表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/166

41 お兄様の悪夢

  一方オルタンシアと別れたジェラールは、いつものように表情を動かさず廊下を闊歩していた。

 だがその胸の内では、少なからず動揺していたのである。

 まさか、オルタンシアに不調を悟られるとは思わなかった。

 ジェラールはあからさまに体調不良を表に出すことはない。事実、使用人や外部の人間はジェラールの不調を気取ることはなかった。

 だが、あの危なっかしい小さな義妹だけが、彼の変化に気が付いたのだ。


 ――「……問題ない。急な雑務が入り、少し寝不足なだけだ」


 あの言葉は、半分嘘で半分事実だ。

 ジェラールはきっちり自分のスケジュールを調整している。急な雑務が入ったとしても、睡眠時間を脅かすほど余裕がないわけがない。

 だが……寝不足だということだけは、嘘偽りのない事実だった。

 何度も繰り返し、同じ夢を見る。

 悪夢だといってもいいだろう。


 ――「――――さま! ――――さい!! ――です! ――――など――――おりません!!」


 夢の中では、いつも一人の女性がこちらに向かって助けを求めている。


 ――「お……――さま! ――ください!! ――です! 私は――など――はおりません!!」


 ジェラールはいつも、彼女を救わなければという思いに駆られる。

 だがそんな体は動かず、夢の中のジェラールはジェラールの意志とは正反対の行動を取ってしまう。

 ……助けを求める女性を、非情に突き放すのだ。


 ――「お……お兄さま! 助けてください!! 冤罪です! 私は暗殺など企んではおりません!!」


 髪を振り乱して、目にいっぱいの涙をためて、彼女は必死にこちらに手を伸ばす。

 その手を取ってやれたら、もう大丈夫だと抱きしめてやれたらどれだけよかっただろう。

 だが、悪夢はどこまでも悪夢だった。


 ――「黙れ、公爵家の恥さらしめ。……俺は一度たりとも、お前を妹などと思ったことはない」


 その言葉と共に、彼女の――オルタンシアの表情は絶望に歪む。

 そのまま彼女は断頭台へと連れていかれ、儚い命を散らすのだ。

 そんな光景を、もう何度もジェラールは目にしている。

 ジェラールの知る姿よりも幾分か成長しているようだが、間違いない。

 あれはジェラールの義妹、オルタンシアに他ならなかった。

 何度やめろと叫ぼうとしても、彼女を助けようとしても、オルタンシアは断頭台の露と消えてしまう。

 最近では夢を見るのが嫌で睡眠を削っていたのだが……オルタンシアに悟られてしまった以上、やめた方がいいだろう。


 ――「お兄様、無理だけはなさらないでくださいね。私、もっとたくましくなってお兄様をお支えしますから! 私にできることがあったら何でも言ってください!」


 つい先ほど会ったばかりの、小さな義妹の姿が蘇る。

 大丈夫、ジェラールにとっての現実はこちらだ。

 何度悪夢を見ようとも、しょせん夢は夢。

 現実に侵食することなどできはしない。


「おや、ジェラール様。どうなさいました?」


 立ち止まったジェラールに気づいたのか、駆け寄り声をかけてきたのは、最近公爵家で働くようになった若き従僕――リュシオンだった。

 この男はジェラールの目から見てもすこぶる優秀なのだが……どうにも得体のしれない部分があるように感じられることがある。

 弱みを悟られないように、ジェラールは再び歩き出した。


「なんでもない、行くぞ」

「承知いたしました」


 大げさに礼をして見せたリュシオンを従え、ジェラールはオルタンシアとは反対方向に足を進め始めたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] リュシオンこれもしや正体は夢魔か? だとしたら夢魔には未来の夢を見せる力があるのか?それとも未来のジェラールの強い思いが時空を超えて過去にも影響を及ぼしてる?
[良い点] コミカライズから拝読させていただいています。 毎回更新が楽しみです!! 今後の作品も楽しみにしています。 頑張ってください。 [気になる点] ……助けを求める女性を、非常に突き放すのだ。 …
[一言] 前回お義兄様が処刑前のオルタンシアに酷いことを言ったのは何者かに操られて…?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ