【焼肉】三期生関係者お疲れ様会
夢美の3D化配信から数日が経った。
最後まで盛り上がり続けた夢美の3D化配信は、同時接続数八万人を超え、スーパーチャット総額は400万円を超えた。
「「「「「「乾杯!」」」」」」
「かぁ――! スパチャで飲む酒はうめえ!」
「まだ口座に振り込まれてないだろ」
「こういうのは気分だっての」
レオ達三期生並びにマネージャー陣は、焼肉店の個室で三期生のお疲れ様会を開いていた。
デビューから早四ヶ月半。既に有名企業Vtuberとなった三人は破竹の勢いで活躍している。
ひとまずは無事夢美の3D化配信が終わったことで、一息ついた六人は以前レオと夢美が言っていた約束のために焼肉を食べにきていたのだ。
つまり、今日はレオと夢美の奢りである。
仕事の話もしたかったため、防音のしっかりした個室の焼肉屋を選択したこともあり、マネージャー陣のテンションもうなぎ登りである。
いくら同世代の人間よりも高い給料をもらっているとはいえ、高級焼肉店に来れる機会はなかなかない。
それに加えて担当ライバーからの奢りとなれば、喜ばないわけがなかった。
「あ、飯田さん肉焼きますよ」
「ありがとうございます!」
「それじゃ、よっちんのはあたしが焼くね」
「だ、大丈夫?」
「焼いたり、取り分けたりするのは前の会社で慣れてるから大丈夫だよ!」
「亀ちゃん肉焼いてー」
「たぶん焦がしちゃいますよ?」
「最初から諦めんなよー……」
「あー……二人の分も俺が焼くよ」
「サンキュー」
「す、すみません司馬さん……」
レオは当然のことながら、夢美も肉を焼くのは慣れていた。前職の飲み会などでは積極的に動いていたこともあり、こういう場面で夢美は率先して動く癖があったのだ。
そんな二人とは対照的に、林檎と亀戸はこの手のことに関してはからっきしだった。
基本周囲が全部やってくれた林檎と亀戸は自分で肉を焼いたり、取り分けたりということが苦手だった。
林檎に至ってはピアノを弾くための指を守るため、料理など一切したことがないこともあるのだが。
レオや夢美が焼いた肉を口に入れた飯田と四谷は、蕩けたような笑顔を浮かべる。
「いままで食べたどの焼肉よりもおいしい……!」
「この二人が焼いた肉を食べれるなんてマネージャー冥利に尽きる……!」
「そんな大袈裟な……」
「あ、うまっ!?」
レオはそんな飯田と四谷に呆れ、夢美は口に入れた焼肉のおいしさに目を見開いていた。
「ま、高級焼肉店だしねー」
「普通においしいですね!」
お嬢様育ちの林檎と亀戸は特にはしゃぐことなく、黙々と焼肉を堪能していた。
一通り焼肉を堪能した一同は、酒を飲みながら四谷の担当している〝にじライブEnglish〟について話し始めた。
「そういえば、海外ライバーの子って日本に来てるんですか?」
「あれ、会わなかったんですか。3D化配信のときにスタジオに来てましたよ」
「えっ、会ってみたかったな」
「私は会ったよー。めっちゃ可愛かったよー」
「えー、優菜ちゃんいいなー」
夢美は林檎だけがミコと話していたと知り、拗ねたように頬を膨らませた。
「手続きとかいろいろあるみたいだったし、忙しい合間を縫って見にきたみたいだよ。一番好きなのは由美子だってさ」
「えっ、マジ!?」
ミコは夢美のファンだった。海外では夢美の配信はリアクションがわかりやすいため、好評だった。
元々日本の漫画やアニメが好きなミコがVtuberという文化にハマるまで時間はかからなかった。
「……話の腰を折って悪いんだが、もしかして優菜って英語話せるのか?」
「まあ、普通かなー」
「いや、普通って……」
当たり前のように英語を話せることを認める林檎に、レオはゲンナリとした表情を浮かべた。
「俺も勉強しなきゃな……」
「あれ、司馬さんって英語ダメなんですか?」
アイドル時代に海外ライブもしていたはずの拓哉が英語が苦手という事実を知り、飯田は驚いたように尋ねる。
それに対してレオはバツが悪い表情を浮かべて答えた。
「歌ならいけるんですけど、会話はちょっと厳しいですね。何ていうか、アイドル辞めてからは自堕落な毎日を送っていたので、昔のそういう勉強貯金は底をついていまして……」
「ま、言語は使わないと錆び付くよねー」
「あたしは元々しゃべれないから大丈夫だって!」
「大丈夫な要素がどこにもないが?」
三期生の中で英語を話せるのは林檎だけだった。仮にミコがデビューしたとしても、レオと夢美は絡むのは厳しいとマネージャー陣は感じていた。
そんな英語が苦手な二人に対して、四谷は安心させるように言った。
「もしケイティさんに会うときは私もいるのでご安心ください」
「「実家のような安心感だ……」」
四谷の言葉に、レオと夢美は安堵のため息をついた。マルチリンガルの四谷がいるのならば百人力である。
ふと、そこで夢美は頭に過ぎった疑問を口にした。
「そういえば、そのケイティちゃんは何で日本に?」
海外ライバーとなれば、海外からデビューするものだと思っていた夢美は、日本に来ているという話を聞いて驚いていた。それはレオと林檎も例外ではなく、夢美に言葉に同意するように頷いていた。
「ちょうど日本の大学に留学してくる子が応募してくれたんですよ。こちらとしても日本にいる方がサポートはしやすいですし、いいかなって」
「海外から応募した人はかわいそうだったけどね」
「まあ、うちも企業ですからそこは仕方ないですよ」
ミコは大学の後期から留学してくる予定だった。
そのため四谷との綿密な打ち合わせの下、八月中に来日して準備を整えていたのだ。
「配信機材の買い出しとかも手伝ってて凄かったよね」
「飯田君が機材関係は詳しかったから助かったよ。私はそこら辺最低限の知識しかないからさ」
「飯田さんは、その辺私達の中じゃ一番ですもんね」
「いや、それほどでも……」
四谷と亀戸に褒められたことで、飯田は照れたように謙遜した。
「……よっちんも大変なんだね」
「ううん、全然! 夢美ちゃんのサポートも全力でしていくから心配しなくても大丈夫だよ」
四谷が改めて多忙であることを理解した夢美は、少しずつでも生活態度を改めることを心に誓った。手始めに夢美は今日帰宅したらきちんと生活サポートアプリ〝ライバーライフ〟に正確な情報を入力することを決めた。
「あっ、あと司馬さんの隣の部屋が空いていたのでおすすめしておきました!」
「「あんたの仕業か!」」
レオと夢美は四谷の言葉で、隣に越してきた金髪碧眼の美少女がミコであることを理解した。
「まさかあの子が噂の海外ライバーとはなぁ……」
「確かにめっちゃ可愛かった……」
レオは感慨深そうに、夢美は今にも涎を零しそうなほどだらしない表情を浮かべた。
それから、話題は月末にあるレオの3D化配信へと移っていった。
「そういえば、司馬さんは音楽ライブをやるんですよね」
「ええ、やっぱり俺の原点と言ったら歌なので」
亀戸の質問に対して、レオは楽しさが隠しきれないと言った表情を浮かべて答える。
「でも、大丈夫なんですか? 高坂さんからは連絡がありましたが、他の二人とはまだ顔を合わせていないとか……」
「うっ……それはその」
飯田の指摘にレオは言葉を詰まらせる。
レオはどうしても自分のライブを担当して欲しいグループがいた。それは慎之介が声優業の傍らに行っているバンド活動のメンバー――つまりSTEPの元メンバーだった。
高坂慎之介、村雲良樹、若穂囲三郎の三人で組んだバンドグループ―〝Triangle〟。彼らがレオ、いや司馬拓哉を除いたSTEPの元メンバーで構成されていることは有名だ。
レオは慎之介を通じて〝Triangle〟へと自身のライブへの出演を依頼していた。
当然、その前にレオは自分がVtuberであることも明かしていた。
慎之介はその事実に驚きはしたものの、喜んで引き受けた。他の二人はあくまで仕事としてであるが。
「高坂君達もよく引き受けたよね」
「えっ、元STEPのメンバーに頼むつもりだったの?」
事情を知っている夢美の言葉に林檎が驚いたように声をあげる。
当然である。STEPはメンバー同士が不仲であるというのが、世間の一般的な認識だからだ。
「俺のVとしての再スタートにはあいつらにいて欲しいんだ。今まで放っておいて都合のいい話だけどな」
そこで言葉を区切るとレオは決意を込めた表情で言った。
「明後日あいつらのライブで控え室に挨拶に行く。いい加減ケジメはつけないといけないからな」
「まあ、依頼の時点で顔合わせしろって話だけどねー」
「あたし達に同行頼む時点で李徴ってるんだよなぁ」
「うぐっ……」
同期二人に容赦ない言葉をかけられたレオは、そのまま不貞腐れたように焼肉にありつくのであった。




