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薫る竜の島の物語  作者: 椎名 碧
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運ばれてきた不幸

 駐屯地がざわついたのも無理はない。カリオフィレンに乗って戻ってきたのがサクラだけではなかったから。彼女が大事そうに抱えていたのは、まぎれもなく大陸から来た子供だった。


「あれは『運ばれた不幸』ではないか?」

「大丈夫なのか?疫病があるのではないか?」

「いや、問題があれば竜が拒むはずだ」


 鍛えているとはいえ、まだ若い女性に子供を抱えて走ることは難しい。しかも今は騎乗するための装備を付けている。もどかしく歩くサクラの前に黒い影が落ちた。


「何をしている」

「どいてください。早く治療しないと手遅れになる」

「何をしているのか聞いている」


 上官であるダーナスはサクラの行く手を阻んだ。大陸から運ばれたものは検疫所に運ぶのがルールとなっている。そもそも生きているとは限らない。命が途絶えていたらまずはその場で焼き払う事になっていた。僅かでもウィルスが付着していたら大事となる。徹底した水際作戦がこの地を守っていた。


「まだ生きているんです!助けないと!」


 サクラが叫ぶと、パンッと乾いた音が響いた。ダーナスの大きな手による平手打ちがサクラの左頬に放たれた。その拍子にサクラは横に吹っ飛び、子供はサクラのマントに包まれたまま床に転げ落ちた。


「愚か者!お前はここで何を見てきた!!」


 規律を守るのに女子供は関係ない。一歩間違えれば島全体に不幸をもたらす。脳震盪を起こしかけたサクラは、それでも頭を抑えながら、口から血を吐きだし、ダーナスに頭を下げた。


「すみませんでした。でもまだその子は生きているんです。助けたいんです」


 子供はサクラと目が合ったときに、弱弱しくも縋るように手を伸ばしていた。この子はまだ生きたがっている。サクラはそう捉え、足の身を傷つけるようにしていた。


「お願いします…今なら助かる……!」

「検疫が先だ」

「それじゃあ間に合わない!」

「お前は何のために竜騎士なった!」

「国を守るためです!」

「ならば今やっていることが国に厄災をもたらすかもしれない!それが分からんのか!」

「でも…っ!!」


 また大きな平手打ちが飛んでくる気配を感じ、サクラは身を固くした。


「ダーナス隊長。そこまでにした方がいい。竜が…カリオフィレンがお怒りだ…」


 ダーナスの手を止めたのは、副隊長のマージュだった。彼の視線の先にはカリオフィレンが唸り声をあげている。ラズベリーの様な色の瞳は血赤に染まりつつある。


「カリオフィレンが大丈夫だと判断したのだ。それを信じよう」


 マージュはダーナスの力が抜けたことを確認すると、片手で子供を抱き、もう片方でサクラを立たせた。


「あ、ありがとうございます」

「礼ならカリオフィレンに言うのだな。それよりも早く医務室に連れて行こう。走れるな」

「はいっ!」


 マージュが子供を抱きかかえて走り出すと、サクラも石畳に革靴の音を響かせながら、医務室へと向かった。そこには騒ぎを見ていた恰幅の良い年老いたドクターが待機していた。


「ほぅほぅこれは珍しい。外が騒がしいと思ったら…『運ばれた不幸』か」

「まだ生きてます」

「分かっておる。ふむ。保菌者ではないようだな。まぁそうであればカリオフィレンが焼き払っていただろうからな。よし下がっていなさい」


 子供が来ていた服を破き、ナースに清拭をさせながら手術室へと向かっていった。どのくらいの時間が経ったのだろうか。その間にマージュは「出来るだけ詳しく」とサクラに状況説明をし、それを書類に起こしていた。


 手術室から出てきた子供は、包帯をグルグルに巻かれ、麻酔によってまだ深い眠りにあった。褐色の肌に金髪が靡く綺麗な寝顔だった。


「足を切断したのは英断だったな。他にも外傷はあるが、命に別状はない。運のよい少年だよ」

「え?少年?」

「少年。玉が付いておる」

「はぁっ!?」


 綺麗な顔立ちだったから、サクラはてっきり少女だと思っていた。「なんじゃ。見とらんのか」カラカラと笑う医師に「そんな暇があるわけないでしょう!」とサクラは顔を真っ赤にして怒った。


「いずれにせよ、この子は王国預かりになる。サクラ、お前は謹慎な」


 ああ、やっぱり処分は免れない。がっくりと肩を落としていると、マージュは更に「退院するまでは、お前が面倒を見れよ」と続けた。


「『運ばれた不幸』とまで呼ばれる存在だぞ。ドクターはともかく、ナースの中には抵抗がある者もいるだろう?責任を持て」

「はい」


 敬礼をしながらサクラはすーすーと眠る少年をみつめた。


『運ばれてきた不幸』


 なんとも悲しい通り名。外来種を警戒するのは人の性とはいえ、やるせない気持ちがサクラの心に広がる。この少年が何をしたというのだ。勝手に連れ去られ、うねりに放り込まれ、挙句の果てに足を切断される。彼自身が不幸ではあっても、それによって厄災がもたらされるとは思えない。


 マージュはサクラと少年が病室に入るのを見届けると、隊長のもとへ報告書を届けに行ってしまった。


 

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