無血開城
第4師団隊舎団長室。
「俺……いつからおいらは俺なんて言ってたかなぁ……」
カートは第1師団隊舎での会議を飛び出した後、自らの隊舎で温かい紅茶を飲みながら落ち着いていた。
カート自身もこれから革命が起こり、それが十中八九成功することは分かっている。国王が変わる。戦いに身を置く者からすれば頭が変わったくらいでは特にやることなすことは変わらない。ただジャンセン王国王国軍として一度国王陛下に忠誠を誓っている。特に団長達は皆国王直々に見出され団長になっており、もちろんカートも例外ではなく国王に恩もある。
「ここで死ぬのもアリっちゃアリだな…華もあるし……一花咲かせましょうってか……」
しかしカートの腹は決まらない。死ぬのが怖いわけではないし、人生に後悔を残す覚悟もできている。そう思っていた。貧乏貴族として生まれ、半ば強制的に入った王国軍、碌な恋愛も出来ず中流程度の貴族の娘と政略結婚もして6歳になる息子もいるが家に帰っておらず顔もよく知らない、息子なのに他人に感じている。数で言えば不幸な方が何十倍も多い。ただ、国王によって団長に指名され、第4師団の仲間がいて、バリーがいて、リリーがいて、ニコがいて、フレディがいて、ホーナスがいて、そして陛下がいて、そんな空間に居心地の良さを感じ、明るくいることが出来た。ニコが死んだときも皆がいたから皆のために平然を装い、『大丈夫』なのだと嘘がつけた。そんな居場所がなくなってしまう未来を見て久方ぶりに後悔を恐れていた。
「おいらはやっぱ弱いんだな……」
「独り言か? そんな弱音カートが聞いたことなかったなぁ」
やってきたのはバリー。
「?? バリーかよ。ノックしろよ。断ったのに」
「じゃあノックしなくて正解だったな。入るぞ」
「何の用だ?」
「いやよ、会議の内容を伝えようとな」
「よりにもよってお前かよ。ジェニーちゃんが良かった」
「すまんすまん、ジェニーが行く予定だったんだが変わってもらったんだ」
「げぇぇ……お前やっぱクソ野郎だな。ホイ」
カートはバリーの分の紅茶を作り、渡す。
「ハッハッハ! あぁありがとう。だが、さっきの聞かれるんだったらジェニーじゃなくて良かったんじゃないか?」
「ノックしてりゃ聞こえてねぇんだわ!」
「いや、ドア開ける前から聞こえてたぞ」
「……マジ?」
「あぁ、マジ」
「……そうか…えっと……会議の内容って何?」
「そっちは大したことない。お前ならもう分かったいるような薄っぺらいもんだった」
「じゃあ何しに来たんだよ。ていうかそっちって…こっちはどこにあんだよ」
「こっちはな…そうだな……お前の相談に乗ってやろうと思ってな」
「良いわ別に!」
「良いじゃねぇかよ! 何年一緒に団長やってると思ってんだよ~! な? 聞かせてくれよ?」
「巨漢がふわふわすんなよ気持ち悪りぃ! 面倒くせぇ……まぁなんだ、みんなこれからどうすんのかなぁって思ってさ」
これからとはもちろん革命が起きた後、である。
「ほぉーん。ならカートは何か予定があるのか?」
「いやぁ、まだ何も」
「何だそりゃ? 何もないのに悩んでるのか?」
「うるせぇな! いいんだよおいらは! で? お前は何かやりたいことでもあんのかよ」
「わしか? わしは陛下連れてこの革命から尻尾巻いて逃げようと思ってる」
「はぁ!? 何だそれ!? そんなのアリなのかよ!?」
「アリだろ! 相手も手段選んでないんだ。こっちだって何でもやってやる!」
「ガッハッハ! そりゃ傑作だ! 面白ぇ。それ陛下は知ってんのか?」
「いや、知らん!」
「ガッハッハッハ!! お前マジかよ! それイイな! 乗った! 俺もそれ手伝わしてくれ!」
「ホントか!? 実はわしも手伝ってくれないかと頼みに来てたんだよ! そりゃ良かった! 実行はまぁ、その時が来たら、だ。それで構わんだろ?」
「あぁ、任しとけ!」
「頼もしいな! ついでによ、もう一つ聞いておくが、逃げた後陛下と共に生きてみないか?」
「いや、それは止めておく。俺にもやりたいことができた」
「そうか! なんだなんだ?」
「フレディとホーナスを探しに行く!」
「ハッハッハ! こりゃまた賑やかになってしまうな! だから必ず見つけて来いよ!」
「あぁ!」
「あ、待った! フレディはジェニーが探しに行くとか言ってたぞ」
「ジェニーちゃんまでこんな暴挙に出るのかよ! じゃあとりあえずホーナスだ! 腹切られたお礼してこないとな!」
「おいら、って懐かしい響きだな」
「うるせぇ! バリーも最近デカい笑い声出してなかったぞ」
「……マジ?」
「あぁ、マジ」
来たる『その時』、第4師団隊舎。
カートは第4師団隊員、そして臨時で指揮を任されている第2師団隊員に戦いの前の適当な挨拶を始めた。
「これまで陛下に忠誠を誓い命を捧げてきた!」
「「「「「……」」」」」
「だが今日だけは違う!」
「「「「「……え?」」」」」
「今日は生き残ることだけを考えろ! ぶっちゃけ民は避難させてあるし戦わなくてもイイ! 陛下の方はこっちでなんとかする!」
「「「「「えぇ??」」」」」
「最近ジャンセン王国の最高戦力2人がいなくなっちゃったし! 今回も多分デカい鉄の塊はやってくる! しかもたくさん! これも多分だけど!」
「「「「「ええ????」」」」」
「だから! 今日は負け戦だ! ただし! 陛下に本気で忠誠を誓っている者! おいらについてくれば陛下を国外に逃がすための別の戦いがある! こっちは死ぬかもしれない! 死にたくないやつは来なくてイイからな! 以上! じゃあな!」
そう言って一人だけ横に連れていた馬に乗り、誰も追いつけない速度で陛下の元へ向かった。
「「「「「ええ???? ええ!!??」」」」」
王城内、国王の私室へ向かう道。
「おぉーーい! ジェニーちゃん! バリー!」
「カートさん! ってえぇ!? ここ室内ですよ!」
カートは廊下も階段も構わず馬で駆けつけた。
「いいんだよ! もうここには用ないんだし!」
「リリーが来たらまた驚くぞぉ…」
「おぉーーい。みんなー」
「お? リリー! ってええぇぇ!!?? それなんだ!?」
リリーはまさにバイクそのものに乗ってやってきた。
「いいのよ。もうここには用ないんだし」
「おいらが振りになった……」
「いやぁ、カートも十分面白かったぞ……」
「この先です!」
「よっしゃ! 今度こそ!」
そう言ってカートは馬から飛び降り、国王の私室の扉を蹴飛ばして開けた。扉ははずれ、宙を舞い、国王に直撃した。
「「「「陛下! 助けに来ました!」」」」
「あれ? 部屋間違えた?」
「…ここだ……」
「どこですか?」
「いや、あそこから聞こえたぞ。扉の下……」
「……マジ?」
「「「マジ」」」
「…早く助けてくれ……」
「へ、陛下お上手ー……」
図らずも国王の『助けてくれ』は2つの意味を持ってしまった。
国王は元の意味の方には相当ごねたが最終的にはバリーが脇に抱える形で逃げることになった。逃げるルートも国王のみが知る抜け道のおかげで地下牢獄の方まで逃げることができて、そこから続く水路を通って外へ出た。そこは城下町とはほど遠い森が広がっていた。
「これからちょっと遅めのセカンドライフですよ。陛下」
「バリー。私はもう陛下ではない。ただお前に脇で抱えられたちょっと恥ずかしいデレクジャンセン、もう『ジャンセン』もいらない。ただのデレクだ」
当初激戦が見込まれていた革命戦争には兵士一人現れず、まさかの無血開城で終結した。
「おいらは必ずみんなとまた会うからな」
思惑や目標を胸に、それぞれの道を行く。
何か凄い話の区切りとしてちょうどよくなっちゃった……
そんな予定無かったのに……




