【朗報?悲報?】今後についての打ち合わせ
収益化配信があるのは二十三時からだ。
レオと会話した後にしっかりと睡眠をとった夢美は打ち合わせのために、にじライブの事務所に向かっていた。
基本的に配信以外は予定はない、とレオには言ったものの、収益化配信前に打ち合わせの予定は入っていた。
いち早く収益化が決まったことで、夢美は三期生の中でも積極的に推されていく方針に決まったとのことだ。
事務所につくと、満面の笑みを浮かべた夢美のマネージャーである四谷が待っていた。
「あ、茨木さん。お疲れ様です」
「お疲れ様です。四谷さん」
「改めて、収益化おめでとうございます」
「ありがとうございます。何か照れますね」
一週間という異例の早さでチャンネルの収益化を達成した夢美はにじライブでは今や話題のライバーだ。
事務所内で夢美は自然と視線を集めていた。
「というか、まだ声作ってるんですね」
「さすがに配信中のノリで日常生活は送れませんよ」
実はそうでもないのだが、地声に若干のコンプレックスのある夢美としては、今の声が地声ということで通すことにしていた。
「本日は部長の諸星を交えた打ち合わせになります」
「ああ、あの怖そうな……」
「それ、本人の前で絶対に言わないでくださいね」
四谷は苦笑すると、夢美を連れだって会議室へと向かった。
「失礼します」
「お疲れ様です」
身長は低いのにどこか威圧感がある諸星に、内心怯えながらも夢美は失礼のないように挨拶をした。
「お世話になっております。茨木夢美です。本日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、宜しくお願い致します」
挨拶を済ませて席に着くと、夢美は気になって自分と幼馴染み設定でデビューした同期について尋ねることにした。
「あのレオは呼ばれていないんですか?」
「獅子島さんは、今後の方針についてはマネージャーの飯田と個別に面談していただくことになっております」
ふと、引っかかるものを夢美は感じた。
自分の今後に関わるということは、レオの今後にも関わるはずだ。
そう思っていたのだが、違ったようだった。
「改めまして、この度は収益化おめでとうございます」
「いえ、事務所のみなさんのサポートのおかげです。……当初思い描いていたものとは違う形にはなりましたが」
みんなに愛される可愛いライバーになりたかった夢美としては複雑な気持ちもあるが、今の自分は嫌いじゃなかった。
「登録者数も爆増、最速での収益化。にじライブ史上稀に見るバズり方をしている以上、茨木さんにはさらに勢いを増していただきたく思います」
「つきましては、今後は獅子島さんとではなく茨木さんと似たような路線で活躍している吉備津桃花さんと積極的にコラボしていただきたいと思っております」
「……………………え?」
吉備津桃花。竹取かぐやが暴言ライバーの代表格ならば、彼女は下ネタライバーの代表格ともいえるライバーだ。
二期生である桃花は、年齢指定のあるゲームを実況して謹慎を食らったり、性的な話題をガンガン話していくぶっ飛んだキャラクター性が受け、現在にじライブ屈指の人気のライバーに成り上がった。……にじライブ側としてはぶっ飛び過ぎた彼女に頭を悩ませることも多いのだが。
その他にも、同期である男性ライバー名板赤哉とのコラボも多く、自由に暴れ回る桃花と、ゲラゲラ笑いながらもフォローを入れる赤哉のコンビは〝桃赤〟と呼ばれ、彼らの配信では「桃赤てぇてぇ」という言葉がよくコメント欄に流れている。
そもそも、事務所の方針で男女のライバーでセット売りをしようと思ったきっかけも、この二人の組み合わせの人気が原因だった。幼馴染み設定については盛り上がったマネージャー陣の判断ではあったが。
「ちょっと待ってください。レオはどうなるんですか。あたしとの幼馴染み設定をやめたら、ますます伸びなくなるじゃないですか」
「いいえ、それは違います。茨木さん、あなたと彼では視聴者層がズレ始めているんですよ」
ギロリという擬音が聞こえてきそうな鋭い眼光を向けられ、夢美は萎縮してしまう。
「彼は聖人キャラが板についていますし、茨木さんとは路線がズレ始めている以上、お互いのためにも無理にコラボしていただく必要はないと判断しました」
「それは……」
何も言い返せなかった。
夢美にとってレオは仲の良い同期だ。
もう一人の同期である林檎とまったく絡んでいないことを考えれば、レオは本当の意味で素の自分で話せる人間だった。
レオの現状については夢美も心配はしていた。
せっかくバーチャル山月記という面白いネタで話題になっているのに、それを活かさないなんてもったいない。
自分だってバラギなんて可愛くないあだ名で呼ばれるのは嫌だった。
それでも視聴者がそれで楽しんでくれるのならば、悪い気はしなかった。
いざ、受け入れてみれば何てことはなかった。
だからレオだって……。
そう思わずにはいられなかった。
レオは歌だってうまいのに、何か事情があるのか全然歌わない。
自分はレオの歌を聴いて心から彼の歌がまた聞きたいと思った。
きっと視聴者のみんなだって同じはずだ。
あの歌を聞けば、くすぶっている現状なんて吹き飛ばして登録者数を伸ばせると思うのだ。
事務所の方針もわかる。
自分と絡んだから伸びるわけではないということもわかる。
でも、まるでレオを切り捨てるように感じてしまい、心のどこかに棘が刺さったような気がした。
「わかりました……よろしくお願いします」
納得はできたわけではないが、今は人のことより自分だ。
そう自分に言い聞かせて、夢美は会議室を出た。
「はぁ……」
「茨木さん」
「は、はひぃ!」
夢美に声をかけてきたのは、先程事務所の方針を伝えた諸星だった。
「驚かせてしまって申し訳ございません。少しお時間ありますか?」
「だ、大丈夫です」
立場が上の人間と一対一で話すことになり、萎縮しながらも諸星についていき、事務所の休憩スペースについた。
「コーヒーでよろしいですか?」
「あ、はい。すみません、大丈夫です」
本当は紅茶の方が好きだけど。
当然、威圧感のある諸星にそんな本音を言えるはずもなく、夢美は愛想笑いを浮かべて首を縦に振った。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
諸星に礼を言って受け取ったコーヒーを口にする。
何これ、甘っ!
夢美は内心が表情に出ないように気をつけた。
「不満、ですか?」
「えっ、何であたしが甘い物ダメだって気づいたんですか?」
コーヒーの味が甘すぎて顔を顰めていただろうか。
驚いている夢美に対して、諸星はどこか申し訳なさそうに言った。
「……いえ、獅子島さんとのコラボがなくなることについてです。あとコーヒーの件についてはすみません。配信を見ていて甘い物が好きだとばかり……」
「あっ……」
すれ違いにより気まずい空気が流れる。
そんな空気の中、先に口を開いたのは諸星の方だった。
「獅子島さんとの設定については申し訳ございません。飯田と四谷が余計な設定を強引に推してしまいました」
「いえ、あたしもレオとなら悪い気はしませんでしたし」
あいつは良いイケメンだし。
心の中でそう付け足すと、夢美は本音を告げた。
「正直、複雑な気分です」
「同期達を置いて一人だけ売れると寂しいものがありますよね」
どこか切なげな表情を浮かべると、諸星は表情を引き締めて言う。
「ですが、企業である以上利益は出さなければいけません。厳しいことを言うようですが、結果が伴わなければ成り立たない実力主義の業界である以上、彼は彼のあなたはあなたの売り方をするべきだと思います」
それに、と付け加えて諸星は続けた。
「獅子島さんはきっかけさえあれば、爆発的に伸びるポテンシャルは持っていると私は思っています。マネージャーのサポートが足りなかったのはこちらの落ち度ですが、それを踏まえた上でこれからもサポートさせていただく所存です」
有無を言わせない口調で、最後に諸星は珍しく笑顔を浮かべて言った。
「ですので、彼のことは私達に任せて、茨木さんは茨木さんの道をまっすぐに進んでください」
最後にそう締め括ると、諸星は「お時間を取らせてしまい申し訳ございませんでした」と短く謝罪すると、足早にその場を立ち去った。
諸星の言ったことは、企業に所属する人間としてはどこまでも正しく、ライバー達のこともしっかりと考えていた。
でも、やっぱり夢美は納得することはできなかったのだった。