睦夢を斬る
〈暖かと云ひたい日差し云ひたいだけ 涙次〉
【ⅰ】
鰐革Jr.と果野睦夢の「新魔界」は、カンテラ一味の力で敢へなく潰えた。今、魔界には【魔】の影はない。それを受けて「魔界壊滅プロジェクト」解散、かと思ひきや、「魔界健全育成プロジェクト」と名を變へて、實質存續が決まつた。魔界、と云ふ言葉と、健全、では、アンビヴァレンスなのではないかと云ふ人もあつたが、世の中には、* テオの「擬似母」、をばさん、こと砂田御由希の實子・笹雨雪太郎や、** カンテラ一味狂信者・菜津川暑子のやうな、人間界ではその存在が「滑つて」しまひ、だうしても魔界を棲み家とせねば上手く生きられない者らも、大勢ゐるのだ。彼らを上手に善導出來ないものか、と仲本堯佳は考へ、上の者を説得、この度豫算が下りる事になつた。
* 前シリーズ第103話參照。
** 當該シリーズ第24話參照。
【ⅱ】
で、睦夢。彼女は西船橋驛前の繁華街、その裏通りに立つてゐた。何の為に? と問はれゝば、身を鬻ぐ為、なのである。西船橋でいゝ女が立ちんぼやつてるぞ、と云ふのは、世の好色な男逹の合言葉となつてゐた。スリルや自堕落から賣春をする例は枚挙に暇がないが、睦夢には「新魔界」復興と云ふ目的があつたのだから、天晴なものである。人間界ではカネがものを云ふ。それで資金繰りの為、彼女は身を賣つてゐたのだ。他に出來る事は、なかつた。哀れである。
【ⅲ】
だが、彼女を抱いた男逹は皆、「【魔】崇拝」の心を彼女に傳染され、【魔】候補生は段々と増えて行つた。テオ、インスタグラムに上がつた男逹と睦夢の姿を見、「これは大變な事になつたぞ」とカンテラに報告、「斬るか」とカンテラ、じろさんに相談した。じろさん曰く、「然し、彼女には惡氣はないみたいだ。仲本と話をして來る」-
※※※※
〈貧困の度合ひと理由が違ひます「偽善者」と彼を云ふのは無理だ 平手みき〉
【ⅳ】
仲本「安保さんの* 善人チップつてのがあつたよね。それを彼女に埋め込む事は出來ないものか」-じろさん「然し、倫理上の問題がある、と安保くんなら云ふだらう。山城さんのやうに、本人の希望がなくては...」。
と云ふ經緯で、安保さん、睦夢の一夜の客となつた。
* 當該シリーズ第84話參照。
【ⅴ】
勿論、彼女を抱く為ではない。安保さん、彼女が「善人チップ」を受け容れるやう、彼女への説得工作の前線に立つたのである。諄々と諭したが、「わたし、人間界に身を捧げる積もり、ないんです」と、彼女はつれない。安保さんは心殘りだつたが、説得は断念した。
【ⅵ】
「駄目だつたか-」とカンテラ。「最早これ迄、だ。じろさん、西船橋に行かう」-じろさんは黑装束に着替へた。そして、トヨタ・コロナ2000GTを駆り、カンテラを西船橋迄運んだ。目当ての睦夢は直ぐに見付かつた。じろさん、彼女に群がる(護衛の積もりだつたのか-)男どもを片付け、カンテラは拔刀、「あんたを殺る氣はなかつたのだが-」-「あら、カンテラさん、わたしを斬るのかしら。祟るわよ」-「何を今更。しええええええいつ!!」カンテラ、睦夢を斬つた。
【ⅶ】
「魔界健全育成プロジェクト」はしよつぱなより挫折の憂き目に會つた。が、仕事は仕事である。一味にギャラを支拂ひ、仲本-「我々はもしかしたら、飛んでもない難事業に手を出してゐるのでは、と云ふ氣がしてゐる」-じろさん「その自覺があんたにあれば、いゝさ」-陪席した佐々圀守キャップが、咳拂ひを一つした。後は靜謐が「プロジェクト」會議室を支配した...
※※※※
〈年末の役所は店仕舞ひ早し 涙次〉
【ⅷ】
睦夢なき後、睦夢に拠つて魔性を目醒まされた男逹が世に溢れ、方々で「惡」をなした。それが彼女の云ふ、「祟る」と云ふ事だつたのか。カネも下り、一つの事件を解決したカンテラだつたが、浮かぬ顔だつた-「もう一つの」魔界篇、これにて終焉。ではまた。




