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Vの者!~挨拶はこんばん山月!~  作者: サニキ リオ
第三章 ~バーチャルとリアルのはざまで~
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【鬼獅子】相方持ちのライバー

「はぁぁぁぁぁ………………………………」


 にじライブの休憩スペースに生気のない表情を浮かべた男のため息が響き渡る。

 これが漫画だったら口から魂が抜け出ているように見えたことだろう。

 レオはここ最近夢美に避けられていた。

 夢美が自分に突出した能力がなく、レオや林檎と自分を比べて悩んでいることはレオも察していた。

 しかし、林檎とは普通に遊んだりしているため、林檎は避けられているというほどでもなかった。

 つまり、明確に避けられているのは自分だけ。その事実はレオの精神にダメージを与えていた。

 思えばレオと夢美はデビューしてから行動を共にすることが多かった。

 二人の関係は、ライバーとしての設定で幼馴染を演じることが始まりだった。

 二人の間に差が出来てしまったときも、夢美はレオのことを気にかけていた。

 伸び悩んでいたレオの臆病な自尊心と尊大な羞恥心を、夢美は容赦なく蹴り飛ばした。

 夢美が炎上したときは、レオと二人で協力して騒ぎを収めた。

 レオが再び人前で躊躇なく歌を歌えるようになったのは夢美のおかげだ。

 林檎が卒業することになったときも、レオ一人では彼女の心の闇を晴らすことはできなかった。

 夢美が大物芸能人である手越武蔵相手に啖呵を切った姿は今でも思い出せる。

 夢美がいたからレオは立ち上がることができた。夢美がいたから林檎を救えた。

 レオのライバー人生にいつだって夢美が傍にいたのだ。


 いつからだろう――夢美が隣にいるのが当たり前だと思うようになったのは。


 レオは自分が夢美に依存していたことに気がつき、再び深いため息をついた。


「はぁ………………李徴は治ったと思ったんだけどな」


 そんな魂が抜け出ているレオに声をかけてくる人物がいた。


「おや、誰かと思ったら獅子島君じゃないですか」


 穏やかな声音で話しかけてくる物腰の柔らかい青年。二期生の名板赤哉が笑顔を浮かべてレオの前に立っていた。


「赤哉先輩……」

「どうやらお悩みのようで」

「ま、まあ、ちょっと……それより赤哉先輩はどうして事務所に?」


 まるで心の内を見透かしたような言葉に、レオは動揺しつつも言葉を濁した。


「今日は桃華さんとのオフコラボがありましたからね。さっき配信が終わったところなんですよ」


 赤哉はコンビを組んで配信をすることが多い桃華とのオフコラボのために事務所に来ていた。

 レオは咄嗟に赤哉の後ろを確認するが、そこに桃華の姿はない。


「あれ、桃華先輩は一緒じゃないんですか?」

「あはは、別に僕達はいつも一緒にいるわけじゃありませんからね」


 言外に「君達とは違ってね」という意を感じたレオはバツの悪い表情を浮かべた。

 そんなレオの様子を見た赤哉はうんうんと頷くと、レオにある提案をした。


「獅子島君。もし良かったらこの後一杯どうだい?」


 こうして、レオは初めてである男性ライバーの先輩と飲みに行くことになったのであった。

 にじライブの事務所がある新宿には居酒屋が星の数ほど存在する。

 赤哉は慣れた足取りでレオを連れて歌舞伎町方面に歩いていく。


「あ、女木島さん! お久しぶりです!」

「女木島さん、先日はありがとうございました!」

「おっ、女木島ちゃんじゃねぇか! うちで飲んでってよ」


 二人が歌舞伎町に入ると、ちょくちょくホストらしき人物や、居酒屋の店主などに赤哉は声をかけられていた。


「あの、えっと……」


 女木島と呼ばれている赤哉を何と呼ぼうかレオが迷っていると、赤哉は笑顔を浮かべて自己紹介をした。


女木島智也(めぎしまともや)。それが僕の本名ですよ、司馬君」

「じゃあ、智也さんで……」


 どこか気まずさを感じる中、レオは赤哉に連れられて行きつけの店らしきバーに入っていった。

 バーに入り奥の席に座ると、赤哉は慣れた様子で注文を済ませる。

 それから鞄から電子タバコを取り出すと、電源をつけて一服してレオを安心させるように言った。


「ああ、これは水蒸気ですから」

「智也さんって元々タバコ吸われてたんですか?」

「前の仕事をやめて今の仕事をするようになってからは、吸わないように心掛けてたんですけど、一息ついたときに口寂しくてですね……」


 禁煙できない弱者で情けないですよね、と苦笑すると、赤哉は本題に入ることにした。


「司馬君、君はバラ――同期の彼女のことで悩んでますね?」

「どうして、それを」

「僕も相方についての悩みは尽きませんからね。経験則というやつですよ」


 はぁ、と水蒸気を吐き出すと、赤哉は苦笑した。


「……わからないんです」


 レオはポツリと呟くと、堰を切ったように自分の胸に秘めた悩みを打ち明け始めた。


「今まで一緒に頑張ってきたつもりでした。どんなに大変なことも由美子と一緒なら乗り越えていける。そう思っていたんです。実際、いろんな障害をあいつと乗り越えて、しら――優菜もそこに加わって三人一緒に楽しくやっていけると思っていたんです。由美子が最近悩んでいるのはわかっていました。でも、俺はあいつに助けてもらってばかりで、いざ力になろうと思っても、自分が原因で悩んでいると思ってしまうと足が竦んで何もできなくなってしまったんです」


 情けないですよね、と自嘲するように呟くと、レオは独白を続けた。


「結局俺はあいつに依存してばかりで、いざあいつのために何かしようと思っても何もできなかったんです。飯を作ったり、部屋を片付けたり、そういう手助けしかできないんです。」


 レオは今まで夢美に対して壁など感じたことはなかった。部屋が分かれていたところで、そんなものはないのと同じだ。そう感じるほどにレオと夢美は一緒にいる時間が長かったのだ。


 しかし、今は二人の間を隔てる部屋の壁が分厚いものに思えていた。


「……依存、ですか」


 レオの話に思うところがあったのか、赤哉は遠い目をして呟く。


「何というか、他人事とは思えない話ですね」

「智也さん?」

「僕もデビュー当時はなかなか伸び悩んでいましてね。当時は今より男女コラボがあまり歓迎されない風潮もあって、同期である桃華さんとのコラボもなかなか実現しませんでした」


 当時の事を思い出したのか、赤哉は顔を顰めながら続けた。


「女性ライバーには厄介なコーンが付き物。男性ライバーが女性ライバーとコラボしたいなどと口にすれば容赦なく炎上するような面倒な時期でしたよ。ほら、一期生のかっちゃんや乙姫さんのコラボ配信なんてそんな感じだったでしょう?」


 コーンとはユニコーンの略であり、ユニコーンが処女を好むことから処女厨を揶揄する言葉として使われている。

 赤哉がデビューした当時、女性ライバーは可愛さを売りにすることが多かったため、男性との交友関係が出ただけで怒りを覚える面倒な視聴者が多かった。

 数少ない例外が定期的に暴言を吐いたりぶっ飛んだ配信を行うかぐやや、女性にしか言えないような生々しい下ネタを持ち味としている桃華だった。デビューして数日で性行為の話をするライバーなど彼女くらいだろう。


「桃華さんはね。元々清楚売りをしても全然通用したんですよ。でも、僕が伸び悩むことを見越して――なんて言うと自惚れですね。正確にはアイドル売りが主流の女性Vの常識を壊したくてあんな配信スタイルをとるようになったんですよ」

「そう、だったんですか」


 意外な事実にレオは呆けたような表情を浮かべて相槌をうつ。


「元々彼女は接客業をしていましたから営業トークは得意なんですよ。汚い部分を隠してやっていけばいいものを、わざわざ賛否両論に分かれそうな今のスタイルをとった。きっと清楚なスタイルでいけば今以上に伸びていたでしょうね。まあ、あの人はユニコーン嫌いですから、それもあったのでしょうが」

「……………………」


 普段から狂ったようなテンションで下ネタを吐きながら配信を行う桃華。彼女がそんな思惑を持ってあんな配信スタイルをとっていることなど思いもしなかったレオは、驚きのあまり言葉が出てこなかった。


「桃華さんは僕の人生を変えてくれた人でもありますから恩義があります。正直自分でも返しきれない恩だと思っています。だから、ある時彼女に言ったんです『恩返しをさせてくれないか』と」


 当時のことを思い出した赤哉は笑顔を浮かべる。


「そしたら『私だってあんたから返しきれない恩を貰ってんだ。お互い様だよバーカ』って言われちゃいましてね……まあ、何が言いたいかというとですね――君達もお互い支え合える関係なんですから言いたいことを言ってぶつかり合えばいいんですよ。きっとその関係が壊れることはない。僕が保証しますよ」

「赤哉さん……ありがとうございます」


 レオは赤哉からのアドバイスに心を打たれ、深々と頭を下げた。

 そんなときだった。


[司馬さーん、あなたのお姫様が爆睡中でーす! イェーイ!]

[お前の幼馴染が酔いつぶれた。頼むから迎えに来てくれ]


 和音、園山の両名からほぼ同時にRINEでメッセージが届いた。和音の方は酔い潰れて眠っている夢美の寝顔の写真付きである。

 どう見ても酔っているテンションの和音と、困りきった様子の園山からのメッセージを見たレオは呆れたように、そしてどこか嬉しそうにため息をついた。

 レオはひとまず夢美の写真を保存すると、立ち上がって赤哉へと告げる。


「俺、ちょっと由美子のところに行ってきます!」

「ああ、いってらっしゃい。ここの会計は僕が持っておくから」

「ごちそうさまです!」


 レオは再び赤哉に深々と頭を下げると、急いでバーを後にした。


「青春だねぇ……」


 そんなレオの背中を眺めながら、赤哉は笑いながら電子タバコの水蒸気を吐き出したのだった。


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