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Vの者!~挨拶はこんばん山月!~  作者: サニキ リオ
第一章 ~バーチャル幼馴染~
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【茨木夢美】同期と幼馴染を演じることになった件

 危うく山月李徴になるところだった拓哉改め、レオはバーチャルライバー〝獅子島レオ〟のデザインが出来上がったとの連絡を受けて設定画を確認していた。


「はえー……」


 予想の遥か上をいく出来上がりに間抜けな声が漏れる。

 獅子島レオのイラストは圧巻の一言に尽きた。

 描かれていたのは黄色いパーカーを羽織った茶髪の青年。腰から生えた尻尾と頭にある獣の耳が特徴的で不敵に笑う口元からは牙が飛び出している。

 傲岸不遜、という言葉を絵に描いたような出で立ちは、アイドル時代の司馬拓哉を彷彿とさせた。


「カッケー……」


 この姿で自分は新たなスタートラインに立つのだ。そう思うと、自然と背筋が伸びた。

 設定画を確認した旨を伝えるとすぐに事務所から返信があり、デビューに関する打ち合わせをすることになった。

 三期生はデビューにあたり、合同で打ち合わせをするとのことだ。

 再びにじライブの事務所へ赴いたレオを待っていたのは、面接を担当した諸星――ではなく、眼鏡をかけた気真面目そうな青年だった。


「はじめまして、獅子島さんのマネージャーを担当させていただくことになりました飯田と申します」

「頂戴致します」


 飯田から名刺を受け取りると、レオも自己紹介をした。


「獅子島レオと申します。今後とも宜しくお願い致します。あの、諸星さんは?」

「諸星部長は多忙な方なので……先日も獅子島さんの面談だからと、スケジュールを開けたんですよ」


 諸星がこの場にいないことが気がかりだったレオだったが、部長クラスの人間がそんなに暇ではないと、飯田の言葉に納得すると同時に感謝していた。

 忙しい中、わざわざ自分のために直接面接をしてくれた。

 その事実がレオの胸を熱くした。


「本日は同期の皆さんとの打ち合わせとのことですが、同期というと、俺と同じ三期生ということですか?」

「はい、茨木夢美(いばらぎゆみ)さんと白雪林檎(しらゆきりんご)さんという方です。茨木さんは獅子島さんと同じ一般枠からの応募、白雪さんはスカウトでライバーになった方ですね」


 にじライブに所属するバーチャルライバーには二種類いる。

 ゲーム実況などを行う実況者からスカウトされて入ってきた者と、レオのように一般枠からオーディションで入った者だ。

 一期生には後者の割合が高く、二期生には前者の割合の方が高い。

 今回のオーディションでライバーデビューが決定した三期生は獅子島レオ、茨木夢美、白雪林檎の三名とのことだった。

 レオと同じように、既に茨木夢美、白雪林檎の二名もイラスト、プロフィールを固めている。

 公式サイトには既に三人のページが追加されており、そこには茶髪の獣人の青年、腰まで届く緑色の茨のようにトゲトゲした寝癖が特徴的な少女、赤髪のショートボブに茶色のメッシュが特徴的な少女が並んでいた。


 獅子島レオのページを開いてみれば、


【傲慢な態度が原因で人間関係をこじらせて引退した元アイドル。その傲慢さが原因でライオンの獣人になってしまい、元に戻るために謙虚な姿勢で一から歌配信を始めた】


 茨木夢美のページを開いてみれば、


【森の奥で暮らす女の子。魔女の呪いにより長い眠りに着いてしまったが、夢を見ている間は体を動かすことができる。いつか自分を起こしに来てくれる王子様を待っている】


 白雪林檎のページを開いてみれば、


【毎日鏡で自分の美しさを確認する自意識過剰なところがある女の子。周囲には隠しているが実は魔法が使えて自分の年齢を自由自在に操ることができる。林檎が大好物】


 という文章が書かれている。

 レオ以外の二人は童話をモチーフにしており、茨木夢美は〝眠れる森の美女〟、白雪林檎は〝白雪姫〟である。


「もう二人は既に来ているんですか?」

「茨木さんは集合の一時間前にいらしてますが、白雪さんはまだですね」


 白雪はともかく、茨木というライバーは随分真面目なんだな。

 まだ見ぬ同期へ期待していると、会議室から明るめの茶髪にパーマをかけて、フリル多めのブラウスやスカートを身に纏った女性が出てきた。


「あ、はじめましてぇ! 茨木夢美ですっ。今日はよろしくお願いしまぁす!」


 うわっ、という呻き声を慌てて飲み込む。第一声がそれではあまりにもひどい。


「はじめまして、獅子島レオです。同期だし、敬語はない方がいいかな?」

「そっかぁ。じゃ、あたしもタメ語で話すね。名前もレオ君って呼んじゃおっと」


 何年か芸能界にいたレオにはわかる。この手の声の出し方は権力者に媚を売る者特有の猫なで声だ。


「よろしくね」


 レオは湧き立つ鳥肌を抑え、アイドル活動で培われた営業スマイルを張り付けた。

 それからレオは夢美と談笑しながら会議室へと入る。あとはもう一人の同期白雪林檎を待つだけだ。


「白雪さんと連絡が取れないので、ちょっと連絡してきます」


 打ち合わせの五分前、白雪のマネージャーが慌てたように会議室を出ていく。

 初日からこの体たらくとはいい度胸してるな。レオはまだ見ぬもう一人の同期に呆れていた。


「そういえば、レオ君ってどこ出身なの?」


 三期生が全員揃わないため打ち合わせが始められず、夢美は退屈そうにレオへと話題を振った。レオも同期と親睦を深めようとしていたところだったため、夢美の質問に何気なく答えた。


「八王子の○○出身だよ」

「ヴェッ!? あたしと同じじゃん!」


 一瞬潰されたカエルのような声が聞こえる。レオはそれを捨て置き、夢美に年齢を確認することにした。


「女性に年を聞くのは失礼だけど、今何歳?」

「に、二十五歳」

「年まで同じか……」


 これは下手をすると小学校まで同じ可能性まであるぞ。

 その可能性を考慮したとき、レオは面倒事に発展しそうな空気を敏感に感じ取っていた。


「飯田さん、やはりこの二人ですよね……」

「四谷さん、私も同じことを考えていました」


 遠巻きに俺達のやり取りを見ていたマネージャー二人は不穏なことを呟き始める。


「元より、レオさんは二人のどちらかとは早いうちにコラボしていただく予定でしたし」


 不穏なやり取りの後、レオのマネージャーである飯田は笑顔を浮かべて二人にある提案をした。


「お二人には〝幼馴染〟の設定でデビューしていただきたいのです」


 その言葉を聞いた途端、レオ、夢美の両名は立ち上がって飯田の言葉を否定した。


「いやいや、無理でしょう!」

「あたしもさすがにそれは無理があるかなって……待てよ、うまくいけば楽に登録者数稼げるのでは?」


 強く否定する拓哉とは対照的に、登録者を稼げるという欲に駆られ、夢美は猫を被りきれなくなっていた。


「大丈夫ですよ。地元が同じなら共通の話題はいくらでも作れますから!」

「つい零しちゃった程度に幼馴染であることを言うだけなら、後でいくらでも言い訳は立ちますよ」


 どうしてもセット売りを押したいらしいマネージャーの熱に負け、うまくいけば話題性で売れると思った夢美の陥落は早かった。


「マネージャーさんがそこまで言うなら……ね?」

「もう、炎上しなければ何でもいいです……」


 ね? という一文字に圧力を感じたレオは渋々夢美との幼馴染設定を受け入れることにした。


「それより林檎ちゃん遅いね」

「集合時間はとっくに過ぎてるっていうのに」


 集合時間ギリギリに来るかと思いきや、大遅刻。スカウトされた人材だとは聞いていたが、よほどの大物をスカウトしたらしいとレオは心の中で独り言ちる。

 全員が困惑しながら会議室の時計を見たところ、ちょうど白雪のマネージャーが戻ってきた。


「し、白雪さんは本日体調不良で来れないそうです」


 絶対嘘だ。

 直感的にレオはずる休みの気配を敏感に感じ取った。白雪のマネージャーの表情が引き攣っているところを見るに正解のようだ。


「じゃあ、今日は二人だね」

「……ああ、そうだね」


 同期が猫かぶりの偽装幼馴染と、打ち合わせをすっぽかすサボり魔という事実に、レオはこれからのライバー生活に一抹の不安を覚えた。

 そして、その予感は悲しくも的中することになるのだった。

 結局、白雪が来なかったため、打ち合わせはレオと夢美、それぞれのマネージャーを交えて行われた。内容としては、今後の活動方針や、二人の幼馴染としての設定についてだ。

 打ち合わせが終わった後、レオは疲れ切った様子で帰路につこうとしていた。


「あっ、レオ君!」

「ああ、夢美か……」


 幼馴染という設定があるため、二人は下の名前で呼び合うように言われていた。夢美は初めから呼んでいたが。


「こ、この後、空いてる? 良かったらお茶していかない」

「はぁ……」


 どこか緊張した面持ちで夢美がレオを誘ったが、明らかに無理をしている様子の彼女にレオはため息をついた。


「別に俺の前で無理して猫被らなくてもいいよ」

「べ、別に猫なんてかぶってねぇし!」

「ほら、もう剥がれた」


 レオに指摘されて、しまった、という表情を浮かべる夢美。そんな彼女にレオは淡々と言った。


「俺、元々芸能界にいたからそういうのには敏感なんだよ」

「あー、なるほどね。てか、設定じゃなくて本当にアイドルだったんだ」


 レオの言葉に納得した夢美は素直に猫を被ることをやめた。すると、少年の声と間違えるほど低い声が聞こえてきて、レオは目を見開いた。


「……どれだけ無理して声出してたんだよ」

「別に声作るくらい慣れれば訳ないって、それでお茶するの? しないの? アァン?」


 素がバレたことで、半ばやけくそ気味に夢美はレオを睨みつけながら問いかけてくる。


「別に俺はいいけど、どうしてまた?」

「や、打ち合わせだけじゃ、あんたのこと全然わかんなかったからさ」


 夢美は幼馴染という設定を守るために、レオのことを知ろうとしていた。その真面目な姿勢にレオは素直に感心したと同時に、自分もまだまだだと反省する。


「意外と真面目なんだな」

「意外は余計じゃい!」


 話し方がフランクになったせいか、レオは夢美に対しての壁がなくなったことを感じていた。

 猫を被っていたときのような性格よりも、こういう男友達のような距離感で接してくれる方がレオとしては好感が持てた。


「身バレも怖いし、カラオケとかにしないか?」

「ま、デビュー前でもそういう意識は大事だよね。さっすが元アイドル」


 こうして二人はカラオケに行くことにした。

 一時間で部屋を取ると、二人は荷物を置いてソファーへ腰かける。


「そういえば、アイドルって言ってたけど、有名だったん?」


 ふと、思い出したように夢美が言う。


「STEPって言えばわかると思うけど」

「STEP!? えっ、超すごいじゃん! オリコン一位とか取ってたよね? 全然、誰かわからんのやが」

「……まあ、それはいいだろ」

「ふーん。ま、いいけど」


 アイドル時代の自分の話は思い出したくない。そんなレオの感情を汲んだのか、夢美はそれ以上その話題に触れてこなかった。


「どっちから歌う?」

「いきなりかよ。お互いのことを知りたいんじゃなかったのか?」

「好きな曲って結構趣味嗜好を知る上では大事だと思うけど」

「なるほど、確かにそうだな。じゃあ、俺から入れるよ」


 夢美の言うことにも一理ある、と納得したレオはさっそく自分の好きな曲を入れた。


「えっ、意外。ハニワの曲好きなん?」

「よくVの歌ってみた動画が出てくるから見てたら、いつの間にか本家にハマってたんだよ」

「わかる。気がついたら新曲追ってるよね」


 さっそく好きなアーティストが同じで二人は盛り上がる。

 そして、曲が始まりレオが歌いだすと、空気が一気に変わった。


「~~~~♪」


 夢美はレオの歌を聞いている間、まるで時間が止まったかのように感じていた。それほどにレオの歌に引き込まれていたのだ。


「~~~イェイ♪」

「お゛、お゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛……」


 レオが歌い終わると、夢美は感極まって嗚咽のような声を漏らした。


「ていうか、えっ……歌うま!? えっ、ヤバ! は? 何なん?」

「どういう感想だよ……」


 語彙力が消失した夢美にレオは反応に困っていた。褒められていることはわかるのだが、素直に喜びづらいリアクションだったのだ。


「ふぅ……じゃあ、次はあたしが歌うわ」

「どうぞどうぞ」


 マイクを持つと夢美は、レオが歌った曲と同じアーティストの曲を歌い始めた。


「~~~♪ ~~~っ♪」


 飛び抜けてうまいわけではないが、音は外していない。そんな調子で夢美は最後まで丁寧に歌い続けた。


「……どうよ?」


 さきほどのレオの歌を聞いたからか、夢美は自信なさげに聞いた。


「あざとい、だがそれがいいって感じだな」


 レオは嘘偽りなく素直な感想を零した。

 確かに夢美の歌唱力はそこまででもない。

 だが、歌い方からはその曲が好きということが十分に伝わってきたのだ。

 レオは「歌うまいでしょ?」という姿勢が伝わってくる歌い方が嫌いだったこともあり、夢美の歌い方は素直に好感が持てた。


「どういう感想だよ……」


 褒められていることがわかり、照れ臭かった夢美は先程レオに言われた言葉をそのまま返した。

 それからカラオケは大いに盛り上がり、何度も延長した結果、外はすっかり暗くなっていた。


「うわ、結構時間経ってたな。時間大丈夫か?」

「終電はまだまだ先だし大丈夫だよ」

「なんなら送っていくぞ。幼馴染だし?」


 冗談めかしてレオがそう言うと、夢美はポカンとした表情を浮かべた後、笑顔を浮かべた。


「サンキュ。でも、大丈夫。この後、ごはん買わなきゃいけないし」

「そっか。じゃあ、また今度」

「うん、また今度」


 こうしてレオと夢美はお互い帰路に着いた。

 最初こそ今後を心配していたレオだったが、少なくとも夢美に対しての心配はすっかりなくなっていた。


「レオ」


 別れ際、夢美に呼び止められてレオは足を止め、彼女の方を振り返った。


「お互い大変だろうけど、これからよろしく!」

「ああ、よろしくな」


 アイドルを引退してから退廃的な生活を送り、笑うことを忘れていたレオだったが、今日は久しぶりに自然と笑えた気がした。

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