第四話
「ロビン」
「ヒュー」
何やら言い合いを始めた彼らを横目に、王子の傍にいたヒューがこちらへとやってくる。
どうやら、王子の警護は警備隊長たちに任せることにしたらしい。
近くに来て、「大丈夫か?」と問いかけるヒューを見て、大丈夫だよ、と頷いて気がついたことがある。
確かに、嫌なことも、割と酷い状況も突きつけられたりもしているが、あの金髪神様のおかげで、この世界が穏やかなことも確かな事実であって。ヒューが、皆が、生きていたことも事実なわけで。
「あの、えっと銀髪の神様」
「ああ、うん。何だい?」
良い笑顔を浮かべてこちらを振り向く銀髪の神様の腕は、金髪の神様の首元をガッチリとホールドしている。
「……その、金髪神様の降格? って云うんですかね? それ、その……別にいいんじゃないですか? やりすぎなければ」
「え」
そう告げた僕を、銀髪の神様は不思議そうな表情で見やる。
「いや、ほら、リホちゃんが愛される理由は一目瞭然だし、僕もリホちゃん大事だし。確かに、金髪に手違いだった、でも、もう無理。仕方ないから、転生させてやる、って言われた時は、は?って思ったけど。でも、ま、逆に言うなら、何も背負うものもないってわけで。なら、これ以上、自分の居場所がなくならないなら、僕は、どこででもやって行けるだろうし。なんていうか、一回死んでるんだし」
あはは、と我ながらに軽いな、と思いつつもそう告げる。
そんな僕を、銀髪の神様は、金髪の神様の意識を一度飛ばしたあとに、見やる。
「ロビン」
「はい」
パッ、と銀髪の神様に手放され、ドゴッ、と良い音を立てて金髪が床に落ちる。
「そうだな。何か望みはあるかい?」
「望み……」
優しい視線で僕を見やる銀髪の神様の言葉を、小さな声で繰り返す。
なにも思い浮かばない。
そう思った時、そっ、と背中に誰かの手が触れる。
「ヒュー……」
「思いついたことでもいいんじゃないッスか?」
いつもの穏やかな目をしながら、ヒューが言った言葉に、思いついたもの、と小さく呟く。
「……リホちゃんが幸せになったらいいな」
「あー、それはもうそう決まっちゃってるから、大丈夫。論外というか……愚弟がそう作っちゃったというか。愚弟が」
「……なるほど……」
そう作っちゃった、って。さらりと凄いこと言ったな銀髪の神様。
あと愚弟って2回言ったな。
「それ以外は?」
「あ、じゃあ、あの野良猫ちゃん。あの子が、これから優しい人のところで飼われるようにして欲しいです。世渡り上手なアイツなら大丈夫だと思うんですけど。時々ふらりと戻ってきては、気まぐれに滞在してたから」
「猫?」
「はい。昔、道路脇で怪我をしてて。病院つれてって、看病して。すっかり元気になって、しばらくは家にいたんですけど、気づいたら、いなくなっちゃって……そのあと、近所で時々みかけては、帰ってきて、ってしてたから、無事なのは知ってたんですけど……」
心残りといえば、それくらいかな、と小さく呟く。
家族はきっと、泣いてはいるだろうけど、大丈夫だ。泣いてくれて……るといいけど。
きゅ、とちからをこめて手を握りしめていれば、「ロビン」と静かに名前を呼ばれる。
「ヒュー」
「泣いてるに決まってるじゃないッスか。ロビンの家族でしょ? 絶対に泣き虫っショ」
「ヒューの偏見がパネェ」
「でも合ってるでしょ?」
「そして合ってて怖ぇ」
ほらやっぱり、とヒューがけらけらと笑う。
泣き出しそうだった僕を、ヒューのいつもの笑い声が包んでいく。
「あ、そうだそうだ」
「?」
そういえば、と呟いたあと、銀髪の神様が、腕を前に突きだす。
突きだした、のだけれど、腕が途中で、消えた。
「あったあった」
そう言って、ひょい、と突きだしていた腕を銀髪の神様はひき、その手には、いつの間にか何かそれなりに大きい球体がのせられている。
「ボーリングの玉みたい」
「ぼーりんぐ?」
「あ、あっちの世界の遊びのひとつ」
「なる」
ふうん、とヒューは不思議そうな好奇心旺盛な瞳で、銀髪の神様の持つ球体をじっと見つめる。
「君に見せたいものがあるんだ」
銀髪の神様がそう言った瞬間、さっきの球体が目の前に現れる。
「あ、はちさん!!!」
球体を覗き込めば、そこにはトテトテトテ、と草の上を歩く一匹の黒白の猫。
靴下を履いているかのような右前足と左の後ろ足。それから、ちょっと不思議な背中の模様。
「はちさんだぁ……」
元気そうだ。
そんなはちさんと勝手に呼んでいた猫の様子にホッ、と息をつけば、はちさんの口がカパ、と開く。
「こっち見た気がすんね」
同じように覗き込んでいたヒューの言葉に、「ね」と頷けば、はちさんのしっぽがふりふりと揺れる。
「このコ、こっちの世界に呼ぶこともできるが、どうする?」
何てことのないように言った銀髪の神様の言葉に、一瞬、言葉が止まる。
「でも……それは、あっちの世界での寿命が終わるってことですよね?」
「そうなるね。でも猫だからね、あっちの世界の記憶は、そのままになるよ。ま、猫だからね」
笑顔でそう告げた銀髪の神様に、僕は無言で首を横にふって口を開く。
「あの子の、今世の寿命をまっとうさせて欲しい。もしも、そのあと、あの子が会いたいと願ってくれるなら、それは嬉しいけど、でも、まずは、今の命で、幸せになって欲しい、です」
銀髪の神様の目を、真っ直ぐに見ながら言えば、ほんの少し目眩がしたような気もする。