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Vの者!~挨拶はこんばん山月!~  作者: サニキ リオ
第一章 ~バーチャル幼馴染~
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【初配信】こんばん山月は嫌だ!

「ん、隣の部屋も引っ越しか……」


 レオは配信者になるということもあり、元々住んでいたアパートを引き払い防音設備の整っているマンションへと引っ越していた。

 本来なら防音設備がしっかりした高額マンションなのだが、事務所から家賃保証が出ていたため、都内にあるのに郊外の安アパートくらいの値段で住める物件となっていた。

 レオの荷物は既に運び終わっているが、隣の部屋の〝中居〟という人物はこれから荷物を運び入れる様子だった。

 引っ越しの邪魔にならないように出かけるか。

 新たな隣人に気をつかったレオは、荷ほどきを後回しにして今日の夕飯の買い物に出かけた。

 今日と明日は引っ越し――そして初配信のために、アルバイトは休みをもらっている。

 大学時代の友人のほとんどを切り捨てたレオにとって、友人と呼べる存在は限りなくゼロに近く、新しく友人を作ろうとも思えなかった。

 結局、一人で昼食をとることにしたレオは新居の近くにある喫茶店に入ることにした。

 しかし、そこには意外な人物がいた。


「あれ、拓哉君?」

「……慎之介?」


 久しく会っていない、アイドル時代の仲間である高坂慎之介(こうさかしんのすけ)。引退後からまったく会っていないというのに、あどけなさの残る顔立ちをした彼は笑顔を浮かべてレオの元へと駆け寄ってきた。


「やっぱり拓哉君だ! 久しぶり!」

「バカ、声が大きい」

「あ、ごめん」


 拓哉に窘められ、慎之介は慌てて口を噤む。


「……目立つし、店変えるぞ」

「りょーかい!」


 自分と会えて何がそんなに嬉しいのか。

 過去を引きずる拓哉はため息をつくと、足早に歩きだした。

 次に入った店は注文が難しいことで有名なファーストフードチェーン店だった。

 会計を済ませて席に着くと、慎之介は嬉しそうにサンドイッチを頬張る。ご機嫌な慎之介とは対照的に、レオはどこか気まずさを感じながらサンドイッチを口にした。


「本当に久しぶりだね。元気だった?」

「こうして生きてるんだから元気だろうよ」


 ニコニコしながら問いかけてくる慎之介にレオは憎まれ口を叩いてしまう。ふと、レオは現役時代もこんなやり取りをしていたことを思い出した。

 当時、小学生だった慎之介はSTEPの中でも飛びぬけて何でもできるレオのことを兄のように慕っていた。

 レオも自分を慕っていつも後ろをついてくる慎之介を憎からず思っていたが、慣れ合いを良しとしないレオは常に冷たい態度をとっていた。それでも、慎之介に押し切られ、相手をするのは当時のSTEPの楽屋では日常茶飯事だった。

 懐かしい過去を思い出しセンチメンタルな気分になっていたレオは、頭を振って現在の話をすることにした。


「そっちこそ元気そうだな。今は声優やってるんだろ」

「あれ、知ってたの?」


 現在、慎之介はシャイニーズプロを退所して声優をしていた。二年前に人気漫画のアニメ作品の主人公役をしたことで、現在はテレビにも出演するほどの人気声優となっている。


「ずっと暇だったし、暇つぶしにアニメとかよく見るんだよ」


 レオはテレビこそ持っていなかったが、動画で見逃し配信は見ていた。当時は、かつての仲間が活躍していることにどこか劣等感を持っていたが、今ここでその話をするべきではないと、レオは言葉を選んだ。


「引退後会ってなかったとはいえ、どうなってたか気にはなってたからな」

「そっかー、連絡取れなくてごめんね。あ、そうだ! RINE交換しようよ!」

「……変わらないな。ほれ、QRコード」


 自然と連絡先を交換しようとする慎之介に笑顔を零すと、レオは慎之介と連絡先を交換した。

 それからレオと慎之介は他愛無い話を続けた。


「拓哉君、東急フレンドパーク出たとき凄かったよね。もうシバタク無双って感じでさ」

「メダル取るたびにドヤ顔でイキリ散らしてたけどな」

「いやいや、全部のゲームで僕が足引っ張っても、無理矢理クリアに持っていったんだからドヤ顔くらいいいでしょ」


 昔出演したテレビ番組の話をしたり、


「Mスタで歌詞忘れたときも、僕のパート一緒に歌って助けてくれたよね」

「歌が止まって放送事故なんて事態は避けたかったからな。お前、本当にライブとかでも気をつけろよ? 今度、アニサマ出るんだから」

「さすがに歌詞が飛ぶのはもうないよ! ていうか、詳しいね」


 音楽番組の話をしたり、


「田植えのやり方まだ覚えてる?」

「どうだろうな。さすがにブランクがありすぎるからな。まあでも、捨てる食材で料理作るのはいまだに得意だぞ。金ないし、やることないし、趣味と実益を兼ねてる」

「さらっと悲しいことを言わないでよ……」


 アイドルでもなかなかしないであろう経験を語り合ったりした。


「なあ、慎之介。武道館ライブはどうだった?」


 慎之介は声優になり、アーティスト活動も行っていたことで武道館ライブを行うまでに人気になっていた。


「そうだね。言葉にするのは難しいけど……〝控えめに言っても神〟って、感じかな」

「語彙力どこいった」

「あははは、語彙力なんて消し飛ぶよ。あんな体験したら」


 要領を得ない慎之介に白い目を向けるレオだったが、慎之介は笑顔を浮かべると心底楽しそうにライブのことを語った。


「ファンのみんなも僕も何もかも一つになって弾けて混ざる。そんな不思議な感覚だったよ。最後には歌も歓声もまるで、それが本来のメロディのように感じて、何もかもどうでもよくなってただひたすらに楽しかった。本当は昔の夢が叶って嬉しいはずなのに、ライブが終わったらそんなことまるっきり忘れてたよ」


 成人してもあどけなさの残る顔立ちの慎之介だったが、その瞬間だけは自分よりも大人に見えた。

 レオは残っていたサンドイッッチを口の中に放り込むと、席を立つ。


「今日は久しぶりに会えて楽しかったよ。じゃあな」


 短くそれだけ言って外に出ようとするレオの背中に慎之介は最後に声をかけた。


「拓哉君の夢も絶対叶うよ」


 かつての仲間の言葉には答えず、レオはまっすぐ自分の住むマンションへと歩きだした。


「……よし、俺も頑張るか」


 新居の片付けも終わり、ツウィッターで拡散した生配信の時間が近づいてきた。

 配信ボタンは既に押した。後はきちんと時間通りに挨拶を始めるだけだ。

 これから本当の意味で、司馬拓哉ではなく獅子島レオとしての生活が始まるのだ。


「あー、あー……聞こえてますか? みなさん、お待たせしました。はじめまして、獅子島レオと申します」


[おー、久しぶりの男性ライバーだ]

[あんまり騒がしくないな]

[獣耳としっぽってことは人外枠か?]


「本日は俺のライブ配信に来てくださりありがとうございます。まだ挨拶とか各ハッシュタグなどは未定なのですが、そこら辺はまた後日決めたいと思います」


[おk]

[了解!]

[新人とは思えないほど自然な話し方]

[キャラデザカッコいいな]


 出だしの視聴者の反応は概ね好評だ。テレビ出演で鍛えられたレオのトーク力は、錆び付いた生活を送っていた今でも健在だった。


「それでは、自己紹介に入らせていただきます。俺は昔アイドルをやっていまして、いろいろあって挫折しちゃったんですよ」


[元アイドルだと!?]

[それでしゃべり慣れてる感じがするのか]

[芸能界にいたの? それとも地下アイドル?]


 レオは自分が用意した台本通りに話すことを意識していたが、せっかくの生配信なのでコメントも積極的に拾っていくことにした。


「あ、芸能界にいました。身バレに繋がるので詳細は言えないのですが、その当時はそれなりに大きい事務所に所属していました」


 その当時はそれなりに大きい、という曖昧な表現をすることでレオは自分の所属していた事務所をぼやかした。画面の向こうでレオの配信を見ている視聴者達は、その事務所が男性アイドル最大手のアイドル事務所だとは思ってもいないだろう。


[やっぱり売れなかったの?]


「いえ、それなりに売れてはいたんですけど、当時調子に乗っていたこともあって活動内容に満足できずに、イキリ散らしていたら周りに味方がいなくなって、どんどん落ちぶれて引退したっていう、大変情けない経緯となっております、はい」


[思ったより闇が深い経歴だった]

[全然そんな雰囲気ないけど……]


「いや、本当に当時は何やってもうまくいく人生だったので、とことん調子に乗っていたんですよ」


[人生うまくいってて、アイドルとしても売れてたら調子にも乗るわな]

[やらかし先生に出てても違和感のない過去]


「まあ、そんな傲慢な態度で生きていたため、とうとうライオンになっちゃいまして……。現在は人間に戻るために謙虚な姿勢で歌配信をメインに活動していき、いつかは武道館で歌うことが夢です」


[七 つ の 大 罪]

[ライオン・シンの獅子島レオ]

[そうきたかwww]

[ライオンになっちゃいまして、というパワーワード]

[やはり貴様もにじライブか……]

[山月記みたいだな]


 コメント欄に山月記について言及するコメントがあった。諸星とのやり取りが強烈に印象着いていたレオはついそのコメントを拾ってしまった。それがいけなかった。


「山月記といえば、危うく山月李徴って名前でデビューすることになるところだったんですよ」


[待て、状況が意味不明すぎる]

[何だろう、にじライブって時点で予想できてしまう]

[奇遇だな俺もだ]


 コメント欄がざわつき始めている。無理もない、にじライブに所属しているライバーは竹取かぐやをはじめとしてぶっ飛んている人間が多いが、事務所側の人間もぶっ飛んでいると認識されているのだ。


「オーディション受かったときに、俺の生い立ちが山月記の李徴と似てるって話になったんですよ。そしたら担当の人が『では、山月李徴という名前で挨拶は『袁傪のみんなー、こんばん山月ー!』という感じでいきましょう』て言いだして……」


[草]

[こんばん山月wwwww]

[さすがにじライブ]


 諸星にされた山月記の話を披露すると、コメント欄が爆笑の渦に飲み込まれる。


「面白そうだなって思って危うく賛同するところでした」


[ちょっと揺れてて草]

[コメ欄の草の中に李徴いない?]

[↑この辺に李徴]

[むしろ、何で李徴にしなかったのか]


「いや、だって李徴にしたらみんな歌動画に低評価つけるでしょ?」


[切実な理由だった]

[臆病な自尊心と尊大な羞恥心は捨てていけ]

[ネタとしては悪くないが、芸人枠じゃないなら確かによくないかもな]

[というか、獅子島レオは本名じゃない?]


 設定に言及する発言があったからか、コメント欄には最初からロールプレイを放棄していることを心配するコメントも多々あった。

 しかし、そんなコメントを捌くことくらいレオにとって朝飯前だった。


「そうですね。この名前はライオンになってからつけてもらった名前です。本当の名前は……うーん、忘れちゃいました」


[その声は、我が友、李徴子ではないか?]


「いや、だから李徴じゃないですって!」


[流れ完璧で草]

[これは伸びる(確信)]


 それからは話した内容が悉く山月記に浸食され、配信は進んでいった。

 そんなレオの初配信も終わりに近づいてきたため、この後に配信を控えている夢美の宣伝をすることになった。


「この後の夢美ちゃんの放送もぜひ見ていってくださいね」


[きっとバ美肉した袁傪なんだろうな]

[バ美肉袁傪は草]

[バ美肉袁傪というパワーワード]


 夢美まで山月記に浸食されていることを心の中で詫びつつ、マネージャーとの打ち合わせで決まった流れを思い出す。

 二人が幼馴染であることは夢美がうっかり言ってしまうという手筈になっている。

 既に予測不能の事態に陥っているため、どうなるかは不安だったが、レオは成り行きに任せることにした。


「それでは、また次の配信でお会いしましょう。またね!」


 別れの挨拶をした瞬間、コメント欄は〝おつ山月〟で埋め尽くされた。

 レオの配信は山月記ネタで盛り上がったこともあり、初配信が終わった時点で登録者数は男性ライバーとしてはにじライブ史上今までにない数字を出していた。

 だと言うのに――


『はぁぁぁぁぁぶっ殺すぞ!? 許せねぇわ、あいつ!』

『あばばばば! 待って待って! あたしが悪かったから!』

『びゃはははは! 見たか! 我、にじライブぞ!?』


 ――初配信からわずか一週間で清楚キャラを遥か彼方に投げ捨てた夢美に完全に話題を食われることになったのであった。

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