世界からヒトツが消えてひとりが産まれ、独りと旅に出る。
雨音AkIRA様、フリー挿絵先着一名様、からのイラストをお借りしております。
千日千夜、黄金に輝き降り注ぐ陽の下で、静謐なる厳かに世界を満たす月の下で、囁いてくれた言葉を忘れたの?
我のすべてを君に捧げん。
ワタシは殻の中で、声に真がアるのがわかると、千日千夜、囁きカエしたわ。
貴方に全てを捧げる。
そうして産まれ落ちるのよ。
そうして産まれ落ちたのよ。
――、銀白色に輝く月の光と、光を喰われ存在を微かにされた星達。ピピピ、震える様に揺れる成層圏の力にて、千に万にチリチリと存在を、音立て瞬く事で知らせる星の鈴の音。
天秤座のゆらゆら揺れてる右と左、光と音を集められ、それぞれに均等に、そろりと置かれる更夜。
傾かぬ様に足しつつピタリと揃う様に、そして合えばそれを御手にお取り上げられ、やわやわと、くうるくうる、柔らかな粘土をこねる様に、両の光を混ぜ合わされ、遊ぶ夜。
太古からの種族がその終わりを告げた。姿形、属性全てを変えたのだ。太古から伝わりし言の葉を、読み解きほぐした使い手により、世界からヒトツが消えてひとりが産まれた。
術に全てを捧げた使い手は、僅かばかりの残渣のカケラを宿し生き残る。人に知られず生きれる様に、大きなる力を解いて消した。
みんなみんないなくなってしまったの、?もうワタシ達は、世界の異物になったの?
ななつ星が外側の色から、ひとつ、またひとつと空から堕ちて、全て消えた星流れの夜時、飲むのは生の糧。
ワタシを卵から孵化させた主が煮込む、石灰石で造られた竈に放り込むのは、青く輝くダイヤモンド。
ポッ指から火が産まれ竈口に挿し入れれば、青白いエーテルの様な炎が踊る。上にかけるは、ひと抱えの銀の大鍋。
中に入れるわ、ブランデーをひと樽、赤と白の番いの鶏、鼠の白いの三拾匹、赤い葡萄酒ひとびんと、アダムとイブの林檎をヒトツ。
美味しくなあれ、美味しくなあれと唱えて、唯一有る、ぽっかりと天に口開いた泉の畔、静静と光降りる月下の原で貴方はかき混ぜる。
とろりと蕩けてグツグツと。
とろりと蕩けてくつくつと。
樫の棒で焦がさぬ様に混ぜていく。仕上げに、セージにバジル、カモマイルにラベンダー、アップルミントに白い花つけたレモンバウムを忘れずに。
とろりと蕩けてグツグツと。
とろりと蕩けてくつくつと。
「ほら……飲みなさい、これで次なる夜までお互い生きられる、僕達は一対なんだよ、君が居るから僕がいる」
貴方は笑顔で水面に横たわるワタシに、出来上がり湯気立つそれを、ぶるぶる震える丸いカタマリにして差し出してくる。ぱくん、飲めば始まる鎮魂と再生の儀式。ワタシの内なる魔力が、シュルシュルと、細く細い糸に形を変え外に出ていき勝手に繭を紡いで行く。
シュルシュル、シュルシュル、シュルルル………。
水面で動かぬ身体で顔だけ向けて、琥珀の輝く色をじっと見るの。だってしばらく会えないのだもの。常闇の森に沈むようにして、貴方は私の目覚めを待つのでしょう。ななつ星の最初の光が、宇宙に輝く、星渡りの夜の時迄。
昔は良かった。儀式に王宮の庭園を使わせて頂けたもの。
昔は良かった。貴方は王宮で客人として、もてなされつつ、ワタシを待てばよかったもの。
ああ!セカイがぬるりとした鉄臭い血潮に満ち、子を失った母親悲鳴に、妻を亡くした男の号泣に、仲を引き裂かれた恋人達の怒号に、恐怖に支配されている時が、幸せだった。
ソノトキ、強い力を持つ者は、薙ぎ払い平和をもたらす者として崇め奉られた。
ソシテイマ、強い力を持つ者は、持つ本質は、前と何ら変わらないのに平和を乱そうと企む者として、忌み嫌われる。
この世界を足下にし、蹂躙してきた『チカラ』が、長年の戦いの果に遂に消え去った。平和が訪れた。嘆き、哀しみ、怨嗟が混じった悲鳴の声に変わり、鈴を転がし春を謳歌する小鳥の声。
血の匂いに変わり、婚礼で花嫁を飾る白い甘かな花の香りが、ここそこに満ちる世界になったの。隠れていた風の精、妖精達が空を舞い、水の中には水の精達が、水飛沫を空に珠にして遊んでる世界になったわ。
儚いその存在は、清らな魂を持つ者しかミエナイ、身勝手でワタシ達を使い捨てにした、彼等達は見る事は出来ない。美しい異形のモノたち。
生の糧を得る存在、かつての聖なる存在は、その姿は異形と。見れば血の匂う、怨嗟に満ちた闇を思いだすと、いわれなき迫害の果に穢れたモノに堕ちた。
魔法使いは次々に愛した存在を邪魔にし始めた。卵から育て上げたドラゴン達を。糧の材料を集める事が、困難になったから。稀有なる存在を連れ歩く事が難しくなったから。
連れて歩けば悪魔の手先と、石投げ虐げられる世界になったから。
魔力で姿形を変えても、身の内に宿る『荒ぶる存在』が、少しばかり異形な形を、生み出してしまう。
ひと目見れば、隠していても溢れる力は、人々を凌駕してしまう。聖なる存在は今やない。なので力を奪って、棄てちまおう。俺達は目の色以外は、ニンゲンだ。誰かが動き出した。
ワタシの貴方は悲しんで隠れて住もうと、ワタシを連れて、人訪れぬ荒野のそのまた向こう、常闇の森へとやってきた。
「何もいらない、水と香草、木の実があれは私はいい、糧は……少しずつ知られぬ様に、街に出て集めたらいい。酒ぐらいだ、私は酒を飲まないから、作り出せないのが残念だな。香草は探せは生えていそうだし、林檎は種を蒔こう、この時の為に大枚はたいて手に入れた。そうだな……鼠に鶏は飼おう」
静かに森で過ごしたの。香草を摘み木の実を拾い、林檎に水をやり、チュウチュウ、ココココケコッコ、ピヨピヨ……。芽が出てすくすくと伸びる木。やがて白く花芯が薄紅色の花がさいて。
「ほら、育った。綺麗だね、静かでいい、日差しは差し込まぬが……、魔法を使えばなんとかなる、このままここで過ごそう」
とても幸せだったけど……、ワタシは仲間がどうなったのか、とても心配だった。風が吹き荒れた日に、私は風の精に出会ったの。問うたわ、仲間はどうなったのかと。
「こりゃ珍しい……おら初めて見たぞ!混じりけ無しの魔法使いに、ドラゴンがこんな所に潜んでら、お仲間?みんなくたばっちまいやがっていやしねぇ、どっちも最後の独りだな」
怖い話を聞いたの。星流れの夜に糧を与え、星渡りの夜、再び出会う前、かいでる前に手にした力を行使し、焼き尽くしたと、それをソラから見たという、風の精が、モノ知らぬワタシにそう言った。
メラメラと、轟々と捩れ昇る火の柱。チルチルと音が混じっていたそうよ。それを畔で薄紫の朝靄の中、立ったままで黙り込み見ているのですって。やがて火がおさまると、『結晶』が深い水の底に、トプリと沈んでいるのですって。
それを息も絶え絶えに底から取り出すと、彼等は胸に抱いて何処かに、フラフラ、ふらふらと、よろめき草を踏みつつ消えて行くのですって。
「ハハハン、聖なる存在を屠ったって、水の精の呪いを受けってからな、もちの論!俺っちのソレもだ。そしてたとえ力の塊を手にしても、穢れた魂の輩は使えずそれほど永く生きられないのさ」
キャハっと嗤う風の精。そんな奴等のその後なんてどうでもいいの。朝靄……目覚める前だから何も感じぬと思うけれど……辛いわ、怖いの。悲しいの。知りたく無かった。
ワタシの貴方もそうなるの?
千日千夜、黄金に輝き降り注ぐ陽の下で、静謐なる光が厳かに世界を満たす月の下で、囁いてくれた言葉を忘れたの?
我のすべてを君に捧げん。
ワタシは殻の中で、声に真がアルのがわかると、千日千夜、囁きカエしたわ。
貴方に全てを捧げる。
そうして産まれ落ちるのよ。
そうして産まれ落ちたのよ。
シュルシュル、シュルシュル、目の前の貴方が消えていく。ブランデーをひと樽買うと怪しまれたよ、目をじっと見られた。被り物をして、上手く隠して行ったのだけどな……、まだ覚えている者達がいるんだね。笑って話していた。
アレはいつの事だったかしら?
どれほど時が経てば、ワタシ達が生きていた頃を、覚えている人々が居なくなるのかしら。
「困ったねぇ『野営』とかで、荒野迄、街に住む人達が遊びに来るようになったよ」
コレは最近の事かしら?
もし、深い深いこの森に来たら……、奥に奥に隠れるここに来たら……ワタシ達はどうなっちゃうの?
「大丈夫、いざとなれば泉の底に潜ろう、ニンフの国の門番辺りに雇って貰おう、星も月もない世界だ、きっと糧を得なくても生きていけるよ」
笑った。ワタシがナミダをこぼして震えたから。ニンフの門番、水底に沈めば二度と外には出れない。それに本当に糧を得なくても生きていけるの?時が来たら、淡雪の様に水に溶けて、無くなりそうな気がするのだけれど。
「二人で消えたらいい」
首傾げるワタシに貴方は笑って言った。
シュルシュル、シュルシュル、目の前が暗くなるわ、身体が蕩けるようにだるくなる。どきどきと蠢くワタシの中の『結晶』、ぴりりとヒビ走る様な痛みが走った。
遠くから高く低く、古い古い呪文を唱える声が聴こえてくる……聴いたことのない唄、何故?どうして?今の今までそんな事は無かったのに……。コレは何かの準備なの?
「二人で消えたらいい」
あの時の言葉は?聞き間違えたのかしら。悲しくて辛くて寂しくてナミダが溢れてくる。
「ほら、育った。綺麗だね、静かでいい、魔法を使えばなんとかなる。このままここで過ごそう」
それもウソ?ワタシはヤッパリイラナイ……邪魔なの?ソウナノネ、大好きな貴方。大好きなの。サヨナラだとしても……好きなの。
チャポン、水が跳ねる音。くすくす笑う声。何かが、ポチャポチャ囁くわ。
……、ほら……早く出てきなさいな。勇気を出して。
胸が痛い。骨も身体も皮膚も足も指も……、どこもかしこも痛いわ。ズキズキとする。焼かれちゃった?だから痛いの?息をすると胸が痛む。手をそろりと当てる。奇妙な……、柔らかい感覚。とくん、とくんと弾む。何これ、目を開くのが怖かった。
何が起こったの、私達も魂がある存在。身体が消えてソレになってしまったの?そして聴こえる声は天使様?
……、チャポン、くすくす、ほらほら、王子様がお待ちかねよ。繭に手を触れて、かいでてみなさいな。
声に従う。ズキズキとした痛みの中で、うずくまっていた私は身体をギシギシと動かし、ようようと起き上がり動かす。
触れた……。シュワリと消え去る。私は水面にフワリと浮いている感じ。初めに湧き上がった生きてる安堵感。そして驚き。力が物凄く減っている事に驚いた。何故、どうして?何が起こったの。怖くて怖くて、閉じていた目に、きゅううぅと力を込めた。
おかしいわ、どこもここもふんわりとして、軽くて頼りなくて……、もう飛べないの?夜に貴方を乗せて、誰も住まぬこの森を散歩をするのが楽しみだったのに……。翼迄、小さく薄く縮んじゃった様。
「綺麗だよ」
声が聴こえたわ。貴方の声よ、良かった。私は殺されたんじゃ無かったんだ。でも、私達は生きていけるの?日の差し込まぬ森の中、不可思議な霊体が蠢いている。私が力を貸し貴方が唄でソレを払って……少しばかりの空間で身を寄せ合い過ごしてたのに。
「呪文を解読するのに手間取ってしまい、時を喰ってしまったな。早くにこうしたかったけど、成功して何よりだ」
私の魔力が落ちたからか、おかしな事を言っているわ、どうしたら元に戻れるのかしら……ぼんやりと考えていると、ほら、早く自分の姿を見てみなさい。水の精の声がする。私はズキズキとした痛みが、雪降る時のシャリシャリに似た、冷たく甘い外の空気を吸い込む事で和らいだの。
ときとき、胸が熱い、ふるふる、まるで卵からかいでた雛の様、そろりそろりと目を開いたの。
……、まあ。どうして?私は驚き息を呑んだ。思わず身を乗り出してしまう。
水の精が創り出した水鏡に映る姿に驚いた。銀色の髪はくるくるとカールをし、きらきらと、月の光を浴びて光っている。珊瑚色した瞳には星の瞬き。かつての翼は、蜉蝣の様な透き通った羽根に変わってる。
ピンクのスイートピー色したドレスは、フワリとしてて。まあ!足が有るわ!今更だけど手もあるし!指が細い!爪も牙も無いの?ふぁぁ……前足後ろ足じゃなくてよ、そろりと頬に当てれば、どこもここもなんて柔らかいのでしょう。
そして驚くべき事に、まぁぁぁ、私、随分ちっちゃくなっちゃって……目の間に私を見に来た鮒が、巨大に見える。ぱくぱくと口を動かして、可愛いよ綺麗だねと言ってくれる。かかる息が、ぬるりとした泥と水草の香り。
ああ、こんなになっちゃって、もう貴方を乗せて空を一緒に飛べないわね……。
嬉しいのか悲しいのか、残念なのか喜んでいるのか。訳がわからず、こんがらがった頭で考えながら、羽根を動かしてみた。
チラチラチラチラ、コバルトの粉をふりかけた様に光っているそれは、空に千々に粉を振りまく。たったそれだけなのに……、私はふわり浮き上がってしまったの。
「きゃぁ、なんて軽いの!まぁ!あら……声が!出るわ!ヴーとかガァーじゃない!めろめろと炎が出ない!きゃぁ!凄いの。あら、あら……、風に流されちゃう、こんなのどうしたらいいの?煽られるなんて初めてよ」
「くく、このまま連れさろうかな、聖なるヒトツを変えちまって……、ちいっとおらは!怒ってんだ!」
「あら、私達は喜んでいるわ、最後ヒトツが消えたのは悲しいけれど、ひとりが産まれたじゃない、生命の輝きは残ったのよ」
私と風の精と水の精の声。ほら下手くそ!……こう飛ぶんだと、風の精が、手足をバタつかせる私に手を貸してくれた。
空に飛んだら、羽根を動かさなくてもいい、風と大気に乗るようにするんだ、ふらふら、ヨレヨレと動く私を手伝う。
「留まる時だけ動かせ!チチチってな!そう……マシになった。妖精のお嬢さん、どうだい?生まれ変わった事だし、新しい男に乗り換えないかい?このまま西風に乗り、おらの国へ行こうよ、そこは花咲き乱れる精霊の国だ、君を花の女王様にしてあげる」
あら……何かしら、求婚されたの?私は首をひとつ大きく振る。銀の粉がきらきらと広がる。
千日千夜、黄金に輝き降り注ぐ陽の下で、静謐なる光が厳かに満世界を満たす月の下で、囁いてくれた言葉を覚えてる。
我のすべてを君に捧げん。
ワタシは殻の中で、声に真が有るのがわかると、千日千夜、囁き返した言葉も覚えてる。
貴方に全てを捧げる。
そうして産まれ落ちるのよ。
そうして産まれ落ちたのよ。
「私の彼は、陽の下も月の下も、ただ一人だけなの」
私は畔に立つ貴方を見たわ。もう前みたいに大きな力は使えない。小さく優しい魔法しかきっと使えない。光輪が小さくちいさくなっている。でも……。
今ならそれで十分なのかもしれない。何もない世界には、大きなる力等、排斥される異物になってしまうから。
種族が変わった事で、何もかも縮んでしまった。
糧を取らなくてもいい存在になった事を感じる。
もう内なる魔力を貴方に貸すことは出来ない。
きっと鎮魂と再生の儀式ももうない、私の中にあったら荒ぶる存在が綺麗にさっぱり消え去っている。
そして、月光を浴びている今、清水を飲みそれが身体に染み渡るような感じで、力がひやりと満ちるのが分かるの。前はそんな事は無かったのに。
「ちぇ!つまんねーの!」
じゃ!とっとと行け!ほんでもって、おらの国に来んなよな、と背中をトンと押された。少しばかりふらつきながら、私を待つ人の元にふわふわと、まだ慣れぬからか、少しばかり危なっかしく飛んで行ったの。
「上手くいって良かった。でももう大したことは出来ないよ、それに人の身体を持つ私は、この森で暮らすのは無理だ、外に出なきゃいけない」
「私はついていっていいの?」
今まで過ごした場所の水や草木や大気が、私だけ残るように声がかかる。そんな言葉は聞かないフリ。羽根をちちちと、細かく震わせ彼の目の先に留まる。ほんとに小さくなっちゃった。力を身体に込めてないと、貴方の熱くて甘い吐息ひとつで、虚空の彼方へと吹き飛ばされてしまいそう。
前とは逆ね、そうか……貴方はこんな風に見えていたのね。
目玉に映るのがはっきりわかる、鏡の様。
目玉しか目に収まらないの。大きすぎて。
「そうだな……ククク、人には清らからなる存在は、見えない時代になっている。来れない事はない。この森で待住む?きっと君を護ってくれるから。時々に会いに来よう、それとも僕と旅してみる?」
「どんな旅?」
「そうだな……前は討伐ばっかりだったし、そうそう、錬金術は少しばかりなら使える、日銭位は産み出せるだろう、サングラスってのが売っててね、これで何とかやれそうだ、だから、ほろほろと、あちらこちら世界を、街を巡って……、先ずは海に行こう」
静かに話す声、変わらぬ琥珀色に輝く瞳が、くしゃりと笑う。サングラス?と聞けば、目を隠す変な物を見せてくれた。そんなヘンテコ、私と二人っきりの時にはつけないでよね、と一応言っておく。
「あはは、わかった、海……行ったね、君の背に乗ってさ……覚えてる?随分前だけど」
懐かしそうに話し始める。海と言えば、ワタシの時に、絡まる脚を一本一本、ぶっちぎって喰った、真紅の化物、万年巨大タコの味しか覚えて無い。
塩味と旨味は覚えている。美味しかったな、歯ごたえぷりぷっとしてて。足元砂だったかしら。それともゴツゴツとした石?ザッパーンとか、水が大きく動いてて……そう!人魚がいたっけ……、貴方といえば、千年蛤とかいう、殻が気持ち悪く虹色にペカペカ光っている、化け物貝を浜焼きにして美味しそうに食べてた……。
曖昧な記憶、なのでものすごく見たくなった。
「行きたい連れて行って」
私は彼が差し出した手のひらに、ひらひらと花弁の様に舞い降りると、ちょこんと座る。
「うん、行こう、海でしばらく遊んで、それから山に湖に、北に南に東に、西は怒られるかな」
そう言って私を、新しい今風の外套を着た貴方の肩に、そろりと乗せてくれる。そうか……そうなのね。
今度は私が貴方に運んでもらう番なのね。そう話すと、そうだよ、とクスクスっと笑った。
「さあ、楽しく賑やかに時を過ごそうか、美味しい物を食べたいね、化け物なんかじゃなくて、普通の蛤の浜焼きを食べよう」
貴方はイタズラ小僧の様に片目をつむって笑ったわ。
「狡いわ!私は今はもう、そんなの食べられない、月の光と水の飛沫、日の光がこれからの私の糧だもの、普通の蛸ってどんなのかしら、ねえ、ずるいの!ずるいの」
私はぷぅと膨れて、肩にかかる貴方の髪をツンツン引っ張った。さらさらとしたそれに宿る、深い緑の木々の香りが濃く立ち上がり、ちいさな小さな私を包み込む。
イラスト提供 雨音AKIRA様
終わり。
お読み頂きありがとうございます。
作品内の、イラストの無断使用、雨音AKIRA様の許可の無い方のご使用は、ご遠慮ください。
ああ〜。こんな女の子を肩に乗せて世界中旅したいー。SSは割烹に置いてます。