第一話
「えー、君じゃないんだけどなぁ」
あ、自分、死んだな。
そう考えた時にきた衝撃の直後、ぷつり、と全てが途切れた。
と、思っていたけど。
(なんだ、この声)
「なんだ? って、ボクは神様だけど。そんな事も分からない魂を呼んだんじゃないんだけどなぁ」
あれぇ? と聞こえてくる声が、さっきからだいぶ失礼なことを言っとる気がするが。
「だって君、手違いなんだもん」
ケロリ、とそう告げた声に、「はぁぁぁああ?!!!」と思わず大きな声が出る。
「あ、声でた」
「あー、もーウルサイなぁ。そもそも呼んでないんだから、静かにして」
「いや、っていうかさっきから失礼が過ぎませんか?」
「なにが?」
「呼んでないとか、君じゃないとか、手違いだとか。どうみても自分に言われていると思うんですが」
きょろと周りを見回しても、何もない。
本当に何もない。
あるのは、ずいぶんと整った顔をした、真っ白な肌とカーテンみたいな真っ白な服をきた金髪のこの人だけ。
「そりゃそうでしょ。ここ、ボクたちの場所だもん」
「ボクたち……」
「そ! ボクはこの世界の神様のひとりさ」
ててーん、という効果音でもついていそうな雰囲気で、胸をはる金髪に、へえ、と小さく呟く。
神様。
いや、自称神様?
いや、でもやけに神々しいしな。
本当に神様かもしれん。
「ま、とりあえず、本当は君、呼んでなかったんだけど、もうあっちの君は駄目みたいだし。邪魔されたことには代わりはないんだけどー。ま、あの子を庇った心意気だけは認めてあげるよ。仕方ないからこっちの世界に転生させてあげる」
「え、待ってください。転生? 駄目? なんのことですか?」
「言葉のまんまだよ。駄目。もうあっちの世界の君は死んでる」
死んでる。
死 ん で る 。
自称金髪神様に言われた言葉が、頭の中で繰り返される。
けれど、同時に、ああ、そうかもな、とも思った。
「つまり……自分は完全なる手違いで死んで、よくわからん世界に転生させられる、と」
「そ。とりあえずまだ残ってた寿命も結構あったし、帳尻あわせしてあげるから。ボク優しい〜」
「……優しいか?」
ぼそり、と呟けば「なに?」とすぐさまに金髪がこっちを向く。
「いえ別に」
ま、ここでこの自称とずっと話してても疲れるし、まあ、いっか。
そんな風に考えていれば、すう、と身体に風が通り抜けたような気がする。
「ああ、そうそう。この先、そっちの世界にボクの愛しい子が行くけど、あの子は特別だから」
「あの子? 特別?」
誰だそれ。
そう思うものの、さして興味もない。
「これだからいわゆるモブは……まあいいや。特別なあの子は、君とは違うもんね!それに! あの子は最低でも2回以上はボクのところに帰ってきてもらうんだ!」
楽しみだなあ、と満面の笑みを浮かべながら、自称神様は鼻歌をこぼす。
ってか、ここに2回帰る、ってことは、その子、2回も死ぬってことじゃ?
「ああ、何を勘違いしてるか知らないけど、別にその2回は君たちのいう『死』ではないよ」
「……はい?」
「ただボクは、あの子に会いたいだけ。あの子に触れたいだけ。だってあの子はボクの特別なんだから」
「……特別ねぇ」
まるで執着のようにも見えるが。
そんな事を思った瞬間、グッ、と首に力が入る。
「神は執着なんてしないんだよ」
「っつ、苦しっ」
「特別なの。と・く・べ・つ。勘違いするなよ」
圧のかかる喉に、動かない頭を必死に上下に動かせば「分かったんなら良し」と喉の力が弱まる。
「けほっ」
「ま、そんなわけだから、優しいボクは君をとりあえず転生させてあげる〜あとは自力でどうにかしなよねー」
ぶわっ、と強い風が吹いた。
そう自覚した次の瞬間には、ぷつり、と音が途切れた。
「っつーわけらしいよ?」
「なーるほどねぇ」
「え、ヒュー、驚かんの?」
「んやー? 驚いちゃいるけど」
突然にぶっ倒れたらしいこの世界の僕を、同僚のヒューブレストこと、ヒューは僕の顔を見ながら言う。
「まぁでも、その髪の色はこの国じゃ珍しい漆黒だし、目の色だって茶色じゃないっスか? だからなんか納得いくっつうか」
「ああ、それね。それは僕も思った。それにいま考えれば、僕が両親を知らないのも、そういう事だったんかな、って」
「突然あらわれたからってことっスか?」
「そ。そりゃ居ないよなぁ、って。世界に突然うまれたんだもん」
よいしょ、と上半身を起こし、ベッドの背もたれに寄りかかる。
なんだか少し脱力してしまったらしい。そのせいか、起き上がるのにさえ、手間取ってしまう。
「なぁロビン」
「ん?」
「突然うまれるって言ったら、皆そうっスよ」
「え、いやでも」
「同じっス。母さんの腹の中で生まれるまでを過ごすか別んとこで過ごすかの差っス」
「いやそれだいぶ違うと思う」
ヒューの言葉に、手のひらを横に振りながら言えば、「一緒だって」とヒューは笑う。
「だからそんな顔するなよ」
「ヒュー?」
ぴと、と頬にあてられたヒューの手が温かい。
「神様だかなんだか知らねぇけど、俺にとってはロビンは特別だし、むしろそのなんだかよく分かんねぇ自称神様ってやつにロビンが捕られなくて良かったぐらい」
「っふっ、なんだそれ」
ヒューの言葉が、染み込んできたような気がする。
傷ついていたつもりはなかったんだけど。案外、心は抉られてたのかもしれない。
「ロビン」
「ん?」
「今は誰も来ないっスよ」
「ヒュー?」
「だから」
泣いてもいいんだ。
そう言って、すり、と僕の頬を触るヒューと、目が合う。
ああ、そうか。僕。
「……っ」
ボロボロボロボロと涙が目から落ちてくる。
そんな僕を、ヒューは咎めることも、笑うこともなく。
ただただ、抱きしめて腕の中に閉じ込めてくれた。