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強い人(英雄とか)って大体暴論だし、決闘相手は何故か勘違いしてくれるらしい

作者: 竜ノ塚
掲載日:2026/01/29

「《ライトニング》!」


 杖から解き放たれた黄金の雷撃が、音速を超えて青年・ゼルの足元を抉った。

 人体を容易く千切る程の衝撃。


 だが、ゼルは避けるどころか、腕を組んだまま一歩も動かない。

 爆ぜる雷光を正面から見下ろしている。


 足元の石畳が爆砕され、強烈な熱風が訓練場を包む。

 土煙の中から現れたゼルは、外套を揺らすだけでそこに立ち続けていた。

 薄く笑みを浮かべて。


(……最初から『外れる』と確信して、一ミリの回避動作すら挟まなかったか)


 魔法戦士の胸に、冷ややかな感心が走る。

 同時に、鋭利な懸念が突き刺さった。

 威嚇など最初から無意味。

 この男は、自分の魔法という「現象」を完全に支配しているようだ。


「ならば――《サンダーボルトレイン》!」


 空間を埋め尽くす無数の雷。

 逃げ道を完全に塗り潰し、標的を焼き尽くす死の雨だ。


「ふははははっ! 避けれるものなら避けて――なっ……!」


 雷光が雨のように降り注ぎ、周囲の石畳を容赦なく抉り取っていく。

 だが、ゼルは意に介さず進み出した。

 雷が地面を縫い進み、逃げ場を無くしていくが。


「……今の、見えたか?」


「いや……“消えた”よな?」


 観客も舌を巻くその足捌きは、正に舞踊。

 寸分の狂いも無く、最短距離で躱している。


「……っ、なぜ当たらない! 貴様なんなんだぁぁ!」


 魔法戦士は取り乱し、叫んだ。

 目の前を優雅に進む男。

 その一歩ごとに、本来そこにあるはずの死が、得体の知れない"魔法の拒絶"によって横へ逸れていく。


「ならばくたばれぇぇぇぇ!  《ライトニング・スピア》!!」


 貫通特化の刺突魔法。

 雷槍が青年の腕目掛けて突き刺さる。

 が、ゼルは掲げた腕一本だけで、弾き飛ばしてしまった。

 雷槍は明後日の方向へ消し飛んでいく。


「……ああああ! 馬鹿なッ、私の魔法を、腕……!?」


 魔法戦士は狂乱に陥った。

 自分の信じてきた世界の理が、目の前の男が振るう「未知の魔法」によって粉々に砕かれる。

 尚も、此方を見据える双眸に、一切の揺らぎは無かった。


「あり得ない……くそがぁぁぁぁ!――《雷域招来(トールプライド)》!」


 全ての魔力を乗せた、最後の一撃。

 数十の雷が天を塞ぎ、円を描いてゼルへ収束する。

 黄金の光柱がゼルを呑み込み、訓練場の全方位を焼き尽くさんと閃光が爆ぜた。


「はぁ……はぁ……」


 勝った――いや、死んでくれ……お願いだ。

 しかし、その儚い願いも虚しく。

 世界が、砕けた音がした。


「な……っ」


 魔法戦士は呆然と口を開ける事しかできなかった。

 黄金の光柱が突如として霧散し、見たこともない「魔法現象」が顕現している。

 最強の雷撃に触れることなく、ただ存在しているだけで消し去る不可視の絶技が。


(消えた……私の魔法が、触れることすら許されず……)


 瞳から光が消え、膝が笑う。

 その刹那、絶望する彼の視界を襲ったのは、光すら置き去りにする衝撃。

 認識の速度を遥かに上回る、無色透明の圧倒的な破壊魔法。

 それはもはや、拳の形をした「神罰」そのものだった。


(あぁ……そうか。これが、本物の魔法……)


 音を置き去りにした超常の衝撃波が、魔法戦士の意識を完全に貫く。


「これが最強の一撃だ」


 無機質な宣言と共に、理解不能な衝撃が鳩尾を直撃した。

 魔法戦士の意識が沈んでいく。

 究極の魔法に屈服したという、絶望的な心酔と共に漆黒の闇へと。



 ▽▼▽



 決闘前――



 ギルドは昼間から騒がしかった。

 任務帰りの冒険者たちが陣取り、酒と武勇伝を乱暴に流し込んでいる。

 その中心にいたのが、あの魔法戦士だった。


「……大規模任務で手柄を立てたのは誰だ? 前に出て、魔獣を削って、部隊を押し上げたのは俺だろうが」


 酒杯を机に叩きつけ、鼻で笑う。


「なのに結果はどうだ。“剣聖殿が戦場を制圧”だとさ」


 周囲の冒険者が、苦笑混じりに相槌を打つ。


「大した苦労もせず、あそこまで行った者より、

 私の評価が低いなど……我慢ならん」


 その言葉に、空気が一瞬だけ沈んだ。


 剣聖。

 今や誰もが知る英雄。

 軽口でさえ、慎重になる存在。

 ――一人を除いて。


「……撤回してください」


 低い声だった。

 酒場の喧騒に紛れそうな、だがはっきりとした声。


 魔法戦士が、ゆっくりと振り返る。

 そこにいたのは、見覚えのない青年。

 強者の気配は感じなかった。


「……あ?」


 青年――ゼルは、視線を逸らさなかった。


「撤回してください」


 一瞬の静寂。

 そして、酒場に笑いが広がった。


「ははっ、なんだお前」

「新人か?」


 魔法戦士の口元が、歪む。


「……撤回しろ、だと?」


 ゼルはわずかに息を吸った。

 ここで引けば楽だと、頭では分かっている。

 だが、口は勝手に動いた。


「はい。あなたは、彼女を侮辱しています」


 魔法戦士の目が、細くなる。


「……面白い。じゃあ聞こう。お前は何者だ?」


「通りすがりの一般人です。まだ」


「はっ! なら、その“通りすがり”が、私と決闘でもするか?」


 ゼルは一瞬だけ言葉に詰まって――最後に変な癖が出た。


「……余裕です」


 次の瞬間、酒場の空気が凍りついた。

 魔法戦士は、立ち上がった。

 椅子が音を立てて倒れる。


「ほう。なら、その余裕が本物かどうか――確かめてやろう」


 視線が、訓練場の方角へ向けられる。


「勝って撤回させてみろ。出来るものならな」


 ゼルは、喉が鳴るのを感じながら、

 それでも視線を逸らさなかった。


「にょ、望む所です」


 逃げられない。

 逃げるわけにもいかない。


 ――こうして、誰も得をしない決闘が始まった。



 ▽▼▽



 この世は魔法が全て。

 生活、仕事、戦闘、全てにおいて魔法を駆使し、発展してきた世界。

 その中で、あり得ないぐらい可哀想な青年が生まれてしまった。


 その名はゼル。

 魔力量は平凡より下、魔法適正は――零。

 身体強化術すらまともに使えない、異端中の異端。


 だが、神が意地悪でも両親は違った。

 精一杯の愛を与え、更に人とちょっと違う特性をくれた。


 それは――目。

 ゼルはすっごく視力が良かった。


「うわー! めっちゃ見えるー!」


 めげなかった。ポジティブだった。

 あと、幼馴染にも恵まれた。

 世界に羽ばたいていく皆に憧れた。

 皆と同じ世界には行けなくても、その一端でも感じる事が出来たらと。


 己を鍛えた。

 魔法全盛の時代において、化石のような理論――純粋な肉体鍛錬。

 魔法が普通であるが故の盲点――魔力操作に全てを賭けた。

 結果、ゼルは――



(あー……イキったー……)


 訓練場に立った瞬間。

 ゼルは凄まじい後悔に駆られていた。

 そもそも、自分に魔法の才能なんて欠片もない。

 ただ、幼馴染たちがバカにされたのが許せなくて、つい口が滑っただけだ。

 それなのに、あんな「余裕です」なんて。

 何故、空気感でちょっと格好付けてしまうのだろう。


(凄い怒ってるもんなー……しゃしゃった――)

「《ライトニング》!」


 杖が光ったと思った次の瞬間。

 視界が黄金色に染まった。


(……掠っても死ぬなぁ、アレ)


 腕を組んで不動を貫いていたのは、余裕でもなんでもない。

 あまりの恐怖に全身の筋肉が硬直して、一歩も動けなかっただけだ。

 足元で石畳が爆ぜ、熱風が頬を焼く。

 生きた心地がしない。


(あーひと相手に通用すんのかなー……無理そーだよなー……でも、ここで逃げたら……)



 ――『憧れた皆』に顔向けできない。



「《サンダーボルトレイン》!」


 空間を埋め尽くす程の雷の雨が、唸りを上げる。

 絶対に避けきれないし、普通に即死案件だった。

 その時、ゼルの心にあの声が響いてきた。



 ――「当たらなければ、どんな攻撃も意味はない」



 幼い頃。

 岩山を駆け上がり、土石流を難なく駆け上がっていった【韋駄天】の背中が見えた。


(――ロウナみたいに上手く出来ないけど……いくしかない!)


 魔力――それは、只の魔法への燃料。

 この世界の人間はそう思っているし、間違っていない。

 だが、魔法が使えないゼルが会得した唯一無二。

 それは、"超絶スーパー細かく魔力を操れる"ようになった事。


 魔力を、ありったけの力を脚に注ぎ込む。

 一点集中させたその脚で、死に物狂いで魔法の隙間へと滑り込んだ。


(掠った掠った死ぬ死ぬ死ぬ)


 傍目には踊るように見えていても、此方としてはそんな余裕などありはしない。

 一歩でも踏み外せば即死する。

 そんな極限状態が生んだ、焦り散らかした末の無我夢中だった。


「《ライトニングスピア》!」


 真正面から迫る、鋭利な光の槍。

 限界スレスレの脚は、もうあんな動きは出来ない。

 今度こそ、万事休す――と思いきや、また声が聞こえてきた。



 ――「なにものよりも硬ければ、突進だけで事足りる」



 幼い頃。

 山で野党に襲われた時、禍々しい武器の数々を悉く受け止め砕いていた【不壊】の背中が見えた。


(――アンブロに少しでも近付けて……受け切って見せる!)


 左腕を構え、全魔力を一点集中させる。

 その瞬間、煌めく雷槍が突き刺さる。

 目も眩む閃光が迸り、その軌道を捻じ曲げた。


(……イった。完全に腕イった)


 【不壊】なら『簡単だろ?』と笑う場面。

 普通に地獄だった。

 弾いた瞬間に腕の感覚が消失し、代わりに襲う激痛の波。

 転げ回りたい気持ちを必死に抑え込み、歯を食いしばる。

 左腕はもう動かない。


「――《雷域招来(トールプライド)》!」


 とんでもない魔力が溢れ出る。

 確実に仕留めに来ている事は明白。

 逃げ場も無く、黄金の光に包まれて何も見えない。

 今度こそ終わった……と、思ったその時。



 ――「ぜーんぶまとめて壊しちゃえばいいじゃん」



 ここまで来ると最早走馬灯かと疑いたくなるが、しっかりとあの光景が目に浮かぶ。


 幼い頃。

 お菓子を頬張りながら、上空を埋め尽くす魔物を『えいっ』の一言で消し炭にした、【殲滅】の背中。


(……分かったよ、ルル。やってみるけど、『えいっ』は無理だよ)


 現象が完成するその一点。

 ゼルは右腕を突き出し、魔力を一点集中。

 腕より更に先、指にだけありったけを注ぎ込む。

 限界まで引きつけて、刹那のタイミングで――


「えいっ」


 デコピンをかました。

 光が、雷轟が、霧散していく。

 後、確実に指が折れた。

 だが、チャンスはこれっきり。


 全部は無理でも、一瞬なら。

 最後の攻撃に移る。

 脚に魔力を一点集中、【韋駄天】で地面を蹴り抜いた。


 飛び出した体に、雷の残滓が纏わりつく。

 大丈夫、致命傷の中の致命傷だけ【不壊】で耐えろ。


 魔法戦士が眼前に迫る。

 それは本能か、それとも反射か。

 この際どちらでも良い。

 収束仕掛けた雷を、折れてない指で弾く為には【殲滅】だ。


 この時、ゼルは切に思う。

 どっか痛かったら、別のどっかを痛くすれば忘れられる。そんな話を、なんだかどこかで聞いたような気がする。


(……全然普通に倍痛いだけだった)


 深い後悔の中、最後は剣聖の声がやっぱり聞こえてきた。



 ――「最強の一太刀、これで勝負は決するわ」



 幼い頃。

 絶対に壊れないと言われていた、村の"神ノ石碑"を一刀両断したその背中。

 後で、死ぬ程村長に怒られて縮こまっていたあの背中。


(やるよ、アルティナ……剣は無いけど、全力で!)


 涙が溢れ落ちるのを我慢して。

 我慢に我慢を重ねて、残ったありったけの魔力を一点集中。

 輝きを帯びた拳を、振り抜いた。


「これが最強の一撃だ」


 魔法戦士の鳩尾に直撃、その体が崩れ落ちる。


「「「うわぁぁぁぁぁぁ!!」」」


 観客が沸き立ち、歓声が響き渡った。

 が、ゼルは何も言わずに体を引き摺り、出口を潜り抜けた。

 そして、数歩も歩かぬ内に此方も崩れ落ちる。



(……あ……撤回、させるの……忘れ――)



 脚に一点集中すれば、韋駄天の如き速さを――掠れば死ぬ。


 腕に一点集中すれば、不壊の如き硬さを――外れれば死ぬ。


 指に一点集中すれば、殲滅の如き火力を――遅れたら死ぬ。


 拳に一点集中すれば、剣聖の如き一撃を――ミスれば死ぬ。


 幼馴染達の背中を勝手に見つめて育ったゼル。

 魔法を極める事は出来なくても、魔力を操作する事を極めた異端。


 全部は無理でも、一部なら。

 諦めなかった男が見出した、唯一無二の"魔法以外"。

 超絶スーパー細かく魔力を操れる男。

 それが、ゼルである。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

ゼル、大変そうでしたね。

次は全く違う主人公で連載ものを書こうと思いますので、その時にまたお会い出来たらと思います。

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