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156 何もかもが消えてしまったのだから

「まぁ! マルグリットお嬢様ではございませんか!」

「お越しいただけるなんて光栄だわ!」


 どこの店でも、マルグリットはこの上ないほどに歓迎されていた。

 店員は次々と新作を勧め、マルグリットの方も積極的にああだこうだと口を出している。


「この生地とっても素敵! 是非これでドレスを仕立ててほしいわ!」

「マルグリットお嬢様はお目が高い! ちょうど隣の国から仕入れたばかりでして――」

「すごい! 注目間違いなしだわ!!」


 次から次へと躊躇なく商品を購入していくマルグリットに、オルタンシアは目が回りそうだった。


(あわわ……衣裳部屋に収まるかな)


 ドレスも、靴も、宝飾品も。

 馬車の中で話していたような物だけではなく、少しでも気に入ったものはぽいぽいと買っていくのだ。

 荷物持ちとしてついてきたオルタンシアの両手はすぐにいっぱいになり、何度も何度も馬車へ往復しなければならないほどだった。


(今回買った物を把握して整理して収納するのも私たちの仕事なんだよね……)


 ますますパメラが悲鳴を上げそうだ。

 マルグリットのあまりにも豪快な買いっぷりに、内心でため息をついてしまう。


「ねぇ、次はネックスレスを見せて!」


 わくわくと目を輝かせるマルグリットを尻目に、オルタンシアが額の汗を拭った時だった。


(ぇ……)


 ガラス窓の向こう……通りの歩道を、見覚えのある小さな後姿が通り過ぎていくのが視界の端に映った気がした。


「チロル!?」


 ずっと行方がわからなかった精霊の相棒の姿に、オルタンシアは今の状況も忘れてブティックから飛び出した。

 必死に通りを駆け、チロルの姿を追いかける。

 だが、そんなオルタンシアを待っていたのは――。


「にゃーお」

「ぁ…………」


 不思議そうにこちらを振り返ったのは、オルタンシアの探していたチロル……ではなく、よく似た色合いの野良猫だったのだ。


(チロルじゃ、ない……)


 そうわかっても、オルタンシアはしばらくの間その場を動けなかった。


「オルタンシア! どうしたの!?」


 いきなり店を飛び出したオルタンシアのことをどう思ったのか、すぐにマルグリットが追いかけてきた。


「あら、可愛い猫ちゃんね。オルタンシアの知り合い?」

「…………いえ。ただ、お友達の猫に似ていたんです」

「そうなの。人違いならぬ猫違いだったってことかしら」


 そう言ってくすくす笑うマルグリットは、ぐい、とオルタンシアの腕を引っ張った。


「お店に戻りましょ。とっても素敵なネックレスが二つあって、どちらにしようか迷ってるのよ。是非あなたの意見も聞きたいわ!」


 上機嫌なマルグリットに腕を引かれながら、オルタンシアはもう一度ちらりと背後を振り返る。

 ……先ほどの猫はまだこちらを見ていたが、やはりチロルの姿はどこにもなかった。



 ◇◇◇



「ひー、これはまた豪快に買ったね……」


 公爵邸に戻ったら、パメラと共に今回買った物の収納作業だ。

 結局マルグリットは迷っていたネックレスを両方買っていた。

 丁寧に宝石箱に収めながら、オルタンシアは内心でため息をつく。


(チロル、どこにいるんだろう……)


 チロルによく似た野良猫の姿を見てしまったからか、そのことが頭から離れなかった。

 運命が変わる直前まで、チロルはオルタンシアの傍にいた。

 だがこの世界で目を覚ましてから、彼の姿が見えないのだ。


(この世界だと、私は公爵家の養子になっていない……)


 ということは、父から精霊界へと繋がる鍵ももらっていない。

 オルタンシアとチロルが出会うという出来事自体が、なかったことになっているのだろう。

 きっとチロルは今でも、精霊界で仲間と過ごしているはずだ。


(チロル、会いたいよ……)


 だが今のオルタンシアが何とかして精霊界へ乗り込んだところで、チロルにとってオルタンシアはヴェリテ公爵家の娘ですらない、見知らぬ人間でしかないのだ。

 一緒に過ごした日々も、何もかもが消えてしまったのだから。


「っ……!」


 そう考えた途端、とてつもない悲しみが胸の奥底からこみ上げてきて、オルタンシアは泣き出しそうになってしまう。


「オルタンシア、何かあった?」


 動きを止めたオルタンシアを不思議に思ったのか、パメラが声をかけてくる。

 オルタンシアはぎゅっと唇を噛みしめた後……一すぐに作り笑顔を浮かべてパメラの方を振り返った。


「ううん、新しく買ったネックレスをどうやって仕舞おうか考えていただけだよ」

「あー、難しいよねぇ。私なんてこれとこれの違いもさっぱりだよ~」


 よく似た作りのブレスレットを両手に掲げ、パメラは困ったように笑っている。

 オルタンシアはその様子にくすりと笑いながらも、じくじくと胸の奥が痛むのを無視はできなかった。


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