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Vの者!~挨拶はこんばん山月!~  作者: サニキ リオ
第三章 ~バーチャルとリアルのはざまで~
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【サシ飲み】踏み出すきっかけをくれた友人

「よう、久しぶりだな」

「お前から誘ってくれるなんて珍しいな」

「ま、ちょっとな」


 レオは園山に誘われて以前勤めていた居酒屋にやってきていた。

 園山はちょうど仕事が終わったところで、バンダナやエプロンを外しながらレオの待つ個室に入ってきた。


「こうして二人で飲むのはいつ以来だろうな」

「年末年始以来じゃないか?」

「あー、スピリタス飲み過ぎて吐きまくってたときか」

「あれは最悪な年越しだったわ」

「というか、俺達二人で飲むと最後はゲロまみれになるよな……」

「気がついたら園山がバカみたいに酒頼むからだろ」

「飲まなきゃやってらんないことが多かったんだよ。悪いか」

「それで何回店長に怒られたと思ってるんだよ」

「お前だってノリノリだっただろうが」

「ま、それは否定しないよ」


 レオと園山は笑い合いながら当時の思い出話を語り合う。

 レオがこの居酒屋でアルバイトを始めたのは二十歳のときだった。園山はレオよりも少しだけ早くこの居酒屋に勤めていた。

 五年以上共に働いていたこともあり、レオにとって友人と言われて真っ先に思い浮かぶのは園山だった。

 そんな園山と共に過ごした日々はレオの人生にとってもかけがえのないものだった。

 レオが思い出に浸っている中、園山は迷うような素振りを見せたあと、躊躇いがちにレオに尋ねた。


「……大丈夫なのか?」

「何がだよ」

「ここ最近バタバタしてるんじゃないかと思ってな」

「ああ、そのことか」


 レオは園山が何を気にしているのか察した。

 自分がライバーであり、元アイドルだということは園山には伝えていた。

 親しい友人から伝えられた衝撃の事実に、園山は全くと言っていいほど動揺しなかった。

 何故なら、園山はとうの昔にレオがシバタクだということも、獅子島レオだということも把握していたのだ。

 レオが自分から打ち明けてこない限り自分からその話題を振るつもりがなかっただけなのだ。


「もう一通り落ち着いたよ。心強い大物が味方になってくれてるからな」

「悪いな、特に協力らしい協力もできなくて」

「気にしないでくれ。俺はとっくの昔にお前に救われてるから」

「はぁ?」


 レオの言葉に園山は怪訝な表情を浮かべる。そんな園山を見て、レオは誤魔化すように話題を変えた。


「そういえば、宇多田とはどうなんだ?」

「おまっ、何でそれを……!」


 以前と違い、園山はレオの指摘に激しく狼狽した。和音と何かがあったのは明らかだった。


「うちの幼馴染経由でいろいろと情報は入ってくるからな」

「恐ろしい情報源だなそりゃ……」


 レオの言葉に観念したようにため息をつくと、園山は和音とのことを語り出した。


「この前、執筆活動の糧にするために取材目的で金沢に旅行に行ったんだよ。そんでたまたま泊まった旅館が奈美さんの実家だったんだよ」

「あー、宇多田の実家って金沢だもんな」


 朝月李時代、和音は子役になった理由を実家の温泉旅館の宣伝のためと言っていた。

 彼女の実家である金沢の温泉旅館はいまだに健在であり、たまたま園山はその温泉旅館に宿泊する予定だったのだ。


「まあ、そのいろいろあって……告白された」

「けほっ、けほっ……! マジで?」


 何があったかは濁したが、園山は言いづらそうに和音から想いを告げられたことを口にした。


「マジだよ……正直、何で俺なんかにって思ってる。確かに奈美さんは可愛いし、好かれていると知って悪い気はしない。でも、俺なんかじゃ釣り合わないって思っちまうんだ」


 園山は表情に影を落として自嘲するように呟く。

 諦めかけていた夢を追い始めたと聞けば聞こえはいいが、園山はフリーターで小説家を目指しているという自分の現状を誇れるものだとは思っていなかった。

 それに対して和音は元売れっ子子役で実家が立派な温泉旅館、現在は登録者数40万人を超えるVtuberだ。

 園山は自分の現状と和音の現状を比べて、自分が彼女から好意を寄せられるような人間だとは思っていなかったのだ。


「あんな可愛い子に告白されたら飛びつくようにオッケーすると思ってたんだけどな」


 自分でも戸惑っているように、園山は苦笑する。


「真剣に考えたいからって返事は保留にさせてもらったんだ。情けないよな、女の子に告白されて返事も碌にできないなんて……」

「そんなことはないだろ」

「あるんだよ。やっぱり、こんな何やってもダメなド陰キャのフリーターなんてあの子には相応しくないのかもな」


 自己評価の低さから、和音の好意を受け止められないでいる園山の心は折れかけていた。


「園山、お前はすごい奴だよ」

「な、何だよ藪から棒に」


 しかし、レオは真っ向から園山の自己評価を否定した。


「お前は芸能界の闇に呑まれた人間を二人も救ってるんだぞ」


 不敵に笑うと、レオは園山に問いかける。


「宇多田の過去は知ってるだろ?」

「……ああ、本人からも妹さんからも聞いたよ」

「なら、宇多田が人を簡単に信用しないことくらい理解できるだろ」

「まあ、な」


 和音は事務所と母親に裏切られたことにより人間不信に陥った。

 イルカなどの心を開ける人間や、レオ達カラオケ組との交流によって最近では改善しているものの、彼女が人を好きになるということはなかなかに難しいことだった。


「俺だってそうだ。芸能界を干されて自分も周りもどうでもいいと思ってた。でもさ、お前まだ仲良くもなかったときに俺が留年して学費を払えなくなったとき、何も言わずに十万貸してくれただろ? こんな風に迷わず人を助けられるような奴は信頼できる。そう思ったんだ」


 レオは大学を留年したとき、両親からの仕送りを打ち切られて実家に帰ってくるように言われていたのだ。

 アイドル時代の貯金は両親が管理しており、大学を辞めて実家に帰り地元で就職するという手もあった。元々司馬家は裕福な家庭だ。レオのアイドル時代の貯金も合わせれば、最悪ちょっとしたバイトだけでも、そのままのんびりと暮らせただろう。

 だが、当時のレオはその選択肢だけはとれなかった。故に、必死に周囲から金を借りる必要があったのだ。


「別に司馬が金を返さないような人間じゃないことはわかってたし、一月食費とか諸々切り詰めて生活すればいいだけの話だから貸しただけだろ」

「普通は生活を切り詰めてまで、ただの同僚を助けたりはしないんだよ」


 さも当然と言った様子で首を傾げる園山に、レオはどこか呆れた様子で苦笑した。


「趣味も合ったのもでかいけどさ、お前みたいな良い奴が近くにいるってだけでも救いになったんだ」

「そんなことで、か?」

「そんなことでだよ。特に俺や宇多田みたいなタイプにはな」


 和音は酔っ払いに絡まれているところを園山に助けてもらったと言っていた。

 園山が躊躇いもせずに、酔っ払いと和音の間に割って入っていくことは容易に想像できた。


「誰かのために躊躇いもせずに手を伸ばせる人間って案外少ないんだぞ? それが自分に余裕があるような人間じゃないのなら尚更だ」


 園山は余裕があるときだけ困っている人間に手を伸ばそうとは考えていた。

 実際、彼は自分を犠牲にしてまで赤の他人を助けたいなどとは微塵も考えていなかった。

 レオを助けたのは、今後の人生を左右されかねない状況で困っている人間が、バイト先の同僚だったから。

 和音を助けたのは、たまたま見かけた酔っ払いに絡まれている女性が、レオの知り合いだったからだ。

 少しでも関りを持った人間を見殺しにするのは寝覚めが悪い。自分が少しだけ我慢することで、救うことができるのならば躊躇う理由はない。園山にとってレオや和音を救う理由はそれだけだった。

 だが、園山が軽い気持ちで伸ばした手を掴んだことでレオは救われたのだ。


「誇れよ園山。お前はダメな奴なんかじゃない。元トップアイドルで今話題のライバーである俺が保証してやる」

「……まったく、そんな傲慢な態度だとまたライオンになるぞ」

「ま、今じゃそれも悪くないと思ってるよ。特に3Dだとな」


 照れたような園山の言葉に、レオは心底楽しそうに笑った。


「ま、今日はほどほどに飲んで解散しよう」

「そうだな。たまにはこういうのも悪くないな」


 そう言って笑い合うと、レオと園山は店員を呼んで酒を注文した。


「「すみません、スピリタス持ってきてください!」」


「……あんたらは何で毎回学習しないの?」


 彼らの飲み会が綺麗なまま終わらなかったことは言うまでもないことだろう。


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