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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編シリーズ

貴族としては欠陥品悪役令嬢はその世界が乙女ゲームの世界だと気づいていない

作者: 白雲八鈴

加筆をいたしました。あらすじで書いていましたとおり、文字数が6万文字を超えています。

一冊の小説のようにお読みになりたい読者様はそのままお進みください。

連載形式ではアルファポリス様で投稿しております。


お好きな形式でお読みいただきたいと思います。


作者の目は節穴のため誤字脱字は存在しますので、先に謝罪を

「目が節穴ですみませんm(_ _;)m」

✦欠陥品悪役令嬢、婚約破棄をされる?


「ヴィネーラエリス・ザッフィーロ公爵令嬢!貴様との婚約は破棄とする!」


 目の前の金髪碧眼のキラキラ王子は私を指差しながらその様なことを言ってきました。


 今日は冬の感謝祭のパーティーのおめでたい日ですのに、キラキラ王子は何を言っているのでしょう。

 ここは貴族子女の13歳から18歳が通うエーデルシュタイン学院です。今年はキラキラ王子が最終学年になったということで、キラキラ王子が張り切って主催をするはずでしたが、始まって早々に何を言い出したのでしょう。


 まぁ、私がザッフィーロ公爵家の者である事も確かですし、ヴィネーラエリスという名である事も確かです。

 しかし、『婚約は破棄とする』と言う言葉に首を傾げてしまいます。


「なんだ?その意味がわからんという顔は!貴様が今までに犯した犯罪は調べ上げているんだぞ!」


 犯罪?はて?私は何をしたというのでしょうか。料理長の秘蔵のワインを没収して爺に横流ししたことでしょうか。それとも兄様のストーカーを妨害するべく、お兄様の侍従の弱みにつけ込んで買収したことでしょうか?

 しかし、このような事は些細なこと、それに侍従の件は結局お兄様にバレてしまいましたから意味がなかったです。


「いいかよく聞け!貴様が犯した事は─────」


 うーん。全く身に覚えが無いものばかり。その、なんたら男爵令嬢と言うのは誰のことですか?ああ、キラキラ王子の後にいる目が痛くなるようなピンクの髪の少女のことですか?


 そもそも、なんたら男爵令嬢を噴水に落としたとか、所有物を捨てたとか、犯罪と言われることでしょうか?

 ふふふ、なんて可愛らしい犯罪なのでしょう。私が本気でその令嬢のことを邪魔だと思えば、証拠も何もかも無く、消し去ることなんて容易ですのに。私はザッフィーロ公爵令嬢ですのよ?


「聞いているのか!」

「はぁ。で···」


 あー。キラキラ王子の名前ってなんでした?モ····モー····もやし?もやし王子!見た目にぴったりです。


 そうじゃなくて·····私って人の名前って覚えるのが苦手なのです。あの意味のない文字の羅列が頭から(こぼ)れ落ちて行くのです。毎日顔を合わせる使用人やよくお話をする方々は覚えられるのですが、たまにしか顔を合わせないもやし王子の名前なんて覚えられないのです。まぁ、社会不適合者という者ですね。貴族社会では致命的です。


「お前はいつもそうやって俺を馬鹿にした目で見てくるよな。王太子であるモーベルシュタイン・グライヒュングをな!」


 そうそう、モーベルシュタイン王太子殿下でした。


「やれ!貴様には己が(おこな)った罪を自らの身に刻むといい」


 は?ですから私はそのピンク男爵令嬢に何もしていないですよ?


 いきなり後ろから腕を掴まれ膝裏を蹴られました。そんな事をされれば床に倒れてしまうではないですか。


 誰かわからない人に床に押さえつけられ、うつ伏せにされてしまいました。これはどういう事なのでしょう?

 周りからのざわめきと悲鳴が耳に響きます。顔が横向きになっていた私は視線をとある令嬢に向けますと、その令嬢は顔を青くしてガタガタ震えています。

 そうでしょうね。しかし、彼女ではなく私がこの場に連れ出された意味はあったのでしょうか?モー·····もやし王子からしたらあったのでしょう。


『ザクリ』


 という音が耳をかすめると共に悲鳴が大きく室内に大きく響き、ガタガタ震えていた令嬢は後ろに倒れていきました。大丈夫なのでしょうか?


 そして、私の視界にはハラハラと落ちる薄い青色の糸が横切っていきます。私の髪と同じ色ですね。いえ、私の髪ですね。

 今日のためにお父様が用意してくれた銀の髪飾りが付いた天青色の髪の塊が目の前に落ちてきました。


「貴様は己の罪を悔いて生きていくといい」


 そんな言葉と共に上から押さえつけられていた圧迫感が無くなりました。

 私は手を伸ばして髪の塊から髪飾りを抜き取ります。


 髪ぐらい伸びるから構いませんが、これだけはきちんと申しておかないといけないでしょう。

 私は立ち上がり姿勢を正し、もやし王子を視線で捉えます。


「モ····王太子殿下。殿下のご婚約者は私ではありません。そこで気を失っているスマラグドィス公爵令嬢ですわ」


 私はもやし王子から視線を外さずに、殿下の所業を見て気絶をした赤い髪のスマラグドィス公爵令嬢を扇で指し示します。彼女はお茶会でよく顔を合わせるので名前は覚えておりますのよ。


「何を言っている!俺の婚約者はヴィネーラエリス・ザッフィーロ公爵令嬢だろ!」


 その言葉に私は首を傾げてしまいます。短くなった髪が頬を撫で、少しチクチクします。後で綺麗に揃えてもらいましょう。

 しかし、何故私がもやし王子の婚約者なんかにならないといけないのでしょうか?


「確かに、王家から婚約の打診がありましたが、我がザッフィーロ公爵家にお祖母様が降嫁されまして、血が近いということでお断りをしたはずです」


 私が10歳の時に王家主催のお茶会に呼ばれ、王妃様直々にお声をかけていただきましたが、そのときはっきりと断っております。なぜなら、私は王子という物体に全く興味がなかったのです。ですから、血が近いという理由でお断りをさせていただきました。


「そんなはずはないわ!」


 目が痛くなるようなピンクの髪の少女が声をあげます。なぜ、貴女が否定するのかしら?


「ねぇ、そこの私の髪を切った貴方」


 確か、もやし王子の犬···違った。駄犬···ダ··ダックスフンド?まあいいです。駄犬で。

 青い顔をしている駄犬に振り向いて問いかけます。


「貴方、殿下のお側にいて私と王城で会ったことあって?王太子妃になるには王太子妃教育が王城でされるはずですが、殿下のお側にいらして私を王城で見かけることはありましたかしら?」

「い···いいえ。王城でモーベルシュタイン王太子殿下の執務室に来られて挨拶をされるのはスマラグドィス公爵令嬢です」


 そうでしょう。私は王城になんて行きませんから。お祖母様がご健在の時は王城に赴くことはありましたが、10歳の時に行われたお茶会以降は王城に足を運ぶことはなかったのです。


「おわかりになりまして?王太子殿下のご婚約者は殿下に王城でご挨拶をされていたスマラグドィス公爵令嬢ですわ。今回のことはザッフィーロ公爵家から抗議をさせていただきます」


 そう言って私はもやし王子に深々とカーテシーを行う。言いたいことは言いましたのでさっさと退場させていただきましょう。


「待て!ザッフィーロ公爵令嬢!貴様嘘をつくな!俺は貴様と何度も会っているぞ!」


 その言葉にざわめきが起こります。はぁ、もやし王子はいつの事をおっしゃっているのでしょうか?


「王太子殿下。確かに私は王城で殿下にお会いした事はあります「そうだろう!!」····」


 人の話は最後まで聞いていただきたいものです。本当にこの方が次代の王でいいのでしょうか?


「私のお祖母様はビクトリア王女でしたのよ?それはお祖母様に連れられて王城に参る事はございましたが、7年前の王家主催のお茶会以降、殿下にお会いしたことはございません」


 私の言葉に周りの方々は納得してくれたようです。だって、私と殿下は再従兄弟ですもの、お祖母様に連れられて挨拶ぐらいはするでしょう。それにこの国での成人は18歳と決められていますから、夜会でのデビューも18歳ですので、まだ王城での夜会には参加したことはないですもの。まだ、私は17歳。あと一年はあります。


「な····なんだと!嘘をつくのも大概にしろ!」


 もしかして、今までもやし王子は私を婚約者だと思いこんでいたのでしょうか?それではスマラグドィス公爵令嬢のことはどのように思っていたのでしょう。可哀想すぎますわ。


「嘘かどうかは、王妃様に王太子殿下から直接お聞きしてください。誰かを仲介せずに直接です。それから、このような楽しい日にこれ以上水を差すのも失礼ですから、私は退場させていただきます。ご機嫌よう」


 私はそう言って踵を返し、煌めく会場を後にします。駄犬くんがパクパクと何か言いたそうにしていましたが、無視です。もやし王子を諌めるのも側仕えの仕事ですよ。



 馬車留めに待機している私の馬車に向かって行きます。

 はぁ、今日はこの感謝祭のパーティーのために綺麗にしてもらいましたのに、可愛いと褒めてもらいましたのに、残念な結果になってしまいました。短くなった髪に触れると、ザンバラになった髪がハラハラと手から溢れ落ちます。今朝もきれいだと褒めてもらった天青色の髪。


 なんだか、笑えてきます。これでは私が悪役令嬢みたいだと。前世で耳にしたことがある乙女ゲームみたいだと。

 そう、私には前世の記憶があります。でも、こんなことを言うと頭のおかしな子だと思われるので、誰にも話してはないですが。


 前世の記憶だと悪役令嬢は身分剥奪の上、国外追放がセオリーでしたけど、私は髪を切られただけで良かったと思うべきでしょうか?冤罪ですけれど。


 しかし、倒れたときに捻った左足がジクジクと痛いです。こんなにヒールが高い靴を履かなければよかったと、今更ながら後悔します。 


 あ、私の馬車が見えてきました。馬車留めの敷地の中でも近くに停めてあってよかったですわ。あまり遠くだと、私の足の方が悲鳴を上げて倒れそうですから。

 馬車の外では御者と私の従者兼侍従がタバコを吸いながら談笑しています。まだ、学院に来て間もない時間でしたから、馬も馬車から外されていないようですし、良かったです。


「お!お嬢様!!」


 私の姿を見つけた従者兼侍従が慌てて駆け寄ってきます。慌てながらもタバコを私の前で吸わないように消すのはいい心がけです。でも、タバコの匂いは嫌いじゃないですのよ?


「お嬢様。何があったのですか?」


 従者兼侍従がワナワナと震えながら、私の髪に視線を伸ばしています。困惑と怒りが見て取れますが、私はニコリと笑います。


「帰りましょう」

「すぐに準備を!!」


 御者のブラン爺が慌てて、馬車が動かないように止めている物を取り外しています。爺は元冒険者で自分では年寄り扱いをしろと言ってきますが、見た目が仁王像のような筋肉の塊の体つきで、強面の白髪の爺さんを誰が年寄り扱いするでしょうか。子供なんて泣いて逃げていますもの。しかし、右足の膝から下を無くし義足をしていますから、無理をさせることはありませんけどね。


 そんなブラン爺の姿を見ていると、ふわりと暖かいものに包まれました。どうやら、コートを頭の上からかけられたようです。私の正面にいる従者兼侍従に視線を向けます。白い雪が天から舞い降りる中、我が家の使用人の服をまとったシオンがいました。

 薄い紫色の髪を首のあたりで一つに結い長い髪を背中に流し、青と紫が混じった紺青(こんじょう)色の双眸を私に向けています。色合いと背景の雪が折り重なって、見ているこちらが寒々しいです。

 美人と言っていい容姿の眉間にシワが入って、イケメンが台無しですよ。シオン。


 そういえば、私の毛皮のコートは置いて来てしまいました。あまりの出来事に寒さを感じることなくここまで歩いて来ましたが、今更ながら外が寒いことを思い出して思わず頭から被ったコートの前をかき寄せます。タバコの匂いが私をおおい、私を落ち着かせてくれます。ふふふ。


 ブラン爺が馬車の準備を終えるまで、シオンは無言でした。必要ないことをベラベラ話す人は苦手ですが、こうも無言のまま圧力的な視線を向けられますと、居心地が悪すぎます。


 馬車の準備ができて、やっと馬車に乗ることができました。もう、自分の体重だけで捻った足首が限界を迎えようとしていたところでしたので、良かったです。

 ほっと一息をついて、コートをシオンに返します。


「シオン。ありがとう」


 しかし、向かい側の席に腰をおろしたシオンは一向にコートを受け取る気配がありません。


「シオン?」

「お嬢様。今日は感謝祭のパーティーが学院であると伺ったのですが?」

「ええ、今日は感謝祭のパーティーですわよ?」

「では、その髪はどういうことでしょうか?」


 シオンは鋭い視線を私に向けたまま質問してきます。なんだか私が悪いような気になってしまいます。

 これは場の雰囲気を明るくしなければ、帰るまでに私の体にブスブスと視線で穴が開きそうです。


「そうね。せっかくお父様からいただいた髪飾りがつけられなくなってしまいましたわ」


 そう言って、ずっと手に持っていた銀の髪飾りを掲げ、シオンに微笑みます。


「お嬢様!」


 あ、なんだか余計に怒らせてしまいました。


「シオン。隣に座って。そうも正面から睨みつけられると私が悪者になった気分になるわ」


 私は体を窓側によせ、隣の席をポンポン叩きます。


「ブラン爺。ちょっと遠回りをして帰ってもらえるかしら?」


 馬車の中から御者をしているブラン爺に呼びかけます。カツンと壁を叩く音が聞こえたので、了承してくれたようです。

 我がザッフィーロ公爵家は王都の中心に居を構えているため、大通りを通ればすぐに着いてしまうので、少し話す時間をお願いしたのです。


 その間に渋々という感じで、シオンが隣に座ってきました。学院に入る前はよく隣に座ってくれましたのに、学院に通いだしてからは隣に座ってくれることはありませんでしたから、少し心がざわざわします。


「それで、何があったのですか?」


 私が睨みつけていると指摘したからか、シオンは正面を向いたまま聞いてきました。


「私、も····もやし?あの王太子殿下の名前を忘れてしまいましたけど」


 ついさっき名乗られていましたが、全く思い出せません。


「ふっ。モーベルシュタイン王太子殿下です」


 怒っていたシオンの頬が緩みます。そうでしたモーベルシュタイン王太子でした。


「そのモンベールッシュ?王太子殿下?」

「お嬢様の中での呼び名でいいです。話が進みません」 


 長い付き合いのシオンは私が人をあだ名で呼んでいることは知っているのですが、そうも呆れたように言わないで欲しいものです。


「もやし王子の婚約者らしかったのです」

「は?誰がだ?」


 シオンさん、素が出ていますよ?私は右手で私を指します。


「どういうことだ?お嬢様に婚約者なんていないはずだろう?」


 ええ、そのとおりですよ。シオンさん。あまりにも予想外の言葉だったのか、シオンは私に驚きの視線を向けてきました。

 ふふふ。私、その話し方も好きなので、指摘しないでおきますね。


「もやし王子の中では私が婚約者だったようなの。それで、目が痛くなるようなピンクの髪のなんとか男爵令嬢をいじめたからと言って婚約破棄だと言い出したのよ。ふふふ」


 婚約もしていないのに婚約破棄だなんて、どうやってするのかしら?


「それもいじめた内容がお子様のお遊びのような内容。私だったら、なんとか男爵令嬢を排除したいのなら、そんな生易しいことはしないわ」


 そうね。私だったら、男爵家を陥れて借金地獄にして、労働奴隷に落とすか、あの馬鹿もやし王子を王太子から引きずり落とすかするでしょうね。


「その罪をその身に刻めと言って、私の髪を切ったの」

「その勘違い野郎が切ったのか?」


 ふぉ!どこからか、地獄の底から這い出てきた死霊のような低い声が聞こえてきました。


「切ったのはもやし王子の取り巻きの駄犬くんよ」

「ダヴィエーリ伯爵子息か。辺境伯爵の外孫だからと王太子に付けられたんじゃなかったのか?父親は西方騎士団の団長だったな」


 ええ、ダヴィエーリ伯爵はとても気前がよく信頼に足る人物だとブラン爺が言っておりました。ブラン爺はマルガリートゥム辺境伯爵とお友達だそうです。爺はよく彼らの話を面白おかしくしてくれるので、私も親しみを持っていたのですが…。


「ええ、それで私はパーティーを抜けて戻って来たの」


 あら?シオンの様子がおかしいです。『まずは王太子を殺して』なんて口にしていますが、それは駄目ですよ。シオンを犯罪者にするわけにはいきません。


 物騒なことを口走っているシオンの固く握られた左手を取り、両手で包みます。


「それでシオン。私と結婚しましょう」

「···どこをどうしたら、そういう話になるんだ?」


 戸惑ったようで呆れたような声が返ってきました。


「え?私って貴族としては欠陥品でしょ?髪も犯罪者みたいに短くなってしまったので、貴族の令嬢としてはあるまじき姿よね?あ、犯罪者みたいに短い髪の私が醜いってこと?」


 この国では髪が短い女性は犯罪者だという印なのです。前世の記憶がある私からすれば、髪ぐらいでと思うのですが、普通ならスマラグドィス公爵令嬢のようにその場で気絶をしていてもおかしくはない行為です。あ、私の神経が図太いということでしょうか。


「ヴィは醜くなんてない!あ、お嬢様はどのようなお姿でもお美しいです」


 あら?また、いつもの口調に戻ってしまいました。でも、昔のようにヴィと呼んでもらえましたから、いいですわ。


「でも」


 そう言って、私はザンバラに短くなった髪に左手で触れる。


「貴族としては駄目でしょ?それにお父様が拾ったものは最後まで面倒を見なければならないと言っていたから、シオンと結婚すればお父様の言葉には違えないでしょ?」


「お嬢様。それは子猫を拾ってきたときの話です」

「シオンも私が拾ってきたわ。ブラン爺も、グリースも」


 そう、私が彼らに手を差し伸べ、生きるという選択肢を与えたのです。ちなみにグリースは拾ってきた子猫の名前。今ではふてぶてしく私のお気に入りの猫足の長椅子で惰眠を貪るのがお気に入りのなのよ。


「俺たちは猫と同じですか?」

「だって、貴方達のお給料はどこから出ているのかしら?」

「お嬢様です」

「では、誰に養われているのかしら?」

「お嬢様です」


 なぜ、段々と悔しそうな顔になっていくのかしら?私はその昔、鉱山を見つけたから、お金に困ることはないのよ?


「だったら、私と結婚しても問題ないわよね?」

「問題ありすぎます」


 項垂れながら、呻くように言葉を漏らすシオン。何がいけないのかしら?




✦欠陥品悪役令嬢の過去



 シオンは私が7歳のときに拾ってきたのです。そのころの私は『異世界だぜ!俺Tueeeeだぜ!』という貴族の令嬢としては、駄目な生き物だったのです。


 公爵令嬢である私が何故、駄目な生き物になってしまったかといえば、16年前にお母様が亡くなった事がきっかけだったと言えばいいでしょう。


 そう全てが変わってしまったのは16年前からでした。


 私はザッフィーロ公爵家に生を受けました。ただ、幸せだったのはお母様がいた頃までだったのです。





 私が3歳の時ザッフィーロ公爵家は襲撃を受けました。なぜ、全滅と言っていいほど襲撃を受けたのか。その時子供だった私にはわかりませんでした。

 しかし、子供であった私にも知っていることはあります。ザッフィーロ公爵家は王家の闇を担っている。きっとそれが襲撃の理由でしょうと、その時の私は思っていました。

 そして、私がその襲撃を生き延びられたのは、たまたま助かったと言っていいでしょう。


 あの日、家人の目を盗んでお父様の書斎に籠もって魔法書を読んでいたところ、お兄様に見つかってしまい、お説教をされていたときでした。


 屋敷の中が異様に静かになったことに気がつきます。いつもなら、家人たちは明日の準備や僅かな自分たちの自由な時間を楽しむため、何かと雑音がするのに、何も何も音がしなかったのです。


 私がお父様の書斎に籠もる一番の理由はここには特殊な魔法が掛けられているため、当主の直系またはその許可を得た者のみが出入りができ、悪意ある魔法の影響を受けないという構造だからです。


 嫌な予感がする。この幼い体が憎らしい。早く行動するには不適切だともどかしさを感じ、お説教をしていたお兄様に異変を伝えました。


「にいちゃん。いえがおかしい」


 私の言葉にお兄様は顔を顰め、私を見ます。まぁ、いつもどおりコイツは何を言っているのだろうとか、言葉遣いがおかしいと思っているのでしょう。


 幼い頃の私は大体こんな感じの話し方をしていました。子供らしくないと公爵令嬢らしくないと思われているのも重々承知していましたが、身分というものに囚われない世界の記憶を持ったまま転生をした私にとって、ですわ口調は鳥肌物で、お祖母様の教育の成果ののち令嬢として最低限見苦しくない口調までに成長したと言ってよかったのです。


「何がおかしいんだ?」


 9歳であるお兄様は歳の割にはしっかりしており、私の奇行にも対処できるという優秀なお子様でありました。いいえ、私に慣らされたと言ったほうが、しっくりくるかもしれません。


「おとがしない。なにかがおこってる?とうさまはきょうかえってくる?」

「父上は10日は帰って来ないと聞いている」


 10日は長い。書斎のお父様の机の下に仕込まれている短剣を手に取り、お兄様に渡しながら


「これでみをまもって、へんなひとがいたら、ようしゃなくコロスこと。にいちゃんできるよね」


 お兄様の目を見て言うと、お兄様は困ったような表情をして短剣を受け取り、はっきりと言いました。


「できるかもしれないけど、僕は大人と剣を交えても勝てないよ」


 正直な言葉です。それは当たり前のことで、別にこのままで勝てるとは思っていません。


「だいじょうぶ。『身体強化』『能力向上』『斬撃強化』これでいい」

「ん?体が軽い?」


 これは転生前のゲームとか小説とかの知識ですから、この世界の魔法とは少し違うので多少の問題はありますけど、そこは目を瞑ってほしいです。

 以前、私自身で試して大変な目に遭った記憶があります。にいちゃんごめんねと心の中で謝っておきますね。


 書斎の扉を少し開け、廊下の様子を見る限り異様な静けさが満ちている以外何も問題がないように思えます。

 しかし、魔力の残滓が微かに感じ取れました。


「ねむりのまほう?」


 目を瞑り屋敷の気配というか、誰しも大なり小なり持っている魔力を検索します。

 数がおかしい。一階で仕事をしている家人が誰もいない?二階に集まっている?移動している方向は・・・


「にいちゃん!かあさまがあぶない!」


 書斎から急いで廊下に出ようとすれば、ふかふかの絨毯に足を取られ顔面から倒れてしまいました。ふかふかの絨毯のおかげで怪我はないけど、やはりこの小さな体は頭が重いようで、よくコケてしまいます。


 起き上がろうとすれば、体がふわりと浮き上がり、お兄様に抱えられていました。


「兄様にしっかり掴まっていろ!お母様のところまで走るから、舌を噛まないようにな」


 そう言って私を抱えたままお兄様が走り出しました。書斎からお母様の部屋まで一直線の廊下で繋がっているけれど、屋敷が大きすぎて遠い。


「にいちゃん!急いで!かあさまのへやにひとが、たどりついてしまった」

「わかっている」


 お兄様が扉を蹴破ってお母様の部屋に入れば、3人の黒い服に身を包んだ人物が立っていました。その足元には背中から銀色に光った刃物が突き刺さって倒れているお母様が···。


 あれは知っている。なぜ。なぜ。裏切った。なぜザッフィーロを裏切る!私は手を前に突き出す。


「『風刃乱舞』」


 複数の風の刃が黒い服に身を包んだ人物に向かっていきましたが、避けられてしまいました。

 でも、それでいい。


 私はお母様のところに駆け寄り背中の刃物を抜き取ろうとして気がつきました。うつ伏せになった胸にもナイフが刺さっていたのです。コレは何?胸に刃を刺したあと、助けを求めようとしたお母様の背中にトドメを刺した?


 そう、この部屋は公爵夫人の部屋。だから書斎と同じく魔法防御が施されていたはず。それ故、眠りの魔法は効いていなかったはずなのです。だから、お母様は助けを求めたのでしょう。お父様に···お母様が手を伸ばしている方向はお父様の部屋に続く扉。


「ヴィネ。この魔法は凄いな。子供の僕が大人の首を一撃で落とせた」


 血を被ったかのように血まみれになったお兄様がそう言いながら私のところに歩いてきました。その背後には物言わぬ肉塊が存在しています。


 その身体強化、2日後ぐらいにとてつもなく酷い筋肉痛に襲われることになり、丸一日はベッドの住人となるのです。2日後ってのがとても微妙。


 私はお母様の命を取り戻せないかと、悪あがきをしてみましたけれど、零れ落ちてしまった命を救い上げることはできませんでした。私が無力さに嘆いていると、更に5人の襲撃者が侵入し襲ってきました。私はその者たちを迎え入れるために立ち上がります。このような事は許されることではありません。

 お兄様が短剣で襲撃者の一人の首を掻き切ります。それを口火に両手に剣を持った者、糸のような物を操る者、火の魔法を操る者、苦無のような小さな剣を投げ放つ者が一斉に攻撃をしかけてきました。お兄様は双剣を持った者の腕を斬った隙に私は襲撃者二人の胸に風の魔法で風穴を開けて息の根を止めます。私が魔法を放っている間にお兄様は3人の襲撃者の息の根を止めていました。流石お兄様です。


 私は、他に侵入者の魔力がないか探ります。いた!

 手を天井に向け炎の渦を打ち放ちます。悲鳴と天井の破片と黒く焼け焦げた肉塊が落ちてきました。


 燃え落ちた天井の隙間から光が落ちてきました。見上げるとそこには、誰も守ることができなかった私たちを嘲笑うかのような歪んだ月が見下ろしていました。


 なんとか襲撃者は撃退しました。生きている家人を探しましたが、誰もいなかったのです。家人の全てを確実に殺されていました。


 本当ならお父様に相談したいところですが、10日は帰って来ないとお兄様が言っていたため、あてにはできそうにありません。


 爺やと婆やが居てくれたら···ちょっと待って!1月ほど前、領地に戻ると言って爺やと婆やが王都を去ってしまった。それも突然隠居すると言って。

 そして、黒装束の者たちの裏切り。おかしい。これは誰かが裏にいる?


 次期当主であるお兄様を守るにはどうすればいい。横を見ると血がそのまま付いたお兄様が寝ていました。


 しかし、いくら考えても所詮私は子供です。何ができるでもない。

 そもそも相手も目的もわからない。もう全てお父様に任せて子供らしく過ごせばいいかと思いそのまま眠りにつきました。



 騒がしい声と駆けてくる足音で目が覚めます。それと同時にお母様の部屋の壊れた扉から焦った形相のお父様が現れました。そのお父様の姿も血に塗れていました。ああ、きっとお父様の方でも裏切りがあり、途中で引き返して、今、屋敷の惨状を目にしたのでしょう。


 そんなお父様と目が合い、慌ててお父様が駆け寄ってきました。お父様の姿も私とお兄様の姿も変わらないので、それは慌てるかもしれません。


「ヴィネーラ!レーヴェ!無事か!」

「はい。でもかあさまが・・・ごめんなさい」


 私の言葉にお父様は顔を上げお母様を探すように視線を巡らせ、ベッドの上に眠るように横たわっているお母様を目にしました。


 お母様はお兄様と一緒になるべく血を拭き取り、美しい状態にしておきました。お父様はお母様を溺愛していましたから、あのような状態のお母様の姿を見せたくなかったのです。


 すぐにお母様の側に駆け寄ると思われたお父様が時が止まったかのように、何も言わず動かなくなってしまいました。どうしたのだろうと顔を上げれば、そこには表情が抜け落ちだお父様が存在していました。



 それからでした。屋敷の中がおかしくなったのは


 お母様を失ったお父様は殆ど屋敷には戻って来ず、屋敷内の事を全て新たに据えられた執事が取り仕切り、息苦しい生活が始まったのです。王都の屋敷の使用人の全てが新しくなったのもそうですが、あの日から誰かに監視されているような視線を感じるようになりました。


 まずはお兄様と引き離されてしまいました。会うにも新しい侍従長の許可がいると言われ、外に出るにもその侍従長の許可がいると言われ、何をするにも侍従長の許可が必要だったのです。


 今となってはそれが公爵家の令嬢として当たり前のこととわかっていますが、当時はわかりませんでした。

 だから、それが窮屈でしかたがなかったのです。


 そして、食事に毒物が混じるようになっていました。それは貴族は毒に慣れさせるために、毒を摂取しなけれがならないと前世の小説か何かに書いてあったような気がするので受け入れることにしました。


 あと、あの日から10日ぐらい経ったぐらいからでしょうか?夜に襲撃されるようになりました。そう、黒ずくめの者たちに。本当に私が子供だったら受け入れられないことだったかもしれません。

 だけど、私は前世の記憶を持ち、大人の思考を持った子供です。だから夜は結界を張って寝ることにしました。おかげで無傷で爆睡することができたのです。


 しかし、心配なのはお兄様。お兄様とお茶をする許可が侍従長から出たのはあの襲撃から3ヶ月も経ってからでした。

 なぜ、家族とお茶をするだけで、こんなに時間がかかるのか。お茶ぐらい毎日一緒にしても問題ないはずです。



 3ヶ月ぶりに会ったお兄様は、私が知っているお兄様の姿ではありませんでした。顔色が悪く、人を視線だけで射殺すような鋭い目。その目の下にはクマが青黒く浮き出て、見るからに痩せこけていました。


 これは何があったの?私は思わず問いかけそうになってしまいましたが、ここには信用ならないお兄様の侍従と私の侍女がいます。口に出すのはぐっとこらえ、他愛も無い話をして久しぶりの兄妹の会話を終えることになりました。


 お父様にお兄様のことを相談したかったけれど、中々帰って来ません。やっと帰って来ても私が寝ている夜中に帰ってきて、早朝に屋敷を出ていっているようで、全く会うことができなかったのです。

 それから、お父様に会うことができたのは更に1ヶ月後のことでした。お母様が亡くなって4ヶ月が経とうとしていました。


 玄関で待ち受けていた私は、思わず逃げ出したい衝動にかられてしまいます。私の目に映ったお父様は半死人状態と言っていい姿だったのです。痩せこけて目はくぼみ落ち、その目がギラギラと鋭く尖っていました。纏う雰囲気は虚無と表現していい感じで、そこに存在しているようで、存在していない。姿はあるのに気配がない。目の前に深淵の闇が広がっているような底しれぬ恐怖に支配されました。

 しかし、しかし、私は心を振り絞って声をかけます。


「おかえりなさい。とうさま」


 しかし、お父様の耳には私の声など聞こえていないかのように、私の横をとおり過ぎていったのです。私は話をするべくお父様を追いかけます。


「とうさま。おはなししたいことがあるの」


 お父様は私など存在しないかのように、歩みを進めていきます。その、後姿に私はお父様に頼ることを諦めました。


 ああ、お父様の中には死んだ姿のお母様しかいないのだと。そのお母様を殺した何者かを探しているのだろうと。


 でも、お父様。私、わかってしまったのです。お母様を殺した者が誰かって、でも言わないでおきます。復讐してもきっとお母様は喜ばないと思いますから。


 歩みを止めた私は踵を返し、私の部屋に戻ります。そして、荷造りを始めました。お父様に頼れないのなら、他の人を頼るべきだと。


 夜中の月明かりがない屋根の上を歩き、お兄様の部屋のバルコニーに降り立ちます。私の背中にはシーツを切って大風呂敷のように結んだ物を背負っています。そこには私の大切なものを詰め込みましたが、何だか泥棒になった気分になってしまいます。


「にいちゃん」


 声をかけて窓を叩きます。するとカーテンが開けれそこからゾンビが···いえ、痩せこけたお兄様が姿を現しました。夜にその姿は心臓に悪いです。


「ヴィネ、どうした?」


 お兄様は困惑したような顔を私に向けます。


「ばあちゃんのところに行こう。ここにいたら、にいちゃんが死んじゃう」


 私の言葉にお兄様も何か思うことがあったのでしょう。すぐさま準備をし、私とお兄様は月の光がない暗闇の中に飛び出して行きました。


 そう、私は6つ年上の兄を連れて、お祖母様の屋敷の扉を叩き保護を求めたのです。


 私とお兄様は前ザッフィーロ公爵に面会を求めました。前ザッフィーロ公爵であるお祖父様はザッフィーロ公爵領の地で老後生活を送っていたため、旅人が寄り合って乗る乗合馬車を乗り継いで、なんとか、たどり着いたのです。

 そこで前ザッフィーロ公爵であるお祖父様にお兄様の剣の腕を見出され、私も一緒に剣の修業をして、お祖母様から淑女教育をされ、貴族の子女が受けることができる教育と平穏という日常を送ることができました。おかげでお兄様も健康を取り戻し、今までのお兄様と変わらないお姿になることができました。


 4年が経ったころ、お兄様は学院に入り、お祖父様がお体を崩され、お祖母様はお祖父様につきっきりとなりました。

 そのときにお祖母様が教えてくれたのです。15歳年上のお祖父様に一目惚れをして猛アタックして一緒になったけれど、お祖父様がこの世を去ってしまえば、お祖母様も生きてはいけないと。

 私のお父様もきっとお祖母様のそういう所を強く引き継いてしまったために、あなた達に寂しい思いをさせてしまったわね。と。そして、お父様を恨まないであげてとも言われました。


 その3ヶ月後お祖父様が亡くなり、後を追うようにお祖母様も儚くなられ、大切な家族を失った私は7歳で『冒険者』デビューをしました。意味がわからないかもしれませんが、泣きつく父親もおらず、兄は学院に入ったため邪魔はしてはいけないと現実逃避をしていたのでした。



 私はとてもはしゃいでいました。『ヴィ』と名乗り7歳だけれど10歳と偽って冒険者登録をして、お祖父様に教えられた剣と【俺tueee脳】で作り上げた魔法を駆使して、魔物を蹂躙していたら、どこをどうしてだか父親に私の噂が耳に入り、ザッフィーロ公爵家に連れ戻され、脱走をし、連れ戻されるを繰り返していたときにシオンに出会ったのです。


 冒険者の依頼を受けた帰りに、昨晩の大雨で水嵩が増し、濁った泥水が勢いよく流れている川岸にボロボロの布切れが引っかかっていました。

 それをカラスが寄ってたかって突いていたので、気になりなにかあるのかと思って近寄れば、そのボロボロの布切れがもそりと動いたのです。駆け寄ってボロボロの布切れをめくってみれば、すみれのような紫の濡れた髪が一番に見え、かすかに動いているので、生きている人間だとわかりました。


 このまま放置するわけにもいかないので、助けようにも、流石に成人している男性と思われる人を担いで川岸から道まで戻るには子供である私は無理ですから、川岸から水が来ない安全な河原まで引きずっていきました。途中で色んなところにぶつけてしまったけれど、子供なので許して欲しいです。


 見た感じその人物は擦り傷しかなさそうでしたが、念の為私の鑑定さんで視てみますと、状態異常が出ており、猛毒となっていました。

 私はすぐさま【解毒】の魔法を使い解毒を行いました。3歳のときに毒を盛られたことが役に立ちました。

 しかし、助けた人物は目を開けそうにありません。回復するどころか、徐々に顔を歪め体温が高くなっていきます。おかしいと思い、成人していると思われる男性の衣服を剥ぎ取るのは失礼だと思いましたが、人の命がかかっているのでそこは許してほしいです。

 そして、調べた結果、右腕の骨折、背中から剣で斬られた傷、あとは激流に流されていく過程でできたと思われるかすり傷がありました。それも、背中の傷はどす黒くなっています。おそらく剣に毒でも塗ってあったのでしょう。剣に毒を塗るのは駄目ですよ。毒は。

 その傷は【治癒】の魔法で全て癒やしました。


 けが人が目を覚ましたのが、それから2日後でしたが、意識が朦朧としているようで、話はできず。更に2日経ってやっと話ができる状態になりました。


「ねぇ。お兄さんの名前は何?どこから来たの?私、ヴィって言うのよろしくね」


 何も答えてはくれません。しかし、なんとなくわかってはいました。彼の目はいつか見たお兄様と同じ目をしていたのです。


 彼にはきっとお兄様のように安全に日々を送れる場所が必要なのだとすぐにわかりました。だから、私は彼に言います。


「名前を教えてくれないのなら、勝手に呼んじゃうよ?お兄さんの呼び名はシオンだよ?」

「しおん?」


 薄い紫色の髪からシオン(紫苑)と勝手に名付けました。


「そう、シオン。シオン、行くところがないのなら私と一緒に来る?」


 そうして、訳ありそうなシオンを引きずって、ザッフィーロ公爵家に戻って来たのでした。



 そして、そのときまだ半死人状態だったお父様を殴りつけ、とある契約を交わしました。それに際し私はお母様を殺した犯人を教える代わりに、シオンを私の侍従にするようにという条件を付け加えました。

 復讐はきっとお母様は望んでいないでしょうが、お父様には区切りというものが、きっと必要なのだと思いました。


 そして、ザッフィーロ公爵家の使用人になりすました者たちを排除するようにとも言いました。彼らを雇っているのはお父様ですから、お父様に動いてもらわなければなりません。信用ならない侍女なんて側に置けません。まだ、拾ってきた者の方がましというものです。


「お父様!いつまでウジウジしているのですか!そんなことで死んだお母様に胸を張って会えるのですか!

 お父様ではなくお祖父様がザッフィーロ公爵家の事をお兄様に教えていたのですよ!すでにお祖父様の子飼いをお兄様は譲り受けています。せめて父親らしいことをしてください!

 それに命日の墓参りのときなんて、雨の中丸一日立っていて、お母様の墓の前で私達子供のことなんて一言も報告はしていないのでしょ?丸一日突っ立っていられると、私とお兄様が墓参りできないのでやめてもらえません?」


 溜まりに溜まったことをお父様に吐き出してしまいました。しかし、それがよかったのか、今では親子の仲は改善しておりますよ。



✦欠陥品悪役令嬢、告白する


 という長々として過去の回想でしたが、シオンは私と結婚することに、何が問題なのでしょうか?私は公爵令嬢という地位にはこだわりなどありませんのに、冒険者をしているときにザッフィーロ公爵領で新たにサファイアの鉱脈を発見しましたので、鉱脈が尽きないかぎりお金には困ることはありません···いえ、今でも遊んで暮らせるお金はありますのよ?

 因みに鉱山の管理はお祖父様の側仕えしていた信用できる人の息子の方にお願いしているので、私が直接管理しなくてもいいのです。もし横領しようものなら、天誅が下りますと脅しているので、そのあたりも大丈夫なのです。

 何が天誅ですかって?それは秘密です。しかし、私の奇行を日々見ていた彼にとって、それが嘘でないことは身にしみていることでしょう。


 はっ!ということは


「シオンは私の事が嫌い?」


 そういうことだったのですね。それは申し訳ないことをしましたわ。命を助けたという恩義というもののためにシオンを私が縛り付けているというのなら···私はシオンの左手を離します。元々は訳ありそうだったシオンをいつまでもザッフィーロ公爵家に縛り付けておくことはできません。


「違う」


 シオンは私の離した手を掴みます。


「違うんだ。俺では「じゃ、シオンは私のこと好き?」」


 ぐぐっとシオンに詰め寄って聞きます。自分を否定する言葉は聞きませんよ。要は私が好きか嫌いかです。


 ···答えてくれない。ならば

 私は首を傾げ、上目遣いでシオンを見て涙を浮かべもう一度聞きます。


「シオンは私のことが嫌い?」


 瞬きをすれば、ポロリと涙がこぼれます。


 あのお父様のことです。ただでさえ貴族としては欠陥品の私なのです。それに加え、こんな短い髪となったと知れば、国王陛下か辺境伯爵を脅して、何も文句を言えないようにして、今すぐにでもどこぞかの貴族に私を押し付けようとするに違いないのです。


 それならば、ここで私の想いを告白するのです。それに、シオンなら私が欠陥品だということがわかっているので、気を使う必要がないことがいいです。


「····嫌いじゃない」


 ···その答えは30点です。私の涙が無駄に終わってしまった。私の泣き落としはシオンには効かなかった。


「好きか嫌いかしか受け付けません」

「受け付けろ」

「私はシオンのことが好きです。大好きです。結婚してください。結婚してくれないのなら、お父様が帰って来る前に家出します」


 そして、冒険者になります。冒険者になって旅に出ます。二度とこの国には帰ってきません。


「なぜ、その両極端になるんだ?それに、俺と結婚という話になる?俺には身分というものはそもそも無い。お嬢様ならよりどりみどりだろ?」

「シオン。それは本気で言っているの?」


 シオンは視線を漂わせています。私は公爵令嬢であり、容姿はお祖母様によく似ています。髪の色はザッフィーロ公爵家の特色の天青色ですが、大きな金色の瞳を縁取る長いまつげ、バラ色の頬、林檎のような赤い小ぶりの唇。美人であることに間違いはないのですが、それを凌駕するほど、行動が貴族の令嬢から逸脱しているのです。基本的にはお祖母様から教えられているので、外見は取り繕えるのですが、長期間だとすぐにボロが出てきます。


 例えば人の名前が覚えられない。庭で剣を持って走り出す。魔法の試し打ちで庭を水浸しにする。突然奇声を発して部屋で小躍りをしている。雨の日に屋根の上で怪しい踊りをしている。


 ·····思い返してみたら、やばい人にしか思えないです。これは私と結婚なんて嫌だとシオンも思うでしょう。

 仕方がありません。冒険者一択ですね。お父様がお仕事から戻って来る前に家出の準備をしなければなりません。


 ガタンと馬車が止まる振動が響きました。どうやら、ザッフィーロ公爵邸に到着したようです。

 外から扉が開けられ、シオンが先に外に出ます。次いで私もと立ち上がろうとすれば、そのまま馬車の床に倒れ込んでしまいました。


「「お嬢様!!」」


 シオンとブラン爺の声が同時に聞こえます。私は左足を見てみますと、赤く腫れてしまっていました。あ、馬車に乗れば治癒魔法で治そうと思って忘れていました。


 思い出して治そうと思い左手を左足首にかざそうとしたところで、体が浮き上がりました。あら?


「お嬢様!怪我をしたのならきちんと報告してくださいと、以前から言っていますよね」


 言われていますね。


「すぐに治しますわ」


 今、治そうとしていましたよ?

 私はシオンに抱えられて馬車から降ろされました。フルリと体が震えます。馬車の中は暖かったですが、外はやはり冷えますわ。


「そういう問題じゃありません!」

「そうですぞ。お嬢様。怪我を負わせた者がいることが問題なのです。あと、マルガリートゥムの(せがれ)をシバくのにお嬢様のお側を離れる許可をいただけませんかのぅ」


 ブラン爺。馬車の中の話を聞いていたのですか。それは聞こえていても聞こえていないフリをするものです。

 あとマルガリートゥムの(せがれ)ということは、駄犬くんの父親ではないですか。そこはしばかなくていいのでは?


「許可は出しませんよ」

「では、家出をするときはこの爺をお連れくだされ」

「は?」

「ええ、よろしいですわ。ブラン爺とグリースは連れて行きますわ」

「え?」


 拾ったものは最後まで面倒は見ますわ。なんですシオン?私は言いましたわよ?結婚してくれないのなら、家出をすると。


「シオン。いつまでお嬢様を寒空の下におらすのじゃ?ワシは馬車を戻してくるので、お嬢様をお屋敷の中に早くお連れしなされ」


 シオンは心ここにあらずという感じで屋敷の中に入ろうと私を抱えたまま玄関扉のノブに手をかけて、何かを避けるように後ろに飛び退きました。


 玄関扉がギギギといつもは立てない音を立てながら開いていきます。なんだか嫌な予感がします。


「ヴィネーラ。遅いおかえりだったね」


 私と同じ天青色の髪に浅葱色の瞳をした長身の青年が玄関扉の内側から現れました。なぜ、この昼間の時間帯にお兄様がいるのでしょうか?それも遅い帰りということは、今日のパーティーで何があったか知っているようです。


「ただいま帰りました。お兄様。少し心を落ち着かせるためにブラン爺にわがままを言って遠回りをして戻ってきましたの」


 そう言って、私はニコリとお兄様に笑顔を向けます。ああ、きっとお兄様の婚約者のアルマース伯爵令嬢が教えたのでしょう。彼女は私の一つ上ですので、今回の茶番劇をパーティー会場で目にしたことでしょうから。

 今、お兄様がここにいるという事は、アルマース伯爵令嬢があの後直ぐに会場をあとにしたのでしょうね。気を使わせてしまって申し訳なかったですわ。


「父上もお戻りだ。着替えたら、父上の執務室に来なさい」


 ······え?あの仕事人間のお父様が戻って来ているのですか?私の家出計画が!いいえ、まだチャンスはあります。


 お兄様はそれだけを言って背中を向けて去っていきます。はぁ、きっとお兄様も怒っているのでしょう。奇行が目立つ妹が今度は学院で問題を起こしたと。

 それとも、アルマース伯爵令嬢にこの日の為に贈ったドレスが、パーティーに参加せずに無駄になってしまったことに····いえ、お兄様ならアルマース伯爵令嬢に会えて狂喜乱舞のはずです。

 それとも、アルマース伯爵令嬢は代理を立てられて報告を···それはないでしょう。一度、お兄様に連絡を取るのに代理を立てたときにアルマース伯爵令嬢の名を騙る不届き者が!とお怒りになったことがあったので、手紙のやり取り以外で代理を立てることは無くなったはずです。



 そんなことを考えていると、いつの間にか私の部屋に戻って来ていました。私のお気に入りの長椅子にふてぶてしく寝ているビロードのような毛並みのブルーグレーの毛玉を見るとほっこりしてしまいます。シオンは私をぷーぷーと寝息を立てているグリースの側に降ろします。毛並みに沿うように撫でてあげるとゴロゴロと喉を鳴らして、伸びをするグリースを見て、心が癒やされます。

 そして、今の内に高いヒールの靴を脱いでストッキングの上から赤く腫れた足首に治癒の魔法をかけておきます。すると、腫れていた足首は元のとおりに戻っていきました。魔法とは便利なツールですわね。


「ねぇ、シオン。髪を切ってくれないかしら?」


 私は着替えの服を持ってきてくれたシオンにお願いします。こんな、ザンバラな髪でお父様の前に行くわけにはいきません。


 しかし、シオンはその言葉に戸惑いを見せます。はぁ、やっぱり結婚して欲しいと言ったのはやめておいた方がよかったかしら?これ以上ギクシャクするのも嫌なものね。本当に貴族というものは嫌ね。本心を口に出してはならないなんて、この恋心はきっと閉じ込めたままの方が良かったのね。


「やっぱり、切らなくていいわ。着替えはそこに置いて下がっていいわ」


 私に侍女はいない。このザッフィーロ公爵家の使用人は私に対していい感情は持っていない。私が公爵令嬢らしくないのも原因の一つでしょうが、3歳から7歳になるまで、この屋敷で暮らすことはなく、7歳になって戻って来ても、殆どいなかった公爵令嬢など父に義理立てするぐらいにしか仕える意味を見いだせなかったのです。

 だから、私は身の回りのことは一人でできるのです。


「なに?」


 シオンがその場から動かず、私を見てきます。どうしたのでしょうか?


「私はお嬢様から捨てられるのでしょうか?」


 あら?なぜ私がシオンを捨てることになるのかしら?


「いきなりどうしたのかしら?シオン?」

「先程の話」


 どの話の事かしら?私は首を傾げます。


「ブランとグリースは連れて行ってもらえるのに、私は連れて行ってもらえないのですか?」


 あらあらあらあら?シオンは何を言っているのかしら?それは私との結婚か家出かという選択肢ですから、私との結婚を拒んで、私の家出に付き合おうとは虫の良い話ですわ。それに···。


「私はシオンを捨てたりしませんよ?拾ったものは最後まで面倒を見ますから。でも、道が分かつ時がくれば、快く見送るのも私の役目だと思っていましてよ?いつまでも私が匿っていることもできないでしょう?エスピーリト国の御方?」


 私の顔を信じられないという表情でシオンは見てきます。でも、私は初めから知っていましたよ?私の【俺Tueee脳】で見た鑑定さんはシオンが誰だか教えてくれましたよ?


 ヒューレスト・エスピーリト様。

 エスピーリト国の元第一王子。対外的には病で亡くなったとされている第一王子。


「ザッフィーロ公爵家の名を以てすれば、どこぞかの国の侵入者を消すことも可能ですけれど、一介の冒険者がどこぞかの国のスパイの首を切ったとなると、面倒なことになりますわよね」


 エスピーリト国の者たちを排除するのは大した労力ではないのでかまいませんが、命を狙われながら冒険者をするのはかなり危険が伴いますもの。


「別に私はシオンが誰かに生きていることを報告したことを責めているわけではないのですよ?シオンの事を心配している人はいるでしょうから。ですから、私はシオンに選択を迫ったのですわ。

 私との結婚を選択すれば、ザッフィーロ公爵領の私の鉱山の近くの街をお父様からもぎとるつもりでしたわ。ですが、今回のことでお父様は欠陥品の私にどこぞかの貴族との結婚を用意してくるでしょう。

 元から学院で結婚相手を見つけて来なければ、お父様の望んだ相手と婚姻することを約束していましたから」

「しかし、まだ1年···」


 そう、まだ卒業まで1年あります。しかし、もう私は学院に通うことはないでしょう。犯罪者のような短い髪になった私を外に出すことはないでしょうから。

 ですから、その前に逃げます。


 私はシオンに微笑みます。


「シオン。部屋に戻ってよく考えなさい。私は優しい主ですから、貴方に生きる道を選択させてあげますわ。シオンとして生きるか。それ以外の者として生きるか」


 私はそう言って部屋履きに治した足を入れ立ち上がります。いい加減に身なりを整えてお父様の執務室に向かわないといけないですわ。


「お嬢様。その前に私に御髪を整えさせてください」


 あら?嫌じゃなかったの?


「そう、お願いするわ」




✦欠陥品悪役令嬢の別れと旅立ち


 私はショートボブの長さになった髪を姿鏡で確認します。これはこれでいいですわ。頭が軽くなって、旅をするにはもってこいですわ。


 私は身なりを整えて、お父様の執務室に向かいます。その途中ですれ違う使用人たちが私をチラチラ見て、コソコソと話をしている姿が見えますが、そんなものは無視です。


 お父様の執務室の前まで来たので、深呼吸して扉をノックします。


 コンコンコンコン


「ヴィネーラエリスです」

『入りなさい』


 入室許可が得られたので、私はもう一度深呼吸をして扉を開けます。中にはお父様とお兄様が座り心地の良さそうなソファに座って私を待っていました。


「遅くなりまして、申し訳ございません」

「構わない。ヴィネーラ座りなさい」


 お父様に言われ、お父様の向かい側でお兄様の隣に腰を下ろします。


 正面を向きますと、天青色の髪に浅葱色の瞳に眉間にシワを寄せた40歳ぐらいのイケオジがいる。私から言えば、これぐらいの男性の方がキュンキュンきます。学院に通う貴族令息は若すぎて、全くときめかないのです。ちなみにシオンは私の鑑定さんによると30歳です。男性は30歳からが男性の魅力が出てくると思うのです。


 私は今回起こったことをお父様に報告をします。勘違いもやし王子にはきちんと訂正をして、公爵家から抗議を入れるとも言いましたので、お父様にきちんと王家から慰謝料をぶんどって欲しいとも言いました。


「ヴィネーラ。わかっているとは思うが、お前をこれ以上学院に通わすことはできない」

「父上!ヴィネーラは被害者です」


 やはり、そう言われると思いました。お兄様。それは誰もわかっていることでしょう。しかし、貴族というプライドがそれを許さないのでしょう。

 私はお父様に向かって頷きます。


「問題行動が多々見られるお前だが、引き取ってくれそうな者たちを幾人か目星をつけてある」

「父上!ヴィネーラは物ではありません」

「これはあの者をここで匿うと決めた時のヴィネーラとの契約だ。学院を卒業するまで自由にさせること。18歳までの11年間王都に危害や被害をもたらすモノを侵入させない結界を張ること。「え?」ジュビアの命日の日は晴天にすること。「は?」学院卒業後に結婚相手がいなければ、奇行が目立つヴィネーラでも嫁にと望む者がいれば、私の采配で結婚すること」

「···父上。3番目のことは何ですか?」


 お兄様が頭が痛いと言わんばかりに眉間を押さえています。


「ジュビアの命日は必ず雨が降るのだ」


 ええ、どうやらお母様は雨女だったらしく、何かイベントだという日には必ず雨が降っていたそうです。そのお母様の命日は毎年必ず雨が降るのです。ですから、私は前日の日から雨の中、上空の雲を移動させるために上空に強風を吹かせていたのです。それが雨の中、屋根の上で怪しい踊りをしていたことに繋がるのです。


「そうですか」


 お兄様はそれ以外言葉が出ないようです。


「それでは結界というのはなんですか?そんなものがあるとは聞いていませんよ」


 お兄様はお父様に問いかけますが、お父様は私の方に視線を向けます。なんですか?


「結界を張ったのはヴィネーラだ。レーヴェに説明をしなさい」


 レーヴェグラシエ・ザッフィーロ。これがお兄様のお名前になります。お兄様に説明ですか。それだと、言わなければならないことも出てくるのですが、それをお兄様に言うのでしょうか?


「ヴィネーラ。どちらにしろ、いずれ結界を解くつもりなのだろう?レーヴェも知っておく必要がある」


 お父様にそう言われれば、納得せざるを得ません。次期当主はお兄様なのですから。


「お兄様。結界を張るきっかけは、16年前の夜に起こった事件です。あのとき襲撃した犯人はわからなかったのですが、実は襲撃の夜のあとから屋敷を出ていくまでの間、夜に私の部屋に侵入され私は命を狙われ続けました」


 その言葉にお兄様は息を呑みます。あのときお兄様は毒を盛られ続けられましたが、夜襲はされていなかったようなのです。


「私は自分の周りに結界を張ってやり過ごしたのですが、そのとき誰があのとき襲撃を指示したか知ってしまったのです。しかし、誰にも話すことはありませんでした」

「いや、ヴィネが悪いわけじゃない。あのときは誰もまともではいられなかったんだ」


 お兄様が申し訳無い顔をしながら、答えます。そう、お父様もお兄様も周りの出来事に振り回されていたのでした。


「襲撃者の名はタルデクルム・グライヒュング。王弟タルデクルムでした。ですから、私は口をつぐむことにしたのです」

「王弟殿下が?しかし、王弟殿下は」


 お兄様は意味がわからないと、首を捻っています。きっと私を狙う理由がわからないのでしょう。3歳の私と王弟タルデクルムの接点などないのですから。


 私は私の目を指で差します。


「この目です。王家の血を濃く受け継いだ者に現れる【王の瞳】。あの16年前に王の瞳を持っていた者はお祖母様と国王陛下と私、そして王弟殿下でした」


 だから、王妃様直々に私を第一王子であった、モ···もやし王子の婚約者にとお声をかけたのです。


「もしかして、王弟殿下はヴィネが王位を継ぐと?それはありえないのでは?」

「いや、あのときは先王がまだ存命だった。先王は妹だった母上を盲愛していた。それに王女ビクトリアの幼少期にそっくりなヴィネーラを可愛がっていたから、もしあのとき次の王はヴィネーラの夫となるものだと先王が発言すれば、それは王命よりも上位の命令となっただろう」


 お父様が、当時の状況をお兄様に説明しました。先程言ったとおり、王の瞳を持つ者は4人。先代の国王陛下は金緑色の瞳でした。純粋に金色を帯びていたのは妹であったお祖母様だったのです。


「ヴィネが狙われていたのはわかりましたが、なぜそれが王都全体に結界を張ることになったのです?」


 まぁ、理由の一つはシオンのためでした。シオンに平穏な日常というものを送ってもらうために、悪意を持つ者が王都に入れないようにしたのです。ただ、これだけでは王都全体に結界を施す必要などありません。屋敷全体に結界を張ればいいことなのです。


「王弟タルデクルムの不審死。10年は経ちましたか?突如として、血の池と片方の目だけが残されて消えた事件です」

「ああ、学院に行っているときに噂になっていた事件だが、それがどうした?」


 私は立ち上がり、お父様の執務室の壁際にある本棚の中の分厚い本を開き、中をくり抜いて、まるで隠すように収められていた一冊の本を抜き取ります。これはいわゆる禁書と呼ばれるものです。その禁書の中程のページを開けてお兄様に差し出します。


「『流れ星への願い』?んー?『まずは自らの欲望をありのまま口に出します』?何だこれは」


 お兄様が意味がわからないと首を傾げています。私はそのページの最後を指し示します。


「『最後に自らの肉体が崩壊し新たな肉体が得られれば、成功です。ただし、数日から数年間は眠りにつきます』ますます意味がわからなくなってきたのだが?」


 お兄様の眉間にシワがよってしまいました。きっと理解に苦しんでいるのでしょう。


「ここには書かれていませんが、新たな肉体を得るということは、おそらくこれは人ならざるモノとの契約だと思われます。流れ星という言葉は闇におちたモノの意味合いだと取れます。

 私は王弟タルデクルムの不審死の話を聞いたとき、普通の力では私を殺せないと考えた王弟はこの禁書の内容を行ったのだと思いました。

 ですから、どこかに眠っている王弟を殺すために、王都全体に【王都に危害を被害をもたらすモノを侵入させない結界】を張りました。ですが、すでに侵入した者が意識を取り戻し、壮絶なる悪意を持ったとしたら、結界が侵入させないように結界が働くことでしょう。四方八方から結界がそのモノを排除しようと作動し、最終的には結界によって圧死をしたことでしょう」


 結界は自動で排除をすることを設定していたので、私には王弟が死んだどうかなんてわかりません。お父様との契約では多めに11年としましたが、王弟が不審死を遂げたのが夏の暑い日でした。今は雪が降る冬ですので、10年と半年が過ぎています。ですから禁書どおりだとすれば、王弟は生きてはいないと思いますが、念の為このことはお兄様に告げておかないといけないのでしょう。


「父上。それでは王弟殿下のために結界を張っていたと?」


 それはもう一つ理由があります!


「あ、お兄様。あとはお父様のお仕事を軽減させるためです。この国の宰相と国の裏のお仕事の両立は大変でしょう?王弟タルデクルムの所為でお父様の耳や目となる者たちが裏切ったでしょ?10年ぐらいあれば立て直せると思いましたの」


 そう、あの裏切り者たちの残りは全てお父様が始末されたようです。さて、一通りの説明が終わったので私は部屋に戻りましょうか。


「お父様。私はもう部屋に戻って構わないでしょうか?」

「ああ、後はこちらで処理をする」


 処理?処理ですか?まぁ、私にはもう関係のないことです。

 私は立ち上がり、お父様とお兄様に向かって頭を下げます。短くなった髪を視界に捉えながら心の中で『さようなら』と言葉にしました。



 部屋に戻って即行動きやすい服に着替えて、片っ端から部屋の物をリュックの型のカバンに詰め込んでいきます。背中に背負える大きさですが、私の部屋と同じぐらいの物が入るのです。流石私の【俺Tueee脳】。できた時には小躍りもしたくなりますよね。 


 大方詰め込んで、部屋がスッキリとしました。あとはグリースが寝ている長椅子ぐらいなものです。私はその寝ているグリースに近づきます。


「グリースさん。グリースさん。今から旅に出ようと思うのですが、長椅子をカバンにしまってもよろしいでしょうか?」


 すると今までプープーと寝息を立てていたブルーグレーの毛玉がもそもそと動き、青い目をパチリと開けました。


『なんや。えらい急やな』


 関西弁が猫型の毛玉から発せられました。いえ、これが妖精の言葉らしいのですが、私にはどうしても関西弁にしか聞こえないのです。そう、グリースはケットシーなのです。


 グリースはストッと床に降り立ち、すっくと後ろ足の二本で立ち上がります。


『その髪どないしたんや?』

「あら?似合いません?」

『いや、よー似おてるで。それで、紫の王子はんに振られたんか?』

「くすくす。振られてしまいました。仕方がないですね。私は欠陥品ですから。さて、行きましょうか」


 窓の外は猫の爪のような月が雲の隙間から沈んでいこうとしているのが見えます。私は外套を羽織り、フードを深々と被ります。そして、グリースを抱きかかえ、窓の外に飛び出しました。

 慣れたように庭に下り立ち·····あら?雪が積もってこれでは足跡がまるわかりになってしまいますわ。これではバレバレだと、屋敷の壁に足を掛け、壁を駆け上り、屋根の上を駆け抜けます。


 馬小屋の前にたどり着くとブラン爺がいつもとは違う幌の荷馬車に馬を繋いで待っていてくれました。


「あら?ブラン爺。こんな夜にどうしたのかしら?」


 私は白々しく聞いてみます。


「いやいや、お嬢様の足となるのがこの爺の勤め、お嬢様がお出かけするのであれば、準備を万全に整えるのが爺の仕事じゃからのぅ」


 クスクスと私は笑い。御者台に座ります。王都の閉門ぎりぎりに出ていくというのは、怪しいと言っているようなものなので、私は荷馬車の護衛の冒険者を装うのです。



 この案は門兵に何も疑問に思われず、スムーズに通ることができました。これで私はヴィネーラエリス・ザッフィーロ公爵令嬢ではなくただの“ヴィ”として生きていきましょう。


 旅をしている内に私の恋心も風化をしていくことでしょう。


『ちょっと聞いてええか?』


 雪が混じった風から身を守るためか、私の膝の上に陣取って外套から顔だけ出したグリースが聞いてきました。


『なんで、隠れとるんや?姫さん振ったんやさかいに、さっさと国に帰ればええやろ?』


 は?


 私の頭にはてなが飛んでいると、後ろの幌馬車の方に引っ張られ、中に連れ込まれてしまいました。床に当たると身構えたものの、たくましい体と腕に囲われ、タバコのニオイが鼻をくすぐります。


「ヴィ。俺を捨てて行くなんてひどいじゃないか」


 青と紫が混じった紺青(こんじょう)色の双眸が私を捉えていました。




✦幕間(王城の一室にて)



 さてさて、その頃のとある男爵令嬢は。



「おかしいじゃない!私はヒロインなのよ!」


 ピンクの髪を振り乱しながら、部屋の扉を叩いている少女がいる。その部屋の窓は鉄格子がはめられ、逃げられないようにされているが、部屋の様相は普通の貴族の私室と言っていいほど、高級な調度品に溢れていた。座っただけで沈み込むベッドに猫脚の長椅子。別室にはトイレもバスルームも存在するのだ。文句を言うなら、自由に出入りができないことだろうか。


「それに何でヴィネーラエリスが悪役令嬢じゃないのよ!闇落ちして、魔王と結託して王都を襲ってくれないと私が聖女になれないじゃない!」


 なんだか独り言で物騒な言葉を叫んでいる。


「全然、いじめて来ないで赤髪の女が文句をやたら言ってくると思ったら、そっちが婚約者だなんて、バグすぎるでしょ!」


 それは王太子の婚約者として、最低限の忠告はすることだろう。それが、バグだとは如何なものか。


「それに奴隷落ちしたヒュー様が全然見つからないし!どうなっているのよ!ここは私のための世界なんでしょ!」


 そのヒューという者は、ここで叫んでいる少女よりも、己自身に生きる選択肢を与えた者と生きた方がきっと幸せになることだろう。

 

 まるで、世界の中心が己だと言わんばかりの言動は、男爵令嬢が言葉にするには些か問題発言になることだろう。それに、彼女は王太子に虚言を吹き込み唆した罪に問われているのだ。

 それに加え、何も罪がない公爵令嬢を糾弾し大勢の目の前で、ただの男爵令嬢が私刑を王太子にするように促した罪にも問われている。これは稀代の悪女と呼ばれる所業ではないのだろうか。


 いや、人の心を操る魔女というものかもしれない。



「私は聖女なのよ!ここから早く出しなさいよ!!」




「ここから出たいのかな?」


 唐突に少女の背後から声が聞こえてきた。おかしなことだ。この部屋には少女しか居ないはずだ。唯一出入りできるところは、先程から少女が叩いていたトビラだけなのだから。


 少女は驚き、後ろを振り返る。そこには長椅子に足を組んで座っている人物がいた。金色に輝く髪に黄金を思わせる煌めく金の瞳。青年と思われるモノは、容姿は整っており、少女からすればどこか見慣れた顔だちだった。だから、少女は直ぐに警戒を解く。


「貴方は何方?お名前はなんておっしゃるの?」


 少女は猫撫で声で金色をまとう青年に声をかける。


「さぁ。私の事は好きに呼べばいいよ。それよりもここから出たいのかな?」

「出たいわ。だって、私は聖女になるのだから!」


 少女は、ただの男爵令嬢にすぎないというのに、聖女とは少し見栄を張りすぎているのではないのだろうか。


 少女の言葉に金髪の青年はニヤリと笑った。


「いいよ。いいよ。その願いも叶えてあげよう。それで、君の本当の願いは何かな?」


 青年はとても楽しそうに笑いながら、少女に尋ねる。少女は青年の言葉を聞いて、胸を張って答えた。


「私はヒュー様と結婚して、エスピーリト国の王妃になるのよ!」


 とんでもない発言が少女の口から出てきた。確か少女はこの国の王太子に対して婚約破棄をするように唆したはずだ。これは少女が王太子の婚約者になりたいという意味ではなかったのだろうか。


「へー。王妃ね」


 青年は少女の王妃発言にはあまり興味はないようだ。


「まぁ、人間という者は欲深い生き物だからな。その『ヒューさま』って誰だ?何処にいる?」

「それが全然見つからなかったのよ!居るはずの奴隷商には居ないし、王都中の奴隷商を探しても居なかったのよ!私なら彼を助けてあげられるの。名前はヒューレスト。王子様よ。あ、元ね」

「ふーん。その元王子と結婚したい?おかしな話だね。君は王妃になりたのだろう?」


 青年は少女の矛盾を指摘した。元王子ということは今現在、その地位にはいないということだ。それも少女の言葉から奴隷として現在は存在しているようだ。それなのに、少女はその『ヒュー』という者と結婚して王妃になると言ったのだ。


「そうよ。ヒュー様は王様になるために必要な物を持っているの。それをエスピーリト国に持って帰れば王様になれるんだから!」

「へー。それはそれで面白そうだね。じゃ、その王子さまとやらの居場所を探して見てみようか」


 青年はそう言って右手を上げ、空中に円状の何かを作り出した。いや、どこかの風景が映し出されているようだ。


「どうやら、ここから西の方に向かっているみたいだね」


 青年が右手を振ると段々と映し出されている景色が鮮明になってきた。

 見えて来たのは小雪が舞い降る夜の街道を、幌の荷馬車が進んでいく姿だ。



 幌の荷馬車の御者台には、白髪の男が座っているが、護衛兼御者であるのか筋肉隆々の男だ。ただ、その男の外套の裾からは片足しか見られず、もう片方の足があるべきところには木の棒しか見られなかった。

 男の横には寒空の中、丸まった毛玉が見られる。雪が降っているのだから幌の中に入ればいいというのに、中には入らず御者台でまるまっているのだ。


 その幌の荷台の中には、蒼穹を思わせる美しい髪の少女と夜明け前のしらじんだ空の色のような薄い紫色の髪の青年がいた。


 その青年は少女の顎のあたりで切りそろえられた天の色の髪に触れている。

 少女は少し困ったような顔をして青年を見ていた。


『おい、ヘタレ。いつまで、そないしとるんや』


 少女でも青年でもない声が聞こえてきた。声がする方を見てみれば、幌の布地の隙間から、灰色の毛並みをまとった猫が顔を出していた。


『いい加減にせなぁ。ここから、ほおり出すで』


 どうやら、猫が声を出しているようだ。


「はははっ。お嬢様と離れるのが嫌なのはわかるがのぅ。けじめというものは、つけんとならん」


 幌の荷馬車の外から年寄りくさい声が聞こえてきた。恐らく青年にかけた言葉だろう。


『せやせや。ワイらは我が身だけやから、姫さんについて行けるんや。ヘタレはいい加減にどっちをとるんか、はっきりせなぁあかん』


 なにやら、青年は訳アリのようだ。灰色の猫から発せられた言葉に青年は困惑の色を見せる。


『バレてへんと思うてるやろ?ワイらをなめたらあかんで?定期的に国と連絡を取ってるやろ?』

「お前がどうなろうと、ワシらには関係ないがのぅ。お嬢様に迷惑がかかることになるのは、この爺が許さぬぞ。ここで別れるか、お嬢様と生きるか決めるが良い」


 灰色の猫と爺と名乗る者が幌の外から青年に生きる道の選択肢を迫った。共に我らと歩むのであれば、今までのものをすべて捨てろと。

 その言葉を少女は困った顔で聞いていた。


「ねぇ。シオン。私は公爵令嬢という身分を捨てたの。きっと皆からは逃げたと後ろ指を指されることでしょうね。でも、私はこれで良かったと思っているの」


 少女は金色の目を細めて微笑む。貴族の令嬢の立場を捨ててまで得るものがあるというのだろうか。


「でも、シオンは違うでしょ?生きる場所があるのなら、送り出すのも拾った私の役目だと思っているわ」


 少女は微笑みを絶やさずに言葉にする。その心情に何があるのか悟られないように。


「私は言ったわよね。シオンとして生きるか。それ以外の者として生きるか決めなさいと。それで、答えは出たのかしら?」


 少女の言葉に青年はその決意を口にした。


「私は···いや、俺はヴィと生きる。シオンとして」


 青年の言葉に灰色の猫は不満そうな声で言った。


『じゃ、なんで国と連絡を取ってたんや。帰るためやったんじゃないんか?』

「それは俺が国を出るときに、国から持ち出したものがある。それを安全に戻す手立てを探していたんだ。だから、信頼できる者と連絡を取っていたのだが」


 青年の様子から上手くいかなかったようだ。そして、青年は少女を見つめ、己の想いを口にする。


「ヴィ。好きだ。いや、愛している。だからシオンである俺と共に生きてほしい」

「シオン!!」


 少女は青年に思いっきり抱きつく。その少女の思い切った行動に青年は床に押し倒されてしまった。


『やれやれ、やっとヘタレが素直になったなぁ。まぁワイらからすれば、紫の王子はんの姫さん好き好きオーラはバレバレやったけどなぁ』

「はははっ。取り敢えず国境を目指せば良いかのぅ」


 幌の荷馬車の外では猫と爺がやれやれと肩をすくめていた。



 と、突然映像が電源でも切られたかのように真っ暗になった。だが、ピンク色の髪の少女にとってみれば、その映像だけで十分だったようで。


「はあ?!ナニコレ?結局、ヴィネーラエリスが悪役令嬢っていうことにかわりはないってことでしょ?私のヒュー様に変なあだ名をつけて呼び捨てするなんて許せないんだから!ヒュー様もヒュー様よ。なんで悪役令嬢と一緒に生きるって、愛しているって、なによ!」


 部屋中に少女の叫び声が響き、地団駄を踏んで、怒りをあらわにしている。しかし、ふと動きが止まり、少女が先程映像が映されていた何もない空間を睨みつけた。


「もしかして、ヒュー様は悪役令嬢に騙されているんじゃない?きっとそうよ。そうじゃないと、ヒロインの私以外に愛してるなんて言わないはずよ!」


 少女は自分勝手な言い分を言い始めた。他人の心などわかりはしないのに、少女からは『ヒュー』という者はどういうふうに見えていたのだろうか。己の心を偽っているように見えたのだろうか。


「許さないわ。絶対に許さない悪役令嬢をシナリオどおりに国外追放にすべきだったのよ!」


 その少女の言葉を唯一聞いていた青年は、面白いおもちゃでも見つけた子供のように無邪気な笑顔を浮かべている。


「君に新しい力を与えようか?」


 青年が無邪気な笑顔を浮かべながら、怒りを顕にしている少女に問いかける。その言葉に少女は食いつくように答えた。


「何?なんの力をくれるの?」

「人を操る力だ。王妃になるっていうなら必要だろう?その代わり僕に君のキレイな目をくれるかな?」

「それは嫌よ。目が見えないとキレイなヒュー様を見れないじゃない」


 少女は嫌そうに答える。しかし、その答えも微妙だ。普通なら痛いのが嫌だとか、物が見えなくなるのは不自由すぎるというべきだろう。しかし、少女にとって『ヒュー』という者を愛でることに意味があるようだ。


「大丈夫。代わりに新しい目をあげる。魔眼だ」


 青年は宝石のような赤い石を少女に見せる。どう見ても目には見えない。ただの赤い石のようだ。


「これが?」


 少女も不審げに赤い石を見ている。


「そうだ。目には見えないかもしれないが、これは力の塊だ。これで君は王妃だろうが、王子の嫁だろうが、君の思いのままだ」


 少女は誘惑の言葉に心を揺り動かされる。その少女の小さな変化に青年はほくそ笑んだ。


「君は悪役令嬢と言った者の立場を得たいのだろう?そして、王妃になって聖女にもなるのだろう?」


 傍から聞けば、なんて欲深い少女なのだろうと思ってしまうが、ここには青年と少女しかいない。この話を聞いている者は誰もいないのだ。


 青年の言葉に少女は右手を差し出す。


「それをちょうだい」


 少女の言葉を聞いた青年は、歪んだ笑みを浮かべる。しかし、少女は赤い石に意識を取られているため、青年の残虐性を帯びた笑みを目にすることはない。


「それじゃ、先に君の美しい瞳をいただこう」


 少女は青年のその言葉に視線を赤い石から青年に向けるが、闇に包まれ青年を見ることができなかった。その代わり唐突な痛みに襲われる。


「い゛……い゛たい゛ーーーーー!!」


 青年は手の内には先程まで青年を見ていたはずのピンクの瞳の目玉が収まっていた。


「じゃ、変わりに魔眼を入れてあげよう」


 そう言って、青年は赤い石を血を流しているなにもない空洞に押し込める。それも、どう見ても空洞より大きな赤い石をゴリゴリと押し込めているのだ。少女の頭が動かないように、なんだろうか。黒い影のようなモノで押さえ込んでいた。


「やめて、やめて、やめーーーーアガッ」


 少女の言葉は青年の行動を止めることはできず、赤い石は少女の眼球の代わりに収められた。しかし、少女には新たな痛みが襲ってきた。その痛みに声も出せず、床の上で痛みに悶え苦しむようにのたうち回っている。

 そのうち、少女の目から出た血だろうか、床が赤く染まっていた。いや違う。ところどころから、血が吹き出しているのだ。


 青年はもだえ苦しむ少女をまるで無機質なものを見るような視線を向けて眺めている。


 そして、少女の体はまるで内側からの力に耐えきれなくなった風船のように爆ぜた。少女がいたところには、ただ血溜まりがあるだけだった。赤い赤い血の海。肉塊も骨すら存在しない血の海だ。


 青年は手の内にあるピンクの眼球の瞳に口づけをする。そして、その眼球の片方を血溜まりの中に落とした。


「さて。前のモノは失敗してしまったからな。なぜだか知らないが、生まれ変わった瞬間に潰れたカエルみたいになっていたなぁ。力の馴染みが悪いが、数時間ほどで生まれ変わってもらおうか。それぐらいなら待ってやれる」


 そう、独り言を青年が言葉にする。いや、その場にいたのは金髪金目の青年ではなかった。闇のような漆黒の髪に鮮血のような真っ赤な瞳。そして一番目立つのが頭の横にある歪んだ角だろうか。これはどう見ても人ならざるモノだ。


 そのモノは残虐性の帯びた笑みを浮かべながら、手の内側に残ったもう片方の眼球を口に含み飲み込んだ。


「へー。異界というものがあるのか。欲深い者の知は興味深いが、こいつは当たりだ。異界とは、どうすれば行けるのか。クククッ」


 異形のモノは楽しそうに笑っているが、その目はどこでもない空間を見ているようだ。


「クククッ。新しいおもちゃと一緒に遊ぼうと思っていたが、こっちのほうが楽しそうだ。へー。この世界が物語に?ん?ああ゛?!この俺が人間に恋?巫山戯んな!!興が醒めた。くだらん」


 突然怒りを顕にした異形なるモノは不快だと言わんばかりに、血溜まりを睨みつけ、影の中に消えていった。そこに残されたのは血溜まりと片目の眼球のみ。ここにはまるで誰もいなかったように、静まり返っていた。




✦それぞれの未来1

(ザッフィーロ公爵家にて)



 空の色を思わせる髪と瞳を持った二人の人物がローテーブルを挟んで向かい合い、何かを話し合っていた。その二人はよく似ていた。年齢から親子だろうと伺え知れる。


 ふと、40歳ぐらいの男性が何もない空間に視線を漂わせる。そして、驚いたように目を見開いた。しかし、男性の視線の先には何もない天井があるのみだ。


「父上。どうされました?」

「まさか」


 そう言って、男性は立ち上がり、部屋を飛び出した。後ろからは男性と似た青年が不可解な顔をしながらついて来ていた。


 男性はとある部屋の前にたどり着き、ノックもなしに扉を開け放つ。その部屋の中を見て唖然と部屋の中を見渡す男性。後ろからついてきた青年も予想外の部屋の状態に中に入って、呼びかける。


「ヴィネ!ヴィネどこだ!」


 呼びかけても返事は返って来ない。それはそうだろう。この部屋の中には何もないのだ。そう、何も。

 文机も長椅子もテーブルも持ち運びが不可能だと思われるベッドでさえもなく、部屋の中はがらんどうとして、何もないのだ。人が隠れるようなスペースなどありはしない。


「父上!ヴィネが!」


 青年が父と呼んだ男性に詰め寄る。しかし、男性は呆然と部屋を眺めているだけだった。青年は父親が何も反応しないことに苛立ちを覚え、部屋を出ていこうとした。


「私はヴィネを探して来ます」

「やめておきなさい」


 しかし、男性は青年の行動を止める。男性の言葉に青年は自分の行動を止めた父親を睨みつける。


「ヴィネーラが本気で逃げたのなら捕まえようがない。ヴィネーラが施していた結界が消えた。今までは何もしなくてよかったが、レーヴェ。お前も我が公爵家の仕事をしなければならなくなった。そして、私もな」

「しかし、父上。ヴィネを捨てるのですか!」

「違うな。捨てられたのは我々の方だ。レーヴェ、これを」


 男は懐から青い宝石のペンダントを青年に差し出す。ザッフィーロ公爵領で採取できるサファイアでできたペンダントトップだが、その大きさはコイン程の大きさがあった。それも青い宝石の中がキラキラと輝いていたのだった。


「何ですこれは?」

「悪意を弾く物だそうだ」

「は?」


 青年は意味がわからないという顔をする。しかし、男性はそれだけを言って部屋から出ていこうとするが、青年がそれを引き止める。


「父上きちんと説明をしてください。それにヴィネを探さないと」


 その言葉に男性はため息を吐く。


「レーヴェ。ヴィネーラとの契約だ。学院の卒業までは自由にする。逆に言えば卒業しなければ自由のままだということだ。元々貴族としては問題行動が見られたヴィネーラだ。貴族として生きることはあの子にとって窮屈だったのだろう。それからレーヴェ。お前はヴィネーラに構っていられなくなるほど忙しくなる。私はこれから王城に行く。お前は「私も行きます」」


 青年は父親の言葉を遮って言った。


「私も行きます。今日はヴィネの事で抜けて来てしまいましたから。それに今の職を辞する必要があるのなら私は···」

「いや、そこまでは必要ない。それに近衛副隊長の地位は使い勝手がいいだろう」


 見た目がよく似た男性と青年は揃って部屋を出ていく。先程言っていた王城へ赴くのだろう。


 扉を閉める瞬間、部屋の中に視線を向けた男性の口元が動く。声には出さずに言葉にした。


『ヴィネーラ、すまなかった。ありがとう』


 と。




✦それぞれの未来2

(再び王城にて)



「今頃来たの?僕、待ちくたびれちゃったよー」


 そう言っている人物は座り心地の良さそうなソファに座り、まるでこの部屋の主かと言わんばかりに堂々とお茶を嗜んでいた。


 その堂々とした人物の容姿で一番目を引くのが燃えるような赤い髪だろう。そして、夕日のようなオレンジの瞳を部屋に入ってきた者たちに向けている。しかし、偉そうに座ってはいるが、見た目は16歳程の少年にしか見えない。


「もうさぁ。僕のルティシアちゃんが泣いちゃって、怖くて王太子に会いたくないの一点張りで、ついて行った侍女も詳しく事情を知らないままルティシアちゃんを連れて帰って来たものだからね。詳しそうな君が来るのを待っていたんだよー?」


 赤髪の少年は困ったと言わんばかりに肩をすくめる。しかし、少年と言っていい容姿ではかわいいという印象しか残らない。


「スマラグドィス公爵。貴公なら私の登城を待たなくとも、情報ならいくらでも集められるだろう?」


 空色の髪の男性は呆れたように言う。しかし、この少年が公爵とは。


「まぁまぁ、そこに座りなよ。ザッフィーロ公爵。僕たちの仲だからね遠慮することはないよー」

「スマラグドィス公爵。ここは私の執務室だ。貴公の私室ではない」


 ザッフィーロ公爵と呼ばれた男性は呆れながらスマラグドィス公爵の向かい側に腰を下ろす。そして、レーヴェと呼ばれた青年はザッフィーロ公爵の後ろに控えた。


「わかっているよー。我が国の宰相様で敵にまわすとおっかないザッフィーロ公爵の仕事部屋だっていうことぐらいねー」


 スマラグドィス公爵はにこりと笑う。部屋の隅で控えていたメイドが心の中で悶えていたが、流石一国の宰相の執務室の担当を任されている者である。表情は無表情のまま宰相であるザッフィーロ公爵のお茶の用意をしていた。


「でさぁ。僕のルティシアちゃんが、ヴィネーラエリスちゃんみたいに髪を切られて罪人扱いされるのが怖いて泣いてるんだよー。それって本当?」

「ヴィネーラが髪を切られて戻って来たのは本当だ」

「へー。じゃ、あの馬鹿王太子が僕のルティシアちゃんじゃなくて、ヴィネーラエリスちゃんを婚約者って言ったのも本当?」

「ヴィネーラからはそう聞いている」

「ふーん。よくもまぁ。家臣である僕たちを馬鹿にしてくれたものだね。ザッフィーロ公爵、そうは思わないかい?今回のことで馬鹿王太子とルティシアの婚約は解消に持っていこうと思っている。陛下には悪いが、僕は第2王子のレクトゥス殿下を支持するよ」


 スマラグドィス公爵は今現在王太子に立っているモーベルシュタイン王子から、第2王子に王位継承を移行するように進言するようだ。


「それから、これをヴィネーラエリスちゃんに返しておいて。ルティシアちゃんがもう必要ないから返して欲しいって言っていたんだよー」


 スマラグドィス公爵はニコリと笑ってザッフィーロ公爵に懐から出した小さな箱を差し出した。


 ちょうどメイドがザッフィーロ公爵に紅茶を用意してテーブルに置いた時と重なり、カチャリとティーカップとソーサーが音を立てる。『申し訳ございません』と、すぐさま部屋の隅に戻って行ったが、そのメイドは耳まで真っ赤になっていた。スマラグドィス公爵の笑顔に当てられたようだ。


 いや、メイドは『スマラグドィス公爵×ザッフィーロ公爵もいけるわ』と小声でつぶやき、彼女の世界に入っていた。しかし、彼女の取り繕った無表情の顔には変化はない。


 そんなメイドの出した紅茶を口に含みながらザッフィーロ公爵は出された箱の中身を確認せずに言う。


「それはヴィネーラがスマラグドィス公爵令嬢に贈ったものだろう?だったら、その箱の中身はスマラグドィス公爵令嬢の物だ。ヴィネーラも必要になるだろうと渡した物だろうしな」

「そうかい?」


 スマラグドィス公爵はそう言って、箱を再び懐にしまい、立ち上がった。


「じゃ、一緒に陛下の元に赴こうじゃないか」


 立ち上がったスマラグドィス公爵はザッフィーロ公爵に手を差し出す。


『ふぐっ。なんて尊い』


 というメイドの言葉を無視してザッフィーロ公爵は怪訝な表情をする。


「なぜ、貴公と共に赴かねばならない」


 それもとても嫌そうに言った。そんな言葉を受けてスマラグドィス公爵は胸を張り腰に手を当てて言い切った。


「僕が君を陛下の元に連れてくるって言ってしまったからだね」


 スマラグドィス公爵の言葉を受けて、ザッフィーロ公爵は盛大なため息を吐く。


「はあぁ。私が今晩王城に登城しなかったらどうするつもりだったのだ?」

「いいや、それはないね。君は大切な者を傷つけた存在を許すことはないと、僕はよく知っているからだよ」


 少年と言っていいスマラグドィス公爵に見下されたザッフィーロ公爵は嫌々ながらという雰囲気を醸し出しながら、立ち上がる。


「陛下をあまり待たせるわけにはいかない」


 そう言いながら、部屋を出ていくザッフィーロ公爵に続き、スマラグドィス公爵が軽快な足取りで追いかけていく。その二人の後を追うようにレーヴェもついて部屋を出ていった。一人、宰相の執務室に残されたメイドは、この国の要人を送り出すために下げていた頭を上げる。その表情は頑張って取り繕っていた無表情を崩し、恍惚な笑みを浮かべていた。


「強気の少年に翻弄されるオジサマ。そう!嫌よ嫌よも好きのうち。少年の言葉を否定しながらも結局少年に言うとおりにしてしまうオジサマ。いいわ。いいわ。萌えるわ」


 部屋に一人でいるメイドが体をくねくねしながら悶えている姿は誰の目にも留まることはなかった。



✦それぞれの未来3

(カンファレンスホールにて)



 ザッフィーロ公爵とスマラグドィス公爵、そして、レーヴェは一つの部屋に入っていった。いや、部屋と言うには広く会議場といえばいいのだろうか。中央に円卓があり、その周りは階段状となった長テーブルが三層ほどぐるりと囲んでいた。そして、この広い会議場の一番奥には国の象徴である白いドラゴンと黒いドラゴンを象った国旗が掲げられている。


 その広い部屋の中央では3人の者たちが円卓の席についており、一番奥の者の背後にはその人物を守るように1人の人物が控えている。


「遅くなってごめんねー」


 スマラグドィス公爵は軽い感じで遅くなったことを謝罪し


「待たせて申し訳ない」


 それとは正反対に硬い謝罪の言葉を口にして席につくザッフィーロ公爵。


「いや、この度のことで謝罪の言葉を口にしなければならないのは余の方である」


 そう言葉を切り出したのは白いドラゴンと黒いドラゴンを象った図柄の国旗を背負うように一番奥で座っていた人物からだ。その人物は金髪金目であり、どことなく先程人外のモノが模していた姿に似ていた。しかし、人外のモノが模していた姿は青年言っていい年齢だったが、ここにいる人物は40歳ぐらいの壮年の年齢だろうと窺いしれた。


「全くそうだよねー」


 スマラグドィス公爵はその人物の言葉を肯定する。しかし、スマラグドィス公爵の隣に腰を下ろしているザッフィーロ公爵は違っていた。


「陛下が謝る必要はありません。全ては王妃殿下のお言葉の所為でしょう」


 陛下が頭を下げるべきではないと····どうやら、一番奥にいる人物は国王陛下のようだ。


「王妃は王の瞳にこだわりがあったようでな。モーベルシュタインにザッフィーロ公爵令嬢と仲良くするようにと言い続けていたようなのだ」


 国王はどうしてそのようなことを言ったのか理解できないと言わんばかりに顔を歪めた。


「やっぱり。第2側妃殿下のところの第2王子のレクトゥス殿下を王太子にすべきだったよね?それならこんな茶番も起きなかったはずだからね」


 国王の前にも関わらずスマラグドィス公爵は軽い口調を崩さない。そのスマラグドィス公爵の言葉を聞いた国王はスマラグドィス公爵に向かって頭を下げた。


「兄上、申し訳ありませんでした。兄上にお願いしてモーベルシュタインの婚約者にスマラグドィス公爵令嬢を据えてもらったというのに」


 これは国王の前でもその態度を変えないはずだ。しかし、スマラグドィス公爵が国王の兄とはこれはどういうことなのだろうか。


「王太子もさぁ、僕みたいに第2王子が生まれた時点で、さっさと養子に出してしまえば、よかったんだよ。そうすれば、僕のルティシアちゃんが馬鹿王子に無駄なご機嫌伺いもしなくて良かったし、馬鹿王子の代わりに公務をしなくてもよかったよねぇ。一時は僕も父上である先王を恨んだりしたけど、この茶番劇が起こってしまったということは、父上が正しかったと今更ながら感服するよー」


 先程からスマラグドィス公爵は第2王子の名を出しているが、話の内容からすれば、どうやら第2王子は【王の瞳】を持っているのだろう。だから、【王の瞳】を持たない者はさっさと王家から出せばよかったのだと。己を母親の実家であったスマラグドィス公爵家に養子に出したように。


「兄上、全くそのとおりでした。私の考えが甘く、父上に比べたらまだまだだと痛感しました」


 普通なら国王である者が家臣であるものに頭を下げることはない。しかし、その国王も何かしら兄であるスマラグドィス公爵に思うことがあったのだろう。己が生まれてきた所為で、王家を追い出されるように養子に出された己の兄のことを。


「まぁ、その僕のかわいい(不出来な)弟を支えるために僕たち家臣がいるんだからね」


 少年にかわいい弟と言われた人物は、なんとも言えない表情をしている。どう見ても己より年下に見える兄にかわいいとは···いや、その意味合いに出来の悪いという意味が込められていることに顔を歪めているのだろう。


「あと、僕のルティシアちゃんと馬鹿王子との婚約は白紙にしてよね。あの馬鹿王子の所為でルティシアちゃんが王子に会いたくないって取り乱しているんだよ。

 その馬鹿王子は今はどうしているわけ?もしかして、噂の男爵令嬢と仲良くしているってことはないよね」

「それはない」


 兄であるスマラグドィス公爵に頭を下げていた国王はなんとか威厳というものをかき集めて、否定の言葉を口にする。


「モーベルシュタインとその側近はこの隣の部屋に控えさせている。コラソン男爵令嬢は牢に閉じ込めてある」

「じゃ、馬鹿王子と側近候補をここに呼んで、それから、件の男爵令嬢も」


 スマラグドィス公爵がそう言葉にすると同時に、会議室の正面の扉ではなく、部屋の奥の隅にあった小さな扉が開いた。おそらく使用人が使用する控えの部屋に繋がる扉だ。

 そこから、出てきたのは近衛騎士数名に囲まれた5人の少年たちだ。そのうちの一人が金髪碧眼で、国王と容姿が似ていることから、この少年がバカおう···いや、王太子なのだろう。その側近候補というのは他の4人の少年たちを示しているのだろう。


 その5人の少年たちは一様に顔を下に向け、大人たちの視線から目を合わすことを避けていた。きっと自分たちがしでかしたことを後悔し、反省していることだろう。


「父上!これはどういうことですか!なぜ、私達がこのような扱いを受けなければならないのです!」


 いや、金髪碧眼の王太子は反省などしておらず。自分のこの扱いに不服だと顔を背けていただけだった。


 その姿を見てスマラグドィス公爵は『馬鹿王子につける薬ってどこかにないかなぁ』と、呆れたように言っており、その隣に座っているザッフィーロ公爵とその背後に立っている息子のレーヴェは視線だけで射殺さんばかりに5人を睨んでいた。

 その向かい側に座っている2人の人物は『怖い怖い』と口に出しながら、事の成り行きを見守る立場を崩していない。なぜなら、目の前の人物たちは国王の実兄であり、その従兄弟なのだ。少年たちは怒らせてはならない、この国の重鎮2人を怒らせてしまった。


「それは君が何も周りを見ていなくて馬鹿だからだよー」


 スマラグドィス公爵は肩をすくめて、何もかもお前達の考えの無さが招いたことだと、バカでもわかるように言葉にしたつもりだった。しかし、王太子はスマラグドィス公爵の言葉に顔を真っ赤にして怒りだす。


「私が馬鹿だと!私はこの国の王太子だ!その私を馬鹿扱いするなど言語道断!この場で切り捨ててやる!」


 王太子は帯剣などしていないのに、スマラグドィス公爵を切り捨てると断言した。それには父親である国王も顔色を青くさせる。


「お前たち!やれ!あの口の悪い、くそガキを切れ!」


 王太子は自分たちを囲んでいる近衛騎士たちに命令した。しかし、近衛騎士たちは動かない。それはそうだろう。この場には自分たちの直属の上司がいるのだ。王の背後に控えているのは、近衛騎士団長である剛剣のアルマースと言われる王の盾であり剣となる人物なのだ。それに加え、先程からビシビシと殺気を投げかけているザッフィーロ公爵の背後に立っているザッフィーロ近衛騎士副隊長もいるのだ。

 そして、一番大事なことは自分たちの主は王であり、王太子ではない。


「ダヴィエーリいけ!」


 王太子は近衛騎士が動かないことに苛立ちをあらわにし、側にいた明るい茶色の髪に同じような榛色の目を持った少年に命令をした。

 命令された少年は首を横に振る。自分の剣など早々に奪い取られ、今は縄で後ろ手に縛られているのだ。罪人扱いされている状況でそのような命令など実行できるはずもない。いや、これ以上罪を重ねたくないという現れか、ダヴィエーリと呼ばれた少年は王太子から一歩足を遠ざける。しかし、後ろから動くなと腕を掴まれてしまった。


 その言葉にレーヴェが動いた。


「君か、ヴィネが言っていた駄犬くんは」


 流石、兄である。妹が説明をしていた駄犬という言葉をダヴィエーリ伯爵令息であると認識していた。


 カツカツと足音を立ててダヴィエーリ伯爵令息に近づいていくレーヴェ。


「ザッフィーロ近衛騎士副隊長。私刑は許されぬぞ」


 しかし、レーヴェの行動を止める人物がいた。王の背後に控えていた白髪の巨漢の男だ。この人物がいるだけで部屋が少し小さく思えてしまうほど、圧迫感がある。


「アルマース近衛騎士隊長。一発殴るぐらい許してもらえませんか?」


 レーヴェは白髪の巨漢の男に殴る許可を申し出るが


「駄目だ。貴殿がその行動に出れば、娘のイザヴェラに貴殿が暴力的な人物だと告げ口するぞ」


 ん?巨漢の近衛騎士隊長からおかしな言葉が出てきた。普通は私刑をすれば何かしらの罰が下ると言うべきところだ。

 しかし、レーヴェはその言葉に戸惑いを見せた。

 そう、近衛騎士隊長の名はアルマース。アルマース伯爵だ。その娘といえば、ヴィネーラエリスが言っていた兄の婚約者であり、ストーカー行為をされていた人物のアルマース伯爵令嬢その人である。


 それは、レーヴェの行動を引き止める言葉になることだろう。しかし、レーヴェは首を横に振る。


「イザヴェラなら、理解してくれます。我が事のように、この者の行動に怒っていましたから。『何も罪もない令嬢を罪人扱いをして、美しい髪を切り落とす行為など、貴族の娘からすれば死ねと言っていること』だと、それは大変怒っていました。

 ですから、イザヴェラも賛同してくれることでしょう。それに、この者の所為でヴィネが逃げるように王都を去ってしまいました」

「え!ヴィネーラエリスちゃん、王都にいないの!じゃ、領地に戻ったってこと?」


 レーヴェの言葉に反応したのはスマラグドィス公爵だった。そして、ザッフィーロ公爵が口を開いた。


「いや、おそらくこの国を出ていくつもりだろう。この国では髪の短い女性は罪人の証だ。アルマース伯爵令嬢の言葉のように、この国にいては生きにくいと思ったのだろうな」

「妹は行動力がありますので」


 ザッフィーロ公爵の言葉を補足するようにレーヴェが言う。この現状にアルマース近衛騎士隊長も唸り声をあげた。まさか、今日の昼間に起きた出来事で、もう王都を立ったとは行動力があるというレベルの話ではない。まさに逃げるように立ち去ったというべき行動だ。


「ザッフィーロ近衛騎士副隊長。一発だけ殴ることを許す。決して殺すことはないように」


 そう言葉を口にしたのは近衛騎士隊長ではなく、国王だった。国王から許可が出たことで、ダヴィエーリ伯爵令息の腕をつかんでいた近衛騎士が手を離す。

 いや、手を離すだけでなく、令息たちを囲っていた近衛騎士たちが王太子と他の令息たちを連れて、大幅に距離を取ったのだ。まるで、その近くにいること自体が危険だと言わんばかりの行動だ。


 あまりにもの迅速な行動にダヴィエーリ伯爵令息は戸惑いを見せる。そして、目の前には近衛騎士の間で敵も味方にも容赦がないと噂高いザッフィーロ近衛騎士副隊長がいる。そのザッフィーロ近衛騎士副隊長が右手に拳を作ったかと思った瞬間、ダヴィエーリ伯爵令息は意識を失った。

 いや、正確には殺気に当てられ意識を失った。その崩れる体にザッフィーロ近衛騎士副隊長はみぞおちに拳を振るう。

 それは人を殴った音ではなく壁でも殴ったかのような音を立て、くの字に曲がりながらダヴィエーリ伯爵令息は国旗が掲げられた下の壁にめり込んでいった。


「ザッフィーロ近衛騎士副隊長!陛下は殺すなとおっしゃっただろう!」


 アルマース近衛騎士隊長はあまりにもの攻撃にダヴィエーリ伯爵令息は生きていないと判断したようだ。しかし、レーヴェは息を長く吐き出し、姿勢を正して、国王とアルマース近衛騎士隊長の方を向いて一礼をする。


「骨が折れたぐらいで、命に別状はありません」


 いや、壁にめり込んだ姿を見ても骨が折れただけには見えない。


「かなり手加減しましたので」


 そう言って顔を上げたレーヴェは不服そうだった。本当に手加減をしたのだろう。

 その時この会議室に駆け込んで来る者がいた。


「お取り込み中、申し訳ございません」


 普通なら、入室許可を伺うべきなのだろうが、その者は慌てており、取るべき許可を取らずに会議室に入ってきた。会議室に入って来た者は近衛の隊服を着た女性であり、普通なら女性の王族の警護につく者だ。


「呼び立てるように命令されましたコラソン男爵令嬢の姿が牢の中に見当たらず、見張りの者も殺されておりました」

「脱走したか」


 女性の言葉に近衛騎士隊長はコラソン男爵令嬢が逃げたと判断したようだ。


「いいえ、それが、なんと言いますか···」


 近衛騎士の女性は戸惑うように言葉を濁している。


「はっきりと言い給え。君には報告義務がある」


 近衛騎士隊長は女性騎士の態度を叱咤し、きちんと報告するように注意する。


「はっ!牢の鍵は外から掛けられたままであり、中から壊された様子はありませんでした。しかし、部屋の中には血溜まりとコラソン男爵令嬢の物と思われる目が残されているのみで、現状的にはコラソン男爵令嬢は死んだとしか判断できません」


 その近衛騎士の女性の言葉に円卓を囲む者たちがハッとなり国王に視線を向けた。そう、その状況は王弟タルデクルム殿下が忽然と姿を消した状況と酷似していた。


「そして、確認していただきたく。その目だけをお持ちしたのですが」


 そう言って、女性は体を半分ずらした。近衛騎士の女性の後ろには、銀色のトレイを持った同じく近衛騎士の隊服を着た男性が立っていた。その人物の顔色は青色を通り越して真っ白だと言っていい。そう、男性が持っていた銀のトレイの上にはピンクの瞳の眼球が載せられていたのだから。


 その銀のトレイに載せられた眼球にこの場にいる者たちの視線が集中する。


「陛下ー。どうされますかー?」


 この緊迫した雰囲気の中、陽気な声が会議室の中に響いた。スマラグドィス公爵だ。国王であり、弟の意見を聞こうと言うのだろう。


「その状況ではどうしようもあるまい。まずは愚息を含め、他の者達の罪を決めることにしよう」

「陛下ー。甘いねー。とても、甘い。タルデクルムも馬鹿だったけれど、陛下も馬鹿だ。考えが甘いよー」


 いくら兄だからと言っても、スマラグドィス公爵は一家臣に過ぎない。国王に対する言葉ではないだろう。これは不敬だと罰せられる言葉だ。


「貴公の意見を聞こうか」


 しかし、国王はそんなスマラグドィス公爵の言葉を咎めない。


「これは僕のルティシアちゃんが言っていたんだけどねー。人を操るモノが王族の近くにいるから気をつけるようにってヴィネーラエリスちゃんに言われたらしいよ。だから、気をつけるようにって、お守りをくれたんだって。

 それで僕なりに調べてみたんだけど、ザッフィーロ公爵家の虐殺がそれにあたるんじゃないのかなって思ったんだよ。そのあたりはどうなのかな?ザッフィーロ公爵」

「否定はしない」

「そう、肯定もしないってことかー。いいよ。別にそれで。

 でもそれだけじゃ、僕のルティシアちゃんに王族の近くは危険だって言わないよね。だってあれは16年前の事件で、ルティシアちゃんが馬鹿王子と婚約したのが7年前。全く関係性はないよね。

 だって、7年前というと直系の王族は陛下とバカ王子だけだったよね。あ、僕は外されているから含めてはいないよ」


 バカ王子と連呼された本人であるモーベルシュタイン王太子はふるふると震え、スマラグドィス公爵を睨みつけていた。しかし、睨みつけるだけで、罵倒しなかったのは、口を後ろにいる近衛騎士に塞がれて、できなかっただけだった。


「だけど、これにタルデクルムの怪死を入れたら、成立しちゃうんだよ。タルデクルムは王位に相当執着を持っていたよね。それをわかっていた陛下はアルマース伯爵を皆の反対を押し切って近衛騎士隊長にしたんだよね。いやーこの事実に行き着くまで王城の王族の血を持つ者しか入れない秘密部屋に幾度通ったことか。これほど王家の血が僕に入っていて良かったと思ったことはないよ」


 先程からの言葉から、スマラグドィス公爵は相当王族というモノを嫌っているようだ。きっと王となった弟に払う敬意など髪の一本ほどもないのかもしれない。


「『流れ星への願い』皮肉だねー。悪魔との契約の魔法。いや、魔法というと語弊があるよね。悪魔からの誘惑に負け、甘い囁きに悪魔の力をもらい受け、新たな悪魔を生み出す方法だ」


 スマラグドィス公爵の言葉を聞いて、再びピンクの瞳の眼球に視線が集まる。その視線を受けてか、眼球がドクンと脈を打つように鼓動を打った。


「ひっ!」


 銀のトレイを持っていた近衛騎士の男性が思わず銀のトレイから手を離した。トレイは床に落ちていき、載せられていた眼球がコロコロと床を転がっていく。その間に鼓動は大きくなり眼球も徐々に大きくなっているように見える。


 アルマース近衛騎士隊長は脈を打って徐々に大きくなる眼球に、剣を抜き、振り下ろすも眼球が浮き上がり剣の横をすり抜けていく。

 目に見張るほど大きくなった眼球の中から、何かが出てこようともがいているが如く、歪に形を変えながら宙に浮いている。

 そして、ピリッと皮が避けるように亀裂が走り、腕が皮を突き破るように一本出てくる。それに次いでもう片方の腕も出てきて、這い出てくるように眼球だったモノを押しのけ肩が現れた。そして、ピンクの髪が生えた頭部がズルリと出てきたのだった。

 出てきたモノの姿は少女の姿をしており、どう見ても、先程牢に閉じ込められていたコラソン男爵令嬢の姿にしか見えなかった。


 コラソン男爵令嬢と思われるモノはショッキングピンクの髪を下ろし、黒いドレスを身にまとい、黒い靴でカツンと床に降り立った。ただ、目だけがコラソン男爵令嬢とは違っていた。その目は赤く、溶岩でも流し込んだかのように瞳も白目もなく、ただ赤いモノが目としてあった。


「ここは?あの方はどこに行ったの?」


 コラソン男爵令嬢だろう存在は辺りを見渡し、先程まで自分がいた場所でないことを確認し、金髪金眼の青年を探している。


「本当にあそこから出してくれたんだぁ」


 嬉しそうに微笑んでいるが、その容姿からは気味が悪いとしか印象を抱くことができない。

 そのコラソン男爵令嬢と言っていいモノかわからない存在に声をかける人物がいた。


「ミリア!私を助けろ!」


 その声を出した人物に、こいつは何を言っているんだと不可解な者を見る視線をこの場に集っている者たちは向ける。

 モーベルシュタイン王太子だ。


「あら?モーベルさま、どうされたのですか?」


 助けるとはどういうことなのだろう。ミリアと言われた少女の姿をしたモノは首を傾げる。そして、ふと王太子の横に視線を向け、窪んだ壁を見た。


「あれ?レギオンさま?」


 ミリアが壁に視線を向けたと思えば、その姿はダヴィエーリ伯爵令息の前に立っていた。いつ移動したかわからない速さだった。


「レギオンさま。大丈夫ですか?あ、もしかして、これってできちゃったりする?」


 そんな独り言と共に右手をダヴィエーリ伯爵令息に翳すと、その瞳が開き倒れていた少年がムクリと立ち上がった。


「すごい、すごいわ!これで私は聖女よ!」


 一人聖女だと喜んでいる少女だが、ムクリと立ち上がったダヴィエーリ伯爵令息の目は虚ろだ。しかし、その力を喜んでいる人物がもう一人いた。モーベルシュタイン王太子だ。


「ミリア。すごいぞ!早く私を自由にしてくれ」


 しかし、ミリアがモーベルシュタイン王太子の言葉に答える前にミリアの前に立ちふさがる者達がいた。近衛騎士隊長と近衛騎士副隊長だった。

 異様な力を見せつけたミリアに向けて、巨漢の近衛騎士隊長が剣を振り下ろすと同時に剣を突き刺す近衛騎士副隊長。


「私の方こそ助けなさいよ!」


 命の危機を感じたミリアは叫んだ。自分の方こそ助けられるべきだと。

 ミリアのその言葉に動いた者がいた。いや、者たちだ。ミリアの側にいたダヴィエーリ伯爵令息は後ろ手に縛られていた縄を引きちぎり、ミリアの前に立った。

 それだけではなく。モーベルシュタイン王太子も3人の貴族令息たちも、三人の少年たちをを拘束していた近衛騎士たちでさえ、ミリアの前に立ち、彼らの上司である隊長と副隊長に立ちはだかったのだ。


 まずは己の部下である近衛騎士たちを一振りでなぎ倒すアルマース近衛騎士隊長。ザッフィーロ近衛騎士副隊長は後ろから攻撃を仕掛けてきた男女の近衛騎士を剣の柄で意識を刈り取った。一応部下には気をつかったのだろうか。


「くっ。モーベルさま!そこの偉そうなおじさんを人質に取りなさい」


 ミリアはモーベルシュタイン王太子に国王を人質に取るように言葉にした。近衛騎士隊長は貴族の令息に対して手加減し、意識を刈り取っていたため、反応が遅れてしまった。


「陛下!」


 ザッフィーロ近衛騎士副隊長が国王の元に向かおうとすると、その国王とモーベルシュタイン王太子の間に入り込む影がいた。


「ストーカー撃退くん発動ですわ!」


 そう言って、割り込んできた人物はモーベルシュタイン王太子に向けて、細い腕で拳を作り、顔面にパンチを繰り出していた。その攻撃を受けたモーベルシュタイン王太子は雷に直撃されたような電撃を受け、後ろにひっくり返る。受け身を取ることもなく頭から倒れたのだ。


「な···なんで!人を操る力をくれるって言ったじゃない!操れない人がいるって聞いてないわよ!レギオン!私を抱えて逃げなさい!」


 虚ろな目をしたダヴィエーリ伯爵令息はミリアを抱え、明かりとりの天井の窓ガラスを割り、そこから逃げた。どう見ても普通の人ができる動きではなく、操られているがゆえにできた動きなのだろう。


「まぁ、どうしましょう。わたくしがヴィネーラエリス様の代わりに天誅してしまいましたわ」


 床でひっくり返っているモーベルシュタイン王太子を撃退した者の言葉だ。その者は白い髪を高く結って青い空色のドレスを身にまとい、困ったという感じで新緑を思わせる若葉色の瞳を、物言わぬ王太子に向けていた。


「イザヴェラ。君が危険に身を晒すことはない」


 困ったと言っている女性に声をかけたのは、先程までは剣を振るっていたザッフィーロ近衛騎士副隊長だった。


「レーヴェグラシエ様!やっとヴィネーラエリス様作『ストーカー撃退くん』を使うことができましたわ。ヴィネーラエリス様は『お兄様を実験台にすればいい』とおっしゃっていたけれど、使わなくて正解でしたわ」


 いや、きっとレーヴェの妹は兄のストーカー対策の為に渡したものだろう。


「それにわたくしはお父様の娘ですもの。国王陛下をお守りすることは一貴族としては当たり前ですもの」


 その父親であるアルマース近衛騎士隊長は部下である近衛騎士を縄でぐるぐる巻にして、国王に頭を下げているところだった。

 部下の行いに謝罪をしているのだろう。


「それから、これをヴィネーラエリス様にお渡しをしたいと思ったのです。会場で落ちていたものを、わたくしの侍女に持って帰ってもらったものですの。これをウィッグにすればいいと思いましたの」


 そう言ってイザヴェラは木でできた箱をレーヴェに差し出して、その蓋を開けた。その中には青く輝きを放った美しい髪が収まっていた。

 イザヴェラは喜んでもらえると思っていたが、レーヴェから何も反応がないことに戸惑いの表情を浮かべる。


「あ、あの?いらないことをしてしまいましたか?」

「いや、違う。ヴィネはもう王都にはいないんだ。自ら公爵家を出ていってしまった」

「そ、そんな。このおバカさんが悪いのですわね!ヴィネーラエリス様は私の妹になるお方だったのよ!猫を拾ったと言ってケットシーをペットにしていたり、トンボを捕まえたと言って、妖精を握って連れてきたり、子犬を拾ったといって、フェンリルだったときは皆から捨ててきなさいと言われていたり、そんな楽しい毎日が過ごせると思っていましたのに!!」


 イザヴェラはそう言いながら『ストーカー撃退くん』をもう2発ほどモーベルシュタイン王太子に浴びせていた。

 しかし、残念がるポイントがおかしかった。彼女もかなりレーヴェの妹に感化されてしまっているようだ。


「すまないが、ザッフィーロ近衛騎士副隊長。娘を屋敷まで送ってもらえないだろうか」


 怒りを顕にしているイザヴェラを恍惚な表情を浮かべて見つめているレーヴェに、アルマース近衛騎士隊長がいった。その言葉にレーヴェはここにいる方々に頭を下げ、未だに怒りが収まらないイザヴェラを連れて会議室を出ていったのだった。

 因みにレーヴェが部下の2人を切り捨てなかったのは、正面の扉から騒ぎを聞きつけたイザヴェラが入って来ていたので、剣の柄を使っていたにすぎなかったのだ。



「はぁ。本当に人を操る能力があるなんてねー。この目で見て実感できたよー」


 荒れた室内を片付けるため、別の部屋に話し合いの場を変えた国王と4人の人物が疲れた顔をしていた。国王の背後では巨漢を小さく丸めて、落ち込んでいるアルマース近衛騎士隊長が立っている。


「あの、一つ聞いてもよろしいしょうか?」


 落ち込んでいるアルマース近衛騎士隊長から発言の言葉が出てきた。いつもは無口で立っているだけの人物なのにだ。


「なにー?」


 それを了承したのは国王ではなく、スマラグドィス公爵だ。


「なぜ、皆様は操られなかったのでしょうか?我らアルマース家は悪意を排除する特性がありますので、わかるのですが···」

「あ、それはザッフィーロ公爵の管轄だねー」


 スマラグドィス公爵から説明をするように促されたザッフィーロ公爵だが


「私は詳しくは知らない。全てはヴィネーラが行ったことだ。簡単に言うなれば悪意から身を守る魔道具といったところか」


 そう言って、ザッフィーロ公爵は己の息子に渡した青いペンダントと同じものをテーブルの上にコトリと置いた。


「ヴィネーラはアルマース伯爵令嬢を見て思いついたと言っていた。確か、母上の茶会で何度か会ったときに不思議な子がいたから真似をしてみたと言っていた。これは4大公爵の当主と国王陛下、それと息子に渡してある。あとはヴィネーラが個人的に渡したりしていたようだが」

「そうですか。我らの力が魔道具として皆様をお守りしたと」

「いやー。流石、ヴィネーラエリスちゃんだよねー。でさぁ。そんな【王の瞳】を持って、すごい能力を持ったヴィネーラエリスちゃんを罪人にした。馬鹿王子の処遇はどうするわけー?」


 スマラグドィス公爵は王太子の父親であり、一国の王である、己の弟に問いかける。


「廃嫡にし、西のマルガリートゥム辺境伯爵のところに預けようと考えている」

「あれ?王妃殿下の生家じゃなくていいのかな?」

「構わない。それだと、甘やかされて終わりだ。マルガリートゥム辺境伯爵のところだとそうはいかんだろう」

「まぁ、無難かなー。僕としては二度と僕のルティシアちゃんの前に現れなければいいよー。じゃ、現実的問題を話し合おうじゃないか」


 そう言って、5人は先程見せつけられた、人を操る能力を持って生まれた悪魔の少女に対してどう対策を取るか話し合うのだった。


✦欠陥品悪役令嬢、贈り物を受け取る



 さて、やってまいりました。ザッフィーロ公爵領。え?国境に向かっていたのではないのかですって?勿論、向かっておりますよ。

 しかし、いくら私の部屋の物をすべて入れることのできるリュックを作っても、持って行けないものがあるのです。

 そう、私のサファイア鉱山です。


 ですから、私名義の鉱山をどうするか指示しておかないといけません。

 しかし、私のサファイア鉱山はあと1日ほど馬車でかかるところにあるのです。急ぐ旅でもありませんから、私は領地を眺めながらゆっくり進んでいきます。


 御者台に座り、雪景色になった風景を眺めます。春になればここも麦畑になることでしょう。私はそれを目にすることはありませんが。


「お嬢様。寒くはないですか?中に入ったほうが」


 隣で馬の手綱を手にしているシオンが声をかけてくれますが、長年の口癖はすぐには直りませんね。


「シオン。私はヴィよ。お嬢様じゃないの」

「あっ」

「人前では絶対に言わないでよね」

「わかった」


 と言う会話は実はもう10回目です。仕方がありませんね。


『そろそろ。休憩にせえへんか?』


 幌の内側から顔だけを出したグリースが休憩を言い出してきました。珍しいですね。いつもなら、早く暖かい街の宿に行きたいと言いますのに。

 この旅が始まって3日が経っております。ですから、グリースの行動パターンも読めてきたと思っていましたのに


「なんだ?ケットシーのクセにお腹が空いたのか?」

『ワイがケットシーでも腹は減るもんや。それに、ええことあるでー』


 よくわかりませんが、グリースの要望に答え、開けた場所に馬車を停め、昼食の準備をします。幌の中からブラン爺が出てきました。


「こうも何もすることがないと、体が鈍ってしまいますのぅ」


 そう言って体を伸ばしています。確かにそれは言えますね。路銀は特に必要としておりませんが、途中で冒険者ギルドの依頼を受けるのも悪くないでしょう。


「じゃ、ブラン爺。冒険者ギルドの依頼でも受けに行く?」

「何じゃ。お嬢様、この爺の老体にムチを打つつもりなのですかな?」


 自分で老人扱いしているけれど、目はキラキラしているわよ。それに筋肉ムキムキのブラン爺を誰が老人扱いできるものでしょう。


 そんなことを話しながらもテキパキと準備をしています。元冒険者のブラン爺が手慣れたように火を起こし、私は幼い頃から旅に慣れているので、途中で買い込んだ食材を切っていきます。因みに、シオンは馬の世話をしています。

 そして、リュックから魔石の力で発熱するコンロを取り出し、それに鍋を置き水と具材を入れ、煮込んでいきます。え?なんのために火を起こしたかって?

 それは火の前で伸びているグリースを見てもらえればわかると思います。お腹を上にして完全にリラックスしています。もしかして、幌の中が寒すぎて休憩しようと言ってきたのでしょうか?いいえ、幌の中は一定の温度で過ごせるようになっているはずです。

 グリースの行動を疑問に思いながら、鍋の中をかき混ぜて塩コショウで味を整えます。

 味気が少々物足りない感じですが、冬場に取れる野菜は種類が少なく、海が遠いこの地では魚介の出汁は取ることはできません。ですから、肉が多めになっています。その代わり肉の臭みを取る香草を入れる必要がありますが、それもまたアクセントになっています。


 出来たスープを4人分の器に盛り、今朝買ったパンを添えます。あ、グリースのパンはありませんよ。そのグリースのスープは冷却の魔法で人肌に冷ましておきます。ええ、グリースは猫舌ですから。


「できましたよ」


 火を起こし終わったブラン爺は自分の大剣を手にとって、離れたところで素振りをしています。そんな大剣を自由に振れるのなら、まだ冒険者としてやっていけたのではないのでしょうか?いえ、誰しも引き際が肝心だといいます。冒険者として食べていくには限界だったのでしょう。

 私の声が聞こえたブラン爺がこちらにやってきます。そのブラン爺にラーメン鉢のような器になみなみと入った肉増々のスープを差し出します。


「旅で温かい食事ができるとは幸せなことじゃのぅ」


 そう言いながら、大きな器を受け取っていきます。しかし、ラーメン鉢のような器でもブラン爺が持つと小鉢にしか見えません。


『熱いのは苦手やから、ワイは冷めたものでええ』


 グリースはムクリと起き上がって、平皿のスープを飲み始めます。


「すみません。遅くなりました。お嬢様」


 ···11回目を言えばいいかしら?まぁ、食事のときに小言を言うのはやめておきましょう。


「シオン。ありがとう。冷えたでしょ?火の側に座って?」


 私はシオンに隣の場所を指し示します。隣に腰を下ろしたシオンにスープが入った器を差し出すと、その器を黙って受け取るシオン。

 ふと、昔に同じ情景があったことを思い出した。思わず『ふふふ』と声が漏れた。


「どうされました?」

「昔、私が食事を作ってシオンに怒られたことがあったと思い出してね。『公爵令嬢とあろう方が食事を作るものではありません』って」


 お父様との約束で王都に結界を張るということが、思ったようにいかなくて、気晴らしに冒険者ギルドの依頼を受けたことがあったのです。それが、一日では終わらなくて野宿をすることになったのですが、シオンの反発が酷かったのです。


『公爵令嬢が野宿なんてするものではありません』

『そもそも、冒険者ギルドの依頼など、受けません』

『オークを53体倒しておいて足りないとは、なんですか!』


 それは聞いていた数より少ないということですよ。そして、最後に公爵令嬢が食事を作るものではないと言われたのです。ですが、私が冒険者をしていなければ、食事を作れなければ、シオンは川の中で死んでいまいたよ。と言えば、黙ってスープの入った器を受け取ってくれました。それ以来『公爵令嬢が···』とは言わなくなっていました。


「お嬢様のおかげで····ヴィのおかげで美味しい食事にありつけて感謝している」

「まぁ。喜んでもらえるのなら、作り甲斐があるわ」


 シオンに褒めてもらえるのは、心がふわふわします。

 温かい食事を食べ終わり、次の街に向けて出発しようとしたときに王都の方角から早馬が駆けて来るのが見えました。どうしたのでしょうか?もしかして、お父様が?私は呆然と遠くから駆けてくる早馬を眺めていると、シオンから外套のフードを深く被らされ、抱えられ幌の荷台の中に連れ込まれました。


「ヴィはここにいろ」


 そう言って、シオンが幌の荷台から出ていきます。それと入れ替わるようにグリースが入って来ました。


『姫さん。心配することは何もあらへん。安心しいや。ワイがついとる』


 そう言ってグリースは私の膝の上にのぼってきました。

 グリースさん、ただ単に私の膝で暖を取ってませんか?


 外から何やら声が聞こえてきます。モメているのですか?


「ヴィ、ちょっといいか?」


 シオンが幌の幕を開け、顔を覗かせました。私が出ていけば、いいのですか?私が立とうとしますが、グリースが動いてくれません。


『ここに入ってもらいや。外は寒うて風邪を引いてしまう』


 それは、グリースが外に出たくないだけでは?

 グリースの言葉にシオンが幌の荷台に入って私の隣に座ってきました。その後ろからは····


「イザヴェラ様」


 お兄様の婚約者であり、お兄様がストーカー行為をしている女性です。外套のフードを外せば雪のように真っ白な髪が広がり、春の若葉を思わせる新緑の緑の瞳が揺れる水面のように私を見つめてきます。


 そのイザヴェラ様の後ろからはイザヴェラ様の侍女の方が両手に抱えるほどの箱を持って入ってきました。


「ヴィネーラエリス様!」


 イザヴェラ様はそう言って私の手を冷たく冷えてしまっている手で握ってきました。


「『ストーカー撃退くん』素晴らしかったですわ!おバカ王太子に3発ほど入れておきましたわ」


 は?


「ピクピクと白目を向いて痙攣している姿をヴィネーラエリス様にも見せてあげたかったですわ。わたくしがヴィネーラエリス様の代わりに天誅しておきましたから安心してくださいまし」


 えーっと、モ···もやし王子で『ストーカー撃退くん』の試し打ちをしたという報告をわざわざしに来てくれたのでしょうか?

 あれは、お兄様の行動を止める為のものでして、できれば他人には使ってほしくはなかったのですが···。しかし、緊急事態なら仕方がないのかもしれません。


「ごほんっ」


 侍女の方が咳払いをしてイザヴェラ様はハッとしました。


「そ、その報告もでしたが、これをお渡しをしたくて追いかけてまいりましたの」


 すると隣の侍女の方が持っていた箱を差し出して来ました。それをシオンが受け取り、私に視線を向けて来ました。開けてもいいかということでしょう。

 その箱は青い色の箱で青いリボンがかかっていました。

 

 これは、イザヴェラ様を使ってお兄様かお父様が何かを送ってきた?私、何も部屋に残していなかったわよ?

 もしかして、この前のドレスの請求書ですか?しかし、あれはイザヴェラ様のドレスと一緒に作ったので請求はお兄様に行ったはずです。それとも、お父様の秘蔵のワインをくすねて爺に横流ししたのがバレたのでしょうか。そのワインの請求書!


「これは何が入っているのでしょうか?」


 わからないので、持ってきたイザヴェラ様に聞いてみます。


「ヴィネーラエリス様のものですわ」


 余計にわからなくなってしまいました。


「シオン、開けてもらえる?」


 イザヴェラ様が持ってこられたということは、爆発物ではないことは確かでしょう。そんな危険物をお兄様がイザヴェラ様に持たすはずはないですから。


 シオンが青いリボンを解き、箱を開けると青い人毛が!!


「キモっ」


 思わず声が漏れてしまいました。


「ヴィネーラエリス様の切られてしまった髪ですわ」


 あ、そういう事ね。私はその青い人毛を手にとって見てみます。確かに私の髪と同じ物です。それが頭を覆うような形をしていました。


「ウィッグ?」

「そうですの。急いで作らせましたの。馬車馬のように働いてくださいませ!と言ったら、半日で作ってくれましたわ」


 それは権力の横暴ではないのですか?


「それからお父様の馬を拝借して、駆けてまいりましたの」


 近衛騎士隊長のお馬様ですか!!それなら、イザヴェラ様と侍女の方を乗せては来れるでしょう。何せ、とても大きな方ですから。いえ、そもそもイザヴェラ様自身が来られなくても…あ、恐らく『ストーカー撃退くん』の報告をしたかったのですね。


「それから、これは外に漏らせないことなのですが、人の意を操る悪魔が生まれましたわ」


 悪魔が生まれた?どういう事でしょう?


「あのコラソン男爵令嬢ですわ」


 コ、コラ?誰ですか?その何とか男爵令嬢って?

 私が不可解な顔をしていると隣のシオンが耳打ちをしてきました。


「恐らく、お嬢様のおっしゃるピンク男爵令嬢ではないのでしょうか?」


 あ、ピンク男爵令嬢ね。そう言えば、もやし王子がそんな言葉を言っていたような気がします。


「レーヴェグラシエ様がヴィネーラエリス様には『流れ星の願いが叶ってしまった』と言えばいいと、おっしゃっていましたわ」


 ピンク男爵令嬢が魔に堕ちたモノと契約していた?いいえ、それよりも人の心を操るものが存在してしまった。私が結界を解かなければこんなことには···しかし、保ったとしても私の魔力の供給が無ければ、結局1週間程しか保ちません。


「ヴィネーラエリス様。後は私達にお任せください。道中はそのことに気をつけて、進んでくださいませ」

「え?イザヴェラ様は私を連れ帰る為に追いかけて来たのではないのですか?」

「いいえ。先程も言いましたとおり、ヴィネーラエリス様の物をお届けにまいりましたのよ?寂しいですけれど、本当に寂しいですけど、わたくしはヴィネーラエリス様の行く道を陰ながら応援しますわ。レーヴェグラシエ様は諦めきれないようですけれどね。クスッ」


 イザヴェラ様は落ち着いたら手紙を送って下さいませ、と言って幌の荷馬車を降りていきました。本当に私にこのウィッグを持って来ただけのようです。私は手に持っていたウィッグを箱の中に戻します。


「付けないのか?」


 シオンが残念そうに言ってきましたが、私はそのまま箱の蓋を閉じます。


「私はヴィなの。だから、シオンが切ってくれたこの髪型でいいの。それにこの髪型似合っているでしょ?」


 私は首を傾げてシオンに尋ねます。ですが、似合っている以外の言葉は受け付けませんよ。


「そうだな」


 そう言ってシオンは私の頬にかかった髪を耳にかけます。シオン、その答えは30点です。


「似合うか似合わないかを聞いているの!それと、似合っているしか受け付けません」

「それは、元から答えは一つしかないということだよな」

「じゃ、似合っていないってこと?」


 グリースは似合っていると言ってくれたのに!私は膝の上で寝ているグリースにも同じ質問をします。


「グリース。私の髪型は似合ってないの?」


 ブルーグレーの毛玉がピクリと動き、青い目が片目だけ開けて私を見ました。


『よー似おてる。ヘタレは素直になれんだけや。姫さんが気にすることあらへん。そうやって素直にならへんから。姫さんに置いていかれるんや。いい加減学習しいや』


 そう言ってグリースは再び目を閉じてぷーぷーと寝息を立て始めました。え?グリースさん、もしかして、このままですか?そろそろ私の足がしびれてきそうなのですが?


「お嬢様、出発して良いかのぅ?」


 外からブラン爺の声が聞こえてきたので、ブラン爺に次の町までの御者をお願いをします。冬は冷えるので、時間を区切って御者をしないと体の芯まで冷えて、寒さに凍えてしまいます。それにブラン爺の足の傷は寒すぎると痛み出すそうなので、長時間はお願いできないのです。


「ヴィ。その髪型はよく似合っているが」


 シオンが先程の話の続きをしています。

 が?がってなに?


「ヴィの髪を結えないのも寂しい」


 そのシオンの言葉を聞いた私が閉じた箱の蓋を開け、『ウィッグを付けて』とシオンにお願いしたことは言うまでもないでしょう。




✦欠陥品悪役令嬢、竜を狩る




 それから、一泊して昼前には、ウイッダーの街にたどり着きました。このウイッダーの街は私が所有している鉱山がある街なのです。

 その街の中心にある大きな屋敷の門をたたきます。普通なら幌の馬車なんて門前払いをされるところですが、御者台にザッフィーロ公爵家特有の天青色の髪の者が座っているのであれば別です。


 そう、私はウィッグをつけて、シオンに髪を結ってもらい、フードを外して御者台に座っているのです。


 そして、私は応接室で一人の人物と向かい合っています。その人物は深い森を思わせる青漆の色の短髪で、碧色の目をオロオロとさせ、猫背が更に猫背になっている男性です。

 因みに私は青と銀の色のドレスに銀の髪飾りをつけて、鉄扇をパシパシと手の平に打ち付けています。シオンはというと、ザッフィーロ公爵家の使用人の服装を身にまとって、私が座っているソファーの背後に控えています。



「どういうことなのかしら?アルソス」


 私は鉄扇をパシパシと手の平に打ち付けながら尋ねます。


「えっと。それがですね。なんと言っていいか」

「はっきりと言いなさい!街の人の話だと、鉱山の仕事がなく生活に支障が出ていると聞きましたのよ?」


 そう、私は街に入って、あまり街の活気がないのが気になり、一軒の食堂に入って客の話に耳を傾けていると、どうも鉱山に入れず仕事ができないという話でした。それも、今月の家賃が払えるだろうかという話が出ていたことから、ここ1ヶ月2ヶ月のことではないのでしょう。


 私が街で話を聞いたとわかったアルソスは大きなため息を吐いて、話を始めました。


「はぁ。実は地竜が坑道に住み着いてしまいまして、冒険者ギルドに討伐依頼を出したのですが、地竜と聞くと誰もが去っていってしまう始末なのです」


 その言葉を聞いて私は鉄扇をテーブルに叩きつけます。


「だったらなぜ一番に私のところに連絡をいれないの!この鉱山の所有者は私なのよ!」

「ひっ!あ、あの自分で解決できると思いまして」

「できないから、このようなことになっているのでしょ!地竜がいるとわかったのはいつなの!」

「4ヶ月前です」


 その言葉に頭が痛くなります。4ヶ月も放置されていたのですか。彼にこれから任せてもいいのか心配になってきました。


「わかったわ。地竜は私が始末します。ですが、私はこれから国を出ていきます。もし次にこのようなことが起こったら、お兄様に相談してください。わかりましたね」


 しかし、アルソスはガタガタ震え返事を返さないのです。


「返事は?」

「はいぃぃーー!!!」

「売上の配分は今までと同じで、私の取り分は冒険者ギルドの口座に入れること、緊急性のない連絡は定期的にこの『ねこ屋さん』に入れること」


 私は青い箱型の物をヒビが入ったテーブルの上に置きます。大きさは家庭用のポストぐらいでしょうか。それに投函口が開いています。


「『ねこやさん』ですか?」


 そうです。黒いねこの配達屋さんです。箱には黒猫の絵も描いていますよ。


「これに私の決済が必要なもの、半年ごとの売上。採掘量の経緯。という、いつも私に送っているものをここの開いている投函口に入れると、私のところに飛んで来ます。逆に私が投函したものは、この投函口から吐き出されます。わかりましたね」

「はいぃぃーーー!!!」


 不安は残りますが、アルソスに任せるしかありません。仕事はできる人なのですが、少し自信過剰というか、何でも自分でしようとしてしまうところがあるので、今回みたいなことがあると、何も解決できないという事態に陥るのです。

 ガタガタ震えているアルソスを放置して、屋敷をでます。地竜が坑道に住み着いたとなると、鉱夫を鉱山に入れるわけにはいきませんが、流石に4ヶ月放置は駄目でしょう。いいえ、今までアルソスなら恙無く鉱山の管理をしてくれていたからといって、報告を半年に一度にしていた私の怠慢が招いたことね。


「ヴィ。今から鉱山に行くのか?」

「いいえ、まずは宿をとりましょう。今からだと日が暮れてしまうでしょ?それにブラン爺に足場が悪いけど、ついてくるか聞いてみないと」


 片方の足が義足であるブラン爺には坑道は足場が悪すぎるでしょう。それにブラン爺の武器は大剣なので、狭いところで振り回すには適さないのです。




「残念ですが、爺はここでグリースと待つことにしようかのぅ」


 やはりブラン爺には坑道での戦闘は厳しいでしょう。


「それでは、お肉をたくさん取ってくるわ」

「ははは、それは楽しみにしておきますかのぅ」


 と言いつつ、ブラン爺は肉にかぶりついて、酒を流し込んでいます。ここ数日、移動していましたので、お酒を飲むのを控えてくれていたようです。

 駄目ですね。こうやって、移動だけでなく道中は数日の連泊することも必要なのですね。私はブラン爺に我慢を強いていたようです。



 翌朝私は坑道の入口に立っています。今日の私はもちろんドレスではなく、乗馬用の服を改造した冒険者仕様の服を着て、外套をまとっています。そして、腰にはいつもはない重みがあります。金に物を言わせて···ごっほん。冒険者ギルドの依頼を受ける事で得られた素材を使って、腕のいいという噂の職人に作っていただいた剣を携えています。


「ヴィ。俺が先に行こう。4ヶ月も放置されていたとなると、崩れているところもあるだろう」


 確かにそうですね。アルソスから渡された最新の坑道の地図に目を通します。そして、その地図に赤く丸がつけられた部分から入口までの道を指でたどってみます。いいでしょう。ここは【俺Tueee脳】を使うところです。


「『マップ機能』、『最終ポイントにピンを落とす』『ナビ開始』」


 すると透明な板の様な物が出現し、もらった地図よりも精密な地図が現れ、赤丸があったところと同じところに赤いピンが落ち、現在地から最終地点までの順路が示されました。流石私の【俺Tueee脳】です。


「それでいいわ。シオン。取り敢えず、最初に地竜が目撃された地点にいきましょう。地竜がどれぐらいの大きさかわからないけど、坑道は狭くて移動には不向きでしょうから」


 私はそう言って地図から視線を外しシオンを見てみますと、何だか呆れた表情をしていました。


「どうしたの?」


 何か問題でもあるのでしょうか。首を傾げていると、盛大なため息が聞こえてきました。


「はぁ。ヴィは何でもありだな」

「あら?それはどういう意味?私は何でもはできないわよ?」


 死んだお母様を生き返らすことは出来なかったですもの。

 シオンは納得できないという感じで、坑道の中に入って行きました。中は暗いので魔法で明かりを灯します。坑道の天井付近にある吊るされたランタンのようなものに次々と明かりが灯っていきます。これで遠くまで見渡せると思っていましたら、前方から軽い足音が複数聞こえてきました。姿から見るに狼型の魔物のようです。


「ヴィ。シルアウルフが5頭だ。倒していいか?」


 そう言いながら、シオンが腰の剣を抜きます。どうやら、鉱山の入り口は人が入らないように監視員を置いていたようですが、魔物の坑道への侵入までは頭が回らなかったようです。詰めが甘いですね。アルソス。


「構わないわ」


 私が返事をすると同時に、シオンは一番速くかけてきた狼の魔物の眉間に一撃を加えています。そして、2頭目の首を落とし、3頭目は蹴り上げ4頭目にぶつけ、二頭同時に切り裂いています。

 流石はシオンです。狼の魔物など余裕ですね。逃げ腰の5頭目も一撃で倒してしまいました。


 しかし、魔物が入り込んでいるとなると、蟻の巣状の坑道のどこに魔物が潜んでいるかわからないですね。これはマップ機能に付け加える必要があります。


「『索敵』」


 すると、地図上にいくつかの丸い点が浮かび上がりました。それが、微妙に動いているので魔物なのでしょう。そして、赤いピンを落とした側にも赤い点がありますが、それは動いていないようなので、もしかしたら、地竜はお昼寝中なのでしょうか?いいえ、それが地竜とは限りませんね。


 その後は小物の魔物ばかりで、全てシオンが倒してしまいました。私達が通らなかった場所にも赤い点がありますので、そちらはアルソスから冒険者ギルドに依頼を出してもらって討伐してもらいましょう。


 そして、3時間ほど坑道内を歩いて、赤いピンを落としたところにたどり着きました。


「シオン。ここから左の奥の方にいるみたいだけど、この場所は明かりの設置がまだだから、よく見えないわね」


 私とシオンは岩陰に隠れて坑道内を窺い見るますが、この場所は採掘中に突如空いた空間だそうで、明り取りのランタンは設置されていません。恐らくもとからここに洞窟があったのではないのでしょうか。

 そうなると、ここにいた地竜の寝床に人が坑道を繋いでしまったということでしょう。しかし、少し蒸し暑いような気がします。


 人とは身勝手なものです。元からいたものの存在が邪魔だと排除をしようとするのですから。人とは欲深い生き物です。この私も欲深いものです。

 私の生活の糧のため、この街の人の生活の糧のために、元からここを住処にしていたと思われる地竜を討伐しようとしているのですから。


「ここの空間内を明かりで満たすから、一気に終わらせましょう。一応聞くけれど、身体強化は必要?」

「必要ないです」


 シオンが嫌な顔をして答えます。


「2日後に動けなくなるのは御免被ります」


 ええ、一度シオンにも身体強化をかけてあげたことがありまして、2日後に謎の筋肉痛に見舞われベッドの住人にシオンもなったことがあるのです。2日後というのが微妙よね。


「では参りましょう『ライト』」


 私は腰の剣を抜き、光魔法で坑道内を光で満たします。光に満ちた坑道内はまさに幻想的でした。あまりの美しさに足を止めてしまいそうになりましたが、美しい洞窟の奥にいる山になっているモノに向かっていきます。

 この空間は青の色と緑の色で満たされていたのです。その色を発するものはアズライトとマラカイトのようです。その鉱石が洞窟内の壁面一面に満たされていたのです。ですから、この空間は青と緑しか存在しないのです。その奥で小山になっているモノも鱗が青く光に反射しているのです。


 山になっていたモノが私達の存在に気が付き、首をもたげます。目は退化してないように思えますが、顔つきはトカゲによく似ていますね。

 はっ!もしかして、地竜とトカゲを見間違えたということですか?まぁ、そういうことだったのですね。

 地竜と言うから身構えてしまいましたが、トカゲというならサクッと倒してしまいましょう。


 トカゲが長い尾を私とシオンに向けてムチのように振ってきました。シオンはその尾を避け、先に進みます。しかし私は剣を向かってくる尾に対して垂直に構えます。

 鱗をまとった尾と剣がぶつかります。ガガッと衝撃が腕に響きましたが、そのまま押し切ります。剣の刃が鱗を割り、肉に切り込んで行きます。そして、私の両脇を通って尾の先と切断した部分が飛んで行きました。


「Gyaaaaaaaaaaa」


 頭をもたげたトカゲは体を起こし、戦闘態勢になったのでしょう。体制を低くし、唸り声を上げ、牙をむき出しにしてきました。全長はクジラほどの大きさはありそうです。


 あら?牙?トカゲに牙はあったのでしょうか?まぁ、いいでしょう。


 青い鱗をまとったトカゲはしなやかな動きで地面を蹴り、シオンに前足を振り上げ、爪で攻撃を仕掛けてきました。


 ……トカゲに鉤爪のような爪ってあったのですね。ああ、地面を掘るのにきっと必要なのでしょう。


 シオンは攻撃された前足を剣で弾いて、トカゲの首に剣を打ち込みます。しかし、角度が浅く横に移動され、致命傷には至りません。再びシオンが剣で攻撃をするも、今度は先程弾いた爪で受け止められています。

 あまり暴れると上の坑道にまで響いて坑道自体が崩れてしまうかもしれません。

 トカゲですか。そういえば、トカゲを飼うのにコック○ーチなるものを餌と……そうではなくて光熱費がかかると聞いた記憶が残っています。と、いうことは……


「シオン、戻って来て」


 私の言葉を聞いたシオンが攻撃をやめて、私の側に戻って来ました。


「ヴィ。思っていた以上に鱗が硬く、動きが俊敏だ。この地竜」


 あら、シオンまで地竜だと思っているの?これ、どう見てもトカゲでしょ?


「あら?シオン、簡単なことよ?」


 私は向かってくるトカゲに手をかざします。


「『氷点下20度』ぐらいでいいかしら?」


 適当です。なぜなら私の【俺Tueee脳】は優秀なのです。トカゲの周りの空気を冷やし体温を奪うイメージをすればいいだけなのですから。


 青く美しい鱗に白く霜が降りて来ています。表面の温度が下がってきているのでしょう。徐々に動きも鈍くなって、進んでくる速さも遅くなってきました。


 私はほどんど動かなくなったトカゲに近づき、両手で剣を構え喉元に剣を突き立てます。そして、最後にとどめの魔法を一つ。


「【ファイアストーム】」


 剣からほとばしる炎の渦が岩の天井をぶち抜きました。

 あ、···力加減を間違えましたわ。【俺Tueee脳】の魔法と違って、こちらの世界の魔法はちょっとコツが必要なのです。実はちょっと苦手なのです。ええ、天井に空いた穴を見ますと、嘲笑う月が私を照らしていた事を思い出しますので、余計に苦手意識があるのでしょうね。


 首が焼き切れ、事切れたトカゲを見ます。さて、これをどうしましょうか?


「ヴィ。大丈夫か?」

「ええ、動かなくなったトカゲにとどめを刺しただけだもの、怪我なんてしていないわ」

「ヴィ。これはトカゲじゃなくて。地竜だ」

「あら?でもトカゲでしょ?」


 私がどう見てもトカゲだと言うと、とても大きなため息を吐かれてしまいました。


「はぁ。ヴィ。ヴィが子猫だと言った猫はケットシーだったよな。小鳥だと言った鳥はフェニックスだったよな。子狐と言っていた狐はなぜ尻尾が9本あったのだろうな」


 私が間違っているというのですか!!はい、シオンさんの意見が正しいことは過去の私を見ればわかります。そうですか。これが地竜というものですか。

 再び視線を地竜に戻します。あ!いいことを思いつきました。


「はい!ヴィはトカゲが地竜と理解しました!では、シオン。早速これを持って帰って解体しましょう!」

「ヴィ。この大きさになると一日では解体できない」


 ええ。そんなことはわかっています。私は大丈夫だとシオンに言って、持ってきた袋にトカ···地竜の亡骸を入れていきます。入れるといってもそんなに大きな袋ではありませんよ。これは魔物の素材入れ専用の袋でこれも私の部屋ほどの広さがあります。今は何も入っていないので、クジラほどの大きさの地竜も猫型のロボットが持っている不思議ポケットのように吸い込まれていくのです。



 そして翌朝、私は鉱山の近くに街の人達を集めました。もちろん権力でと言いたいところですが、鉱山から降りてきてアルソスにお触れを出してもらいました。


『鉱山に住み着いていた地竜を討伐したので、解体のため手を貸してほしい。手伝ってくれた者には賄いと地竜の素材を渡す』


 というものです。

 賄いは、恐らく街中の人たちの手があったとしても一日仕事になるでしょうから、食べ物を提供するという意味です。

 地竜の素材とは、すぐに現金にはなりませんが、売ればお金が手に入るという意味です。


 家賃の支払いに困っているのであれば、お金になる物が解体を手伝っただけで手に入ることに興味を覚えるでしょう。ここは現金で報酬を渡すのではなく物で支払うというのがキモなのです。



 今日の私はウィッグをつけて、ドレスを纏い、貴族の令嬢らしい姿になっています。そして、私は集まってきてくれた街の人達に向かっていいます。


「皆様、安心してくださいませ、このトカ(お嬢様、地竜です)···地竜を討伐いたしましたわ」


 あら、ごめんなさい。シオン。

 小山のような地竜の上に立って、人々を見下ろします。本当に街中の人たちが集まって来てくれたみたいです。私が討伐をしたと言った瞬間、喝采が沸き起こり、『流石ヴィネーラエリス様だ』とか、『一昨日来られたばかりだったのに、もう倒したのか』とか、『始めから冒険者じゃなくて、ザッフィーロの姫君に頼めよ』とか色々声が聞こえてきました。本当に皆さん困っていたようですね。

 私は鉄扇をパチンと手のひらに打ち付けます。すると、皆さんの喝采が止まり、私の方に注目が集まりました。


「皆さんに集まってもらった理由の一つはお触れにあったように解体をしてほしいのです。肉や骨、牙、皮などは後で好きなだけ持って行ってもらって結構です。

 もう一つは鱗を剥いで後ろにある湖につけてほしいのです。そうですね、一晩でいいでしょう。それを細かくコインほどの大きさにして紐を通せば、珍しい青い鱗の首飾りが出来上がります。

 鱗は、浄化していますので、お守りとして売れるでしょう。この鱗の首飾りを皆さんで国中に売って欲しいのです。その儲けはすべて皆さんの取り分にしてもらって大丈夫です。

 鱗はたくさんありますから高い金額ではなく、庶民の方が買える値段でお願いしますわ。それから、首飾りを貴族の人が大量に欲しいと言ってきたら、それはすべてアルソスに回しなさい「え?」。皆さんにしてほしいことはこの2つです。お願いしますね」


 私は長々と街の人に行うことを伝えて、青い小山から降ります。


「お嬢様、私に貴族の相手は無理ですよ」


 そんな泣き言いうアルソスを無視して、私は背後にある湖に足を進めます。ここは鉱山から出た水を一旦溜める貯水湖になっています。普通なら鉱山から出た水など鉱毒が怖くて生活用水に使えませんが、私が討伐した光龍の珠を湖に投げ入れて、常に浄化をしていますので、ここの水は安全に生活用水として使えるのです。それも今では聖水かと思うほど、淡く光っているのです。

 その湖の側に行き、水の中に手を入れます。手にあたった物をつかみ取り、水から引き上げると、私の体より一回り小さい空色のきれいな透明な板が出てきました。

 地竜の鱗です。湖に浸ける前は透明度など全くありませんでしたが、浄化されたのでしょうか透明度がかなり上がっていました。


 私の鑑定さんで見てみると


地竜アズールの鱗【浄化済】持ち主に危険が迫ってきたことを教えてくれる不思議な鱗。未来も見えちゃうかも?』


 地竜に名前があったのですか!名前持ちの地竜を私は倒してしまったのですね。


「ヴィ。どうかしたのか?」


 隣でシオンが声をかけてきました。


「問題ないわ。浄化も上手くいったので、もし人の意を操る悪魔が近づいて来ることがあれば、逃げるという選択肢が可能になったわ。まぁ、未来が見えちゃうかもって書かれてあるのが、少し心配ね」

「相変わらず、ヴィの発想には驚かされる。竜の素材なんて売って終わりだというのに、街の人々を使って売ってお金にしろって、普通は言わない。それも、人の意志を操るモノから人々が回避行動を取れる物なんて、普通は思いつかない」

「あら?シオン私は欠陥品なのよ?それに結界は王都で作ったときに懲りたわ。私の考えが甘かったって、私が力を補充しないといけない結界なんて、本当の意味では結界の意味をなさないもの」


 本当に私は欠陥品ね。



 補足:アズライトはインスピレーションの石だとか、喋る石と言われています。



✦欠陥品悪役令嬢、国を出る


 それから、解体を一日で終え、鱗の首飾り作りに1週間を要しました。出来上がった傍から、街の人に売りに出ていってもらいましたので、街の人が一気にいなくなることはありません。

 そして、解体した素材を国の各主要な街へ売りに行くついでに鱗の首飾りを売ってもらうのです。ですから、街の人達はなるべく高く売るために、売る場所が重ならないように話し合って売りに行く場所を決めていました。


 そう、地竜の鱗のお守りも一気に国中に行き渡るのです。


 街の人が素材を売って戻って来た頃には、冒険者ギルドに依頼した坑道内の魔物の討伐も終えていることでしょう。


 そして、私は必要以上にアルソスへの言葉を並べ立て、困ったらお兄様に相談するように念押しをしておきました。これだけ言っておけば今回のようなことは起こらないでしょう。

 これで、心置きなく国を出ていけるというものです。


「お嬢様、本当に国を出ていかれるのですか?」


 アルソスが泣きそうな顔で言ってきます。出ていきますよ。もう、決めたことですもの。

 私は御者台からアルソスに声をかけます。


「アルソスには感謝をしているわ。私では管理できない鉱山の管理をしてくれているのですもの「お嬢様〜」でも、連絡が途絶えて私利私欲にはしろうものなら、私直々に天誅を下しますから、肝に銘じておきなさい」

「ヒィィィィーーーー!!!」


 これだけ脅しておけばいいでしょう。


「アルソス。体には気をつけるのよ。それと、投資しないかっていう商人の話もよ。アルソス、元気でね。さようなら」


 私は手を振って別れを告げます。しかし、アルソスは別れの言葉を返してくれず、青い顔でガタガタ震えています。どうしたのでしょう?不思議に思っていますと、幌馬車はガタンと動き出しました。


「すみません、お嬢様ー!!ある商人からの投資の話を進めてしまいましたぁぁぁー!!」


 幌馬車が動き出してから言い出すなんて!!わざとですの!


「お兄様に早速相談しなさい!!そして、その詳しい事情を『ねこ屋さん』に投函しなさい!」

「はいぃぃぃーーーー!!」


 早速、お兄様への相談と『ねこ屋さん』が必要になっていました。本当に任せて大丈夫なのでしょうか。

 私はイライラと不安を抱えながら、ウイッダーの街をでていきました。


「ヴィ。心配なら、あの地に住んでもいいのではないのか?」


 私の隣で手綱を持っているシオンから、言われてしまいました。それも選択肢の一つかもしれません。でも、私は


「ねぇ、シオン。この国にいる限り私はヴィネーラエリス・ザッフィーロ公爵令嬢なのよ。別の国ではシオンに別の名があるように」


 私は厚い雲に覆われた空を見上げます。重たそうな空は今にも雪が落ちて来そうです。


「私がヴィとして過ごせたときはとても短かったわ。でもね、この生き方が私だって思ったのもその時期だったの。私はやっぱりヴィとして生きたいわ。シオンと一緒に」


 そう言って、隣に腰を下ろしているシオンにニコリと微笑みます。


「そうだな、ヴィを一人にしておくと次に何を拾ってくるか、わからないからな」


 なによ。私がいつも変なものを拾って来ているみたいに言わないで欲しいわ。それに、そこは私と一緒にいるって返事をしてくれるところじゃないの?


「シオン。その答えは10点です。ここは私と一緒に生きるって答えるのが正解よ」

「だから、なぜ一択なんだ?」


 え?それはもちろん。


「私がシオンからその言葉を聞きたいからよ」


 私はズズッと詰め寄って期待した目でシオンを見つめます。


「ヴィ。一緒にいるのは7年前から変わらないと思うが?」


 そういう意味じゃないのに!!私は期待した言葉が返って来ないことに、うなだれてしまいます。


「出会った頃のシオンは生きる意味を失っていたから、こういう生き方もあると、わざとシオンを連れて、あっちこっち行っていたの」


 そう、あれが食べたいから屋台に食べに行こうだとか、やっぱり王都の結界の核にドラゴンの魔石を使ってみるべきだと思って、ドラゴンがいるという山に登ってレッドドラゴンを討伐したり、お兄様が近衛騎士隊に入ることが決まったので、お祝いにオリハルコンの剣を贈ろうとして、オリハルコンの採掘に行ったり····あら?私って思っていた以上に自由に冒険者をしているわ。


「だ···だから、一緒にいるというよりも、私がシオンを連れ回していたの。でも、今は違うでしょ?シオンがシオンとしていてくれる事を選択してくれたから、シオンから言葉を聞きたいなぁって思ったのは駄目だった?」


 うなだれている姿勢から、上目遣いにシオンを伺い見ます。シオンは何故か空を仰ぎ見ていました。私の話は無視ですか!

 シオンは諦めたようなため息を吐いたあと、左手を私の腰に回し、私はシオンに抱き寄せられました。


「生きる意味をなくし、死ぬしかなかった俺に新たな名を与え、生きる理由を与えてくれたヴィとシオンとして共に生きることを誓おう」


 シオンはそう言って私に軽く口づけをしました。


「シオンー!!」


 嬉しさのあまりシオンに抱きつきます。


『ラブラブやな』

「ラブラブじゃのう」


 幌の荷馬車の中から含み笑いの声が聞こえてきましたが、私の心は嬉しさで満たされていました。



 それから2週間かけて、西の国境まできました。西の辺境都市でブラン爺がマルガリートゥム辺境伯爵に旅立ちの挨拶をしたいと立ち寄ったのですが、残念ながら王都に向かうため1週間前に辺境の地を立ったばかりだそうです。どうやら入れ違いになってしまったのですね。

 いえ、本当は寄り道もせずに普通のペースで馬車を進めていたら、会うことが叶ったかもしれません。


 実は、急ぐ旅でもありませんから、3日に一回は連泊をして丸一日自由な時間をすごして再び馬車で移動するということを繰り返していたのです。


 そして、日が経つに連れて、青い首飾りをつけている人を少しずつ見かけるようになっていました。竜の素材は希少で一般の人が簡単に手に入れることができないのですが、あの青い鱗の欠片でできた首飾りは安い値段で購入できるようにしましたので、興味本位で買っていく人がいるのでしょう。それに目をつけて高値で売る者も出てくるかもしれませんが、一斉にそれも大量に売り捌いているので、価値は下がって行くでしょうね。


 そんなことで、そのまま辺境都市を経て、国境の町アゴーニアまで来たのです。ここではそのまま国境を越え、隣国フォルトゥーナ国に入ってから、今日泊まる宿を決めるつもりなのですが····これはどういうことでしょうか?


「お嬢様。これは流石におかしいのぅ」


 冷たく凍える風が吹く中、御者台に座っているブラン爺からの言葉です。


『姫さん。これはあかんかもしれへん。別のところに行った方がええんちゃうか?』


 私と一緒に幌の覆いの隙間から顔だけ出したグリースの言葉です。


「ええ、一旦引き返して、別の町の関門を通りましょう」


 私はこの町から一刻も早く出ることを選択しました。そう、町の様子が異常だったからです。

 人の影は見当たらず、まるで生活の途中で慌てて姿を消したかのように物が散乱していたのです。


 馬車をUターンさせ、町を出ようというときにそのモノが現れました。


「おっそーい!どれほど私が待っていると思っているのよ!西に向かって行っている言って、私が到着して何日が経っていると思っているのよ!1週間よ!1週間」


 えーっと、どちら様でしょうか?ブラン爺の知り合いかと伺い見ても、ブラン爺は首を横に振ってきます。


 そうですよね。ここ数日晴天が続いておりましたので、雪が積もっていることはないのですが、肌を切るような風が吹いているのです。それなのに肩が丸出しの黒いドレスを着ているなんて、見ているこちらが寒くなってきます。

 あ、因みに御者台にいるとあまりにも寒く、長時間御者をするのがつらくなってきましたので、馬車馬も含めた範囲で私を中心に結界を張ることにしました。おかげでこの空間は常春のような状態です。


「ちょっと聞いているの!私が1週間も待ったと言っているの」


 ええ、聞こえていますよ。しかし、残念ながら私貴女が誰だか知りませんの。


「お嬢様。もしかしてアレが悪魔というモノですかのぅ」

『ワイもアレが人やと思われへんなぁ』


 私も元から人だとは思っていませんよ。なぜなら、黒いムチの様な尻尾は人には生えていませんもの。その黒いムチの様な尻尾はボロボロの布の塊をつかんでいるみたいで、ボロ布が人に見えなくもありません。


「ヴィ。あのモノがコラソン男爵令嬢か?」


 シオンが私の後ろから、人には思えない存在をコラソン男爵令嬢ではないかと言ってきましたが、あのパーティー会場でも言いましたが、コラソン男爵令嬢とはあのパーティーで初めてお会いしたので、ここで待ち伏せされるほど、仲がいいわけではないですよ?


「あ♡ヒュー様♡少し待っててくださいね、私がその悪役令嬢から解放してさしあげますからぁ」


 先程まで叫んでいた人ならざる存在が気味が悪いくらいに、ころっと態度を変えてきました。


「あら?ヒュー様?シオンの知り合い?」


 この場にヒューという呼び名の人物は一人しかおりません。しかし、シオンが不快だと言わんばかりの低い声で答えます。


「俺の名はシオンだ」

「ごめんなさいね。シオン」


 私はニコリと微笑みます。シオンとして生きる事を選んでくれたのですから、その名は必要のない名前でしたね。


「もう!私の前でいちゃいちゃしないでよね!」


 いちゃいちゃ?しておりませんよ?


「腹が立つー!!さっきから意味がわからないって顔をして!悪役令嬢とジイさんを殺しなさい!」


 どこかに向かって命令を出したコラソン男爵令嬢と思われるモノの赤い目が、異様な輝きを放ちます。そう、赤い液体でも流し込んだ様な目が異様に目を引きます。そう言えば、ピンク男爵令嬢の目は髪と同じでピンクでしたよね?


 そんなことを考えていますと、建物の間からワラワラと魔物が姿を現しました。ということは、もしかしてここの住人は魔物に襲われてしまったのでしょうか?

 私は疑問をピンク男爵令嬢に投げかけます。


「少し聞きたいのですが、よろしいかしら?」

「なに?この数の魔物に囲まれて命乞い?キャハハハ」


 確かに幌馬車を取り囲むように、多種多様な魔物がいますが、私から言わせれば小物ばかりです。それは、そこで準備運動をしているブラン爺に任せますよ。


「いいえ。命乞いはしませんが、ここに住んでいた方々はどうされましたの?」

「ふん!そんなもの知らない!ここにたどり着いたら既にこの状態よ!悪役令嬢が自分の命乞いより、ここの住人の心配?可笑しくて仕方がないってこのことね!悪役令嬢のクセに!キャハハハ」


 どうらや私がばら撒いたアズールの首飾りが功を奏したようです。しかし、先程から気になる言葉が····。


「悪役令嬢?」


 もしかして、私の事を言っていたりします?


「そうよ悪役令嬢!悪役令嬢のクセにいい子ちゃんぶって、何もしてこないって、NPCならNPCらしく自分の役割り通りに行動しなさいよ!このバグが!」


 あら?なんだか昔の記憶を刺激する言葉がありましたわ。ノンプレイヤーキャラクターですか。元々演技など出来ない私ですので、ごめんなさいとしか言えないわ。


 それにしてもブラン爺は楽しそうに魔物を駆逐していっていますわ。最近運動不足だと嘆いていましたもの。やはり、途中冒険者ギルドで依頼を受けるべきでしたか?


「ヴィ。何を言っているかまでは理解できないが、あいつヴィのことを(けな)しているよな」

「シオン。それは仕方がないわ。だって私は欠陥品ですもの。悪役令嬢を演じろと言われても無理なことよ?」


 バグ。そう私はこの世界でバグだったのですね。でもそのおかげで、楽しめていますわ。


 悪役令嬢物って断罪されるか断罪する話が多いですもの。人を(おとし)めて幸せになるって、それは自分の幸せが、(おとし)めた人の不幸の上に成り立っているということを心のどこかで思い続けているってことでしょう?そんな生活は疲れてしまうと思うのです。だって(おとし)めた人物がいつ復讐に来るか怯えて過ごすことになりますもの。

 ああ、ですからあのような話では二度とその地に踏み入れないように、容赦のない終わり方をするのですね。


「キー!!また、いちゃいちゃしている!!いい加減にしてよね!」


 ですから、いちゃいちゃなどしていませんよ?普通に会話をしているだけですよ?


「レギオンさま!悪役令嬢を殺しなさい!」


 ん?レギオン様ってどなた?

 コラソン男爵令嬢の言葉に応えるようにボロ布がムクリと動き出しました。


 ……なんと表現をすればいいのでしょうか?一番しっくりくるのが、ゾンビと言えばいいのでしょうか?


「シオン。アレって生きていると思う?」

「あの姿で生きている方がおかしい」


 ええ。そうです。生きている方がおかしいのです。

 その姿は首は横にポキリと折れており、目がくぼみ落ち眼球があるようには思われず、口から出たであろう赤黒い血の跡が滝のような線を描き出し、片腕がもげ、両足が歪に歪んでいるのです。

 そして、残った左手に剣を持っています。


 これは死者への冒涜ではないのでしょうか?それともこれ程の扱いをするほど、憎しみを抱いているのでしょうか?ですが先程敬称を付けて呼んでいたことから、逆に敬っている?

 頭が混乱してきました。


「アレ、どうしましょう?恐らく命令されて体を動かされているだけよね」


 多分どこぞかの貴族の令息なのでしょう。

 ボロ布は何となく光沢感があるように思えますし、顔立ちも···良さそうに見えなくもないですし、どこか見覚えがあるような、無いような?


「俺が斬り刻んで来よう」

「あ!それは……」


 私が止めるヒマもなくシオンは幌馬車を飛び出して行ってしまいました。でも……


「どこの貴族のご子息かわからない人を切り刻むのは駄目だと思うわ」

『ああなったら、切り刻もうが、真っ二つにしようが、変わらんのちゃうか?要はあの奇っ怪なねぇちゃんに、操られんようにすればええんや』


 言われればそうなのですが、ああ、剣が握られた左腕が飛んでいってしま···シオンさーん!左腕だけをそこまで細かく切る必要ないと思うわ。


「あれは、マルガリートゥムの孫じゃろ?マルガリートゥムと同じ色を持っておるしのぅ。シオンはお嬢様の髪を切った者を許せんのであろう?まぁ。この爺も一発殴っておきたいが殴るところも残らなそうじゃのぅ」


 ブラン爺、感心したような言い方しないで欲しいわ。確かにシオンは言葉通り切り刻んでいるけれど、そこまでする必要はないのよ?動けなくなればいいのだから。

 でも、ピンク男爵令嬢はなぜゾンビ令息よりシオンの方を見つめているのかしら?なんだか、イライラしてくるわ。


 ブラン爺が戻ってきたということは、幌馬車を囲んでいた魔物は倒し終わったのですね。周りに魔物という存在は一匹もいなくなってしまいましたわ。流石、冒険者の元Sランクです。余裕ですね。それもいい汗かいたと言わんばかりにブラン爺は清々しい笑顔で笑っています。


「ヒューさま♡ヒューさま♡私と一緒に行きましょ!ヒューさまは王様になるべき人なのに、弟からお父さんを殺した疑いをされているのよね」


 あら?これは駄目ですわ。私は慌てて幌馬車を降りて、シオンの元に向かいます。


「大丈夫。私、全部わかっているの。ヒューさまのお父さんを殺したのは、その弟と宰相だから、ヒューさまの持っている【精霊の心】を国に持って帰れば····え?」


 シオンは深々とピンク男爵令嬢の胸に剣を突き立てていました。


「黙れ」


 相当怒っているのでしょう。シオンの殺気が辺りに満ちています。


「どうして?ヒューさま。王様になれるのに」


 胸を刺されているというのに、普通に会話をしています。心臓を貫いても意味がないとわかったシオンは剣を引き抜き、ピンク男爵令嬢と距離をとります。


「王になることに価値はない。俺はヴィと生きると決めた」

「シオン!!」


 私はシオンの背中に抱きつきます。


「ヴィ。危ないから、下がっていろ。この女、気味が悪すぎる」

「私が気味が悪いってなによ!!そう、全てそこの悪役令嬢が悪いってことね!悪役令嬢!自らの手で死になさい!」


 ピンク男爵令嬢は私に命令してきましたが、残念ながら私には効きませんよ。己の欲の為に悪魔の手を借りていたと思われた王弟タルデクルム対策をしておりますからね。


「死になさい!!何よ!私の命令は何でも聞くのよね!」


 命令をする度に怪しく光っていた赤い目が波を打っているように見えます。


「シネシネシネシネ!!……うぎっ!」


 形が崩壊したように赤い目がどろりと溶けて流れてピンク男爵令嬢の頬を流れていきます。それに伴いピンク男爵令嬢の体が崩れていっています。何でしょうか、空気が抜けて萎んでいく風船と言えばいいのでしょうか?最後には赤い水溜りになってしまいました。


 身に余る力は己の身を滅ぼすとは、このことですね。このままだと、何が出てくるかわからないので、ピンク男爵令嬢だったモノとゾンビ令息だったモノは燃やしておきましょう。


「『浄化の炎』」


 白い炎が赤い水溜りと肉片を燃やしていきます。しかし、なぜ私は彼女から悪役令嬢と呼ばれたのでしょうか?


「宰相も裏切っていたのか」


 シオンからぽそりと声が聞こえてきました。ええ、私は王都に悪意を持って侵入してくる者にエスピーリト国の宰相がいることをお父様から聞いて知っていましたよ。


 実はシオンの連絡はきちんと届いたのです。エスピーリト国の宰相が何度か国交云々の話し合いを持とうと連絡をくれており、話し合いの場が持たれていました。しかし、宰相が王都に入れないため、いつも隣の街で行われていたのです。


 教えてあげなくて、ごめんなさい。そうすれば、こんな形で知ることはなかったですわね。


「シオン。国に送る物は後で簡単に送る手立てを教えてあげるから、まずは国境を越えて、宿をとって休みましょう」


 私はシオンが一番気にしている物の解決方法があると教えます。


「簡単に?」

「ええ、『ねこ屋さん』を改良すれば良いのです」


 そう言って私はシオンに手を差し出します。これから、どんな楽しいことが待ち受けているのでしょうね。

 シオンは剣を鞘にしまい、私の右手を握ってくれました。


 どんなところにも、一緒に行きましょね。


『寒いから、はよ入ってきいやー』

「あとでこの事はマルガリートゥムに連絡しておくかのぅ」


 そう、3人と一匹で。


 拾ったものは最後まで面倒をみますよ。


 これからどんな事が待ち受けているのでしょうね。でも、どんな事があってもシオンとブラン爺とグリースが居れば私は幸せですわ。例えこの先に『何で一作目の悪役令嬢がここにいるのよ!』なんて事を言われても……

 まぁ、その話はまた別の話ですわ。


 今の私はシオンの側にいることができて幸せですもの。





この作品を読んでいただきましてありがとうございます。

身に余る評価をいただきとても恐縮しております。


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本当にありがとうございました!!!


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できるだけ、皆様のご意見に答えられるように書き上げました。

続きをとのご意見をいただき、掲載形式に対しては連載をというお言葉よりも、短編云々というご意見を複数いただきましたので、短編でという形をとっております。

過去の話。結界の話。ざまぁ?の話。鉱山の話。他のサイト様からのご意見も取り入れておりますので、このような感じでしょうか?父親のザマァは兄がチクチクとしてくれることでしょう。


誤字脱字報告をしていただきました読者様。たくさんの報告ありがとうございます。

時間は掛かりましたが、訂正させていただきました。ただ、一話に投稿できる7万文字になりそうですので、訂正する余白も少なくなってしまいました。ですので、誤字脱字報告は停止さしていただきます。


本当にたくさんの方に読んでいただきまして、有難うございました!!!!

これから3人と1匹の旅は続いて行くことでしょう。


ご意見、ご感想があれば、よろしくお願いいたしますm(__)m



おまけ


本来の話

 母親が殺されたときにヴィネーラエリスは兄レーヴェグラシエに庇われ命は助かったものの、父親は溺愛する妻を亡くし、嫡男を失ったため、残されたヴィネーラエリスに辛く当たります。


『なぜ、お前が生きているのだ』と


 ヴィネーラエリスは願います。父親に認められる力を。己の存在を守る力を。

 それに魔王ルシファーが応えます。


『お前の心からの願いはなんだ』と


 ヴィネーラエリスは答えます。


『私を心からの愛してくれる人を』


 魔王ルシファーはその答えに可笑しそうに笑います。


『クククッ。お前を愛するモノか。では、お前には闇の力と強欲な配下を与えよう。この国をお前とその配下が治めればこの国の者達はお前をアイすることだろう』


 斯くして舞台は整った。


 悪魔となった王弟タルデクルム。

 魔王に闇の力を与えられ、王太子の婚約者となった公爵令嬢ヴィネーラエリス。

 その二人が王都を混沌に陥れるところに、闇を打ち払う光をまとった聖女ミリアと深く絆を結んだ仲間たちが力を合わせ巨大な闇に立ち向かっていくのです。


 そして、悪魔タルデクルム。悪役令嬢ヴィネーラエリスを倒し、王都は平和を取り戻しました。

 ですが、気をつけてください。魔王は新しいおもちゃを求めて人々に願いを聞いてきます。


『お前の心からの願いは何だ』と





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― 新着の感想 ―
[一言] 楽しく読ませていただきました。 現代社会からゲームの世界に転生する人が必ずそのゲームをプレイ済みとは限らないので、バランスブレイカーでも仕方ないですね。 国王の謎多き兄、公爵様が少年のよ…
[一言] 文章も内容もとっちらかり過ぎ
[良い点] キャラクターがみんな立っていてとても面白かったです。 ケットシーや爺と仲良く旅する様子を思い浮かべるとほっこりします。 [気になる点] シオンが元いた国から持ち出していて返したいものとは何…
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