1日目。世界を見渡す男
ティー(シャツ)!
国土地理院に行きてえなあ。
そう思って猛勉強していた若かりし日の俺。
気付けばアラフォー。
……取り返しが付かねえとは、このことだ。
揺らめく夏の日差し。
やまない蝉の声。
小さな保険会社の営業マンな俺は、生きる意味を見失っていた。
職業の関係上、湧いては潰される予算。
たまに来る恐いおっさんたち。
そして、同級生とかからの昔の恨み辛み。
もちろん最初2つは別として、最後のは自業自得だ。才能ないない定の癖にガキ大将してて、酷いことばっかり言ってたから近所からはシカトされてる。
結婚も、ないない定。
多分、俺は孤独死確定だ。
さて、そんな俺は今、コンビニにいる。
でも俺はおにぎりとか雑誌とかを買いに来たってわけじゃあない。
「え、えっ、と。ワイルドボックス……予約した西部っつう者ですが」
「少々お待ちください」
ワイルドボックス。
バカみたいに売れたゲームだから、知ってるヤツもいるだろうか?
他に有名なのはマインクラフトとか、なんとかビルダーズとかいうのがあった気がするんだけど、ああいった感じのゲームなんだ。
「西部さま、こちらの商品でよろしかったでしょうか?」
少しばかり若くてキレイなお姉さん店員が上目遣いでこちらを見てきて、ドキドキするのとゲーム購入を知られて恥ずかしいのとで死にそうだ。
まあ、門前払いが当たり前の営業ルート回りよりは、カネを払ってのまともな買い物なだけに気が楽だけどさ。
「あ、はい。ワイルドボックスです!」
「くすっ……」
わざわざゲームの名前をまたも口にしてしまい、笑われる俺なう。
緊張で自分の顔が赤くなるのが分かった。
全く、それなりに近所のコンビニだからこの店員さんとは何度も顔を会わせそうだってのに、ちょっとしたことで変に覚えられちまったら相当な恥だ。
「西部さま、お買い上げありがとうございました」
店員さんも店員さんだ。
わざわざ、本来は言わないのにありがとうを名前に続けなくたっていいのにね?
◇
オンボロ気味のアパートに帰ってきた。
すごいぞ。今どき珍しい木造だ。家賃が安いのと、金持ちと思われず命とか狙われにくいから、ついずるずると今まで……な。
さて、ミンナチューブを立ち上げよっと。
えっ。ミンナチューブ知らないのかよ?
そうだな……みんつべ、って言ったら分かるかな。
そう、そう。一般人でも自作したVTRをファイルに落とし込んでアップロードすれば、誰でも動画チャンネルを運営していけるっつう夢みたいな嘘みたいなサイトな。
「がっくりボイス。例により、なるべく最小音量がデフォで、……よし、収録準備はバッチリオッケーだ!」
がっくりボイスは俺の声のことではない。
ボーカロイドとかあるだろ。あれみたいなヤツで、最近の投稿動画でも増えて来た貧民チューバーの味方よ。
適当に選んだ声色パターンで、俺に変わって動画を中継してくれる。あたかも俺がワイルドボックス、通称ワイボクを実況しているかのような臨場感が、そこに発生するというわけ。
文字とかイラストとかを差し込める編集ソフトも用意しておいた。どこぞの実況者は、事務所に所属している強みでワイプ、――いわゆる本人が画面に映るというガチのテレビみたいな荒業をしているけれども、それはそれ。
俺たちみたいな根っからの素人には、むしろ人工音声とか演出用イラストとかが事実上の仲間だッ。
でも、がっくりボイスは俺っぽい音声にして臨場感は出してるぜ。一応な。
「始めていきますか。大枚をはたいて買った、ゲーミングパソコン。それなりの画質でプレイさせてくれよな?」
俺はこの実況をやろうと思わなかったら絶対に買わなかったであろう、七十万もするヤベえモンスターパソコンを起動した。
ある程度は触ってあるから、流石に初回起動画面は出ない。起動が完了すると、ダウンロードした動画編集ソフト以外はデフォルトに近いアイコンが並ぶデスクトップ画面がさらっと表示された。
「よし。ワイボクをインストールしていくぜ。行くぜ行くぜ」
気分だけは実況者となってきた俺は、いそいそとパソコン用ワイボクのDVDをドライブにセットした。
インストール・ウィザード。
これ自体はシステマチックというか、事務的な画面だがここから最低限の設定とかユーザー登録とかをしていく。
そんな手続きについては割愛するとして、あれこれ入力を終わらせ、やたら重いインストール待ちが完了するとついにワイボクを始める準備が完了だ。
「っと、そうだ。ユーザー名を決めねえとな。でも、それくらいは前から考えてたぜ」
ログイン画面にあたるワールド生成画面が立ち上がり、ユーザー名を入力する欄に俺は以前から決めていた名前【ワタトン】を入力した。
西部だからカッコつけてウェストでもいいかな~とは思った。でも、再生回数が残念だったら寒すぎるじゃん?
だから某有名実況者みたいに、名前であるワタルにトンを足して四捨五入することでワタトン。これが俺こと西部ワタルの、ワイボク、そしてワイボク動画における名前だッ!
『はじめまして。今日からワイボクを実況風味で遊んでいきます。ワタトンって言います。盛り上がるといいな。よろしくお願いしまっす』
ふざけすぎず、マジメすぎずの自然体の俺っぽくなるように、俺版がっくりボイスに言葉を出させてみた。
ちなみに、ボイスにふさわしい俺っぽい立ち絵とかはない。
イラストは敵を倒したり新アイテムを見つけた時の「ぱんぱかぱ~ん」みたいな用途にしか使うつもりはない。
『ワタトン。名前を入力し、それからワールド名は……ワタトンが実況するワイルドボックスなのでワタバコにしようかな。さて、入力が終わったので、ワールドにいよいよ入っていきますよ。行くぜ行くぜ』
口癖である「行くぜ行くぜ」を言わせてみることで、更に俺っぽさを演出してみつつ今度はワイボク自体を進め出すことにした。
「うおっ。ここは、どうやら……草原、か?」
ワイボクのワールドは草原やら砂漠やら森林やら火山やら、実に様々なマップが分布するように生成される。
ないマップがある時も珍しくはない。とりあえず、俺ことワタトンが降り立ったのは草原のマップみたいだ。
「うひょー」
まずは冷静にカメラ視点のみ移動させ、俺は生成されたワールドをグリグリと見渡してみることにした。
青い空、白い雲、見渡す限り広がる草木。
「よっしゃ。まずは海でも探すか!」
初プレイだからそこまで慣れてない俺は、おもむろにワタトンに海を探させることにした。
よく分からないけど、レゴブロックみたいに立方体ブロックで構成される割にはリアルに作られた地形の中には、海、というか水源があるように思えたからだ。
「つまり、まずは丘を登るか!」
探しものは、山からに限る。
そんなコトワザはないけれど、高低差もちゃんとある3D世界だから、ある程度は現実世界での発想も通用する。
よって、高い場所からのほうが低地を広く見渡すことが可能になるのは明らかなのだ。
で、近くにあるのは山っつうより小高い丘だったけど、まあ低いより高いほうが合理的って段階でワタトンは俺のようにせっかちに走り出したわけ。
なにせ、ワタトンをマウスで操作してんの俺だからね。
『おお~、ワクワクしてくるねえ。ちょっと遠いですけど、探してた海っぽい青いエリアがちゃんとある。それにしても、都会じゃ見れないほど広大。ザ・グレート・サイトとでも呼びたいほどの絶景ですぞ』
そんなに実況はうまくないとは自分でも思う。
でも思い立ったが吉日じゃん?
そしてワイボクはこうして動き出した。
じゃあ、自分自身の声ではなくても、ある程度は実況みたいに動画を仕上げていくしかないってもんだよ!