59 拝啓、お兄様
『拝啓 お兄様
近頃はいかがお過ごしでしょうか。
そろそろ学院での新学期が始まるから、その準備に追われているのかな?
私の方はつい先ほど公爵領の領主館に到着しました。
皆優しく迎えてくれて、ここに来てよかったと思いました。
今は温室でのんびり休憩をしながら、この手紙を書いている所です。
チロルは元気よく私の足元を走り回っています。
あっ、窓の外を見たらちらちらと雪が降ってきました。
お兄様のいらっしゃるところは寒くないですか?
どうか、お体を冷やさないように……』
「……ふぅ」
ある程度手紙を書き終わり、オルタンシアは一息ついた。
ジェラールへの手紙に記したように、オルタンシアはこっそりとここヴェリテ公爵領へとやって来ていた。
おそらく数年ほどはここで過ごすことになるだろう。
父や兄と離れて寂しさを感じないわけではない。
だがそれ以上に、オルタンシアは安堵していた。
(これで、しばらくはヴィクトル王子に関わらずに済みそう……)
ヴィクトルだけではなく、王都から遠く離れたここでは社交界そのものから離れることができる。
のんびりとした外の景色を眺めながら、オルタンシアは緩みそうになる気を引き締めた。
(ううん、ぼぉっとしてばっかりじゃダメだよね。ちゃんと頑張らないと!)
一度目のような処刑の運命を回避するために、オルタンシアはどうするのが最善なのかをずっと考えてきた。
果たして今のこの状況が最善……なのかどうかはわからないが、少なくとも一度目の人生よりはマシだろう。
(ろくに顔を合わせることもできなかったお兄様とは仲良くなれたし、お父様も私のことを娘だと言ってくれた。チロルも傍にいてくれるしね)
足元をちょろちょろと走りまわるチロルに微笑みかけると、彼は不思議そうに首をかしげる。
だが、だからといって油断はできない。
(ヴィクトル王子が私の存在を知ってしまった以上、妃の候補として私の名前が挙がる可能性も増えてしまったかもしれないもの)
これからはできる限り妃候補の打診を断れるように、もし妃候補になってしまったとしてもうまく立ち回れるように、知恵を絞らなくては。
(それに……私、公爵令嬢としてお兄様やお父様の役に立ちたい)
一度目の人生に比べて、オルタンシアはずいぶんと視野が広がった。
こうやってヴェリテ公爵領に来ることもできた。
だからこそ、父や兄がどれだけ重要な立場にあり、どれだけの重荷を背負っているのかも少しずつ理解できるようになってきたのだ。
公爵家の人間として、家族として、二人の役に立てるような人間になりたい。
あらためてそう決意したオルタンシアは、足元のチロルを抱えあげぎゅっと抱きしめた。
「だったら……いろいろ頑張らないとね!」
『……? よくわからないけどがんばれ! シア!』
「うん!」
父はこちらでもオルタンシアが教育を受けられるように、手配してくれると言っていた。
(大丈夫、きっとうまくいくよね……)
確かな希望を胸に、オルタンシアは再びジェラールへと宛てた手紙へ向き直った。