【二日目】リフレッシュの時間
撮影した動画のチェックを入念に行い、再収録の必要がないか確認したかぐや達は改めて現地スタッフに礼を述べた。
遊園地の開園時間になったこともあり、一行は身バレに気をつけながら遊園地を楽しむことにした。
「それにしても諸星さんの私服姿初めて見ましたよ」
「まあ、普段はスーツですからね」
かぐやは遊園地で遊ぶことも見越して、スーツではなく私服を着ていた。
フリルの付いた水色のパーカーに、黒のテーパードパンツという、いつもとは違った印象を与えるかぐやにレオは新鮮さを感じていた。
肩口で切りそろえた髪も、ヘアゴムでまとめているため、普段のかぐやを知る者からすれば、今日の姿はかなりギャップがあった。外にいるということもあり、口調も穏やかな標準語で話していることもより一層かぐやのギャップに拍車をかけていた。
そんなパンツスタイルのかぐやと林檎を見たまひるは、笑顔でスカートを履いたらどうかと提案をした。
「諸星さんと手越先輩ってホントにスカート穿かないよねー。可愛いからもっと穿けばいいのに!」
「動きづらいので却下です」
「あたしは女子っぽい格好苦手なんだよねー。可愛いって思った服着ると胸のせいでダサくなるしさー」
林檎は昔から可愛いと思った服を着ても、可愛くならないことが多かった。
胸のサイズが大きいこともあり、周囲の女子から羨ましがられることも多かったが、男子の視線や似合う服や下着が限られるため、あまり長所だと思ったことはなかったのだ。
そのため、林檎は今日もパンツスタイルだった。
「でも、優菜ちゃんってパンツスタイルでも可愛いと思うけどなー。それにTシャツとホットパンツってなかなか攻めた格好じゃない?」
「ほ?」
夢美の予想外の指摘に、林檎は目を丸くして間抜けな声を零した。
「胸は言わずもがな。足も結構出してるし普通にエロいよ!」
「そこはせめてセクシーといいましょうか……」
夢美のストレートな言葉にかぐやは呆れたようにため息をついた。
「す、涼しくて動きやすいからこの格好にしたんだけど……って、潤佳! 何撮ってんの!」
「司に感想聞こうかと思って」
「それはマジでやめてー!」
喧しく騒ぎ始めた先輩後輩逆転コンビを苦笑しながら眺め、レオは夢美の服装に目を移した。
今日の夢美は白のワンピースに麦わら帽子という、いつも以上に清楚な出で立ちをしていた。
「そういう由美子は意外と清楚な服結構似合うよな」
「意外とは余計じゃい!」
「暑い日の服装としてはいいんじゃないか? まあ、似合ってるよ」
「どうして遠回しにしか褒められないんだよ! 普通に褒めてよ!」
「誰も僕の私服には触れないんだよねぇ……」
レオと夢美がいつものようなやり取りをしている横で、勝輝は和気藹々とした輪の蚊帳の外にいる気分になり項垂れていた。
「に、似合ってますよ社長! 素敵? いや、はい、素敵です!」
「綿貫さんはこう、カジュアルな感じで良いですよね!」
「優しさが辛いなぁ……」
慌ててフォローする社員二人にますます勝輝は気を落とした。
そんな勝輝の背中を力強く叩くとかぐやは笑顔を浮かべて言った。
「服装以前に少しは痩せる努力をしたらどうですか? 近年ではゲームしながら運動することも可能なのですよ。もちろん配信も」
「リングフィット配信かぁ……前向きに検討しておくよ」
「あなたが検討すると言って実行されたことは一つもないのですが?」
ジトっとした目でかぐやに睨まれたことで、勝輝は困ったような笑みを浮かべて視線を明後日の方向へとズラした。
「最初は何乗ります?」
「開園直後ですし、やっぱり人気のジェットコースター系は乗っておきたいですね」
かぐやに賛同した一行は最初に乗るアトラクションを決めた。
彼らが最初に乗ったアトラクションは、この遊園地の代名詞とも言えるジェットコースターだった。
空高く伸びるレールをゆっくりと登っていくコースター。
あまりの高さに恐怖する者、これからの爽快感に胸を躍らせる者、怖くないと自己暗示をかけている者、思い思いの表情を浮かべる者達を乗せ、コースターは一気に頂点から勢いよく加速した。
「「「「FOOOOOO!!!」」」」
「イ゛ェアアアア!?」
レオ、かぐや、まひる、勝輝は歓声を上げ、夢美は形容し難い悲鳴を上げた。林檎、飯田、亀戸は声も出ずに流れに身を任せていた。
その後もレオ達はジェットコースターを優先的に回り続けた。
「ええわけあるかぁぁぁ!」
「あばばばばばばば!?」
「落ちる角度おかしいだろぉぉぉぉぉ!」
ジェットコースターに乗るたびに夢美は種類豊富な絶叫を轟かせる。
一通りジェットコースターを堪能した後、夢美や林檎はぐったりとした様子でベンチに腰かけていた。
「おい、由美子、優菜。大丈夫か?」
「だいじょばない……」
「……死にそう」
ぐったりしている夢美と林檎は一歩も動けないといった様子で座り込んでいる。
「亀ちゃんや飯田も限界みたいですし、少し早いですがお昼にしましょう」
「……何で皆さんそんなにピンピンしているんですか」
「あはは、僕らは絶叫系大好きだからね」
「すっごく楽しかった!」
かぐや、まひる、勝輝の三人は絶叫系のアトラクションが好きということもあり、乗る前よりもはしゃいでいた。
「じゃあ、休憩がてら僕と飯田君はタバコ行ってくるよ」
「園内に喫煙所はないので、車まで行かなきゃですね」
「それじゃ、俺が昼飯買ってきますよ」
「私も行きますよ。潤佳は中居さん達を見ておいてください」
「了解!」
こうしてレオはかぐやと共に昼食を買いに行くことになった。
売店の列に並んでいる途中、レオはふと気になったことをかぐやへ尋ねた。
「諸星さんは以前も遊園地に行ったことがあるんですか?」
「ええ、幼い頃は大阪にいたのでUSJにはたまに両親に連れて行ってもらいました」
「大人になってからは行ってないんですか?」
「一度だけ、同期の二人と一緒に行ったことはありますよ」
同期、という言葉を聞いたレオは表情を強張らせた。
「そんなに身構えないでください。内海さんのことなら大丈夫ですから」
「そう言われても……」
「まあ、普通は気を使いますよね。あの頃ほどではありませんが、今でも一緒に集まるくらいの仲には戻れましたから本当に気を使わなくて大丈夫ですよ」
あなた達のおかげで、という言葉を飲み込むと、かぐやは心からの笑顔を浮かべた。
「あなた達が手越さんを連れ戻したとき、私は救われた気持ちになったんです」
かぐやは独り言のようにポツリと呟く。
「また救えなかった。全力でサポートするなんて息巻いている癖に、結局自分は無力だ。そんな風に打ちのめされていた私をあなた達が救ってくれたんです」
「諸星さん……」
「内海さんも言っていましたよ。『問題児だらけだけど、あの子達のおかげで救われた』とね」
林檎が卒業したとき、真っ先に彼女の心配をしたのは内海だった。
かつてライバー活動をしていく上で打ちのめされて引退した竜宮乙姫。
次の目標があって前向きに引退するわけではないライバーの引退後の精神状態は、決して良いものではない。
かぐやも内海がライバーを引退した直後は会社を休職せざるを得ないほどに、精神的に追い詰められていたことを理解していたため、林檎の一件では心を痛めていたのだ。
そんな中、レオと夢美、そして亀戸は最後まで諦めずに林檎を救うために全力を尽くし、見事林檎を救いだした。
それがかぐやと内海にとってどれだけ救いになったかは言うまでもないことだろう。
「その、内海さんは復帰しないんですか?」
「無理、でしょうね。思ったよりもあの人が受けた傷は根が深いですから」
「やっぱり、あの件が原因ですよね……」
「ええ、その通りです」
デビュー前、まひるくらいしか配信を見ていなかった夢美は知らないが、レオは箱推しだったため、にじライブで起きた出来事は大体把握していた。
過去に起きた炎上騒動。
それが竜宮乙姫の引退の引き金になったのである。
「たとえ誤解が解けて周囲が優しく迎え入れようとしていても、多くの悪意に晒された経験は一歩踏み出す勇気をかき消してしまう。あの件以来うちでは採用条件をより一層厳しくしましたから」
「はえー、それを突破した一般枠の由美子って凄いですね……」
「何自分を棚に上げてるんですか。司馬さんの応募を見た窓口担当の子、イスから転げ落ちたんですからね?」
能天気なことを言っているレオを、かぐやは呆れたように睨んだ。
「……そんなに驚きました?」
「その日の内に役員会議になった、と言えばどれだけの騒ぎになったかわかりますよね?」
「あ、あはは……何かすみません」
レオがにじライブへ応募してきた際、当然社内は騒然となった。
元トップアイドルのシバタクが応募してきたのだ。当然である。
「でも、今はあなたが応募してきてくれて心から良かったと思っていますよ」
「俺もあのとき応募して良かったと思いますよ」
レオとかぐやは笑い合うと、売店で食事を購入してベンチで休んでいる夢美達の元へと持っていった。
昼食をとり終えると、レオ達は次に行くアトラクションを決めていた。
「次は絶叫系が無理な人でも楽しめそうなアトラクションにしましょう」
「そうですね。まだ暑いですし、こことかいいんじゃないですか?」
パンフレットの地図を眺めながらレオが指差したのは、円形のボードに乗って水流の中を下っていくアトラクションだ。
絶叫系という程でもなく、暑い中涼むことができるアトラクションということもあり、夢美も林檎もレオの意見に賛同した。
アトラクションのある場所に到着すると、待機列の前にポンチョが販売されていた。
「結構濡れるみたいだしポンチョは買っておいた方が良さそうだな」
「そうだね。あたしも濡れるのは嫌だし」
全員がポンチョを購入してアトラクションへと乗り込む。
このアトラクションは最大四人までのため、レオ、夢美、林檎、亀戸の四人と、かぐや、まひる、勝輝、飯田の四人に分かれてアトラクションに乗ることになった。
最初に巻き上げ型のコンベアーのようなもので上昇すると、そこからはラフティングのように円形の乗り物が水流を下り始めた。
「おー! これ気持ち良いな!」
「動かないで体験出来る川下りみたいでいいねー!」
「水飛沫のおかげで程良く涼しいですね!」
「待って! ポンチョ逆に着てた! うぷっ! フードが顔に張り付くんだけど!」
レオ、林檎、亀戸が歓声を上げる中、ポンチョを逆に着用してしまった夢美は顔に張り付くビニール製のフードと悪戦苦闘していた。
「くそっ、破くしかないか……!」
息苦しさを解消するため、夢美は力づくでポンチョを引き千切る。
そして、運悪く彼女がポンチョを引き千切ったタイミングで大きな水飛沫が上がった。
「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」
「……由美子、大丈夫か?」
「だいじょばない……」
頭から水を被って全身びしょ濡れになった夢美は、泣きそうな顔で力なく項垂れた。
アトラクションが終了して乗物から降りた瞬間、レオは夢美に上着を着せて直ぐに人気のない場所まで連れて行った。
「ちょ、急にどうしたの?」
「お前、白のワンピースで頭から水を被ったらどうなるかわかるだろ……」
レオは夢美から視線を外し、言いにくそうに告げる。
夢美はレオの指摘を受けて自分の姿を見下ろして、自分の現状に気がついた。
「その……ありがと」
「このくらい気にするな」
自分のためなんだから、と心の中で独り言ちると、レオは着替えを用意してくれる林檎の到着を待った。
レオが迅速に夢美に上着を着せて人気のない場所に連れてきたのは、あられもない姿になった夢美を他の男性に見られたくなかったからだった。
「まったく、どうして由美子は何かとアンラッキースケベな状態になるんだよ」
「はぁ!? 拓哉がラッキースケベ体質なだけじゃないの!?」
「俺は由美子以外でラッキースケベなことは起きたことないっての!」
「絶対拓哉のせいだ! だって、あんたほど主人公っぽい男はこの世にいないもん!」
「いや、理不尽!」
それからレオと夢美の口喧嘩は、林檎が着替えを持って到着し、「てぇてぇ……」と胸を抑えてその場にしゃがみ込むまで続くのであった。
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一応期間は五月末くらいを想定しておりますが、票が集まらない可能性もあるので、様子を見て変えようと思います。
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