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138 ずっと元気で、お傍にいてくださいね

 迎えた数日後、驚くことにロベールはオルタンシアが求めていた情報をきっちりと用意してくれていた。


「こちらが調査結果になります」

「すごい……!」


 ロベールから手渡された書類に、オルタンシアは目を丸くする。

 そこには確かに、オルタンシアが欲していた情報が事細かく記されていたのだ。


「ヴァンドールって海を渡らなきゃ行けない遠い国だよね? どうやって数日でこんなに……」

「残念ですがお嬢様。情報の入手経路については秘匿させていただきます」

「あっ、そうだよね。ごめん」


 ロベールが公爵家側の人間でよかったと、オルタンシアはつくづく思い知らされた。


(ヴァンドールで発見された新種の毒……)


 毒物とそれに対抗する手段は、いつもいたちごっこだ。

 世の中ではどんどんと新たな毒が現れ、それを追うように解毒剤や事前に毒を検出する手段が開発される。

 今では特殊な素材を用いた食器を使用することにより、ほとんどの毒は事前に検出できるとされている。


(でも、ヴァンドールのこの毒はその方法さえもすり抜ける)


 実際にヴァンドールでは、王族や貴族が幾人も件の毒に倒れたのだという。

 だが最近になってやっと、対抗手段が見つかったそうだ。

 ファタリスという鉱石が、この毒物が近くにあるとまるで危険を知らせるように光を放つのだという。


(よかった、これがあれば……!)


 きっと、父の命を救うことができるだろう。


「ロベール、次はファタリス鉱石を取り寄せてほしいのだけど……」

「そうおっしゃると思い既に手配を済ませてあります」

「ありがとう! さすがはロベール!」


 何もかもがうまくいっている。

 運命は変えられる。父の命を救うことができるのだと、この時のオルタンシアは信じ切っていた。



 ◇◇◇



 オルタンシアが扉を叩くと、父は快く迎えてくれた。

 テーブルの上にはおそらくオルタンシアのためであろう、ホットミルクとお菓子が用意してあった。


(もぉ、お父様ったら……)


 いくつになっても子ども扱いされているようで少し恥ずかしいが、父のその気遣いにくすぐったいような嬉しさを感じずにはいられない。


「お忙しいところごめんなさい、お父様」

「まさか、君とゆっくり話せる時間は私にとって何よりも大切だよ、オルタンシア」


 優しくそう言われ、オルタンシアの胸は熱くなる。


(お母様があの怒鳴っていた人じゃなくお父様を選んだの、よくわかるなぁ……)


 オルタンシアと父が本当に血のつながった親子なのかどうかはわからない。

 だがこうしてヴェリテ公爵家に引き取られたのは、何よりもの幸運だった。

 オルタンシアが今ここにいられるのも母が父を選んだおかげだと思うと、過去の母の選択に感謝せずにはいられない。

 オルタンシアは父と向かい合うように、ソファに腰を下ろす。


「それで、話とは何かな? もちろん何もなくとも君と話す時間を持てたのは喜ばしいが、何か困っていることがあるのなら何でも言ってごらん。父親として、娘の憂いを払うのは当然だからね」


 そう言って、父は優しく笑う。


(お兄様ほどじゃないけど、お父様もちょっと過保護だよね……)


 ロベールが勘違いしたように、オルタンシアが「実は消したい相手がいるんです……」なんて言ったらどうなるのだろうか。

 ……笑顔で「なるほど、その相手を教えてくれるかな? 二度と君の視界に入らないように『手配』するから安心するといい」なんて言いかねない。

 そんな想像を慌てて振り払い、オルタンシアはホットミルクに口をつける。


「あっ、はちみつが入ってる!」


 オルタンシアが歓喜の声を上げると、父はぱちんと片目を瞑ってみせた。


「気に入ってもらえたかな? パメラに君は甘いものが特に好きだと聞いてね」

(こういう細かい気遣いが有難いなぁ)


 オルタンシアの知る限り、ジェラールはあまり甘いものを好んで食べてはいないようだ。

 たとえ今のように父と二人で話す時でも、父はジェラール相手にははちみつホットミルクは用意しないだろう。

 きっと、コーヒーなどにするはずだ。


 ――オルタンシアのための特別待遇。


 そう実感するだけで、涙が出そうなほど嬉しくなってしまうのだ。

 ……こんなにも優しい父が、理不尽なトラブルが原因で命を奪われるなんて耐えられない。


(大丈夫、そのために準備してきたんだから!)


 オルタンシアはホットミルクをごくりと嚥下し、顔を上げた。


「あの、お父様……! 実は今日、お父様にプレゼントがあるんです!」

「プレゼント……? 今日は何かの記念日だったかな?」


 父が首を傾げたので、オルタンシアは慌てて誤魔化した。


「えっと……ほら! 今日は私がこのお屋敷にやって来て三か月と十日くらい……大雑把に百日記念日なんです! 実は毎年心の中でお祝いしていて……」


 もちろん嘘だ。

 だが父はオルタンシアの言葉を聞くと、嬉しそうに表情をほころばせる。


「オルタンシア……! 君がそんなにもこの屋敷に来てからの記念日を大切にしてくれていたなんて……来年からは盛大なパーティーを開こう!」

「わぁ……ありがとうお父様!」


 なんだか大げさなことになってしまったが、怪しまれなかったことにオルタンシアは安堵した。


(来年、か……)


 一度目の人生と同じ運命を辿るのだとしたら、来年の今頃……父は亡くなっている。

 だが今の時点で、父には自分が亡くなるという自覚や想定はないようだ。


(ということは、まだ毒が盛られているわけじゃないってことだよね? 顔色もいいし、元気だし……)


 今ならまだ間に合う。そう確信し、オルタンシアはいよいよ本題を切り出した。


「それで、こちらがお父様へのプレゼントです! じゃん!」


 懐から取り出した小箱を、オルタンシアは父に差し出した。

 丁重な手つきでふたを開けた父は、その中身を目にして感嘆の声を漏らした。


「おぉ、これは……」

「魔除けのアミュレットです! 実は石の配置も私が考えてオーダーしたものなんです!」


 オルタンシアが父に渡したのは、いくつかの宝石がちりばめられたブレスレットだ。

 もちろんその中には、いくつものファタリス鉱石があしらわれている。


「お父様、ただの装飾品じゃなくて魔除けのアミュレットですからね。絶対にお父様を危険から守ってくれるはずなので、できる限り肌身離さず身に着けてください」


 いつになく強く念押すと、父は穏やかに笑った。


「あぁ、もちろんだとも」

「それで……もしもアミュレットが異常を知らせたら、すぐ傍に危険が迫っているはずなので自分の身を守ることを第一に考えてください。食べ物や飲み物にも絶対に触れないで」


 真剣にそう頼みこむと、父は少し驚いたように目を見張った。


「……何かあったのかい? オルタンシア」


 まるで心中を見透かすようにそう言われ、オルタンシアはどきりとしてしまった。

 だがまさか、「お父様はもうすぐ毒を盛られて死ぬ運命なんです」と本人に言うわけにはいかない。

 愛想笑いを浮かべて、オルタンシアは必死にごまかした。


「実は……そういう設定の推理小説を読んで恐ろしくなったんです! お城の中で毎日誰か一人が死んでいく。誰も信用できず、食事にも手を付けるのが恐ろしい……だから、万が一そんな目に遭っても大丈夫なお守りです!」


 若干無理があるような気がしたが、父はオルタンシアが突拍子もないことを言い出すことに慣れているのだろう。

 納得したように頷いてくれた。


「ありがとう、オルタンシア。私のことを心配してくれたんだろう?」


 父はブレスレットの留め具を外すと、そっと手首に嵌めた。


「これからずっと、肌身離さず身に着ける。そう約束するよ」


 そう言って微笑む父に、オルタンシアは胸がぎゅっと締め付けられるような心地を味わった。


「お父様……ずっと元気で、お傍にいてくださいね」


 そう告げた声は、思ったよりも弱弱しくなってしまった。

 そんなオルタンシアの態度に父も思うところがあったのか、そっと立ち上がるとオルタンシアの傍らへとやってくる。


「……大丈夫だよ、オルタンシア。君もジェラールも立派に成長したが、まだまだ心配なところはあるからね。決して君たちを置いていったりはしないさ。……ベルナデットのためにもね」


 急に母の名前が出てきて、オルタンシアはどきりとしてしまった。


(でも、これで大丈夫なはず。あの人が毒を持っても、お父様は回避することができる。あのデュカスって人は逮捕されて、お父様は助かるんだから……!)


 これで憂いは晴れた。

 ここ最近心の中にわだかまっていた重荷が消えたような気がして、オルタンシアは久方ぶりに晴れやかな気分になるのだった。

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― 新着の感想 ―
この鉱石が毒だったりしないよね‥ パパさんの無事を祈る
シアパパには生きてもらったほうが今後面白そうwktk
対策アイテムを用意することはもちろん大事だとは思いますが、狙われてる当の本人にちゃんと話した方が確実かと思います。
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