131 お嬢様は睡眠不足
「はぁっ……!」
がばりと起き上がり、オルタンシアは荒い呼吸を繰り返す。
自覚できるほどにびっしょり汗をかいている。
カーテン越しに見える窓の外は暗く、まだ夜が明けていないようだった。
「夢……」
自分を抱きしめるように震えながら、オルタンシアは今見たばかりの夢を反芻した。
……父の葬儀の夢だった。
一度目の人生で体験した記憶に近いが、ジャネットとエミリーが声をかけてくるなど今の人生でしかありない部分もあった。
(……ただの夢、だよね?)
過去の記憶と現在の記憶がない交ぜになって、あんな悪夢を見てしまったのかもしれない。
(そうだよ、そうに決まってる)
そう自分に言い聞かせ、オルタンシアは再び横になる。
だが朝になってパメラが起こしに来るまで、一睡もできず震えることしかできなかった。
「おはよう、オルタンシア。いい朝だね」
食堂で顔を合わせた父は、いつもと変わらずそう声をかけてくれた。
その笑顔に、オルタンシアは涙が出そうなほど安堵してしまう。
「おはようございます、お父様……」
「おや、顔色が優れないな。どこか具合でも悪いのかい?」
「いえ、ちょっと眠れなくて……」
どうやら気分の落ち込みが顔に出ていたようだ。
悪夢を見たことは省いて誤魔化すと、父は少しだけ心配そうな表情になる。
「……困ったことがあったらいつでもお医者様に相談するんだよ。もちろん、私もいつでも君の話を聞こう。それに――」
父の目線がオルタンシアの背後へと映る。
つられるようにして背後を振り返ったオルタンシアは仰天してしまった。
「お兄様!?」
いつの間にか、ジェラールがオルタンシアの真後ろに立ちこちらを見下ろしているではないか。
まったく気配に気づかなかったオルタンシアは冷や汗をかく。
「お、おはようございます、お兄様……」
「…………あぁ」
ジェラールはまるで探るような視線をこちらへ注いでいる。
特に隠し立てするようなことはないのだが、それが居心地悪くてオルタンシアが身を竦ませると――。
「行くぞ」
「え? ……うひゃあ!」
いつぞやのように急に抱え上げられ、またもやオルタンシアは間の抜けた声を上げてしまった。
ジェラールはオルタンシアを抱えたまま食堂を出て、ずんずんと歩いていく。
「お兄様!? 朝食はあちらですよ!?」
「朝食なら後で運ばせるから問題ないよ」
後ろから父の声が追ってきて、オルタンシアはほとほと困ってしまった。
兄が何を考えているのか、どこへ行こうとしているのかオルタンシアにはまったくわからないが、何故だか父には通じているようだ。
「あの、どこへ……」
「医務室だ」
「え?」
きょとんとするオルタンシアに、ジェラールはじとりとした目を向ける。
「そんな、今すぐにでも倒れそうな顔をしている自覚がないのか?」
「…………」
オルタンシアははっとして頬を抑える。
父にも「顔色が悪い」と言われたが、そんなにわかりやすかっただろうか。
「……ただの睡眠不足なので大丈夫です」
「睡眠不足だというのなら原因の究明と早急な対策が必要だ」
「うぅ……」
大げさな……と思わないでもなかったが、ジェラールが過剰なまでにオルタンシアを心配してくれているのはよくわかる。
だから、オルタンシアは感謝を込めてきゅっとジェラールに抱き着いた。
「ありがとうございます、お兄様」
「…………ふん」
ジェラールによって医務室に運び込まれた後は、簡易的な診察が待っていた。
内容は濁して「怖い夢を見た」というと、医師もそれ以上は追及してこなかった。
きっと、魔神関連の悪夢を見たと思われたのだろう。
「お待たせいたしました、お嬢様!」
すぐに、朝食のワゴンを押したパメラもやってくる。
ワゴンの上に乗っているのは、とてもオルタンシア一人では食べきれないほど豪勢な朝食だ。
「体調が悪い時は栄養をつけることが大事ですから! さぁ!」
「これこれ、病人に無理に食べさせようとするのはよくないですよ」
「でも先生、早くお嬢様に元気になってほしいんです!」
医師に諫められるパメラを見て、オルタンシアはくすりと笑う。
……皆、オルタンシアのことを心配してくれている。
それが申し訳なくもあり、嬉しくもあった。
気分が上昇すると、ただの夢であそこまで怯えていたのが馬鹿らしく思えてくる。
(うん、あれはただの夢。みんなを心配させないようにしっかりしなきゃ!)
無理に朝食を胃に詰め込み、そのせいでまた体調を崩したりしているうちに、オルタンシアの頭の中から件の夢は薄れつつあった。




