迷い込んだ、その先に(銀風×おば恋。White Rose)
暗闇。気が付けば右も左も上と下も、斜め上も斜め下も…どこかしこも、深い深い黒だけが存在を主張する。果てしない空間が、果てなど無いように広がっていた。
時に点々と小さく、時には大きく己の存在を主張するのは惑星のようなものと様々な色と形をした扉のようなもの…ここはいったい何処なのか、教えてくれそうな人間の姿はまったく見当たらない。
この暗闇をあてもなくただ進むことしかできず、目の前のとある場所に突然に現れたのは…この暗闇に、につかわしくない大きな庭付きの屋敷。
どうやら、この見た目で“店”らしい。家の看板を見れば、店名が書いてあった。この店の名は、Heart Doll本店と言うらしい。
Heart Doll本店の中は、名前の通りに人形がガラスケースの中にズラリと並ぶ店内は外とは違ってとても明るく、この世の物ではないようなとても綺麗な綺麗な、まるで生きているかのような人形である。
ーーー本当にここは、何なのだろうか?
ちなみに、サイズは全て子供が遊ぶようにできたものではなく人のサイズである。男女共に、大人や子供の姿をしている。
この見た目に、きっと騙されてはいけない。ここはおそらく、ただの人間が生きられる場所ではないのだから。
今さらだが、できればこれは夢であって欲しい。
「いらっしゃいませ。Heart Doll本店にようこそいらっしゃいました。お客様、この度は何をお探しでしょうか?」
突然にかけられた声…カウンターの脇にあったガラスケースの扉を自ら開けて出て来た人形?は、流暢に喋り出してきた。
「いらっしゃいませ。初めてのお客様ですね。当店は店主自らが無限に存在する世界へおもむき、その世界で厳選した魂を特殊な人形に定着させて販売しております。どうぞご自由に店内をご覧ください」
また1人、カウンターの奥から現れた女性…いや、彼女もここにズラリと並んだ人形?の1つなのだろうか…?
「ご不明な点がありましたら、ご説明させていただきます。もちろん、気に入っていただけたHeart Dollとお話することも可能ですわ」
「ただし、選ぶのはお客様ではなくHeart Dollの方ですのであらかじめご了承ください。契約にもいろいろと決まりがございますし、破れば生命の危険に陥るのはお客様になりますので…」
彼女達にもこの世界にも、困惑ばかりが募っていく…いったいここは何なのだろうか?
そう思う間にも、彼女達は話を続けていた。
「その他にもありとあらゆる世界の知識を用いて作られた薬や魔法薬、他にもこの世界ではガラクタでもお客様の世界では宝物と言われる物もあるでしょう」
「強靭な肉体を得るために姿を化物に変える薬と技術、魔王を倒した勇者が持っていた剣、世界を造り出すほどの霊力…他にもいろいろなガラクタがあるわよ」
その言葉が終わるとまた、1人…いや、人形なら1体と数えるべきだろうか?
今度は幼い感じの幼女?の姿の人形?が階段を下りながら、さらに商品らしい物?を紹介してきていた。
「ガラクタの紹介?そうだね〜他には神様と契約するほどの霊神力、風神が加護した少女の長刀、君の世界で一般的な戦闘機に、皇族に恥じないほどの魔力…と、言ったところかな?」
なんだろう、この子供の人形?は…何処か少年を思わせる気がする。いや、男の子なのか?女の子?まさか、男の娘とか?
いったい性別は何なんだ!?
いや、人形なら性別なんて些細なことでしかない、のか…?
「肉体の性別なんて、こだわるだけ時間の無駄だとオレは思うけど?アンタも今、肉体なんて無い状態なんだから」
ーーーはあ!?
彼はいったい何を言っているのか…肉体が無いなんて・・・・・
「純、それだとその人は耐えられなくて消えちゃうわよ?」
「どうせ弱い奴は世界の廻間でなんて存在できないんだから、べつにいいだろ?」
ーーー何故だろう…急に、彼女達の話し声が遠くなった気がする。
そう思いながらも、かすかに聞こえる彼女達の会話から彼の性別は“男”だと確信した。
そう言えば、彼は肉体の性別なんて…の後、なんて言った?
確か、“肉体が無い”?みたいなことを…って、そんなこと、あるわけ・・・・・
ーーー『優雅ッ…ねえ、返事してよ…!?』
あるわけないと、それを否定しようとしていると、何処からか聞き慣れたような声が聞こえた。
その瞬間、オレは自分が誰で、何があったのか思い出していた。
ーーーああ、オレは…車に、はねられたのか・・・・・
そして、真希がオレを呼んでる…まさかここは天国とか言う世界か?
「それは違う。ここは世界の廻間にあるオレの店だから」
ここに来て聞いたことのない低い声…また誰か増えたのか?
オレがそう思っていると、曖昧だった目の前の世界がさっきよりも鮮明に見えた気がした。
ここで一番低い声のした方を見ると、また見た目だけでは判断できないイケメン…と言っていいのか、女性みたいに綺麗な顔立ちの奴がいた。
たぶん、こいつは男で間違いないだろう。
「お前は、真希の…」
何だよ?言いかけてやめるなよ!続きが気になるだろ!?
「桜木優雅、またの名をユウガ・アース。お前もなかなかにしぶといよな。まあ、真希には負けるけど」
ーーーはあ!?オレが真希より弱いわけないだろ…
それより、何でお前は!真希を呼び捨てにしているんだ!?
真希はオレの・・・・・
「今のお前じゃ、真希を“オレのもの”なんて言えないだろ?生まれる前から惹き合う運命を、ねじ曲げることすらできないオレと似た願いを持つ異端者」
こいつはいったい何を言ってるんだ?
オレはこいつの言っている意味が理解できない。いや、理解したく…ない?
「お得意の術式合成魔法でも使ったらどうなんだ?お前の本来の能力なら、廻間でも多少は通用するし、お前のやる気次第ではオレが力を貸してやってもいいと思ってる」
ーーーは!?本当に何なんだ!この上から目線のこいつは!!
「いいのか?ずっと真希が呼んでるぞ?」
ーーー『私は、優雅に逢いたい!!!』
ーーー『優雅のところに行きたい!』
ーーー『こんな私でもいいの?できることなら…優雅と結婚して、ずっと一緒にいたい』
ーーー『ユウガ…私はあなたのお嫁さんになりたい!』
聞いたことがあるような、無いような…真希の声が聞こえる。
オレの知る真希は、オレと結婚したいは言わない…そのはずなのに、どうしてだろう?
それを聞いた憶えがあるような気がしなくも無いオレがいる。
「廻間だから記憶が混ざってるだけだ」
「…どうやら、そうみたいだ」
何だろう…いろいろな記憶の中で、一番強いオレが主導権を握ったような気がした。
また目の前のこの男が不敵な笑みを深めている。
「今のお前はユウガ・アースと、言ったところか…」
「オレは自分の術式合成魔法だけで、真希を守ってみせる。お前の力を借りる気は無い」
「そうか…そうだよな。お前は毎回オレを断るからな」
ーーーこれに関しては、パラレワールドなんて無いくらいに。
気が付けば、オレは…真希の隣で女々しく泣いていた。




