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Vの者!~挨拶はこんばん山月!~  作者: サニキ リオ
第二章 ~化け物集団 三期生~
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【感謝と崩壊】消せない過去

「……何か疲れちゃったから、今日はもう解散にしよっかー」


 カリューのライブが終わってからというもの、林檎の様子がどこかおかしい。

 顔面蒼白で何かを呟いたと思ったら、足早に現在いる場所から離れようとしているのだ。


「まあ、体調悪そうだし、優菜がそう言うなら……なあ?」

「うん、無理しないでね優菜ちゃん」

「あはは……ごめんねー」


 いまだ顔色の悪い林檎は、自分を心配してくれる二人に力なく笑った。


「あっ、いた!」

「っ!」


 そんなやり取りをしていると、向こうから先程聞いたばかりの声が聞こえてきた。


「はぁ、はぁ……やっぱりそうだ……手越さん、だよね?」


 慌てた様子で三人の元へと駆け寄ってきたのは、見事なライブパフォーマンスを披露していたアイドル、カリュー・カンナだった。


「……狩生さん」

「えっ、優菜ちゃんカリューと知り合いだったの!?」

「これまた意外な組み合わせだな……」


 二人の様子から林檎とカリューが知り合いだと察したレオと夢美は、驚いたように目を見開いた。

 カリューはずっと会いたかった旧友に再会できたように、笑顔を浮かべて林檎に話しかける。


「覚えててくれたんだね」

「……そりゃ人生を滅茶苦茶にした相手のことなんて忘れるわけないでしょ」


「「え?」」


 バツの悪そうな林檎の爆弾発言に、レオと夢美は凍り付く。


「で、何? 文句の一つでも言いに来たわけ?」

「まさか! まあ、確かに手越さんを恨んだこともあったけどさ……今は感謝してる」

「ほ?」


 思いがけないカリューの言葉に、林檎は呆けたような表情を浮かべて固まった。


「中学時代のあの経験があったからこそ、私は今こうして芸能界でも歯を食いしばって立っていられる。だから、一言お礼を言いたかったの」

「な、何言ってんの? 私のせいであんたはいじめられ続ける中学生活を送るはめになったんだよ!?」

「先に喧嘩を売ったのは私、でしょ?」


 カリュー――狩生環奈は林檎の中学時代のクラスメイトだった。


 当時、林檎はクラスの中でもカースト最上位のグループに所属していた。いや、正確には林檎のいるグループがカースト最上位のグループだったというべきだろう。

 芸能人の娘で自分よりも可愛くて周りにちやほやされる存在。


 そんな彼女を妬み、カリューは林檎の隙を見て嫌がらせ目的で林檎の鞄を捨てた――それが林檎の仕掛けた罠だとも知らずに。


 高額な財布や私物の入った鞄を嫌がらせ目的で捨てたことが露見したカリューは、退学処分になりそうなった。

 絶望の淵に立たされたカリューに林檎は言った「あんたが退学になるのは本意じゃないんだよねー。ま、態度次第では許してあげるよ?」と。

 それを聞いたカリューは泣きながら林檎に土下座をした。

 それから林檎の口添えもあり、カリューは退学処分を免れて出席停止処分になった。林檎の両親も林檎が自分にも非があったから許してあげて欲しいと言ったこともあり、直接謝りにきたカリューのことは既に許していた。


 だが、出席停止明けのカリューを待ち受けていたのは苛烈ないじめの日々だった。


 机には毎朝のように落書きがされ、トイレに入れば水をかけられ、ロッカーには生ごみを入れられたことだってあった。

 多くの人間は積極的に他人に悪意をぶつけることを避けるが、例外が存在する。

 それは被害者がいる場合だ。

 人間は基本的に誰かを虐げたくなる生き物だ。相手が誰かを虐げた者ならば、正義のためという大義名分のために、簡単に人を攻撃する。ネット上でくだらないことが原因で炎上騒ぎが起きるのもこういう原理である。

 カリューは中学二年生から始まったいじめを耐え抜き、何とか卒業した。

 しかし、友人だと思っていた人間達から裏切られすっかり人間不信になっていたカリューは高校生になっても友人を作ることができなくなっていた。

 一人ぼっちの高校時代を過ごしたカリューはあるとき、動画サイトで林檎が実況者として人気を博している様子を見て、憎悪の炎が燃え上がった。


 ――どうして私をこんな目に遭わせた奴が今も周りからちやほやされているの!


 中学時代、可愛い見た目から林檎のように男子から人気があったカリューはアイドルになることを夢見ていた。それを教室で口にしたら林檎に鼻で笑われたことを思い出したカリューの中に決意が芽生えた。


 ――絶対アイドルになってぎゃふんと言わせてやる!


 一念発起したカリューはアルバイトと並行しながら、オシャレもダンスも歌も死ぬ気で頑張った。

 そんなどん底から這い上がろうとする向上心が目に留まり、カリューは現在の事務所に所属し、アイドル活動を始めた。

 アイドル活動を始めてから、カリューは思うようになった。そもそも自分があんな短慮な行動をしなければ、こんなことにはならなかった――全部自分のしたことが返ってきただけではないか。

 芸能界でも少なからずいじめは存在する。そんないじめっ子達を見てカリューは思った。あの子達もいずれしっぺ返しを食らうんだろうな、と。

 かつて傲慢さが原因で引退したアイドルの話をマネージャーから聞かされていたこともあり、カリューは謙虚な心を持ちつつ、何事にも全力でぶつかっていくことが芸能界で生き残るコツだと理解し始めたのだ。

 そして、気が付けばカリューは体当たり系アイドルとしてゴールデンタイムの番組のレギュラーになるほどに成長していた。


「確かにあれから私の人生はどん底だったと思う。クラスメイトからはいじめられて、先生達は見て見ぬふりをして、あんたの高額私物を全額弁償した両親からも白い目で見られて本当につらい毎日だった……でもさ、あの経験は無駄じゃなかったって今は思ってる」


 ――やめて。


「元はといえば手越さんの鞄を捨てた私が悪いんだしさ。手を出しちゃいけない相手に攻撃すると痛い目を見るっていい教訓になったし」


 ――やめて、やめて。


「考えてみれば、私って夢叶えちゃったんだよね。あのときはいい加減な気持ちでアイドルになるなんて言ってたけどさ。結局のところ、手越さんのおかげって感じ」


 ――やめて、やめて、やめて。


「タケさんも芸能界で再会したときは優しく接してくれたんだ。正直、現場が同じになったときは終わったーって思ったけど、共演の話を聞いて真っ先に楽屋に挨拶行って改めて謝罪したら、『君も辛い思いをしたね』って言ってくれてさ。まあ、いい後ろ盾になってくれたから、ますます感謝しかないじゃん?」


 ――やめて、やめて、やめて、やめて。


「だから、もしも再会できたときは絶対言おうと思ってたんだ」


 ――やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて、やめて。


それ以上は――


「ありがとうって」


「――――あ」


 かつておもちゃ感覚で弄んだ級友の心からの感謝の言葉に、林檎の中で何かが音を立てて崩れ落ちた。


「やめてよ!」


 耐え切れなくなった林檎は取り繕うことも忘れて叫ぶ。

 周囲から何事だと視線が向くが林檎はお構いなしに捲し立てた。


「普通、そんな風には思えないでしょ!? もっと口汚く罵ったり、一発殴ったり、恨み辛みを晴らすためにいろいろな醜い感情をぶつけてくるでしょ! どうして……どうして、そんな風に思えるの!」

「て、手越さん?」

「あんたが私のことを嫌いなのは知ってた! 刺激してやれば簡単に爆発しそうで、風船みたいで面白そうって思ってた! だから短気なあんたが私の鞄に悪戯するように、わざと人のいない放課後に、あんたの部活の時間が終わるタイミングで机の上に鞄を置いたの! 財布の中身だって全部しっかり抜いてたし、値段こそ高いけど自分でもいらないなと思ったものしか入れてなかった! あんたが行動を起こして処分を受けていじめられることだってわかってた! 友達面してた奴らが掌返したようにあんたを裏切るところを見て笑ってたの! そんなゴミクズに何で感謝できるの!?」


 ああ、何を浮かれていたんだろう。

 こんな自分を受け入れてくれた友人や、マネージャー陣の好意に甘えてすっかり忘れていた。


「私はあんたに感謝されるような人間じゃない。中学のときのあんたが思ってた以上に、クズで、ゴミで、カスで、薄汚くて――救いようのない醜い人間なんだ!」


 自分はどうしようもなく救いようのないクズである、と。


 林檎は感情のままに叫ぶと、逃げるようにその場から走り去っていった。


「優菜ちゃん!?」

「由美子!」

「わかった!」


 視線だけでレオの意図を察すると、夢美は急いで林檎の後を追いかけた。


「えーと、すみません。俺は優菜の友人なんですが……」

「あっ、はじめまして。カリュー・カンナです……」


 林檎が走り去ったことで困惑しているカリューのフォローのためにレオは残った。

 おろおろとしているカリューに声をかけたその時、またもや彼らの元へと駆け寄ってくる人物がいた。


「やっと見つけた……カリューさん。急にいなくならないでください」

「あっ、三島さん。ごめんなさい……」


 眼鏡をかけた理性的なスーツスタイルの女性が困ったようにカリューへと声をかける。レオはその人物を見た瞬間、驚きのあまり声を上げた。


「三島さん!?」

「えっ、どちらさまで――まさか拓哉君!?」


 カリューのマネージャー、三島彩智(みしまさち)

 彼女は当時シャイニーズプロの社員であり、STEPの担当マネージャーだった。


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