【司馬拓哉】元アイドルがバーチャルライバーを目指す
いつからこんな状態になったか司馬拓哉は思い出せない。
気が付けば二十三歳。SNSを覗いてみれば、かつての同級生達は立派な職に就き、早い者では結婚している者もいる。
テレビをつければキラキラした自分よりも年下のアイドルや芸能人が、楽しそうにトークをしている様子が嫌でも目に入る。
自分よりも年下で凄い人間など山ほどいる。どんな情報媒体に触れても否応なしに突きつけられる事実。かつて、そちら側だった拓哉には耐えがたい苦痛だった。
拓哉の人生は順風満帆だった。
小学校の頃は運動神経抜群、成績優秀でクラスの人気者。
中学に入ってからは姉が勝手に応募した男性アイドル事務所〝シャイニーズプロ〟の審査に通り、アイドルデビュー。
芸能界で活躍する先輩達に引っ張られるように拓哉の所属するグループ〝STEP〟はとんとん拍子にテレビ出演が決まり、CDデビューもした。
そして、拓哉が中学三年生になった頃。ついにデビュー当時に憧れた武道館でのライブが決定した。もちろん、大手アイドル事務所主催のライブのため、事務所に所属するグループの一つとしての参加だったが、それでも、〝STEP〟のメンバーにとっては充分だった。
しかし、拓哉は自分達のライブではないことに不満を抱き、裏では愚痴を零していた。
一切の挫折を経験せず、成功続き。アイドルとしても売れてきていたこともあり、拓哉はすっかり天狗になっていたのだ。
拓哉は歌唱力も、ダンスの腕前も、演技力もずば抜けていた。
先輩への気遣いもでき、周囲からは一目を置かれていた。
それ故、増長した。
何でもできて態度が悪い。そんなアイドルは裏で疎まれて当然だ。
周囲のやっかみなど実力でねじ伏せればいい。そんな風に考えていた拓哉だったが、芸能界はそんなに甘くなかった。
そして、気がつけば拓哉に居場所はなかった。いや、居場所をなくしたのは拓哉自身だった。
司馬拓哉との共演にNGを出す芸能人が続出したのだ。その被害はグループで活動している以上、STEPのメンバーにも及んだ。
自分がメンバーの足を引っ張った。その事実を許容できなかった拓哉は常にメンバーと距離を取り続け、最終的にはSTEPを脱退。一年後には事務所を退所した。
幼い頃から失敗知らずの拓哉にとって、自分の不手際で周りを巻き込んだ失敗をするという経験はあまりにも大きな挫折だった。なまじ自分が努力しているという自覚があった分、天狗になっている自覚がなかったのだ。
夢破れた後の拓哉の人生はまさに何の波風もない人生だと言えるだろう。
通っていた高校を卒業し、指定校推薦で大学へ合格。当時、アイドルと勉強を両立させるために必死に努力していたことが功を奏した。
しかし、高校時代の学力貯金は大学に入学した半年程で使い切った。
目標も夢も何もないまま大学生になった拓哉が勉強に専念できるわけもなく、飲食店のアルバイトとサークル活動に明け暮れる日々が続いた。
サークルもダンスサークルとは名ばかりの飲みサークルだったため、過去の経験を生かして大した努力もせずにちょろっとキレのあるダンスを披露して人気者になった。
輝かしいサークル活動とは対照的に、勉強面で拓哉はとことん堕落した。
常にギリギリで取得していた単位はついに足りなくなり、留年。
留年したことを親に告げ、仕送りを切られた拓哉は仕方なく周囲に学費を借りて必死に余剰の一年を過ごした。
金のかかるサークル活動もできなくなり、人脈も失った拓哉を次に待ち受けていたのは就職難だった。
夢も目標もない、特に目立った資格も持っていない。そんな拓哉を採用しようとした会社は肉体労働メインのブラック企業くらいだった。
俺の居場所はここじゃない。俺にはもっとふさわしい場所があるはずだ。
折れずに残った中途半端なプライドが拓哉の足を踏みとどまらせた。
結局、就職せずにフリーターになった拓哉は生活費を稼ぐだけの日々を送り始めた。
趣味に使う余裕などなく、拓哉の趣味はネットサーフィンや動画鑑賞、タダでできる筋トレやジョギングになった。
「司馬、昨日の竹取かぐやの動画見たか?」
「竹取かぐやって、最近話題になってるVtuberだっけ?」
「Vだけどライバーの方な」
大学時代から続けている飲食店のキッチンのアルバイト中、比較的話がはずむバイト仲間が声をかけてくる。話題は今人気沸騰中のバーチャルライバー〝竹取かぐや〟についてだ。
Vtuberは動画サイト〝U‐tube〟で何年か前に登場した〝バーチャルユーチューバー〟の略だ。
基本的にはさまざまなジャンルの動画を投稿するUtuberと活動方法は変わらないが、大きく違うところが一点だけある。
動画配信を行う際に2Dや3Dのアバターを使用するのだ。
まるでアニメのキャラクターが生きている人間と同じように動き回る。その姿に人々は魅せられた。
そして時代はさらに移り変わり、現在ではVtuberの活動は動画投稿よりも生配信の方が主体となってきた。
そうした生配信を活動の主体にするVtuberをバーチャルライバーと呼ぶようになったのだ。
こうした知識も今の拓哉は一瞬で理解できてしまう。
一年留年した大学を卒業してフリーターとなってから、拓哉はすっかりサブカルチャーの方にも詳しくなっていたのだ。
「最近っていうか、結構前から勢いあって売れてるぞ。デビューからもう半年経つし」
「マジか。時の流れ早いな。ついこの間デビューしてたと思ってたけど」
「毎日毎日、同じことの繰り返し。代わり映えしない人生だもんな俺達」
「本当クソみたいな人生だよな」
現在、拓哉が元STEPのメンバーだと気づいている者は周囲にいない。
拓哉が芸能界から消えて久しい。そのうえ、STEPは解散し、それぞれが個々で活動を行っているため、STEPというグループ名と拓哉の名前が結びつかないのだ。
また大学時代から拓哉も正体を隠しつづけ、当時とは髪型などで雰囲気を変えているため気づかれなかったのだ。
「お疲れ様です」
タイムカードを切り、店の裏口から外へ出る。
季節はクリスマス。辺りには仲睦まじいカップル達が楽しそうにはしゃいでいる。
「竹取かぐやのクリスマス配信でも見るか……」
無心でカップルの隙間を縫うように岐路についた拓哉は、自然とため息をついた。
それから二年。
『はいはーい、こんバンチョー! 今日はみんなが待ちに待った3Dライブや! もちろんウチも首を長くして待っとったで!』
「……スパチャ、スパチャっと」
拓哉は竹取かぐやをはじめとするVtuber事務所〝にじライブ〟のライバー達にドハマりしていた。
『みんなは画面の前でサイリウム振ってやー!』
「サイリウムは準備OK、ビールも買ってある……と」
拓哉も今ではすっかりライブ配信を齧りつくように眺め、情報投稿サイト〝ツウィッター〟では、[バンチョーの歌最高過ぎて死んだ]などと呟いている始末だ。
『……~~~♪』
歌だけならば、今まで通り好きという気持ちが爆発しそうなファンとして〝ツウィッター〟で呟くだけだっただろう。
しかし、大勢のファンを前にして、高いレベルの歌とダンスを披露するということ。それはかつての拓哉が夢見た光景を彷彿とさせた。
「っ!」
――俺は、何をしているんだ。
忘れていたはずの夢が蘇った。
拓哉は衝動のまま、後先考えずに〝にじライブ三期生募集オーディション〟のページからライバー応募を行った。
オーディションは自己PRの動画を取って送るという形式のものだった。
歌、トーク、ゲームの腕前、動画の編集技術など、アピールポイントは自由だ。
拓哉は迷わず歌動画で勝負することを選択した。
かつてはステージの上で大勢のファンを前に歌った経験のある以上、それを生かさない手はないと思ったからだ。
ブランクがあるとはいえ、元アイドル。拓哉は応募期間を確認し、時間の許す限りしっかりとボイストレーニングを行った。
満を持して送った曲は竹取かぐやのメジャーデビュー後の初シングル〝バンブーミサイル〟。清楚な見た目に反して常軌を逸した彼女を表したパワフルな一曲だ。
歌動画ではあるが、見よう見まねでフリー素材のイラストを活用し、曲に合わせてエフェクトをつけたりして工夫した。
少なくとも、黒い背景で音声のまま提出するよりはいいはずだ。
そう思って提出したオーディション動画だったが、オーディション結果が来るまで安心はできなかった。
にじライブから連絡が来たときは、アルバイト中だというのに素っ頓狂な声をあげてしまったくらいである。
休憩時間に入り、高鳴る心臓を押さえつけて合格通知のメールを開く。
にじライブ一次審査の結果は、
『司馬様
お世話になっております。にじライブ株式会社 採用担当でございます。
先日は弊社オーディションにご応募いただきまして、誠にありがとうございます。
早速ではございますが、司馬様には是非とも二次選考にお進みいただきたく存じます。
つきましては、次回面談の日程を調整させていただきますので、二次選考にお越しいただける日程をご回答いただけますでしょうか。
ご不明な点などございましたら、お気軽にお問合せください。
何卒宜しくお願い致します。
にじライブ株式会社 採用担当』
合格だった。




