174 私が愛されるはずなのに
衝撃でジェラールとオルタンシアは壁際まで吹き飛ばされてしまう。
「ぐっ……!」
ジェラールが庇ってくれたのでオルタンシアは無事だったが、したたかに壁に体を打ち付けられたジェラールはうめき声を上げた。
「ジェラール様!」
「オルタンシア……」
慌てて呼びかけると、ジェラールは守るようにオルタンシアの体を抱き寄せた。
彼は険しい表情で、自分たちを攻撃したであろう相手――マルグリットを睨みつけている。
「おかしい、こんなのおかしいわ」
オルタンシアも同じように視線をやり、思わず小さく悲鳴を上げてしまった。
視線の先で、マルグリットがゆらりと立ち上がる。
……今の彼女は、明らかに異常だった。
普段のわがままながらも華やかで麗しい公爵令嬢の雰囲気は鳴りを潜め、まるで悪鬼のようなまがまがしいオーラを纏っていた。
顔を上げたマルグリットが、まっすぐにオルタンシアに視線を向ける。
その表情は……明らかな殺意に満ちていた。
「私がお兄様の妹なのに……。私がお兄様に愛されるはずなのにぃ……」
怨嗟のような呟きが耳に届いたのと同時に、マルグリットは動いた。
「なんであんたなんかが!!」
「ぐっ!?」
再び強い衝撃に襲われ、オルタンシアはうめき声を上げる。
「やめろ! マルグリット!!」
「うるさい!!」
ジェラールはマルグリットを止めようと駆け出したが、マルグリットが叫んだ途端彼の体は床に叩きつけられた。
「あなたなんか私のお兄様じゃない。お兄様なら、私を一番に愛してくださるはずだもの」
冷たい目をしたマルグリットが、床に倒れ伏したジェラールを見下ろしている。
彼女はそのままジェラールの横を通り過ぎ、オルタンシアの下へとやってきた。
「あんたさえ、あんたさえいなければ……」
怒りを、憎しみを、そして怨みを込めたマルグリットの呟きに、オルタンシアは悲しくなった。
(私は、また失敗したのかな……)
この世界なら、ジェラールが幸せになれると思った。
優しい両親や、本物の妹に囲まれて、元の世界の彼が手に入れられなかった穏やかな幸福を手に入れられると思ったのに。
それなのに……誰よりも彼の幸せを願っていたオルタンシアが、公爵家の平穏を壊してしまったのだ。
「なにもかもあんたのせいよ、オルタンシア」
断罪のように、マルグリットの言葉がオルタンシアの心を蝕んでいく。
それと同時に、マルグリットの纏うまがまがしいオーラがオルタンシアの全身に絡みついた。
「あんたさえいなければ何もかもうまくいったのに。皆が幸せだったのに」
「ぅ……」
まるで大きな手で全身を締め上げられているような苦痛に襲われる。
だがそれ以上に……心が痛かった。
オルタンシアが何をしようと、誰の幸せを願おうと、結局は逆効果にしかならないのだ。
(私は、いない方がいい存在なんだ……)
オルタンシアさえいなければ、みな幸せになれたのに。
(私さえ、いなければ……)
そんな暗い考えに頭が支配され、ずぶずぶと思考が沈んでいく。
「あなたが生まれたこと自体が間違いだったのよ、オルタンシア。だから――」
マルグリットがにやりと笑い、心も体も暗闇へ、深い絶望へと沈んでいくような気がした。
だが、その時――。
「きゃあ!」
急にあたりがまばゆい光に包まれ、マルグリットが悲鳴を上げた。
全身を締め上げられるような苦痛が和らぎ、オルタンシアは頭を上げる。
そして、その場の光景を見て……思わず目を疑ってしまった。
「えっ……?」
家具や床ではなく、空間そのものに大きな裂け目ができていた。
……まるで、何者かが空間を切り裂いたかのように。
呆然とするオルタンシアの目の前で、更に驚くべきことが起こった。
裂け目の向こうに、人影が見える。
その人影が、どんどんとこちらへ近づいてくる。
まるで水面を覗き込んでいるかのように、どんな姿をしているのかはぼやけている。
だがオルタンシアには、ぼんやりとしたシルエットだけでわかってしまった。
(そんな、嘘……)
信じられない思いで、裂け目の向こうを凝視する。
ついには、光のベールを通り抜けるようにしてその人物が姿を現した。
「お、兄様……」
ほとんど反射的に、オルタンシアはそう口にしていた。
空間の裂け目の向こうから現れたのは……オルタンシアの義兄、ジェラールだったのだから。




