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128 誰かを愛せるように

 いつもながらに、王宮の舞踏会は目も眩むほどに華やかだ。

 父と兄と一緒に、オルタンシアは煌びやかな大広間に足を踏み入れた。


(今日は踊らなくてもいいから気が楽だな……)


 ダンスが苦手……というわけではないのだが、踊るとなると誰と踊るか、うまく踊れるかなど色々と気苦労が多い。

 その点今日は、病み上がりを理由にダンスの誘いはすべて断ることができる。

 いつもよりゆったりした気分で、オルタンシアは足を進める。

 ヴェリテ公爵家の三人が姿を現すと、会場はわっとざわついた。


「ヴェリテ公爵閣下!」


 父はすぐに大勢の人に囲まれた。

 オルタンシアも父にくっついて、愛想笑いを浮かべたり挨拶をしたりと「公爵令嬢」のお仕事だ。


「公爵令嬢がお元気になられて何よりです」

「やはりオルタンシア様がいらっしゃると場が華やぎますな!」

「さすがは救国の聖女様ですね!」

(ひー! とんでもない評判が広がっちゃってる……)


 オルタンシアは浮かべた笑みが引きつらないように気を付けながら、内心冷や汗をかいていた。

 魔神騒動に際し、この国の王太子であるヴィクトルがその身の危険に晒された。

 ジェラールと共に彼を救出したオルタンシアは、(実際は何の役にも立っていない気はするが)女神アウリエラの神託の件もあり、「救国の聖女」と持ち上げられているのだ。

 集まった人々は目を輝かせながら口々にオルタンシアを褒めたたえる。

 それがお世辞だとわかっていても、身の丈に合わない賞賛は精神に悪い。

 無意識に身を縮こませるオルタンシアに気が付いたのか、ジェラールが口を開いた。


「父上、オルタンシアが疲れているようなので少し休ませます」

「あぁ、気が付かなくてすまなかったね、オルタンシア。皆さま、大変申し訳ございませんが我が娘はこういった場に出てくるのが久しぶりで少し疲れてしまったようです。どうかご容赦ください」


 父が上手く取り成してくれたので、オルタンシアはジェラールに連れられてその場を離脱した。

 人に酔ったのか少し足元がふらつくオルタンシアを、ジェラールは半ば抱えるようにして誘導してくれる。

 人口密度が低いホールの片隅の椅子に腰かけると、やっと一息つくことができた。


「はぁ……ありがとうございます、お兄様」

「……大事はないか」

「はい、ちょっと気疲れしちゃっただけで……」


 少し照れながらそう告げると、ふっとジェラールの纏う空気が和らいだのを感じた。

 どうやら、本当にオルタンシアのことを心配してくれていたようだ。


「ふふ、救国の聖女だなんてたいそうな呼び名、私には似合いませんよね」

「……似合うかに合わないかはともかく、対外的にはそれが今のお前の評価だ」

「わぁ、気が重い……」


 げんなりしたオルタンシアを見て、ジェラールが少しだけ口元を緩める。


(あ、お兄様がちょっと笑ってくれた)


 その小さな変化だけで、オルタンシアは嬉しくなる。

 最近の彼はこうしてあからさまに表情を動かすわけではないが、以前に比べれば喜怒哀楽がわかりやすくなってきている。

 ……きっとそれは、オルタンシアの勘違いじゃない。

 だからこそ――。


「あのっ、ジェラール様……!」


 不意に声を掛けられ、オルタンシアとジェラールは同時に声の方へ視線をやる。

 いつの間にか、すぐ近くに美しく着飾ったどこぞのご令嬢が立っていた。


(わぁ、綺麗な人……)


 オルタンシアよりも何歳か年長なのだろう。

 彼女はオルタンシアが持ちえない、洗練された大人の色香を纏っていた。

 ドレスやアクセサリーも一級品で、品のよい彼女によく似合っている。

 文句のつけようもない美女だった。

 彼女はジェラールの目の前まで近づいてくると、緊張気味に告げる。


「ジェラール様。不躾とは存じますが……どうか、わたくしと踊ってはいただけないでしょうか……!」

(わぁお! 大胆なお誘い!)


 彼女の勇気ある行動にオルタンシアは感心した。

 ジェラールが女性に人気があることは知っている。

 だが以前はジェラールの纏う凍り付くような空気を恐れてか、こんな風に堂々と女性が近づいてくることは稀だった。

 だが、彼の氷が少しずつ解け始めていることを感じたのか、最近はよくこうして声をかけられているようなのだ。


(お兄様とも、お似合いだよね……)


 ちらりとジェラールと女性の二人に視線をやり、オルタンシアは素直にそう思った。

 だがその途端、心の中の不安が頭をもたげる。


(こんなにも綺麗で、気立てもよさそうな人だったら……お兄様も好きになっちゃうかな)


 ジェラールは少しずつ変わり始めている。

 ……きっといずれは、誰かを愛せるようになるだろう。

 オルタンシアはその変化を喜び、祝福するべきだ。

 そう、わかっているのに……誰かがジェラールの隣に立ち、彼の視線や愛情を独占する日が来ることを考えると、不思議と胸が痛んでしまう。

 彼の優しい視線が、遠慮がちに触れる指先が、もうオルタンシアには向けられなくなると考えると……寂しくてたまらないのだ。


(こんなの、駄目だよ……。私はお兄様の幸せを一番に考えなきゃいけないのに……)


 だから、笑って送り出さなくては。

 そう思い、オルタンシアはジェラールの背中を押そうと口を開きかけたが――。


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