TS転生幼女の婚約回避大作戦!? ~『情けは人の為ならず』狙いで猫をかぶり続けた結果、気づけば『聖女』なんて呼ばれるようになってました~
――辺境の姫、オフィーリア・エンドローブは転生者である。
前世では物心つくまえから入退院を繰り返し、その短い生のほとんどをベッドの上で過ごした彼は、だからこそ「もし、生まれ変われるのなら、今度は健康で元気なからだが良い」と何度となく願い。本人としても、まさか聞き届けられるとは思っていなかったが、結果として、それは叶った。
ランドシーフ王国と隣国との境であり、大陸有数の広大な『魔の森』からあふれる狂暴なモンスターから王国を守る最初の盾にして剣。近隣諸国にもその名を轟かす、近親縁者のほとんど全員が一度は魔物を狩っていることから「戦闘民族」などと王国中央の貴族に揶揄されることも多い一族――エンドローブ辺境伯家。
その当主、ダイガン・エンドローブの第5子として生を受けた彼女は、毎晩、願いを叶えてくれたと思しき神に感謝の祈りを捧げ。毎日、『ただ元気でいられる、それだけで尊い』という考えのもと、なにをするにも心底楽しそうに笑っているような娘で。
上の4人が男児であり、辺境伯家唯一の、歳の離れた女児ということもあってか、オフィーリアは産まれた瞬間から家人一同に祝福され。溺愛され。『蝶よ、花よ』と甘やかされ。
それでいて、決して驕らず。誰に対しても『なにかをしてもらう』ことを当然とせず。感謝を忘れず。身分にとらわれず、誰彼かまわず「ありがとう」と言って頭を下げていた――が、それはさすがに貴族令嬢としてはダメだ、と注意され。以後、笑いかけるにとどめることに。
そんな、別け隔てることなく笑顔をふりまき。感謝の念を態度から容易に察せられる幼女は、気づけば多くの領民たちにも愛されることになり。
父親譲りの茶金の髪に紫紺の瞳と、母親譲りだろう可憐な容貌を輝かせ。いつも楽しそうに、嬉しそうに。元気に、笑顔で駆け回って過ごす彼女は、傍目には純真無垢にして天真爛漫。そのうえ、誰に教わるでもなく神への感謝を捧げ続けるオフィーリアは、辺境伯家の『華』だ、『天使』だ、『宝石』だと近隣諸侯にすら知れわたるようになって、
結果――男としての自意識を残す彼女からすれば甚だ不本意なことに、婚約相手として望まれることが増えた。
「おお……! やはり、うちのオフィは世界一可愛いなぁ」
「あなたったら、もう……本当に、親ばかなんですから」
「ふふ。ですが、愛らしいのは間違いないですよ?」
――閑話休題。
稀代の英傑。辺境の雄たるダイガン・エンドローブは、今日も今日とて娘をまえにだらしなく目じりを下げ。
荒くれものの多い傭兵にも恐れられ、野盗が見れば腰を抜かすような強面を醜くゆがめ、本人的には愛娘に優しく笑いかけているつもりの夫の顔に、オフィーリアを生んだ正妻は呆れ。
娘以外の我が子全員に、幼い時分には顔を見せただけで泣かれ、逃げられては、人知れず落ち込んでいた夫を知る側妻は宥めるにとどめる。
「……父さんの顔が、今日もぶっ壊れてる件について」
「絵面がヤバイよな。もう、どっからどう見ても攫ってきた幼女をまえに舌なめずりしてるオーガにしか見えねーっていう……」
「食事時にその表現はやめてほしいんだけど、否定できないのがね……。ほんと、オフィが親父に似なくて良かったよね」
「うん。最悪、ゴブリン顔の令嬢になってたかもだし。そうなったら、まじめにオフィーリアが結婚できなくなっただろうし」
平時であれば、訓練や砦につめていたりで揃うことの珍しい朝食の席にて。
上から15歳、13歳、11歳、9歳というオフィーリアの兄たちは、その年齢に見合わぬ巨体に立派な筋肉と父親譲りの精悍な顔を見合わせて呆れ。苦笑し。お人形のように抱きかかえられ、小さな口をもきゅもきゅと動かす3歳の幼女を見やって言葉を交わす。
「ふん……! うちのオフィはどこにもやらん! 少なくとも俺を倒せねぇような軟弱もんには絶対に、だ!!」
「……あなたは、もう。そんなことばかり仰っていては、将来、オフィーリアが行き遅れなんて言われることになりますよ?」
「ねぇ、オフィ。あなたも母様たちみたいに大きくなったら素敵な結婚をしたいでしょ?」
果たして、親ばか全開の父親に抱えられ、一人静かに、朝食をゆっくりとっていた幼女は目を丸くし、ごっくん。
口のなかを空っぽにして、「父さんのまえに、まずは俺たち兄弟を倒してからだろ?」なんて言いながら獰猛な笑みを浮かべて頷きあう男どもを見回してから、一縷の望みをかけてだろう、「ね? そうよね?」と。そこはかとなく必死な様子を垣間見せる2人目の母親に向かって口を開く。
「『ふぃー』ね。じぃじと『けっこん?』しゅるのよ?」
約束、したのよ? と、満面の笑みでもって告げる幼女に、側妻は微笑を引きつらせ。
男たちは「いつの間に!?」と驚愕し、あわよくば幼い娘から、妹から、『大きくなったら自分と結婚したい』という言葉をもらいたかった、と。再び食事にもどったオフィーリアに強くあたることもできず、ただただ歯噛みするのであった。
「……まさか、お義父様が伏兵となるなんて」
「これは、いよいよ嫁ぎ先が心配になりましたね」
顔を見合わせ、深く、長くため息をつき。額を押さえる母たちを、ちらり。内心では「ごめんなさい」と謝りつつも完全にひた隠すオフィーリア。
彼女からすれば、未だ生まれ変わって3年目ということでまだまだ女性としての自意識が薄く。それでいて、結婚後の貴族女性の義務こと『夜の公務』についてを教わることなく察せられる彼女は、だからこそ男との婚姻なんて願い下げで。
今回の『祖父との結婚の約束』は、だから、幼い時分における婚約回避のための伏線であった。
「お、オフィ? おまえはクソ親父――『じぃじ』と『ととしゃま』のどっちが好きだ?」
もちろん、父様だよな? と、笑顔で圧をかける実父に「なっ、ズルいぞ、親父!」と食って掛かる兄たち。
「オフィ? オフィは『にぃに』と結婚したいよね?」
「いいや、オフィの一番は俺だよな?」
――ちなみに、幼子特有の舌ったらずな話し方と異世界転生ということで拙い言葉づかいは、ともかく。
オフィーリアの「……ん? ふぃーね。みんな、だい好きよ?」といった特徴的な言い回しは、愛されることで得られるだろう特権を想像して『つくりだした』もので。
打算的な思考のもと、日々『ぼくのかんがえた、さいこうにかわいい女児』の演技をし、騙している――つもりの彼女は、その実、肉体に精神が引っ張られるかたちで幼く、拙いものになっていることに気づいておらず。
「ふぃーね。大きくなっても、みんないっしょがイイのよ?」
ずっと、ず~っとよ? みんなとごはん、いっしょよ? と、笑顔満面で告げるオフィーリアは――だから、本人的には結婚回避のため、愛らしい幼女の演技でもって騙しているつもりで。
滂沱の涙を流して感動する父親はさておき、苦笑する母2人や嬉しそうな兄たちばかりか、壁際で空気に徹していた執事にメイドたちにも笑いかけ、一人一人の名前をわざわざ呼んだうえで「みんな、み~んな、なのよ!」と念おす幼女をまえに、今日も今日とて辺境伯家の空気はあたたかくなり。
もはや自然に、考えることなく行われる言動が『演技』などではない、と。今日も自身の演技力は素晴らしい、と。密かに『計画通り』と、本人的にはほくそ笑んだつもりのオフィーリアは、皆にその『天使の微笑』を見られていることにさえ気づかない。
――閑話休題。
前世の彼からすれば『剣と魔法の異世界』たるこの世界では、貴族・平民問わず、3歳を過ぎた段階で、一度、『鑑定士』あるいは教会の司祭などに『ステータスを調べられ』たうえで、住民ないし貴族の一員として登録する決まりがあり。
これは現代地球より新生児や3歳以下の子供の死亡率の高さがゆえんで。昔の日本のように、教会などでは『3歳まで子供は神様のもの』なんて言われることもあってか、口さがないものには『それより幼い時分に調べたところで無駄が多いから』などと言われている――が、それはさておき。
問題は、この、もっとも幼いと言える時期の、鍛えようと思っても満足に行えない『最初の鑑定』こそを有力視する風潮が王国に限らず大なり小なり存在し。その内容によって子供の――どころか、その子を産んだ母親の人生が決まってしまうことがままあることで。
しかしながら、エンドローブ辺境伯家に限って言えば、転生幼女の度重なる『あざと可愛い演技』――と本人だけは思っている――によって、もはや鑑定結果に関わらず「オフィーリアは辺境の天使」と。家によっては離縁や断絶、追放などもあるという貴族のなかにあって、「どんな結果でもオフィーリアは辺境伯家の子」と。不当な扱いなんてありえない、と家人一同に思われたまま、彼女は家に呼びつけた鑑定士に鑑定されることになり。
その結果、転生時に与えられたのだろう、『あらゆる状態異常にかからず、自然回復力アップ』という破格のスキル――【健康】を有していることが判明。
さらに、前世での知識や学識に基づいて発現したのだろう【算術】や【医学知識】といったスキルに加え、『知力』のステータス値を大幅に上昇させる【神童】。毎日欠かさず行っていた感謝の祈りによってだろう、ありえないほど高レベルの【神聖魔法】まで所有していることがわかり。
結果、知る人ぞ知る『辺境の天使』オフィーリア・エンドローブの存在は、一気に王国における重要度が高まることになり。家族一同はもとより経験豊富な中年鑑定士をして目を剥くことに。
「こ、これは……! い、急ぎ、陛下にお報せして――」
「ならん!」
鑑定士からすれば、この結果を王へと報告するのは既定路線で。王侯貴族に彼女のことを報せ、恩を売れれば未来は薔薇色、とあって狂喜を隠さず。本来であれば、『鑑定の結果を他者に漏らすことは厳禁』という不文律すら反故にすることを面に出して辺境伯を相手に食って掛かるあたり、もはや正気かも怪しく。
ダイガンからすれば目に入れても可愛い娘を、ただ『有用なスキルを保有していた』だけで欲される未来を思って反発。期せずして、その日の朝食で「うちのオフィーリアは嫁に出さない!」と決心していたところに、妻たちの「これで娘の結婚相手は選び放題ね」という言葉も合わさって機嫌が急降下。
怒り心頭のまま、『鑑定士は鑑定結果を勝手に吹聴してはならない』という規定を盾に、「オフィーリアのことを漏らせば斬り捨てる」とまで告げ。母2人と兄4人に褒められ、嬉しそうに目を細めている愛娘を抱え上げ、さっさと金を払って中年鑑定士を追い出すことに。
「……くそっ! こうなりゃ、遅かれ早かれ他家にもうちの子の優秀さが知られて面倒なことになる」
いっそ、鑑定士を殺して口封じができればよかったが……いかんせん、貴族名鑑への娘の登録は必須。そして、自分がいくら口止めしたところで娘の婚約相手をよりよいものにしようと画策している妻たちが漏らすことは必然であり、ひいき目抜きにもオフィーリアが自力でもって将来、頭角を現すだろうことは必定、と。
つまり、『最初の鑑定』の結果を抜きにしても優秀すぎる愛娘を娶ろうと有象無象が殺到するのは、もう確実。確定で。
それが面白くないとして、王国でも指折りの権力と武力を有するエンドローブ辺境伯は、人を射殺しそうな目をそのままに、足音荒く部屋を出て――
「ととしゃま、ととしゃま」
――行こうとして、『ちょい、ちょい』と小さく服の裾を引かれて立ち止まり。一転して、子供が夢に見れば悪夢にうなされそうな笑顔を浮かべて「どうした?」と。
腰を折り、膝をつき。そこまでしてなお見上げるように見つめるオフィーリアの頭を撫でつける巨漢の筋肉親父に対し、
「ふぃーね。れべる上げ、したいのよ?」
幼女は『にぱぁ』と笑って、告げる。
「ふぃーね。いっぱい、い~っぱいね、ご本、よんだのよ?」
ふぃー、えらい? いいこ? と笑顔のまま首を傾げて問う愛娘に相好をこれでもかと崩し、「おお! えらい! オフィは本当に、良い子だなぁ」と言って頭を撫でくり、撫でくり。
それに、きゃっきゃと笑って喜ぶ娘を見て、やっぱり嫁にはやらん! と内心で決意するダイガンに対し、オフィーリアはニコニコ顔でもって「それでね、それでね」と言葉を次ぐ。
「ふぃーね。いっぱい、い~っぱいね。魔法、使える、なりゅのよ?」
それでね、と。部屋に残り、親子の会話に耳を傾けていた家人一同のまえで、
笑顔満開。小さな両腕を万歳して、
「ふぃーの魔法でね。『じぃじ』の腕、なおしゅのよ?」
告げる、幼女の台詞に――絶句。
「『神聖魔法』、なおしぇるの。ふぃーね、知ってゆのよ?」
――エンドローブ辺境伯家前当主、アージガルド・エンドローブは右腕を悪くしている。
それは、辺境の地では珍しくない、数十年に一度は発生する大量のモンスターによる襲撃にて。予期せぬ奇襲によって壊滅しかけた兵を逃がすために奮戦した結果であり、『前線に立ってこそ辺境の雄』という風潮にあって彼を若くして家督をゆずらざるをえない事態となった原因。
「ふぃーね。じぃじ、好きなのよ?」
――それは、この辺境にあってたくさんの人間が望んだこと。
その背を超えよう、と。その腕を超えよう、と。息子であるダイガンはもとより、『誰かを守れる強さ』を何より尊ぶ辺境の人間が、だからこそ、惜しみ。悔み。悲しんだ、前当主のケガは……治せない。
治せるわけがない。
彼の腕は、肉を食いちぎられ。骨をかみ砕かれ。重要な神経を断たれてしまったのだ。
それだけで再起不能。そのうえ、モンスターの纏う『生者を害する魔力』は回復魔法の効果を阻害するもので。ある程度の期間をおいての回復は不可能とされるのが常識だ。
ゆえに、未だに苦い思い出としてダイガンのなかでも尾を引くそれを。
現役で砦につめる、当時の撤退戦に参加したことのある古参兵が、酒を飲んでは後悔の涙を流すそれを。
当時の、知りうる限り、持てる手のすべてをもって治そうとして、ダメだったそれを。
誰もが最後にはあきらめてしまったそれを。
治せるわけがない、と。そう否が応でも理解させられ、心を塗りつぶした『それ』を――
「ふぃーね。がんばりゅのよ?」
――『絶望』を、
「ふぃーがね。なおしゅのよ?」
笑顔の幼女は、真実、知ったことではないとして、
「みんな、言ってたのよ? 『父様』と『じぃじ』ね。どっちが強いの、って。ふぃーもね。見たいのよ?」
告げる。
「『じぃじ』の強いの、見た、ないのよ? だから、いっぱい、い~っぱいね。ふぃー、がんばりゅのよ?」
ふぃーがね、なおしゅのよ?
それでね、見しぇてもりゃうのよ?
「だから、れべる、上げゆのよ?」
だから、おねがいしましゅ、と。最後に頭を下げてみせた娘を、ダイガンはたまらず抱きしめる。
……ああ、そうか。子どもたちのなかには、前当主の強いとこを見たことないのもいるのか、と。自分が超えたかった父の強さを知らない子たちもいたのか、と。その事実をまえに、今さらながらに涙があふれる。
そんな親子を目にして、家人の多くもまたもらい泣きし。幼女を、そしてその父親の背を撫でさする。
そのうえで、彼ら彼女らは思う。さすがに3歳の、初めて鑑定をうけたばかりの娘の言葉を鵜呑みにすることはできない、と。たとえ、傷を癒す回復魔法を使えるようになる【神聖魔法】をもっていても、彼女が治せるようになるとは思えない。治せるわけがない、と。
それでも、
その願いが叶わぬものと知ってなお、
「みんな。みんなね。ふぃーがね、なおしゅのよ?」
――辺境の姫、オフィーリア・エンドローブは愛される。
今日も変わらず。
昨日よりずっと。
明日には、もっと。
「ふぃーね。みんなが、だい好きなのよ?」
――猫かぶりの転生幼女は、愛される。
男との結婚が嫌で。有象無象の王侯貴族に煩わされる未来を嫌って。
本人は『計画通り』とほくそ笑んだつもりで。ただただとても愛らしい笑顔を皆に見せて。
オフィーリア・エンドローブはいつも、いつまでも、愛され続けるのだった。
◇◆◇◆◇
――結論から言えば。オフィーリア・エンドローブによる祖父の利き腕の回復は、『最初の鑑定』を受けてから約3年で、成功した。
これもひとえに前世で読み漁った異世界もののラノベにRPGをやりこんでいた記憶のなせるわざで。同時に、幼女が変わらず『愛されキャラ』路線で立ち回ったからこその、「さすがはうちの子、マジ天才!」といった身内びいきフィルターに大いに助けられての偉業で。
表向きの最終目標『祖父の腕の完治』のため、肝心要の【神聖魔法】の熟練度上げは必須、と。そのために、魔法を使える回数を増やす、そのためにMPの最大値を増やす、そのためにレベルを上げる、という『誰もが納得しやすい』理屈のもと、それらを抜きにしてもモンスターによる脅威が身近な辺境だからこそオフィーリアのこの世界における『パワーレベリング』――捕獲して捕縛・無力化したモンスターを安全に狩らせてもらう――は、3歳となってすぐという時分にあっても比較的すんなりと通り。
そのうえで、渋る家人を拝み倒し、宝物庫に厳重封印されていた『装備したら呪われる』系の武具を拝借するのにも成功。神様がくれたのだろう『状態異常無効』のスキル――【健康】の効果でもってデメリットを打ち消したうえで装備し、『本来であれば幼児の手では傷つけられない』レベルのモンスターを嵩増しした攻撃力でもって狩らせてもらい。
大の大人でも配属を恐れる、『魔の森』からあふれるモンスターに対する最前線――通称、『最初の砦』へ通いたいと申し出たときこそ明確に反対されたが……そこはそれ、「じぃじのため。ふぃーは、がんばりゅのよ?」と。「みんな、守ってくれりゅから、こわい、ないのよ?」と、傍目には無垢なる笑顔と瞳でもって告げられて『否』と言い続けられるものが辺境伯家にはおらず。
かくして、むさくるしい筋肉ダルマばかりが詰めていた『砦』にて。訓練や『魔の森』から出てくるモンスターを相手にケガを負うことが日常茶飯事だった兵士を相手に、『モンスターによって負わされた傷は、モンスターが発する魔素によって回復魔法の利きが悪くなる』と『ケガをしてから時間が経過するごとに回復が困難となる』の合わせ技で不可能とされていた『前当主の利き腕の回復』の予行練習がてらスキルので熟練度上げに駆け回り。
途中、前世から引き継いだ知識より発現したのだろう【医学知識】に加え、『身体の状態を詳しく調べられる』スキル――【診察】をも取得。以後、診て、治して、レベル上げをさせてもらって、を繰り返すことができたオフィーリアは、順調に「オフィーリアさま、マジ天使」という風潮を領民にまで広げていき。
また、7歳になる年に王都で行われるとされる『お見合い』――もとい、貴族子女の『デビュタント』のことを聞いてからは、さらに本気で。『男との婚約・結婚の阻止』という隠れた目標のため、ひそかにRTAを決行。
その動機はさておき、彼女は毎日真剣に。ひたむきに。真面目に。
誰もが諦め、絶望した、『前当主の完全回復』のために本気も本気で努力し続ける幼女の姿は、最初こそ生暖かく見守れていたが……それも日が経つにつれ、彼女の想いに引っ張られ、皆が心のそこから応援していくことになり。
結果だけを見れば異常に過ぎる、まさかの3歳児主導のレベル上げプランによる、不可能とされた『モンスターによる古傷の回復』が、若干7歳にも満たない幼女によって成されたとき。数多の領民に歓喜と歓声をもって受け入れられ、奇跡と称されることになったが……その実、転生幼女からすれば、それは『必然』にして『過程』。
祖父と同じく、完治不能と言われて引退を余儀なくされた者たちを治したのも、慰安のためと母に連れられた先々で『本来であれば、教会にて高いお布施を払わねば使ってもらえない』なんて常識を蹴っ飛ばして回復魔法を無償で使い続けたのだって、そう。
けっきょくは、政略結婚を回避するため。
いつかのとき、自分の意思を通すため。
彼女はいつだってニコニコ笑って、全力で「オフィーリア様のためなら死ねる!」という狂信者を量産。その果てに、本人的には狙って「辺境の姫さま、マジ天使!」と騒がれるなか、『オフィーリア・エンドローブは、辺境の聖女』などと呼ばれるようになれば、『計画通り』とほくそ笑み。
前世の知識から、『聖女』と言えば『汚れなき乙女』=『結婚禁止』ですわ、万々歳ですわ、と。
すわ、こんだけ人気絶頂なら何でも思い通りですわ、と。祖父の完治成功からこっち、それはもう調子に乗りまくっていた疑似幼女は、
――この世界における宗教と『聖女』の称号についてを完全に軽視していた。
結果、
「…………え?」
7歳となった、その年のある日。
とうとう『デビュタント』のために王都まで向かわねばならなくなり、家中が準備に忙しく駆けまわっていた頃。
「う、うそ……。と、父さま、なんで……」
この大陸における最大の宗教国家。そこから突然、前ぶりもなく現れた、『大神官』を名乗ったその男は、辺境伯たるダイガンをまえにあって傲岸不遜な態度のまま、ただただ一方的に告げてきた。
曰く。辺境からは『魔の森』どころか隣国の帝国すら超えた先の皇国に、【神聖魔法】のレベルが高いオフィーリアは居るべきだ、と。
曰く。辺境伯家の人間は皇国が国教とする宗派に入信し、教会に所属せよ、と。
曰く。皇国を介さず『聖女』を名乗るのは許さない。また、勝手に【神聖魔法】を使っての医療行為も悪いことであり、重ねて賠償を請求する、と。
曰く。今日より『大神官』たる自分がオフィーリアを引き取る、と。……つまりは、彼女を養子として皇国に連れ帰る。だから、辺境伯は無駄な抵抗などせず、さっさと要求のすべて飲め、と。
そんな幼女からすればありえない――どころか、平時であればダイガンほか家人一同によって即座に斬り捨てられても文句も言えないだろう戯言に、
「よかったな、オフィ! これからは栄えある皇国で『聖女』として暮らせるぞ?」
今日まで、絵に描いたような親ばかっぷりを発揮していた今生の父は喜び。母たちや執事にメイドたちまで慶事のように微笑んでいるのを見回して、オフィーリアは絶句。
「……そん、な。と、父さまは……みんなは、ふぃーのこと、きらい?」
唖然、茫然。
声を、体を震わせて。ポロポロと紫紺の瞳から涙をこぼし、絶望する。
そして、
「くふふふ。所詮は、モンスターを狩ることしかできん蛮族か」
他愛もない、と。お供の数人ともども嘲笑をうかべ、まるで『なにを聞かれたところで問題ない』とばかりにこぼす『大神官』さま一行にゆっくりと振り向き――気づいた。
レベル上げの日々で培った【鑑定】のスキルが無礼者たちの手札を暴き。
【診察】でもって確認した家人のステータスに『状態異常:洗脳』の文字を発見して、
「――――ッ!!」
声なき悲鳴をあげる。
視界が、思考が、真っ赤に染まる。
そして――オフィーリアを中心に、魔法が発動する。
「な、なんだ、これは!?
「ひぃいいッ!?」
「ぎゃぁぁぁあああああッ!!」
燃える。燃える。燃える。
絶叫する幼女を中心に、蒼い炎が吹き荒れ。人を、部屋を、家を、燃え上がらせる。
「――ッ!? こ、これは……!?」
「え? な、なにが――」
それは、【神聖魔法】による奇跡。
蒼き炎にてすべての穢れと状態異常を焼き払い、HPをわずかに回復させる魔法――≪清めの蒼炎≫。
「お、オフィ!? ……ああ、俺はなんてことを!?」
「ああ、なぜ!? どうして、私たちの可愛いオフィーリアを……!?」
果たして、蒼き炎は焼き尽くす。
穢れを。呪いを。そして、咎人を。
服も、家具も、愛しき家人の髪の毛1本たりとも傷つけることなく。
ただ、瞬きの間に。【呪術】によって思考を操られ、『洗脳』という状態異常にかかっていた家人を正気に還し。癒す。
同時に、これまで、この『呪い』によって非道を働いていた『大神官』たちは、その罪科によって灰も残さず、燃やし尽くされる。
そうして、あとに残るは、うずくまるようにして哭き続ける幼女と、彼女を手放すことに喜んでしまった記憶に顔を歪める家人一同。
「ああ、ああ。泣くな。泣かないでくれ、オフィ……」
「泣かないで、私たちの可愛いオフィーリア……」
オフィーリアは泣きじゃくる。
辛くて。悲しくて。悔しくて。
『大神官』たちの呪法で愛するものたちに裏切られたから――ではなく。
気づいてしまったから。
……気づかされてしまったから。
今日まで皆に愛され、それを半ば当然と思ってきた彼女は、ようやく。
気づく。
……目覚める。
前世の記憶を持ち越している、自称・中身は立派な大人な疑似幼女は、これまでずっと甘やかされてきた。
ちやほやされ、持ち上げられ、肯定され続けてきた。
なまじ、前世の記憶に『成功体験』など無く。家族に疎まれ、友達もできず、入退院を繰り返して病床に苦しむだけの人生を覚えているから。
なまじ、自身と似たような異世界転生もののラノベを好んで読んでいたから。その『成功例』を指針に動いて、今日まで大した失敗もせずにいたから。
だから、
前世を覚えているから――勘違いした。
甘く。あたたかく。ただただ愛され、肯定される日々。それは正しく夢のような日々であり――正しく現実とは認識できない日々だった。
……楽しかった。
幸せだった。
それは母の腕に抱かれ、恐れや不安から守られて眠る赤子のごとく。転生してからこちら、本人の意図した・しないに関わらず『成功』し続けてしまったオフィーリアは、だから、忘れてしまっていた。
転んでしまったときの痛みを。失敗に対する恐れを。……現実を生きるということに対する不安を。
それこそ、『自分こそは物語の主人公である』と。『世界のすべてはわたしの思い通りである』と。最近ではとくに褒められ、日々『計算通り』とほくそ笑んでいたがために勘違いしていた。
だから、
……だけど、
今回の一件で、オフィーリアは気づかされる。……思い出す。
衝撃と、痛みと、理不尽を経験することで、ようやく。
皮肉にも、また。正しく世界を認識し、正しく現状を把握できるだけの知能を――前世の記憶を有していたからこそ、簡単に。彼女はようやく、正しく、この世界に生まれた。
結果、
誰の言葉も聞かず。慰めにも耳を貸さず。さながら産声をあげる赤子のように、ただただ感情のままに泣き続けた幼女は――
◇◆◇◆◇
――前略。親愛なるお父様。お母様にお兄様たちへ。
ごめんなさい。
きっと、この手紙を読んでいるころ、わたしはもう姿を消していることでしょう。
勝手をして、ごめんなさい。勝手な娘で、ごめんなさい。
ごめんなさい。ですが、どうか聞いてください。
先日、皇国の大神官を名乗る方たちの蛮行を、きっとお父様たちも気づいてくださったかと思います。
ご存じのことかと思いますが、わたしは相手のスキルを覗ける【鑑定】と、状態をより詳しく視れる【診察】をもっています。そして、だからこそわたしは、彼らが【呪術】のスキルをもっていたことはもちろん、お父様たちが洗脳魔法にかかってしまっていたことに気づいて……魔法を暴発させてしまいました。
ごめんなさい。もとをただせば、全部わたしの浅慮が招いたことです。
わたしが大して考えもせず、自身のもつチカラをひけらかしてしまったせいです。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
きっと、わたしの知らないところでも多くのご迷惑をおかけしていたのでしょう。
きっと、これから先も、今日までのわたしの浅はかなふるまいからご迷惑をおかけしてしまうことでしょう。
バカな娘で、ごめんなさい。
親不孝な娘で、ごめんなさい。
そして、まことに勝手ながら……どうか、頭の悪いわたしの最後のお願いを、どうかお聞き届けください。
この手紙と一緒に残しましたわたしの髪を証拠に、オフィーリア・エンドローブは今回の件の責任をとって『魔の森』へ追放したことにしてください。死んだことにしてください。
そして、どうかわたしのことで争うことはしないでください。……わたしのせいで、わたしの愛するお父様やお兄様たち、大好きな領民の方たちが傷つくことのないように、お願いします。お願いします。お願いします。
わたしは、一人で『魔の森』に入ります。そして、命尽きるそのときまで『魔の森』の浄化に努めます。それを今回の件だけでなく、これまでのわたしの行いに対する贖罪とさせてください。
ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
わたし、オフィーリア・エンドローブはお父様が、お母様たち家族のみんなが、エンドローブの領民のみんなが大好きでした。愛していました。
だから、最後は大切な皆のために、このチカラ、この命を使わせてください。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
今日まで幸せを……ありがとうございました。
いつか、『魔の森』の浄化を済ませた折に、また。愛する皆と再会できることを祈って。
なにより、エンドローブ辺境領のより一層の繁栄と幸福を願って……愚かな罪人オフィーリア・エンドローブより。
追伸。断髪しましたわたしの髪に家族と領民の健康と幸福を祈っておきましたので、できればこれを使って皆の『護符』を作り、配りとどけてくだされば幸いです。
◇◆◇◆◇
「――……あー。なんだ。報告を聞いたときも思ったんだが……おまえの孫って、まだ7歳だったよな?」
場所は王宮奥。王家の人間が個人的に、そして内密な話をするための一室にて。
ランドシーフ王国・国王は読んでいた手紙をテーブルに置き。対面に座す、従兄弟にして学生時代の旧友――アージガルド・エンドローブに呆れ顔でもって問えば、彼はいかつい顔をさらに苦み走ったものにして、「そうだ」と。
余人が居れば「不敬だ」と眉間に皺を刻みそうな態度を崩さず、豪奢なデザインの椅子にふんぞり返るように座って、ため息を一つ。彼は苦々しくも言葉を次ぐ。
「ふん……! どうせ、王家だって狙っておったのじゃろう?」
「そりゃあ、まぁ。できれば王家に取り込みたい、とは思っておったのは否定せんが……」
ハッ。残念じゃったな! と嗤う従兄弟を半目で見やり、『報告通り、辺境伯家の人間は皆、件のオフィーリア嬢を溺愛しているようだ』と。これまで、どうにか縁を繋ごうとしてものらりくらりかわされてきたのを思い出して肩を落とす国王。
「皇国の馬鹿どもを擁護する気はさらさらないが……おまえのような『回復不可能』とされたモンスターによる古傷すら治す高レベルの【神聖魔法】持ちを放置するなどありえん。挙句、むざむざ失っては、それだけで国益を損なうと言っても過言ではないぞ?」
――辺境の姫、オフィーリア・エンドローブを狙うものは多い。
それこそ、王国のため、家のため。あるいは、自身のために。
今回、暴走したうえで粛清されたらしい、【神聖魔法】のスキルの有無やレベルに重きを置く宗教国家の生臭坊主たちは、もとより。モンスターによって被害を受けない日はない世界の人間で、彼女の使える奇跡の回復魔法を欲しないものなどいないし、【健康】という有用に過ぎるスキルを『遺伝させられる』かも知れない、とあらば誰もがこぞって欲するのも道理。
ゆえに、彼女を有するものの発言力が、権力が、武力や財力すら上がる。
ゆえに、誰もが彼女の身柄を欲する。そのスキルを、チカラを、才能を。その血を――母体を、我が物としようとする。
そして、そのために。まずは、噂のオフィーリア・エンドローブを見定めようと多くのものが動き。ことさら口の軽い鑑定士が広めてしまった『最初の鑑定』の結果はもとより、彼女が『不可能とされたモンスターによる古傷の回復』を目標に、辺境家の人間やの多くの兵士たちに手伝ってもらってレベル上げに努めていたことも簡単に知られるようになった結果、『もう少し様子を見よう』と。
その試みが成功するか否かに関わらず、もっとも危険で金と手間暇のかかるレベリングを、考えうるなかでも最上だろう環境と効率でもって行っているのだ。少女を溺愛する辺境伯家によってだろう、オフィーリアの守りが常に強固に過ぎるのに加え、彼女の年齢が幼すぎたこともあってか、多くのものが『まだ焦るような時期ではない』と。
せっかく、彼女の価値を生家がさらに高めてくれると言うのだ。いずれは、合法・非合法問わず、何がなんでも手に入れよう、と。多くのものが画策しつつも直接的な手段に出ない『空白期』が発生したのはそのためで。その結果が……まさか、皇国の大神官が先走ったことで、誰もが狙っていた『辺境の聖女』が失踪。最悪、戦争にまで発展していただろうオフィーリア争奪戦が、勝者不在で終結、なんて誰も思っていなかったろう。
「ふん! あえて、言ってやる。ざまぁみろ!」
今回、皇国の大神官たちの蛮行についてもそうだが――何より、孫の失踪を報告するため、わざわざ王都くんだりまでやってきたアージガルド・エンドローブの言葉に、苦笑をもって国王は同意の頷きを返す。
「……言ってはなんじゃが、おまえの孫娘は『価値を高め過ぎた』からのぅ」
王家を含め、どうにかこうにか『辺境の聖女』を手に入れようと暗躍していた貴族たちは、勝負のときと見定めた『デビュタント』の開催直前にもたらされた一報に目を剥き。場をわきまえず、声を荒げるものさえ多くいたが……じつのところ、国王個人の感想としては「助かった」という安堵の方が強かった。
それこそ、ひっきりなしに縁談や夜会への参加要請がきていただろう辺境伯よりはマシであったろうが、王家にしたって諸外国や貴族たちからの要求を突っぱねるのにも限界が近かったし。彼女の名声が高まるのに比例して、「もういっそのこと王命でも発して王家に取り込むか?」という思いも強くなっていた。
あるいは、生家である辺境伯家を含め、誰のもとにオフィーリアが居ようとも諍いの火種となるのは明々白々。彼女が子をなせるようになれば、稀有なスキル持ちを増やすためにと本人の意思に関わらず即座に婚姻させられ、一人でも多く出産するよう強いられる未来すら確実だろうし、推奨すらしよう。
皮肉にも、彼女自身のもつスキルによって『死に難いから大丈夫』、と。国のため、家のため、金のためにオフィーリアが犠牲となれば、彼女を溺愛する生家が黙っていないだろうし……最悪、王国を分裂させての内乱すらありえる。
ゆえに、いっそ誰かの手に渡ってしまうまえに亡き者に――という最悪の手段すら、王家を含めて諸外国の面々が真剣に検討しはじめていたのだから、今回の顛末は「まだ、救いのあるもの」と国王の目には映っていた。
「ふんッ。儂はな、おまえを含め、『目に入れても痛くない、愛してやまない孫』を有益なスキルの有無だけで欲する連中が大嫌いなんじゃよ!」
ゆえに、他国に通じ取った愚物や己が栄華のためにと『捕らぬ狸の皮算用』にあけ暮れ取った連中が『はしごを外される』のを見るは爽快じゃったわ! と、そう言って酒の瓶を傾けて一気飲みするアージガルド。
その、『はしごを外された』中に、もっとも敬うべき王家もあるんじゃが、と。苦笑を濃くする国王は、「しかし」と断ったうえでテーブルの上に置かれた手紙を、ちらり。深く、長いため息を一つ吐き出してから言葉を次ぐ。
「おまえの孫娘は――どこまで計算して、失踪したと思う?」
王は、疑問に思う。普通、7歳となったばかりの娘が、『責任をとって断髪のうえ、失踪』なんて手をとるだろうか、と。そして、この手紙を残した少女は、どこまでを指して『自分のことで争うな』と言っているのか、と。
王家の諜報員による報告と、眼前にいる、誰憚ることなく孫を溺愛する様を見せる従兄弟からして、件のオフィーリア・エンドローブ嬢が甘やかされてきたのだろうことは確実。で、誰も彼もに愛され、ちやほやされて育ったのだろう幼子が、たとえ『他国の要人』を勝手に粛清してしまったとして、その責任をとって『翌日に失踪』なんてするだろうか。
権謀術数のなかにあって国の行き末を常に考え、日夜頭を悩ませてきた王は思案する。
……少女が遺したという手紙こそ、謁見の場でアージガルドは提出せず。それでいて、報告内容自体はほぼほぼ同じものだった。
辺境伯家からすれば国王にさえ渡したくはなかったろう、『オフィーリア嬢の毛髪を用いた護符』も預け。わざわざ『エンドローブ辺境領の民の健康と幸福が願われている』という鑑定結果を報告させたうえで、『護符』に宿った『オフィーリア嬢の魔力』を用いた探索魔法の使用を提案。
居合わせた諸侯たちにまで少女の現在位置が確実に『魔の森』にあることを報せ。彼らはもとより、その背後で蠢いていた諸外国の間者をもまた絶望させた。
「……ふん。少なくとも、儂らは誰一人、あの子が狙われとることを教えてはおらんぞ?」
「ほう? ……その割には、おまえを含め辺境伯家の人間は落ち着きすぎてはおらんか?」
個人魔力による現在地の把握は、ある程度魔法に詳しいものであれば常識で。オフィーリア嬢の真意はさておき、『護符』を持つ辺境の民であれば誰でも簡単に、彼女の居場所と生存をいつでも確認できるわけで。
聞くところによれば、彼女の使える【神聖魔法】のなかには《清めの塩》に《聖水作成》という『塩』と『水』に、『1日1回』という制限こそあれ『パン』を生み出す魔法と、モンスター除けの《聖域》という結界魔法まであるという。
そして、モンスターを生み出す『魔の森』を『還らずの森』とする、彼女のことを欲していながら誰一人として追いかけることのできない原因――生者を害する『負の魔素』についても、状態異常を無効化する【健康】のスキル持ちの彼女だけは平気で。
わりと早い段階で『状態異常無効』ありきの強力な『呪いの装備』を用いたレベリングも行っていたようじゃし。失踪の際には、それらの武装ももって消えたと言うが……これらはどこまでが偶然なのか、と。
伝え聞く、少女の人物像からして、『魔の森』の浄化なんて荒唐無稽な贖罪を選ぶのも、『はじめての殺人』からくる自責と『若さ』――と言うより、『幼さ』からの暴走によって、と言われれば、なるほど、そういうこともあるか、と。
よく知る従兄弟の態度や言葉に彼女の残したという手紙を読むに、それこそ、『惜しい人物を亡くした』と諦めとともに納得させられもするが――それでも、頭のまわる誰かが入れ知恵した結果、というのも疑ってしまう。
ゆえに、
「仮に、辺境伯家が件のオフィーリア嬢を他所にやりたくない、と。そのために、一時的に余人の手の及ばない場所に匿うために、あるいは彼女自身が我が身可愛さに逃げようと今回の件を企てたのであれば――」
儂は王として、おまえたちを国家反逆罪として裁かねばならん、と。そう、眼光鋭く睨んで告げる国王に対し、「ハッ!」と。アージガルド・エンドローブは鼻で笑って返す。
「言っておくぞ? 今回の件、王国が皇国に対してしっかりと抗議してくれんようじゃったら――儂らは勝手に動く」
今でこそ、最愛のオフィーリアの手紙によって怒りを収めることにした辺境伯家と領民は、しかし、今回の一件を許していない。
許すつもりはない。……いつもニコニコ笑っていた彼女を泣かしたことを、許さない。
許せるはずがない。……いつも笑顔と元気を振りまいてくれた彼女をなくすことになった原因を、ぜったいに。
許さない。が……それでも。件の、皆が愛してやまない少女の願いを反故にはしない。
「あの子のお願いじゃからな。今回のオフィーリアのためには兵をあげん」
少女との約束は、守る。
守った、そのうえで――
「しかし、王国の――エンドローブ辺境伯家の名誉のためとあれば、仕方ない」
そうじゃろう? と、いつか見た現役時代のごとき獰猛な笑みを浮かべて告げる従兄弟をまえに、「……勘弁してくれ」と。国王は今日、何度目かの深いため息を吐くのであった。
◇◆◇◆◇
――果たして、約10年もの間。なんかもういろいろと怖くなって逃げだした疑似幼女は、辺境の民に新たな信仰と希望を与えていたなんて知らず。ちゃっかりお一人様でのスローライフをエンジョイし続けた挙句、
「――たっだいまーなのよ~!」
「お、オフィ!? ……か、帰ってきた! 俺たちのオフィーリアが帰ってきたぞ!?」
「ああ……!! それじゃあ、やっぱり『魔の森』を浄化したのはオフィ――ん? そちらの小さな娘は?」
「はじめまして、のじゃ。吾は主らが『魔の森』と呼んどった森の最奥にて封じられとった元・邪竜で、現・聖竜にしてオフィーリアの嫁、のじゃ!」
「……『のじゃ』?」
「あらあら、まぁまぁ。あの結婚嫌いのオフィーリアがお嫁さんを、ねぇ……」
「はっはっは! なんにせよ、めでたい! 今日は宴じゃぁぁぁあああ!!」
森に住まう『辺境の聖女』こと、後に『慈愛と献身の女神』と称されることになるオフィーリア・エンドローブは、ちゃっかり『男との婚約・結婚』から逃げ切ることに成功するのだった。
‐fin‐
元・邪竜「吾の封印を解き、浄化してくれた褒美として貴様を吾の番としよう!」
オフィ「NO! せめて『のじゃロリ』になってから言うのよ?」
けっきょく口癖や立ち振る舞いを矯正される間もなくトンズラしたせいで、すっかり付け焼き刃だった貴族令嬢らしさを失ってしまった疑似聖女……。