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123 本当に、ずるいなぁ

 数日後、神殿に女神アウリエラからの神託が下ったと大騒ぎになった。

 パメラからその報を聞いた時は、オルタンシアも驚いたものだ。

 なにしろ、神託はオルタンシアに関してのものだったのだから。


 ――『オルタンシア・アルティエル・ヴェリテは神に愛されし子。その輝きはヴェリテ家にありてこそ真価を発揮する。英雄と聖女が手を取り合う限り、この国は祝福に包まれるであろう』


 ……とどのつまりは、「オルタンシアをヴェリテ公爵家から動かすな」というものである。

「英雄」に関しては神殿内でも解釈が割れているようだが、おそらく反逆者を討ち王子を救った、ジェラールのことだろうと考える者が多数派を占めているようだ。


(なんていうか、女神様のテコ入れって感じ?)


 何があったのかは知らないが、ヴィクトル王子が訪れた日からジェラールはどこかピリピリしていた。

 オルタンシアと相対する時は比較的落ち着いているが、他の使用人などはすっかり怯え切っている始末である。

 そんなジェラールの様子を危惧した女神が、大事になる前に手を打ったのかもしれない。


(まぁ、私はこれまで通りここでお兄様を見張ってなさいってことだよね)


 オルタンシアは女神からのメッセージをそう受け取った。

 女神様のお墨付きもいただけたことだし、やっと穏やかな日々に戻れそうだ。



 ある程度怪我も良くなったオルタンシアは、渋るジェラールを何度も何度も説き伏せて、やっとベッドから降りて普段の生活へと戻る許可をもぎ取ることができた。


「お嬢様、無理だけはなさらないでくださいね。次にお嬢様に何かあったら、私の心臓が止まってしまいそうです」

「大丈夫よ、パメラ。寝てばっかりだと体がなまっちゃうし、少しは動かなきゃ」


 心配そうに後をついてくるパメラに苦笑しながら、オルタンシアは久方ぶりに自分用の執務室兼書斎へと足を踏み入れる。


(これからも公爵家にいられるんだし、もっとお父様とお兄様の役に立てるように頑張らなきゃ)


 魔神の危機はひとまず去ったが、父も兄もいろいろな意味で危なっかしい人間であることには変わりがない。

 オルタンシアはオルタンシアなりに、二人を支えなければと意気込んでいた。


「公爵家の仕事だって、覚えなきゃいけないことがたくさん……あれ?」


 執務机の上に目をやったオルタンシアは、そこに見慣れないノートが置いてあるのに気が付いた。

 何気なく手に取ってみたが、表紙に記された文字を目にした途端心臓がどくりと音をたてた。


『親愛なるオルタンシアお嬢様へ。――リュシアン』


(リュシアンが、私に……!?)


 ノートを手にしたまま固まるオルタンシアを見て、パメラが少し悲しそうに呟く。


「……リュシアンさんの机から見つかったそうです。リュシアンさんはお嬢様とも親しかったので、私の独断でお嬢様へお届けしました」

「そ、そうなの。ありがとう、パメラ……」


 平静を装いそう口にして、オルタンシアは気を落ち着けるように息を吸った。


 ……リュシアンは、表向きにはジェラールに同行してリニエ公爵を討つ際に殉職したことになっている。

 真実を知るのは、ジェラールやオルタンシアを始めとしたごく少数の者だけだ。

 もちろん、パメラもリュシアンの正体には気づいていない。

 だから、よかれと思ってこうして持ってきたのだろう。


 普段のジェラールであればリュシアンの私物や痕跡など跡形も残らず焼き払っていそうなものだが、彼もいろいろと事後処理に追われて手が回らなかったのかもしれない。

 オルタンシアははやる鼓動を感じながら、震える手でノートをめくった。

 いったい、中には何が記されているのだろうか。

 オルタンシアを呪うような言葉か、何か世界を揺るがすような重大な秘密か、それとも――。


「……あれ?」


 オルタンシアの恐ろしい予想とは裏腹に、中身はいたって普通の公爵家の事務仕事の手順書だった。

 リュシアンが担当していた仕事や、それ以外についても事細かく記されている。

 その丁寧な文字列を眺めていると、リュシアンとの勉強会の思い出がよみがえってくる。

 オルタンシアはリュシアンの得体の知れなさを警戒してもいたが、その一方で彼の仕事ぶりを信頼していた。

 彼はオルタンシアをからかうような態度を隠そうともしなかったが、それでも指導は丁寧だった。


 ……なんだかんだで、オルタンシアも彼のことが嫌いではなかった。


(私のこと、お兄様を乗っ取るための餌にしようとしていたくせに)


 ノートには、オルタンシアの苦手な分野についてはより詳細に注意書きが記されている。

 どの本の何ページに詳しい記述が載っているか、公爵家の中で誰に意見を求めればよいかなど……。

 ただの仕事の手順書ではない。オルタンシア用にわかりやすく記された、世界で一冊の教本になっていたのだ。

 まるで、自分がいなくなるのを知っていたかのように。


 ……いったい、彼は何を考えてこのノートを記したのだろう。


「お嬢様……」


 涙声のパメラが、気遣わしげにオルタンシアを抱きしめる。

 その時になって初めて、オルタンシアは自分が泣いていることに気づいたのだった。


(本当に、ずるいなぁ……)


 脳裏に浮かぶのは、リュシアンのしてやったりといった笑顔だ。

 魔神を倒し勝利を収めたのはこちら側のはずなのに、なぜか勝ち逃げされたような気分になって……オルタンシアはパメラの胸に顔を押し付けるようにして泣いた。

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― 新着の感想 ―
リュシアンはなんだかんだで時間が巻き戻った世界の暮らしも悪くないと思っていたのかもですね。 少なくとも仕える公爵家の兄妹に対しても憎からず思っていたとか。 なんだか自分の野望を叶える事もついでというか…
[一言] 魔神として復活する流れができてしまった以上、立ち止まることはできなかったんだろうな それでも、ヴェリテ家で家令として過ごす日々が楽しかったのも、本当だったんだろうなあ
[一言] リュシアンは享楽主義者、破滅主義者という魔神の面から本気で世界の破滅と主人公の死、ジェラールの絶望を望んでいたんだろうけどその一方で使用人としても本気で主人公の事を敬愛していたんだろうな。本…
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