百獣の王
ソロン帝国王城内、ローガン・ブラッドハンド大王の目の前。
(……眼力がヤバすぎる……っていうかデカ…………)
ミセビッチが地図を持っていたおかげで森を抜けることが出来た。検問に関してもミセビッチのごり押しでどうにかなった。
ちなみにミセビッチ達がミア達と会う前までずっと迷子だったのはミセビッチが地図を手放さなかったからで、地図は読めないが指揮を執りたいというわがままで何日も森をさまよっていたのだ。
そんなわけで到着したソロン帝国王城。もちろんミアはだだをこねたわけだが、目の前にいるこの国の大王である獅子の獣人族、ローガン・ブラッドハンドはミア達をただならぬ眼力で見下ろす。
「てめぇらがあの竜を倒したっていう奴らか」
大王の言葉にいの一番でミセビッチが反応する。
「確かにそうであります。しかしながらこの者共は……」
「てめぇには聞いてねぇ!」
「……はい」
「……てめぇらが倒したのか」
「それで間違いないの」
「そうか……じじいはそういうタイプじゃねぇな。そこの人間族のガキ。前に出ろ」
大王はフレディを指さす。
「俺か。何だ?」
そう言いながら前に出ると、ミセビッチは「タメ口は止めとけ!」と言わんばかりの顔でフレディを見る。
「俺の腹を殴ってみろ」
「……いいのか? どうなっても知らねぇぞ」
「どうにかしてほしいものだな」
「言うねぇ……いいぜ」
フレディは体の力を一気に抜き、腕をだらんとさせる。
フレディの強さを知る者は大王を、大王の強さを知る者はフレディを憐れに思いながらそれぞれはこの一瞬を見つめる。
「いくぞぉ……」
気の抜けた腕に少しずつ神経が通り始め運動を開始する。胴から肩、肩から肘、肘から拳へと鞭のようにしならせた腕は大王の腹に触れると同時に針のように伸び、突き刺すような一撃を打ち放った。
「……あら?」
「中々いてぇじゃねぇか糞ガキが!!!!」
乱暴に振りかぶった大王の拳が今度はフレディの腹に直撃する。その衝撃でフレディは後ろの壁を壊す勢いで吹き飛ばされた。
「フレディ!」
ミアが駆け寄ってフレディの様子を見ると、口と鼻から血を垂れ流しながら瓦礫に埋もれている。
「ねぇ! 大丈夫!?」
瓦礫から出そうと手を貸すとフレディはその手を振り払う。
「……邪魔だ」
一人で立ち上がるがその瞬間口から大量の血が流れ落ちる。そんなことは気にしていないかのように大王に向かって歩き出すが、フレディとは思えないほどその歩みは遅い。
「まだ立つか!! 良いなてめぇ!!」
大王も歩みを進める。しかし彼の歩みは辺りを揺らし、フレディをゆらゆらとぐらつかせる。
大王とフレディ、とその間にミアが立つ。
「何だてめぇ。邪魔だ」
「もう終わりにして。フレディは限界なの」
「……はぁ? 限界じゃねぇよ……」
「うるさい!」
「……俺は今嬉しいんだ。面白い奴がいてそいつが俺の前に立っている……何年ぶりだ、俺の一撃を耐えた男が現れるのは」
「……だから何よ」
「その男を叩き潰させろ!! その男に俺に負けたという名誉を授けたい!!」
「ふざけんな! アンタの勝手でフレディの命を奪わないで!」
「俺の勝手だから何だ!! 名誉を与えることに反対する意味がどこにある!!」
大王は右手を大きく広げ、振りかぶる。
パァァン!!!!
大王の平手がぶつかったのはミアの平手。大王はその状況に大いに驚く。
確かに全力で平手打ちをしたつもりはないが、大王の予期してた結果とは大きく違う。大王は更に力を加えるが動かない。
大王はニヤッとして――
「……てめぇも良いなぁ!!!!」
大王は拳を高く掲げ、ミアに向けて振り下ろす。
「ふんっ!!!!」
ミアは大王の拳を小さな両手で受け止める。次第に地面にヒビが入ってきて、また辺りを揺らし、その振動でミアの後ろに未だに立っているフレディは床にへたり込んだ。
(もう……ホントいじっぱり……)
ミアは拳を受け流し、フレディを抱え込んでロブの元へそっと置いた。
「ミアちゃんよ。冷静にな」
「私は冷静よ」
ミアは大王の元へ地面を揺らしながら歩みを進める。
向かい合った2人は手四つで組み合う。2人の顔は出力を上げる程に歪み、それに呼応するように周りの空間も歪んでいく。
大王が頭突きをしようと頭を引くが、それを隙と見たミアは大王の股間を蹴り上げる。苦悶の表情を見せたところに更に正拳突きを腹に打つ。
そしてその一撃は大王を何歩ものけぞらせた。
「素晴らしいぞ女!!!! 俺がのけぞるのは何年ぶりか!!? どうでもいい!! もっと俺を楽しませろ!!!!」
大王はミアをめがけ突進していく。ミアはそれを待ち構える。
が、しかしミアの後ろからフレディが飛び越えて大王に駆け向かう。
「フレディ!」
ミアは言葉で制止しようとするがフレディには聞こえていない。
「邪魔だ!!!!」
大王はフレディに腕を振り下ろすが、それを華麗に受け流し見事なソバットを顔面に蹴り入れた。そして大王はまたのけぞると同時に口から血が一筋流れた。
口を手の甲で拭き、自分が血を流したことを認識した大王は一瞬目を丸くした後、破顔した。
「俺の血を初めて見たぞ!!!! 感謝するぞ!! 男!! 名は何と言う!!」
「……フレデリックジョーだ」
「女は!!」
「ミアホワイトよ」
「2人の名を未来永劫ソロン帝国の歴史に残すことを約束しよう!! 俺の本気を土産に持って行け!!!!」
そう言うと大王の身体は膨れ上がり出す。
「ギフト!?」
「発現したとき以来使うのは2度目だ!! なんせ使う相手がいなかったからなぁ!!!!」
完成された身体は3m近くまで肥大し、獣のように4本の手足で立つが2人を見下ろしている。
2人は本能的に咄嗟に構える。
大王の両手が床を軽く抉った直後、この巨体が消える。
次の瞬間巨体はミアの目の前に現れ、手を振り上げた。ミアの身体はその手に張り付いたように浮き上がり、そのまま大王の背後に飛び去り壁を突き破ると、外へと投げ出された。
「嬢ちゃん!! マズっ」
ミアに気を取られたフレディは目の前に現れた大王に気づかず、全身をわしづかみにされる。
「改めて礼を言おう。楽しませてもらった」
フレディをふわっと軽く投げ上げると、宙で落下を始める身体に渾身の一撃を食らわせ、フレディも遠く先へと消えていった。
この場に残るのは元のサイズに戻ったローガン・ブラッドハンド大王、ロブ、泣き出しそうなヤマトに泣きじゃくっているミセビッチ。
「ミアさん……? フレディさん!!」




