転送・帰宅
「もう終わったかも……」
ステラーウォーカー達がステーションを訪れた翌日、セシアンがこの世の終わりのような顔でドローンを弄っている。
「ふあ……朝から暗いな。やはり宇宙か」
「寝ぼけてます?」
あくびを噛み殺し、昨日の取るのことを思い出す。
「確かギャロップに宿泊施設まで案内されて、どうせならとワインを開けたんだったな」
「そのワインの値段が……私じゃ到底払えないです……」
「いや、別に払わせるつもりはないが」
「え、いやでも……録音しとこう」
「姿勢が低い割に証拠は残しておくんだな。まあ、気になるのなら魔法の特訓にでも付き合ってくれ」
「特訓ですか?」
「セシアンは色の魔法を扱えるだろう、私も使ってみたい」
「第二世代の魔力の素質って、努力でどうこうなりますっけ」
「あのワイン高かったなー」
「やるだけやってみますか」
ステラーウォーカーのつぶやきで、とにかく協力するしかなくなったセシアン。だが、一つ疑問がよぎる。
「ステラーウォーカーさんは色の魔法は使ってましたよね?」
「ニジェネを使ってな。凡庸な第三世代の魔法使いも、宇宙を駆ける天才魔導士を名乗れる訳だ。ところで、セシアンは魔法をどう使っている?」
「第二世代は概念ですし、ありきたりですが想像して……それだと一色の方が分かりやすいのかな」
「ふむ、私としてはニジェネを真っ赤に塗ってるつもりなんだが」
ステラーウォーカーが握っているニジェネには、残念ながら何の変化も見られない。
「三次元に生きる人が四次元を過不足なく想像できたら、その人の存在は四次元に行っちゃうと思うんですよ」
「想像の範囲が存在の範囲とな?」
「でも、その人は三次元に生きてるから四次元にはなれないし、想像することもないんです」
言っていることは分かるが、いまいち意味が分からないステラーウォーカー。ただ、なんとなく真剣な思いは伝わってきたので、水は差さないでおく。
「独特な励まし? をありがとう」
――その後魔法の特訓はお開きとなり、昼食の時間になった。何を食べるか検討していると、ニジェネがメッセージの通知を告げる。
「メッセージを受信しました。送り主はシャンテル」
「再生してくれ」
「ステラーウォーカーとセシアンへ。ターミナルシステムの復旧が進んで、転送部分に限ればまもなく動かせるはず。適当なものを飛ばして確認中だから、昼食を食べたらターミナル区画に来て」
「聞いたか? 私たちは別れの挨拶も考える必要もあるということだ」
「ならカレーか海鮮丼か早く決めてくださいよ」
「こういうとこの海鮮丼ってあまり美味しくないイメージなんだが」
「知らないですよ、こういうとこ初めてですし」
――ステーションターミナル部。真ん中にターミナルのコアと思しき装置が配置され、外周をガラス張りの部屋に取り囲まれている。
「この部屋一つ一つが彼方からモノを運んでくるのに使われるんですね」
「こっちにはより巨大な物を転送する部屋もある。といってもレポーターさんには説明不要か」
取り立てて大きな、数百人は収容できそうな部屋を通りかかる。他でもないステラーウォーカーが送り出される際に通った場所であり、これから数多の人や物資の繋がりを結ぶ場所になる。
「二人とも、よく来てくれたね。一日の遅れはあれど、目的地へ送る準備は整ったよ」
「直接会いたくなったら近い星系の宙心地にでも立ち寄ってくれ」
シャンテルとギャロップの兄妹が巨大テレポータールームの入り口にいた。
「お二人さん、わざわざありがとう。機会があったら遠慮なく世話になるよ」
「レポーターとして訪問していた時は、シャンテルさんやギャロップさんと話す機会が来るとは思いませんでした。貴重な体験であり、大事な思い出になりそうです」
「トラクーナの件もあって、セシアンには迷惑を掛けたわね。こちらこそ感謝してるから」
「次に娯楽施設を利用する際は、きっと魔法防止策も立てられていることだろう」
「私は一度使ったことがあるから、中に入ったら手引きしよう」
最後の挨拶を済ませると、ステラーウォーカーとセシアンは部屋の中に進む。がらんとした大部屋は、いわゆるゲームのトレーニングルームのようで、床は無機質なタイル張りになっている。
「セシアン、ドローンをここに置くんだ」
転送室の一つ一つにはコアからコードが伸びており、壁面にある装置に繋がっている。
その装置はモニターとデスク、それにニジェネなどの個人用ドローンを置けるホルダーが一体となって構成されていた。
「ターミナルシステムを起動中……行き先を指定してください」
「ドローンから起動したら、デフォルトで所有者を転送してくれる。C-Ⅰ……レーンバウと入力して承認すれば、秒で異星に着く」
ステラーウォーカーはセシアンが転送先を設定するのを後ろから眺める。
「達者でな、セシアン」
転送のための入力を終えたセシアンが、再びドローンを掴み、ステラーウォーカーに向き直る。
「一緒に付き添っていただきありがとうございました! 今回のステーションでのことは忘れないです!」
セシアンのドローンから転送開始という音声が再生される。一礼をするセシアンに口を開きかけたが、微笑んで送り出すステラーウォーカー。次の瞬間にはセシアンの姿はなかった。
「ニジェネ、C-1、レーンバウの転送者リストを」
「心配性ですね――セシアンさんのデータを確認」
セシアンが無事、遥か彼方へと旅立ったことに安堵の息をつき、ステラーウォーカーはニジェネを先程の装置にセットする。
「転送者、ステラーウォーカー。転送先、P-ⅩⅤに設定」
「えらく早いな。セシアンのドローンに対抗してるのか?」
ニジェネは返事の代わりなのか、体当たり気味にステラーウォーカーの手元へ戻ってきた。
「たくっ、機械頭め……」
「転送開始」
ニジェネの声と共に、ステラーウォーカーの視界が暗転する。直後、彼女にとって馴染みのある部屋にチョコレートの香りが漂う。
「我々も無事帰ってきたか」
ステラーウォーカー達は、シャワールーム程度の個室から自室へと戻る。現在地のP-ⅩⅤを含め、強い魔力の流れがある宙心地同士ではテレポートが可能だ。そのため、部屋に最適化されたテレポーターがあることは珍しくない。
「ニジェネ、アーカイブを表示してくれ」
「了解しました」
十畳前後の居間には、本棚やゲームを収納する棚の他、ワインの空瓶などの収集品を保管するための棚もある。
その片隅に据えられたデスクの前に、ステラーウォーカーは腰掛けた。ニジェネに宇宙ステーションの披露宴動画を保存しておくよう頼んでおいたのだ。
「この後、襲撃に遭うとはな……この動画、二時間もあるのか」
思いの外時間が掛かるな、そう判断したステラーウォーカーは再生を中断し、先に身体を洗おうとシャワールームへと歩いていく。
「ステーションの来訪者リストを呼び出し中……データ不整合」
主の居なくなった部屋で、ニジェネが電子音でエラーを告げた。