水耕栽培
ズドン!刃物を打ち付けたかような鈍い音が六畳一間の静寂を切り裂いた。キッチンに立つ男が自身の左手を切り落としたその瞬間であった。男は切り取った左手を右手で持ち上げさっと滴る血液を布でふき取った。それを薄いトレー容器に無造作に置いたかと思うとちょうど浸るほどに水を注ぎ込んだ。男は片手で容器を持ち上げ日当たりのよい窓辺に据え置いた後、思い出したかのように左腕の断面も同じように、まだ血のしみ込んでない布で几帳面にふき取るのだった。ビルの合間を縫って訪れた神経質な夕日が彼の左手を照らしていた。数日が経過すると、トレーの左手は細い白色の茎をのばし赤い葉をつけていた。男は水耕栽培の出来に満足げな様子であった。そしておもむろに茶色い液体を容器の水につけ足すのであった。肥料であろうか。それからも左手は成長を続け、葉には赤黒い脈が浮かび、太く伸びた茎の先には細くて黒い花が咲いた。花弁が落ちたら最後にはしわくちゃなピンク色の実をつけた。男は喜びに満ちた表情で実を例の包丁で切り取ると、その実を種子に至るまで平らげ、その晩はコーヒーをたくさん飲み干してから眠りについたそうだ。