132 女神様に相談だ
だが、悪夢は終わらなかった。
何度も何度も繰り返し、オルタンシアは父の葬儀の夢を見るようになったのだ。
目を真っ赤にはらしたパメラに慰められ、夢の中のオルタンシアは絶望する。
(一度目の人生で、お父様の葬儀にパメラはいなかった)
パメラや友人たちだけではない。
二度目の人生で初めて関係を築いた者たちが、次々とオルタンシアに声をかけてくる。
あまりにリアルで、目覚めた時は吐き気に襲われるほどだ。
……もう、ただの夢だと捨ておくことはできなかった。
(これが未来の予兆なのだとしたら……)
怯えて何もしなければ、一度目の人生と同じく父を失ってしまう。
そんなのは嫌だ。だったら……やるべきことは決まっている。
「パメラ、ちょっとお出かけしたいから支度を頼める?」
「承知いたしました! それで、どちらへお出かけに?」
「聖堂よ」
「えっ、聖堂!?」
「えぇ、そうよ」
驚くパメラに、オルタンシアは頷いてみせる。
(女神様なら、きっと知ってるはず……!)
魔神と化したジェラールが世界を滅ぼそうとするのを阻止するために、女神は一度時間を巻き戻したのだ。
未来に何が起こるかも当然知っているはずだろう。
(お兄様だって救えたんだもの。今度はお父様を救ってみせるわ……!)
◇◇◇
思えば聖堂を訪れるのは久しぶりだ。
オルタンシアが到着するとすぐに、知らせを受けたのか司教がすっ飛んできた。
そういえば、かつてオルタンシアの洗礼式を執り行ってくれたのも彼だった気がする。
「これはこれはオルタンシア様! よくぞいらっしゃいました! 救国の聖女と名高いオルタンシア様がいらっしゃるとは我々も喜ばしく――」
やたらと長い司教の話に相槌を打ちつつ、オルタンシアは微笑みながら告げる。
「今日は女神様への祈りを捧げに来ました。それで……できれば一人にしていただきたいのですが――」
「おぉ、そういうことでしたか! 己の身一つで神と対話するのは大事なことですからな」
オルタンシアはそこまで崇高な考え方をしているわけではないのだが、とりあえずは頷いておいた。
通されたのは聖堂の奥――洗礼式を行ったのと同じ場所だ。
顔を上げれば、この国を守護する女神アウリエラの像が見える。
「それでは、我々は外に控えております。御用がありましたらなんなりとお申し付けください」
「はい、ご丁寧にありがとうございます」
司教が部屋を出て行ったのを確認し、オルタンシアは女神アウリエラの像へと向き直る。
いよいよ、女神へあの悪夢のことを聞かねばならないのだが――。
(そういえば、こっちから女神様に話しかけるときってどうすればいいの?)
オルタンシアは今まで何度か女神アウリエラと対峙したことがある。
だがそのどれも、女神の方からオルタンシアに話しかけて、ついでに謎の空間へと連れて行かれたのだった。
こちらからコンタクトを取りたい時はどうすればいいのだろう。
(とりあえず祈りを捧げればいいのかな? でもこの瞬間に祈ってる人なんてそれこそたくさんいるよね? 気づいてもらえる?)
何か儀式とか、呪文みたいなものがあるのだろうか。
やたらと加護をもらったくせに、ほとんど使いこなせていないオルタンシアにはさっぱりわからなかった。
とりあえずは普段祈りをささげるのと同じように、女神の像の前に跪く。
(声に出した方が気づいてもらえたりするかな……?)
「えっと……女神様、聞こえていますか? こちらはオルタンシアです」
目の前の女神像はうんともすんとも言わない。
オルタンシアは少し焦ってしまった。このままではせっかくここまで来たのに無駄足に終わってしまう。
「女神様! オルタンシアです! ご相談があって参りました!」
ついには立ち上がって、ぶんぶんと大きく両手を振ってみる。
「応答してください! お願いです!」
『大丈夫、聞こえていますよ』
「ひょわっ!?」
急に、頭の中に直接囁きかけるような声が聞こえた。
驚いて飛び上がった瞬間――周囲の景色が一変する。
上下左右どこを見ても真っ白な、いつも女神と相対している謎の空間だ。
『こうして会うのは生死の境を彷徨っていたあなたを現世に返したとき以来でしょうか』
そう言って姿を現したのは、確かに女神アウリエラだった。
「えっと、いきなりごめんなさい、女神様。お取込み中じゃなかったですか?」
『……あなたは私の願った通りにこの世界を救ってくれましたから。そんなあなたの呼びかけに応えないわけにはいきません』
(……ほんとにお取込み中だったのかな)
急がせてしまったのは申し訳ないが、こうして会えてよかった。
さっそく本題に入ろうと、オルタンシアは口を開く。
「私、最近繰り返し同じ夢を見るんです。それが、お父様が亡くなる夢で……ただの夢だとも思ったんですけど、これが本当に未来に起こることだったらどうしようって……」
女神はじっとオルタンシアの話に耳を傾けている。
あたかた話し終わると、彼女はゆっくりと口を開いた。
『オルタンシア、時間を巻き戻したとはいえあなたは一度聖女として列聖された身。わたくしも多くの加護を授け、更にはわたくしの力で本来死ぬはずだったあなたを現世に戻しています』
「……はい」
『つまり、あなたは常人と比べると我々に近い存在になりつつあるのです』
「えっ、そうなんですか!?」
『えぇ、予知夢を見るのもその影響でしょう』
「予知夢って……」
この場面で聞きたくなかった単語に、オルタンシアはごくりと唾をのむ。
そんなオルタンシアに、女神は静かに告げた。
『あなたの想像している通りです。あなたが繰り返し見ているのはただの夢ではない。この先に起こる未来です』