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アフリカ人、北を征(ゆ)く  作者: 北浦 寒山
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【十四】アフリカ人、蝦夷地で囚われる(後編)


 かくて、次郎佐は陣太夫を通じて藩内の商人と連絡を取り、内地から品物を取り寄せ、石狩川流域のアイヌ人を相手にして商いを開始した。

 最初こそ、慣れない商い取引に苦心して赤字を出したり、目端の利くアイヌや商人に買いたたかれたりもしたが、地場で顔を売っていた強みを生かして、徐々に商売は軌道に乗って行った。


 惣大将のカルヘカにはまめに挨拶に行き、自分の存在がアイヌの為になることを印象付けることを忘れていなかった。


 蝦夷蜂起の際、惣大将であったハウカセはすでに引退して長老となっていたが、次郎佐の苦手な種類の人物であった。

 人を透徹するようなその眼光に射すくめられると、次郎佐は自身の心を見透かされているような気になったのだ。

 次郎佐は極力彼を避け、近寄らないようにしていた。

 

 ふふん、今に見ろ、と次郎佐は思う。


 惣大将も長老もいずれ名ばかりの存在になる。

 俺が石狩の王になるのだ。


 次郎佐はおのれの野心を果たすため、ますます商いに力を入れて行った。


 ※


 それから数年が経過した。


 ある日、陣太夫が次郎佐の元を訪れた。

 浮かない顔をした陣太夫を不審に思いながら、次郎佐は家に招き入れた。


「冴えない顔をして、どうした」 

 うむ、とひと呼吸置いて陣太夫は次郎佐に顔を寄せた。


「――小耳に挟んだのだが、水戸藩の船が石狩に乗り込んでくるらしい」

「水戸藩?」

 そうだ、と陣太夫が頷く。「知っておるか?」

 次郎佐は宙を見つめた。


「徳川――御三家、だったか。陸奥国の端っこじゃろうが」

 漁師だった頃の次郎佐にはもちろんそんな知識はなかった。商い話の中で自然に身に着いた知識であった。

「水戸がどうかしたんかい」

 わからんか、と言って陣太夫がじろりと次郎佐の顔を見た。


「単なる物見遊山に来るのなら、別に心配はせん。だが――交易の為に来る、となると話は別だ」

 次郎佐がぎょっとした顔になる。


「それは――まずいな」

「まずい。――大いにまずい」

 陣太夫が頷く。


 アイヌ人との交易相場は次郎佐の自由裁量であった。

 例えば米一斗を干し鮭何尾と交換するか、などであるが、次郎佐はアイヌ人が欲しながらなかなか手に入れることができない品物を用いては、相場を思うがままに動かしていた。


 アイヌ人から買い叩いた海産物などは、正規の流通経路に乗せる以外にはねておいた自分の分を売りさばいて利ざやを得ていたのだ。

 無論、その一部は陣太夫への賄賂として使われていたため、陣太夫にとっても影響の及ぶ話になる可能性があった。


「やめさせることはできんのか?」

 陣太夫が苦い顔になる。

「前にも似たような話はあったのだ。その時は家老に結構な額を握らせて殿様にものを言ってもらって握りつぶした。

外の奴らに茶々を入れられては儂も迷惑だからな。だが今回は殿様がなぜか乗り気らしくての。どうも風向きがよくないようだ」


 ぬう、と言って次郎佐は黙った。

「儂の方ではもう止められんかも知れん。ぬしの方でなんとか出来んか」

 次郎佐は顎に手を当て、少しの間考えを巡らせた。


「要は、なんであれ交渉が失敗すればいい、という事だな」

 陣太夫が頷いた。次郎佐は口の端をにいっと曲げた。


「俺に考えがないでもない。――やってみよう」



 ※     ※     ※



 デンババはふ、と目を開いた。


 暗い。


 ぽたり、と水の滴る音がする。

 手で壁に触れてみる。

 固くごつごつした岩肌は冷えていた。


 人がかがんでやっと立てるぐらいの低い丈の洞窟であった。


 少し離れた位置に目をやる。

 格子に組まれた太い枝につる草を巻いて補強した入口が見え、その向こうは星明りにぼんやりと照らされている。


 夜であった。

 常人なら鼻をつままれてもわからない程の暗さだが、アフリカの闇に慣れたデンババの目には、格子の向こう側にいる人の気配まではっきりと感じ取ることができた。


『カンガ、起きているか』

 おお、と脇で小さく声がする。

 カンガがのそりとデンババににじり寄った。


『妙なことになったな』

『まあな』



 二人は、捕らえられて洞穴の牢に入れられていたのだった。




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