第五話
「君は本当に…………」
そう言って、銀髪の神様は口を閉ざしたあと、未だ床に伸びていた金髪の神様のコメカミに握りこぶしを当てる。
「そんでもって、ほんと、なんでキミはこんなに良い子にあんな酷いことを言ったのかな? え、弟よ? ほら、兄さんに教えてごらん?」
ぎりぎりぎりぎりぎりぎり。
そんな音が聞こえてきそうなくらいに、力いっぱいに弟のコメカミに圧をかける兄に、「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い兄さん、痛いっ」と金髪の弟が悲鳴をあげるものの、手は止まらないらしい。
「これは、ほんの少しの弟からの詫びだと思って、私が勝手に贈らせてもらうね」
ぎりぎりぎりぎりぎり。
弟に圧をかけたまま、銀髪の兄は僕を見て、にこやかに微笑んだあと、やっと弟から手を離す。
「劇的に何かが変わるわけじゃないけど、小さな幸せがずうっと続く、っていう祝福だよ」
「それはどういう……」
「例えばそうだね、どこかに遊びに行ったら、何人目の来場者です!! て言われたりとか、抽選によく当たったり、とか」
「おー」
「地味に嬉しいってやつっスね」
「だね」
銀髪の神様からのささやかなプレゼントに、ヒューと笑っていれば、「おい! じゃなかった、あの!!!」と大きな声が響く。
その声に、思わずビクッ、と肩が揺れる
「神様! あの!! リホは!! リホはどうなるんですか!!」
警備隊長に抱えられながらに叫ぶディック王子の目は、必死さが滲んでいる。
そんな彼に、にこり、と笑顔を向けた銀髪の兄に、ディック王子がほっ、と息を吐き出す。
けれど。
「ああ? てめぇはまずさっきの発言と態度をロビンに詫びるのが先だろ、ああん?!」
「ひっ?!」
「ひっ、じゃねぇだろ。謝れニンゲン」
「す、すみませんでして!!!」
でして。
「……っ!!」
神に怒られて死にそうになっているディック王子は、自分が噛んだことに気づいていない。
「ヒュー、笑わないでよ」
「っでしてっ、てってっ」
くっくっくっ、と肩を震わせながら笑い声を噛みしめるヒューに、小さくため息をつきつつも、王子を見やれば、今度は彼の肩がビクリと揺れる。
「確かお前は、この国の第一王子だったか。お前は、リホに戻ってきて欲しいのか?ロビンのように、あやつの本当の幸せを願うのではなく、自分のもとに戻ってきて欲しいと。そう願うのか?人間」
銀髪の神様の言葉に、ディック王子の動きが止まる。
「本当の幸せ……」
ー2回目の呼び出しは、元いた世界の自分の生死がわかれるとき
ーいわゆる、あっちの世界の戻る場所を完全に失うかどうか、っスよ
「リホを、本当に愛しているなら。リホの本当の幸せを願うなら、自分は、戻ってくることを願うのは、ダメなのか……?」
ぐたり、と力の抜けた自分の手のひらを見つめながら、ディック王子が呟く。
「え、そんな王子、キモ」
思わずそう呟いた僕に、「は?」とディック王子の苛ついた声が返ってくる。
「つか、振られたらいいんすよ。あんた」
「おいロビン」
はっ、と吐き出すように言った僕を、ヒューが諌めるように小突く。
「は?お前、死刑になりたいのか。いや、むしろ今すぐに葬ってやろうか」
「言ってろ。つかさ。自信しかないのがアンタでしょ。相手の都合なんて考えずに、幸せにしてやる、っていうのがアンタでしょうよ。今までリホちゃんにずっとそうしてきた癖に、いまさら何を怖気づいてんの、みっともない」
言いながら、眉間に力がこもる。
あれだけ、運命だなんだと、彼女に囁やいてきた言葉は偽りだったのか。上辺だけだったのかこの野郎。
そんな意図をこめながらディック王子に告げれば、王子の目がゆっくりと光を取り込む。
「ああ、そうだったな」
すっ、と立ち上がり、僕を見たディック王子は、リホちゃんと出会った頃の彼の目だ。
今とは違う。この人に仕えたなら面白いかもしれない。
そう思った瞳。
けれど、そんなディック王子の変化には、銀髪の神様はこれっぽっちも興味はないらしい。
「幼いな」
小さな子を見るような目で、僕たちを見たあと、そうポツリと呟く。
「あ! クソ王子!」
「あ? しめるぞコラ」
はい! と手をあげながらディック王子を見ながら言えば、ディック王子が瞬時にイラァッ、とした表情を浮かべて僕を見る。
「僕、従者辞めるっすわ!」
へい! と軽いノリで切り出した僕に、ディック王子か表情を変えないまま、「別に構わん」と答える。
「っしゃ、ラッキー!」
ばんざーい! と両手を上にあげながら叫ぶ僕の、頭の後ろにポスン、と重みがふった。