伝説の始まり
かっこいい話かも。
あの日、ずぶ濡れで帰った。
傘は持ってきていたけれど、ささなかった。
この雨が俺の憂鬱を綺麗に洗い流してくれる気がしたからだ。
お笑いから足を洗おうと思っていた俺は、家でだらだらしていた。
その時、LINEの通知が来た。
「今度のライブ、一緒に見に行かへん?」
元相方だった。
この一文で、あいつと喧嘩した日のことが鮮明に思い出された。
喧嘩したきっかけは、あいつがお笑いをなめていたからだ。
全然やる気がなかった。それで俺がキレて解散ということになった。
あいつの顔はもう二度と見たくない。
携帯を閉じた時、誰かが家に来た。
元相方だった。もう、名前を明かそう。うーん、普通に名を明かすだけじゃつまらないから、「ゲロ」にしよう。
ゲロは言った。
「来たでー」
実にのんきである。ムカついた。
「ごめん、帰ってくれ」
「何でや?」
俺が無視してドアを閉めようとすると、急に慌てて謝ってきた。
「ごめんごめん、あの時は悪かった。ほんまごめん」
「本気で悪かったと思ってるんやったら、土下座でもしてみぃ」
すると、簡単にひざまずいた。
こいつ、プライドないんか。
3割しか埋まっていないライブハウスの中で、つまらない芸人にうんざりしていた俺は聞いた。
「なあ、何で俺さそったん?」
「いや、お前の新しい相方探すお手伝いしようと思ってん。まあ、俺のつぐないや」
「……」
こいつは意外と反省していたのかもしれない。
「でも、ここで俺の相方が見つかるとは思えへんけどな」
その時、急に今まで出てきた芸人より大きい声が聞こえた。その声に引き込まれた。
そいつはピン。つまり、一人だった。
絶望的につまらなかった。でも、ものすごく明るかった。
「俺、こいつと組むわ」
なぜか俺はゲロにそう言っていた。
「違う、そうやない。こうや!」
新しい相方=ニキビは不器用だった。
世界でこんな不器用なやつおるんか、って言うぐらい不器用だった。
「今日のところはこれくらいで勘弁してやる」
「う、うん」
練習が終わると、満面の笑みになって即行で帰って行った。
うーん、光が見えない。ほんの少し先も見えないほどの暗闇の中にいる気分だった。
あいつと組んで本気で後悔した。
あれ?出来てる…。
3日前教えたことが完璧に出来ていた。
「お前、自主練した?」
「まあ、一寸だけ」
いや、めちゃくちゃ練習したに決まってる。あんなに下手くそだったやつが、一寸練習しただけでこんなに出来るようになるはずがない。
間違いなく5段階のうち5の努力が出来るやつだった。
こいつとなら成功出来るかもしれない。
俺たちは、半年後の大会に向けて一生懸命練習した。
自信満々で迎えた大会当日、俺たちは何とか1回戦、2回戦を勝ち上がった。
3回戦も本気で漫才をした。練習通り上手く出来た。
そして、審査を待った。待つ間、胸がドキドキした。
そして、審査の結果が出た。結果は…。
負け。その時、二人で磨き上げてきたものは通用しないんだと思い知った。
悔しかった。こいつとなら優勝出来ると思ってたから。
ニキビは泣いていた。一生懸命努力をしてきた者が流す涙は美しかった。
「お疲れ。また次頑張ろうや」
「うん」
その後、負けたやつらが帰る中、勝ち上がったやつらのネタを真剣に観た。
観てる間、俺たちは成功するkeyを密かに見つけていた。
「優勝出来た大きな要因は何ですか?」
半年後、俺たちはテレビカメラを向けられ、アナウンサーに聞かれた。
「「これは努力ですわ。俺たちは死ぬ気で努力してここまで来たんで、優勝したのは当たり前だと思ってます」」
声がそろった。相方を見ると、驚いた顔をしていた。たぶん、俺も同じ表情だったと思う。
そりゃびっくりする。だって、打ち合わせしたんじゃなく、偶然だったから。
そんな息ぴったりの俺たちは、後であいつに優勝を知らせようと決めていた。
あいつって言うのはもちろん…。
一生懸命頑張って成功する姿って、美しいですよね。