【回想】親友になりかけていた二人
「ねえ、本当に大丈夫? 補導されたりとかしない?」
制服姿で町へ繰り出した環奈は心配そうな表情を浮かべていた。
優菜と環奈の中学校は校則が厳しいため、制服を着て寄り道をしていると補導されることがあるのだ。
心配そうな環奈とは対照的に、優菜は平然とした様子で町を歩いていた。
「いざというときは私のせいって言えばいいよ。ほい、伊達メガネ」
「何で伊達メガネ?」
「真面目そうなイメージのあんたがメガネをかければ、不真面目そうな私に無理矢理連れてこられたって言っても信じるでしょー。私、補導の常習犯だし」
「……それ大丈夫なの?」
「一回両親が呼び出されたけど、うちの両親も親バカっていうか過保護っていうかさー。『中学生くらいなら寄り道の一つや二つしたくなる』とか『あなたは学生時代寄り道したことないんですか?』って言われて、生活指導の先生が強く言えなくてねー」
そのときのことを思い出したのか、優菜は寂しげに笑った。
「先生もさー、文句があるなら寄り道していい校則の学校に入れろ! くらい言えばいいのに、ホントしょーもない話だよねー」
「いや、そもそも手越さんが寄り道しなければいい話でしょうが」
「……マジレスすんなよー」
どこか不満げな優菜を見て環奈は違和感を覚えたが、いつものやり取りだったため、彼女はいつものように正論で返した――これが優菜からのSOSだったと環奈が気づいたのは何年も後のことだった。
「ま、そーゆーことだから補導されてもお咎めはなしになるから安心して」
「今の話に安心できる要素はなかったと思うけど、まあいいわ。もう寄り道しちゃった以上、私も共犯だものね」
環奈はどこか諦めたような表情を浮かべた。
ここ最近で優菜についてわかったことがある。
どんなに環奈が優菜を拒絶したところで、優菜はあの手この手で環奈を巻き込もうとする。
ならば被害が少ない内に巻き込まれた方がマシなのだ。
「じゃあ、最初はクレープでも食べる?」
「いや、私そんなにお金持ってないし……」
お嬢様お坊ちゃまが通う学校の生徒にしては珍しく、環奈は一般家庭の出身だった。彼女の周囲にいるのも一般家庭の友人達である。
一般家庭の中学生のお小遣いでクレープは少々痛い出費だ。
「私が出すからいーよいーよ。今日も強引に誘ったんだし」
両親とも稼ぎが常人のそれではない優菜は、小遣いの額も中学生にしてはあり得ないほど多く、金銭感覚が狂っていた。
友人達から何かを強請られることはあっても、優菜が自分から人に奢りを提案したのはこれが初めてのことである。彼女はそれだけ環奈と一緒に遊びたかったのだ。
「それはダメよ。同級生に奢ってもらうなんて対等じゃないもの」
しかし、優菜の提案を環奈は突っぱねた。
「対等?」
「同級生なんだから、お金のやり取りはなし! これだけは譲れないわ」
「絶対に?」
「絶対に!」
断固として奢りを拒否する姿勢を崩さない環奈に、優菜は以前のように心から楽しそうな笑みを浮かべた。
「にひひっ、やっぱ環奈はそうでなくちゃ!」
「何で急に名前呼びなのよ」
「いいじゃん! ほら、環奈も優菜って呼んで!」
「……優菜」
環奈が不承不承と言った様子で優菜を名前で呼ぶと、ますます優菜は嬉しそうに笑った。
それから優菜はわざとらしく言った。
「あー、環奈は食べなくてもいいけど、私はクレープ食べたいなー。でも、私一人じゃ食べきれないなー」
「ちょっと、それじゃ奢りと変わらないじゃない!」
優菜の言いたいことを理解した環奈は、再び優菜の提案を拒否しようとした。
優菜は一つのクレープを買って、環奈と一緒に食べようとしていたのだ。
「お金のやり取りじゃないけど?」
「ああ、もう! 本当にああ言えばこう言う!」
口では優菜に敵わない。そう感じた環奈は、本当に渋々優菜の提案を呑むことにした。
「……一口だけ。それ以上は譲れないから」
「うん、わかってる」
こうして二人は、一つのクレープを二人で分け合うことになった。
「チョコバナナクレープでいい?」
「あなたのお金なんだから、好きなものを買えばいいと思うわ」
「いや、一口食べるならアレルギーとかあったらダメでしょー」
「優菜って、人の心配出来たのね……」
事前に優菜がアレルギーがないかと聞いてきたことで、環奈は意外そうに呟く。
「失礼だなー。私だって人の心配くらいするよー」
「そうみたいね。偏見だったわ。ごめんなさい」
「いいってことよー」
それからクレープを購入した優菜は、早速環奈にクレープを差し出した。
「ほい、一口どうぞー」
「最初の一口もらっていいの?」
「私は気にしないけど、人が口つけたとこ嫌だったら困るじゃん」
「私も気にしないわ。そもそも、そんなことを気にするくらいなら、初めから一口もらうなんて言わないわよ。ま、優菜がそう言うなら、ありがたくもらっておくわ」
そう言うと、環奈は優菜の差し出したクレープに思いっきり齧り付いた。
「……結構食べるね」
「えっ、ごめんなさい。食べ過ぎだった?」
「ううん、ちょっと貧乏臭いって思っただけ」
「あんたは人を煽らないといけない病気にでもかかってんのか!」
「あはは……ごめんって」
クレープを食べ終えた二人は近くの公園のベンチに座ってのんびりしていた。
「ねえ、何で今日は私を寄り道に誘ったの?」
「どうしてだろうねー。環奈が他とは違うからかなー。煽るとすぐキレて面白いし」
「人をおもちゃみたいに……!」
態度では怒ってみせるものの、環奈はどこか優菜を憎めなくなっている自分がいることに気がついた。
誠に遺憾ではあるが、優菜のことはただの同級生ではなく友達と思っていいのかもしれない。ここ最近の優菜の態度を見て環奈はそんなことを思い始めていた。
周囲の友人は一般家庭出身の者ばかりで、優菜を筆頭に金持ちへのヘイトが凄い。そんなものに興味がない環奈としては、彼女らの愚痴に辟易していた。
普通に話していれば悪い子じゃないんだけどな。
環奈は友人達との間に壁を感じていたのだ。
それに対して優菜は環奈といるときは本当に楽しそうに笑っていたし、環奈も彼女といるときは疲れることも多いがどこか楽しさを覚えていた。
だからだろうか。
環奈は、普通ならば絶対に友人にしないような話をした。
「あのさ、優菜には夢ってある?」
「……そんなものないよ」
優菜は表情に影を落として環奈の質問に即答した。そんな優菜の様子には気がつかずに、環奈は自分の話を続けた。
「私にはあるんだ。でも、自分でも似合わないと思うし、他の子に言ったら絶対笑われるから言えなくてさ……」
「ほー、言ってみなよ。笑ってあげるから」
「……今ので一気に言う気が失せたわ」
「夢なんて笑われるくらいがちょうどいいでしょー」
「それっぽいこと言ってるけど笑う気満々じゃない!」
優菜が冗談で言っていることくらいわかっていた環奈は、そのまま自分の夢を優菜に告げた。
「私、アイドルになりたいの」
「アイ、ドル?」
真面目過ぎる印象が強い環奈にしては意外すぎる夢だったため、優菜は驚きのあまり言葉を失った。
「あんな風にキラキラして、みんなの人気者になってみたいって昔からずっと思ってたの。もちろん、今のままじゃ厳しいから、ダンスも歌も頑張ってからオーディションは受けようと思ってるんだけどさ」
楽しそうに夢を語る環奈。そんな彼女に優菜は真剣な面持ちで声をかけた。
「環奈」
「ん?」
「その夢はやめた方がいいよ」
優菜は環奈の夢を真っ向から否定した。
今まで見たことがないほど真剣な表情を浮かべる優菜に、環奈はたじろぎながらも返す。
「ど、どうして?」
「パパが前に言ってたの。すごく見所のあるアイドルがいたけど、態度が悪かったことが原因で周囲との軋轢が凄かったってね。最近もあのシバタクがアイドルやめたばっかりでしょ? だから、環奈がキレやすい性格である以上、アイドルは向いていないと思う」
それは芸能人の娘である優菜だからこその言葉だった。
笑うどころか真剣に諭してきた優菜の言葉に、環奈は意気消沈したように俯いた。
「……そっか」
「でも!」
俯いている環奈の顔を両手で挟んで無理矢理持ち上げると、優菜は環奈を真っ直ぐに見ていった。
「私といれば、煽り耐性もつくだろうし、私自身、芸能界の事情にも詳しいから、その……パパにいろいろ話を聞いてきてもいい。実力主義の世界だから優遇はできないだろうけど」
このときの優菜の言葉は環奈の思っている以上に重いものだった。何せ積極的に関わりたくない相手に、環奈のためだけに関わろうとしているのだ。
それだけ優菜にとって環奈は大きな存在となっていた。
「優菜……ありがとうね」
「にひひっ、友達だからねー」
優菜の言葉に環奈は心からの笑みを浮かべ、優菜もそんな彼女を見て心底楽しそうに笑った。
「そうだ。せっかくだからプリクラ取ろうよ!」
「そうね、私も賛成。あ、でも、今度は私もお金出すからね!」
「わかってるってー」
二人は近くにあったゲームセンターに入ると、プリクラの筐体の中に入った。
「ごめん、賛成したものの初めてなのよね。プリクラってどうすればいいの?」
「モードとかは私が選んどくよー。えっと〝ずっ友モード〟でいっか……写真撮るタイミングは音声で流れるから、普通の写真の感覚で撮ればいいよー」
「わかったわ」
慣れた手つきで優菜が操作をして、いよいよ写真を撮るタイミングがやってきた。
『はい、チーズ!』
「にひっ」
「わっ!」
写真を撮るタイミングで、優菜は環奈の腕を引き寄せてカメラに向かって笑顔と共にピースサインを浮かべた。
「もう! ビックリしたじゃない!」
「あはは……ごめんごめん」
怒る環奈に謝りながら優菜は文字などを加えたプリクラを渡した。
「いや、〝ずっ友〟って……」
「嫌?」
「ううん……嬉しいわ」
二人は出来上がったプリクラを分け合った。
優菜に至っては、自分の携帯電話に出来上がったばかりのプリクラをさっそく貼るほどに気に入っていた。
こうして優菜と環奈は友人になった。
より一層距離の近くなった二人は、毎日のように教室で話すようになっていた。
「ねえねえ、環奈! 今日部活ないよね!」
「……今日は勉強したいの」
「じゃあ、一緒に勉強しようよ!」
「勘弁してよ、もう……」
相変わらず優菜が一方的に絡んでいるのには変わりないが、その様子を見れば彼女達が前よりも仲良くなったことは一目瞭然だろう。
「何かここ最近は手越さんの方が狩生さんに絡んでるよね」
「いつの間に仲良くなったんだ、あの二人」
「いや、狩生めっちゃ迷惑そうな顔してるけど……」
「そうか? 俺には楽しそうに見えるけど」
クラスメイト達は二人のやり取りを楽しそうに見守っていた。
「チッ、何であの堅物女が優菜さんと……」
「調子乗りすぎ」
「気に入らないわね。私なんて名前で呼んでもらったこともないのに」
「環奈も結局は金持ちに擦り寄る子だったわけか」
「そりゃ一般家庭の友達よりかは金持ちの友達の方がいいわよね」
「本当、うまくやったよねあの子」
――一部の生徒を除いて。




