃波が、魔法戦士の意識を完全に貫く。
「これが最強の一撃だ」
無機質な宣言と共に、理解不能な衝撃が鳩尾を直撃した。
魔法戦士の意識が沈んでいく。
究極の魔法に屈服したという、絶望的な心酔と共に漆黒の闇へと。
▽▼▽
決闘前――
ギルドは昼間から騒がしかった。
任務帰りの冒険者たちが陣取り、酒と武勇伝を乱暴に流し込んでいる。
その中心にいたのが、あの魔法戦士だった。
「……大規模任務で手柄を立てたのは誰だ? 前に出て、魔獣を削って、部隊を押し上げたのは俺だろうが」
酒杯を机に叩きつけ、鼻で笑う。
「なのに結果はどうだ。“剣聖殿が戦場を制圧”だとさ」
周囲の冒険者が、苦笑混じりに相槌を打つ。
「大した苦労もせず、あそこまで行った者より、
私の評価が低いなど……我慢ならん」
その言葉に、空気が一瞬だけ沈んだ。
剣聖。
今や誰もが知る英雄。
軽口でさえ、慎重になる存在。
――一人を除いて。
「……撤回してください」
低い声だった。
酒場の喧騒に紛れそうな、だがはっきりとした声。
魔法戦士が、ゆっくりと振り返る。
そこにいたのは、見覚えのない青年。
強者の気配は感じなかった。
「……あ?」
青年――ゼルは、視線を逸らさなかった。
「撤回してください」
一瞬の静寂。
そして、酒場に笑いが広がった。
「ははっ、なんだお前」
「新人か?」
魔法戦士の口元が、歪む。
「……撤回しろ、だと?」
ゼルはわずかに息を吸った。
ここで引けば楽だと、頭では分かっている。
だが、口は勝手に動いた。
「はい。あなたは、彼女を侮辱しています」
魔法戦士の目が、細くなる。
「……面白い。じゃあ聞こう。お前は何者だ?」
「通りすがりの一般人です。まだ」
「はっ! なら、その“通りすがり”が、私と決闘でもするか?」
ゼルは一瞬だけ言葉に詰まって――最後に変な癖が出た。
「……余裕です」
次の瞬間、酒場の空気が凍りついた。
魔法戦士は、立ち上がった。
椅子が音を立てて倒れる。
「ほう。なら、その余裕が本物かどうか――確かめてやろう」
視線が、訓練場の方角へ向けられる。
「勝って撤回させてみろ。出来るものならな」
ゼルは、喉が鳴るのを感じながら、
それでも視線を逸らさなかった。
「にょ、望む所です」
逃げられない。
逃げるわけにもいかない。
――こうして、誰も得をしない決闘が始まった。
▽▼▽
この世は魔法が全て。
生活、仕事、戦闘、全てにおいて魔法を駆使し、発展してきた世界。
その中で、あり得ないぐらい可哀想な青年が生まれてしまった。
その名はゼル。
魔力量は平凡より下、魔法適正は――零。
身体強化術すらまともに使えない、異端中の異端。
だが、神が意地悪でも両親は違った。
精一杯の愛を与え、更に人とちょっと違う特性をくれた。
それは――目。
ゼルはすっごく視力が良かった。
「うわー! めっちゃ見えるー!」
めげなかった。ポジティブだった。
あと、幼馴染にも恵まれた。
世界に羽ばたいていく皆に憧れた。
皆と同じ世界には行けなくても、その一端でも感じる事が出来たらと。
己を鍛えた。
魔法全盛の時代において、化石のような理論――純粋な肉体鍛錬。
魔法が普通であるが故の盲点――魔力操作に全てを賭けた。
結果、ゼルは――
(あー……イキったー……)
訓練場に立った瞬間。
ゼルは凄まじい後悔に駆られていた。
そもそも、自分に魔法の才能なんて欠片もない。
ただ、幼馴染たちがバカにされたのが許せなくて、つい口が滑っただけだ。
それなのに、あんな「余裕です」なんて。
何故、空気感でちょっと格好付けてしまうのだろう。
(凄い怒ってるもんなー……しゃしゃった――)
「《ライトニング》!」
杖が光ったと思った次の瞬間。
視界が黄金色に染まった。
(……掠っても死ぬなぁ、アレ)
腕を組んで不動を貫いていたのは、余裕でもなんでもない。
あまりの恐怖に全身の筋肉が硬直して、一歩も動けなかっただけだ。
足元で石畳が爆ぜ、熱風が頬を焼く。
生きた心地がしない。
(あーひと相手に通用すんのかなー……無理そーだよなー……でも、ここで逃げたら……)
――『憧れた皆』に顔向けできない。
「《サンダーボルトレイン》!」
空間を埋め尽くす程の雷の雨が、唸りを上げる。
絶対に避けきれないし、普通に即死案件だった。
その時、ゼルの心にあの声が響いてきた。
――「当たらなければ、どんな攻撃も意味はない」
幼い頃。
岩山を駆け上がり、土石流を難なく駆け上がっていった【韋駄天】の背中が見えた。
(――ロウナみたいに上手く出来ないけど……いくしかない!)
魔力――それは、只の魔法への燃料。
この世界の人間はそう思っているし、間違っていない。
だが、魔法が使えないゼルが会得した唯一無二。
それは、"超絶スーパー細かく魔力を操れる"ようになった事。
魔力を、ありったけの力を脚に注ぎ込む。
一点集中させたその脚で、死に物狂いで魔法の隙間へと滑り込んだ。
(掠った掠った死ぬ死ぬ死ぬ)
傍目には踊るように見えていても、此方としてはそんな余裕などありはしない。
一歩でも踏み外せば即死する。
そんな極限状態が生んだ、焦り散らかした末の無我夢中だった。
「《ライトニングスピア》!」
真正面から迫る、鋭利な光の槍。
限界スレスレの脚は、もうあんな動きは出来ない。
今度こそ、万事休す――と思いきや、また声が聞こえてきた。
――「なにものよりも硬ければ、突進だけで事足りる」
幼い頃。
山で野党に襲われた時、禍々しい武器の数々を悉く受け止め砕いていた【不壊】の背中が見えた。
(――アンブロに少しでも近付けて……受け切って見せる!)
左腕を構え、全魔力を一点集中させる。
その瞬間、煌めく雷槍が突き刺さる。
目も眩む閃光が迸り、その軌道を捻じ曲げた。
(……イった。完全に腕イった)
【不壊】なら『簡単だろ?』と笑う場面。
普通に地獄だった。
弾いた瞬間に腕の感覚が消失し、代わりに襲う激痛の波。
転げ回りたい気持ちを必死に抑え込み、歯を食いしばる。
左腕はもう動かない。
「――《雷域招来》!」
とんでもない魔力が溢れ出る。
確実に仕留めに来ている事は明白。
逃げ場も無く、黄金の光に包まれて何も見えない。
今度こそ終わった……と、思ったその時。
――「ぜーんぶまとめて壊しちゃえばいいじゃん」
ここまで来ると最早走馬灯かと疑いたくなるが、しっかりとあの光景が目に浮かぶ。
幼い頃。
お菓子を頬張りながら、上空を埋め尽くす魔物を『えいっ』の一言で消し炭にした、【殲滅】の背中。
(……分かったよ、ルル。やってみるけど、『えいっ』は無理だよ)
現象が完成するその一点。
ゼルは右腕を突き出し、魔力を一点集中。
腕より更に先、指にだけありったけを注ぎ込む。
限界まで引きつけて、刹那のタイミングで――
「えいっ」
デコピンをかました。
光が、雷轟が、霧散していく。
後、確実に指が折れた。
だが、チャンスはこれっきり。
全部は無理でも、一瞬なら。
最後の攻撃に移る。
脚に魔力を一点集中、【韋駄天】で地面を蹴り抜いた。
飛び出した体に、雷の残滓が纏わりつく。
大丈夫、致命傷の中の致命傷だけ【不壊】で耐えろ。
魔法戦士が眼前に迫る。
それは本能か、それとも反射か。
この際どちらでも良い。
収束仕掛けた雷を、折れてない指で弾く為には【殲滅】だ。
この時、ゼルは切に思う。
どっか痛かったら、別のどっかを痛くすれば忘れられる。そんな話を、なんだかどこかで聞いたような気がする。
(……全然普通に倍痛いだけだった)
深い後悔の中、最後は剣聖の声がやっぱり聞こえてきた。
――「最強の一太刀、これで勝負は決するわ」
幼い頃。
絶対に壊れないと言われていた、村の"神ノ石碑"を一刀両断したその背中。
後で、死ぬ程村長に怒られて縮こまっていたあの背中。
(やるよ、アルティナ……剣は無いけど、全力で!)
涙が溢れ落ちるのを我慢して。
我慢に我慢を重ねて、残ったありったけの魔力を一点集中。
輝きを帯びた拳を、振り抜いた。
「これが最強の一撃だ」
魔法戦士の鳩尾に直撃、その体が崩れ落ちる。
「「「うわぁぁぁぁぁぁ!!」」」
観客が沸き立ち、歓声が響き渡った。
が、ゼルは何も言わずに体を引き摺り、出口を潜り抜けた。
そして、数歩も歩かぬ内に此方も崩れ落ちる。
(……あ……撤回、させるの……忘れ――)
脚に一点集中すれば、韋駄天の如き速さを――掠れば死ぬ。
腕に一点集中すれば、不壊の如き硬さを――外れれば死ぬ。
指に一点集中すれば、殲滅の如き火力を――遅れたら死ぬ。
拳に一点集中すれば、剣聖の如き一撃を――ミスれば死ぬ。
幼馴染達の背中を勝手に見つめて育ったゼル。
魔法を極める事は出来なくても、魔力を操作する事を極めた異端。
全部は無理でも、一部なら。
諦めなかった男が見出した、唯一無二の"魔法以外"。
超絶スーパー細かく魔力を操れる男。
それが、ゼルである。
お読み頂きまして、ありがとうございました。
ゼル、大変そうでしたね。
次は全く違う主人公で連載ものを書こうと思いますので、その時にまたお会い出来たらと思います。




