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Vの者!~挨拶はこんばん山月!~  作者: サニキ リオ
第三章 ~バーチャルとリアルのはざまで~
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【中居由美子】あたしの気持ち

 静香に先に行くように言われ、神社の鳥居で何もせずに佇む。

 こういうときこそスマートフォンが欲しいと思うレオだったが、夢美のことを考えていると、時間はあっという間に過ぎていった。

 楽しかった思い出のほとんどに夢美がいる。

 レオにとって夢美の存在はそれほどに大きなものになっていた。

 流れていく人込みを見つめていると、待ち焦がれた人物を見つける。

 人込みでごった返している中でも、レオには夢美の場所がすぐにわかった。

 レオが見つかりやすいように手を挙げると、夢美はそれを目印にレオの元へと駆け寄ってくる。


「ごめん、待った!?」


 夢美は白地に花柄の浴衣を着て、髪を団子状にまとめていた。

 予想を超える想い人の可憐な姿に見惚れながらも、レオは夢美へと言葉を返した。


「待ったというより、待ち遠しかったな」

「……そういうのやめてよ。何か、こう、感情がぐちゃぐちゃになる」

「おっ、効いてる効いてる」

「レスバに勝ったときの林檎ちゃんみたいなのやめろ」


「「ぷっ……はははっ!」」


「浴衣似合ってるな」

「ありがと」


 一通りいつものように軽口を叩き合うと、レオと夢美はお互いに笑い合った。


「結構人いるな。手でも繋ぐか?」


 この提案に、特に他意はなかった。

 純粋に人込みではぐれることを危惧して、レオはこの提案をしたのだ。

 それに対して夢美は目を泳がせると、別の提案をした。


「あー……腕組む方でお願いしてもいい?」

「はえ?」


 何故かよりハードルの高い提案をされたことにより、レオは間抜けな声を零した。


「ほら、暑いし、その、ね?」

「あー、そういうことか。了解」


 季節は真夏。

 人混みということもあり、蒸し暑さは普段以上である。

 夢美は手汗を気にしていたのだ。

 それを察したレオは笑顔を浮かべ、腕を組みやすいように夢美の方へ差し出した。


「お、お邪魔します……」


 夢美は顔を赤くして躊躇いがちにレオの腕に自分の腕を絡めた。

 それから出店を巡りながら、レオは懐かしそうに辺りを見回した。


「懐かしいな……屋台のひもくじとか意地になって引いてたっけ」

「あたしは祭りとか行かなかったからよくわかんないなー。あれって当たりはあるの?」

「法的にはアウトらしいが、入ってないことの方が多いらしいぞ。まあ、こういうのはやらない方が賢い選択だな」

「お祭り気分を味わうなら、射的とかの方がいいもんね」

「おっ、噂をすればちょうど射的の屋台があるぞ。やってくか?」

「いいね! やるやる!」


 レオの提案に笑顔を浮かべた夢美は、颯爽と射的を始めることにした。

 だが、夢美は不器用だったこともあり、なかなか的をうまく射ることができずにいた。


「ねえぇぇぇ! 何で倒れないの! 当たったじゃん!」

「おい、外で騒ぐなって。倒れないのは打ちどころが悪いからじゃないのか?」

「じゃあ拓哉がやってよ! あ、景品はプニキのぬいぐるみで!」

「はいはい……てか、プニキ言うな」


 料金を支払ってコルク弾を受け取ったレオは身を乗り出し、クマのキャラクターのぬいぐるみに向かって弾を放つ。

 何発か撃って位置をズラすと、レオは本命の一撃をぬいぐるみへと放つ。

 すると、夢美がリクエストしたぬいぐるみはいともたやすく落下した。


「すご!」

「アイドル時代に射的の耐久企画やらされたことがあってな……」


 レオは態度のせいで人気が落ち始めていた頃、無茶な企画の一つで縁日の射的で目玉商品を落とすまで終われないという地獄の企画をやったことがあった。

 縁日以外のときは、スタッフが用意した射的セットで自主練習をさせられたりと、レオの中でもアイドル時代のトラウマ上位に入る企画だった。

 そんな苦い思い出ではあったが、レオはその経験が今に活かせることに気が付いた。


「3D化したら企画でやるのもありか」

「てか、バーチャル縁日とか良さそうだよね」

「まあ、今年中に出来るかは怪しいところだけど、飯田さん達に相談してみるか」


 辛い過去も糧として受け止めれば今に活かせる。

 レオと夢美は過去を乗り越えて現在を全力で楽しんでいた。

 それから、レオと夢美は空白の時間を埋めるように、金魚すくいやヨーヨー釣りなど、お祭りの定番の遊びに夢中になった。

 ひとしきり遊び終えた二人は、かき氷を食べながら一息ついていた。


「――痛ぅっ、キーンってする……」

「急いで食べるからだよ……そういうときはかき氷の器を額につけるといいらしいぞ」

「……あ、ホントだ」


 レオに言われた通り額にかき氷の器を当てると、冷たいものを食べて急に来るアイスクリーム頭痛が治まる。

 改めて自分の食べていたかき氷を見ていると、夢美はかき氷の味についてレオに尋ねた。


「そういえば、かき氷って全部同じ味なんだっけ?」

「ああ、色と香りの影響が大きいらしいな。由美子はいちご味だっけか?」

「うん、ほら」


 夢美はレオに向かって、いちごシロップで赤くなった舌を見せた。

 そんな可愛らしくも、どこか色っぽい夢美の仕草にレオは激しく狼狽した。


「っ!?」

「ん? どうしたの?」

「いや、何でもない……」


 レオは赤くなった表情をごまかすようにそっぽを向いた。

 何せ普段が普段である。

 興奮すれば猿のように喚いたりしているのに、ふとした瞬間に急に女の子らしい可愛らしい部分が顔を出す。

 そんな夢美のギャップにレオの心は鷲掴みにされているのであった。

 レオの内心など露知らず、夢美はレオの食べているかき氷の味の方へと話題を移した。


「てか、レオのそれってレモン味?」

「ああ、俺のは果汁入りだから、マジのレモン味だ」

「うへぇ、何か酸っぱそう」

「結構うまいんだけどなぁ」


 かき氷を食べ終えた二人はまた周囲を散策し始めた。

 すると、レオは前の方から広がって歩いてきた浴衣の女性達と肩がぶつかってしまった。


「ああ、すみません」

「いえ、こちらこそ――って、もしかして司馬じゃない!?」

「えっ、そうですけど?」


 夢美はレオとぶつかった女性達の反応から、小学校のときの同級生だと理解し、即座にレオの背後に隠れた。


「うわー超久しぶりじゃない!?」

「あー、三桜小のときのな! みんな久しぶり!」


「「「久しぶり!」」」


 レオは心の中で冷や汗をかいていた。

 ヤバイ、誰一人として思い出せない。

 人の顔と名前を覚えることが得意なレオですら思い出せないほど、影の薄かったであろう女子達。彼女達はレオの様子などお構いなしにぐいぐいと話題を振ってきた。


「やー、アイドルやめちゃってからどうしてたのかと思ってたよ!」

「今は何の仕事してるの!?」

「今も実家に住んでるの!?」

「今は港区に住んでるよ。今回はお盆で帰省したんだ。仕事は一応、音楽関係ってとこかな」


 矢継ぎ早に来る質問に対して、レオは何とかライバーであることを濁しながら答えた。


「「「わー、すっごい!」」」


 レオの言葉を聞いた女子三人は黄色い声を上げた。

 アイドル時代以来、こんな風に女性に持て囃されることはなかったため、何とも微妙な気分になっていた。レオとしてはこういう風に女性に持て囃されることは昔の自分を思い起こされるため苦手だった。


「そうそう、真礼ちゃんって覚えてる?」

「布施のことか?」


 つい昨日会ったばかりの真礼の話題を振られ、レオは目を瞬かせた。


「そうそう! あの子、昔はあんなに可愛かったのに、今じゃ激太りしててさー!」

「あれウケるよね!」

「昔は司馬と真礼ちゃんのツートップって感じだったけど、もう見る影もないって感じよね!」


 真礼をバカにするように下品に笑う女子達を見て、レオは不快感に顔を顰める。


「なあ、そういうの――」

「あんたらが真礼の何を知ってるの」


 レオが女子達に苦言を呈しようとしたとき、背後に隠れていた夢美が飛び出してきた。


「「「えっと……誰?」」」


「はっ、加害者はすぐ忘れるもんね。森由美子、覚えてない?」


「「「森!?」」」


 名乗った由美子に女子三人は目を見開いて驚きの声を上げる。

 過去の薄気味悪さなど微塵も見当たらない浴衣美人。

 頭の天辺からつま先まで綺麗な女性となった夢美の姿に、女子三人は絶句していた。


「あんた達みたいな女子がいたから真礼が苦しむことに――むぐっ!?」

「わ、悪い! 俺達もう行くから!」

「ちょっと拓哉! こいつらに一言――」

「いいから! 構ってるだけ時間の無駄だ。行くぞ由美子」


 強引に夢美の手を引くと、レオは足早にその場を去ることにした。

 そんな仲睦まじく去っていく二人の後ろ姿を見て、女子三人は茫然とした様子で呟いた。


「「「あの森が……あんなに可愛く……負けた……」」」


 いつも喧しい三人がこの日以来、少しだけ大人しくなったというのはまた別の話である。

 人混みを抜けて開けた場所に到着すると、レオはため息をついて夢美に言い聞かせるように言った。


「由美子、あんなのに構うな。お前のレベルまで下がるぞ」

「……それでも、何かムカついたの」

「俺もお前も今まで布施のことには気づけなかった。昨日の今日で偉そうなことは言えないだろ?」

「そう、だけどさ」


 自分にも責任の一端があったとはいえ、真礼のことを悪く言われるのは無性に腹が立った。夢美はレオの言うことも理解しつつ、どこかモヤっとした感情を抱えていた。


「ま、言わせたい奴には言わせておけ。俺も由美子も布施が凄い奴だってことは理解してるだろ? それでいいじゃないか」

「うん……そだね」


 夢美はレオの言葉に笑顔を浮かべ、これからも真礼を友人として大切にしていくことを心に決めた。


「あ、花火」

「おっ、もうそんな時間か」


 そのとき、ちょうど夜空に鮮やかな花火が上がった。


「綺麗……」


 夢美は次々に打ち上がる花火に見惚れ、ポツリと呟く。

 そんな普段の汚さの欠片も見当たらない夢美の横顔からレオは目が離せなかった。

 夜空に咲く大輪の花火よりも、レオにとっては自分のすぐ横で咲いている花の方が価値があったのだ。

 やっぱり気持ちを抑えることなど不可能だ。

 感情が昂ったレオは夢美の方を向くと、自分の気持ちを夢美に伝えようとした。


「なあ、やっぱり俺は――」


 そこから先の言葉をレオが紡ぐことは叶わなかった。


 強制的に口を塞がれたからである――夢美の唇によって。


 柔らかい感触にレオの思考が止まる。

 無限にも感じる時間。

 それが終わると、夢美はゆっくりと顔を離して、耳まで真っ赤に染めながらレオに告げる。


「……あたしにここまでさせておいてまだ言うつもり?」

「由美子、お前なぁ……」


 どこまでも強情な夢美に、レオはむくれた表情を浮かべる。当然、レオの顔も真っ赤になっている。

 気恥ずかしさを振り払うように、夢美はレオから離れると努めて明るく振舞って言った。


「さて、あんまり長居してもアレだし、いったん家に戻ろっか。今日中に帰って配信したいし」


 足早にかけていく夢美。それをレオは止まっていた思考を強制的に再起動させて追いかけた。


「ちょ、待てよ!」

「待たないよーだ! 早く袁傪や妖精に元気な姿、見せてあげないとね!」


 こうして設定から始まったバーチャル幼馴染という二人の関係は、本物の幼馴染であることが発覚し、そこからまた一歩先へと進もうとしていた。


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