尋問と訪問
「聞きたいことは色々あるが、Ⅰ技研の幹部、ステーションの密航者としてのお前に聞こう。まず、このステーションに潜り込んだ構成員のリストはあるか?」
トラクーナは小型のメモリーを取り出して、ニジェネに投げ渡す。
「データ照合中――ステーションが用意した襲撃者リストと一致」
「次に、これだけの人員をどうやって忍び込ませたか教えろ」
「ステーションの建造に関わる業者に手引きしてもらった。名前はシーガル――」
「シーガル―? あいつ、余計なことはしないって言ったのに……」
ステラーウォーカーがターンテーブルで尋問していると、眠そうな声の少女が部屋に顔を出した。
「ステーションの責任者様が顔を出すとは。拳銃を持っていないのが悔やまれるな」
「私に手を出したら容赦しないよ。確かシーガルーはステーションにいた筈」
責任者と呼ばれた少女が呟くと、間髪入れずにステーション内に放送が響く。
「シーガルー様、会議室に関係者が来訪しました、お待ちしております」
「ふわふわした業務連絡ですねー」
「ステラーウォーカー、この女の聴取は引き継ぐわ。この事件の埋め合わせは、また今度」
「シャンテルさん、引き継ぐ前にこの幹部殿に個人的な質問をしたい」
ステーションの責任者のシャンテルは、ステラーウォーカーの言葉に相槌で答える。
「Ⅰ技研の幹部には早々会えるものではないからな……まず聞きたいのは、Ⅰ技研の連中は、どいつもこいつもラジアル社を憎んでいるのか?」
「いや。それでも大多数は嫌いだろうが。私達の標的は第二世代の技術体系全般だからな」
「じゃあ、君が技研に加担している理由は?」
「新しい技術というのは既存の何かに割を食わせたり、不安も運んでくるものだ」
「それは君の話じゃないだろ」
「残念だけど、私は組織ではなく人に仕えているだけだ」
ステラーウォーカーが沈黙すると、再び部屋の扉が開く音がした。振り返ると、柔和な笑みを浮かべた初老の男性が立っている。
「シャンテル嬢、一介の造船業者になにか御用で?」
「一介の犯罪者に聞きたいことがあるの。まったく、余計なことはしないって言ってたよね!?」
「基本的に払われた金額以上のことはしませんよ」
「余計な金で人に害を与えるな、ってこと! シーガルーに外注を頼むなんて、うちの折衝担当も本当に終わってる」
ステーションやターミナルの建設は、ラジアル社にとっても大規模なプロジェクトだったため、様々な企業と共同で行われていた。シャンテルの口調からは、自分が選出した訳ではないことからの不満をひしひしと感じられる。
「第一に聞きたいのは、あんたの企業ぐるみで仕組んだことなのか……めんどくさいから、Ⅰ技研との通信記録を全部よこして」
「承知した」
「ご丁寧に暗号化されてるじゃない……それじゃ、私はこの愚か者たちの処遇を考えるから。ステラーウォーカーちゃん達は運行エリアにでも行ってみれば? 私が言うことでもないけど、トラブル続きだったし、息抜きもしたいんじゃない?」
「その提案を受けよう。セシアンはどうかな?」
「付いていきます!」
トラブルを通じて、一体感が生まれたステラーウォーカー達。
「左が生活エリア、右が運行エリア。こっちか」
運行エリアに何があるのかは二人ともいまいち分かってはいないが、ステーション内の新しいエリアへと足を運んでいく。
「この通路は宇宙が近いですね……」
「窓を挟んで宇宙空間だからね。外を眺められることが景観の良さと直結しているのもステーションならではといったところか」
長い通路の奥には横開きのシャッターに似た自動ドアがあった。上部には運行エリアと書かれたプレートが設置されている。内部が見えないのでセシアンは少し不安だったが、まるで意に介していなさそうなステラーウォーカーを先頭に、足を踏み入れる。
「床以外がガラス張りになってる……! 上を見たら宇宙に放り出されてた気分になりますね……!」
「それは良いのか悪いのか……位置的にはステーションの外縁部分みたいだね」
入口の横にはこのエリアを俯瞰で見た形の案内板がある。大きな扇形のエリアになっているらしく、現在地は扇の弧の真ん中にあり、奥に行くにつれて細くなっている。
弧の部分と床にあたる部分を除いて透明な素材で作られており、見栄えも抜群に良い。
「正直何をするところかはよく分からんが、息抜きに進められた意味が分かるな」
ゲートの先には自販機とベンチが備え付けられていて、ステラーウォーカーは早くも飲料を口にしていた。外壁に沿うようにいくつかのスペースに分けられており、それぞれにPCやモニター、素人目には用途不明の装置などがまとめられたデッキがある。
「運行エリアへようこそ、客人。ここではステーションの航路を決めたり、物資の管理を担当している」
クリーム色の髪の背の高い男性に話しかけられ、セシアンの背筋が伸びる。
「丁寧にどうも。ここは立ち入り禁止……とかではないかな?」
「問題ない。なんならこのエリアは、ターミナルを正常稼働させた後、一般客に開放することを予定されている」
息抜きというより乗客のサンプルにされている感がなくもない。
「あの、シャンテルさんに勧められて滞在中の時間を潰しているのですが、よろしかったですかね」
「歓迎するよ。俺はエリア主任のギャロップ。シャンテルが勧めていたのは、きっとアレだな」
ギャロップが奥を指で示す。大まかな位置を目安にすると、案内板でそれらしい区画が見つかった。
「娯楽区画。こんな所もあるなんて、流石と言うべきか……」
出入り口から少し歩いた所には、セクション毎にカジノで見るような緑地のテーブルが設けられた区画がある。PCなどの設備は他と比べて少ないが、いくつかのテーブルにはロボットが配置され、実際に職員と思われる人々が利用しているものもある。
「作業員達の息抜きのためのものだったんだが、派手にやり過ぎて外から客を集めるハメになっちまったよ」
「なるほど。だが、こういうゲームはやったことがないな」
「それならボードゲームやテーブルゲームでも良いかもしれんな。俺が相手しよう」
「エリア主任が自ら対戦を!?」
セシアンがもっともな指摘をするが、娯楽区画も含めて運行エリアと言うのなら、そこまでおかしいことでもないのかもしれない。
「今まで内向けにしかやってなかったからか、シャンテルも様子を見たいらしい。したいならイカサマしても良いぞ。今勝っても金に変換は出来ないがな」
「このカースアンドオブセッション? ってゲームにしよう。外箱がカッコいい」
「賭けるものがないのも、そちらが勝ったときのために賞品も用意しよう。今は無き惑星アルコンで作られたワインだ」
惑星の名前を聞いたステラーウォーカーは、一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに元の不敵な態度に戻った。
「かつての第三世代爆発で消失した惑星の品ね。それを用意する大変さはよく知っているよ……」
ギャロップは、テーブルの反対側にステラーウォーカーを促し、向かい合うように椅子に座る。
「カースアンドオブセッションは、架空の星を舞台にした二人用対戦ゲームだ。名前の通り、呪いと強迫がキーとなる」
「強迫?」
「これをしなくては、みたいな意識だよ。まあしたくなくてもするものだがな……CaOの中では、意識上の縛りみたいな物となる」
「特定の条件下で、特定のアクションを行わなければいけない、とか?」
「なんだ、テーブルゲーム自体は経験がありそうだな」
ギャロップは簡易な説明を聞いて、妥当な形でゲームへ落とし込むステラーウォーカーの推察について感心していた。
それと同時に、やはり自分の判断は間違っていなかったとギャロップは確信した。
「昔はよくやっていた。新たなゲームを初めてプレイする時は、最も好きな瞬間の一つだな」
「良いね。じゃあ全力で頼むよ、客人さん」