中編
2話目です。
よろしくお願いします。
世話係(人型・女性)を脅して(願いが聞き遂げられないのならハンストするといいました。まだ私に死なれるわけにはいかないらしい)無事にダイエット…もとい鍛錬の師匠を派遣させる事に成功した。
師匠(人型・男性)は人間の年に変換すれば見た目は中年のおじさんだった。どこか死んだ目で私を見てボソボソと喋る。
リストラ直前の窓際族にやっかいな仕事が回ってきた感が強い。
「では聖女よ、まずは素振りを…一万回…」
「もっと桁を減らせよ、無理に決まってんだろ」
こちとら小さな酒樽一つしか持てないか弱い女性だぞ?素人に無理な注文を付けるんじゃない。
「あ~…では十回で」
いきなり減った桁にこいつやる気がないと初対面時から思っていた事をもう一度思う。
これまた最初に支給された木の剣を十回、適当に上から下へと振り下ろす。
構えも何も教えて貰っていないので本当に適当、そして師匠(人型・男性)はこっちを見てもいない。…溢れ出るコレジャナイ感。
目的はダイエットなので結果として体重が減ればそれでいい。しかしどうせやるのならチンピラを伸せるくらいにはなりたい。
「これでいいの?」
「ああ…うん…」
「煮え切らないなぁ、もっとハッキリいえや!」
言葉使いが悪いのは生まれと生活環境両方から、職場である酒場には粗野な連中が集まりやすい安いのが自慢の店だったので仕方ない。マスターの人柄にもよるだろう、類友というやつだ。
「聖女の言葉使いとは…」
「こっちはお遊びでやってんじゃねえんだよ、(ダイエットに)真剣なんだよ!(ダイエットに)命を懸けてんだよ!お前もやる気を見せろ!」
酒場では家にも職場にも居場所のないおっちゃんが管を巻きに来る事が多々あった。そんなおっちゃんを慰め、時に発破をかけてチップを貰っていた私が断言しよう。
こいつは優しく慰めても「でもなぁ…」と言い訳を始めてやる気を出さないタイプだ。
もっと厳しく追い詰めないとどこまでも逃げ腰な…私と同じタイプだ。
やれと言われれば嫌々ながらでもするが、やれと言われなければしない。そういうタイプだ。
ただでさえ働き詰めで日々睡眠不足を引きづっているのだ、いざという時(単発バイト)の為に体力はなるべく温存しておきたい。
つまりはコイツがビシビシと私を追い詰め鍛えてくれないと甘えてサボってしまい成果がでない可能性が高い。だって今の状態だと何もせずに生きていけるのだから。
それも生まれて初めての高待遇。流されても仕方ないと思わない?
でもそれでは困るんですよ、今後の生活の為にも。
私が本当に“聖女”なのかは未だ持って自信がない。何かの間違いなのでは?という疑いの気持ちの方が強い。
“聖女”に認定されればその後の衣食住には困らないし借金もチャラだ。
しかしやはり間違ってましたとなれば借金の総額は減ったが、借金そのものはなくならない。今まで勤めていた酒場だって時間が経てば新しい人を雇うだろう、つまりは職場探しからの再スタートとなる。
求人の応募に複数人からの応募があった場合、能力の有無で採用を決めるだろうが仮に同じ能力の持ち主であれば美人な方を選ぶ。集客効果を考えても自分でもそうする。
つまり、就職率を少しでも上げる為にもダイエットは必須なのだ!
はっ!もしかしてこれも罠の一環なんだろうか?
とことん甘やかして堕落させて、聖女としての力を落とそうという魂胆なのかも!
聖女と聞いて思い浮かぶイメージは“清廉潔白”そして“美人”!
自堕落に過ごした結果、ブクブクに太った聖女は果たして聖女といえるのか…。
おのれ、なんて卑劣な!
これから助けにくるという勇者に“偽者”と判断された結果、ここに置いていかれたらどうすればいい?
勇者に見捨てられた“聖女”に価値ありとまだ思ってくれるのか?否!断じて否である!
そこで魔物にも見捨てられたらどうすればいいというのか!
責任を持って殺してくれるならまだしも、放逐されてみろ!
こんなに甘やかされた後で真面に生きていける気がしない。
飼い猫が野良で生きるのは大変だというのに!
しかも猫ならブス猫でもそれはそれで愛嬌があるから餌をくれる人はいるかもしれない。しかし残念ながら私は人間であり、今はただのデブ…予備軍だ。
ちょっと心が辛すぎるのでまだデブだと認めたくない。アウトに近いセーフだと思っている。まだ間に合うと自分に言い聞かせている最中だ。
美人には救いの手が伸ばされてもブスにはその手の数は減る。間違いない。
人間とは薄情で打算的な生き物でもある、世の中ってそういうもんだ。
だからこそ!
一人で生きていく為にも“強さ”を身に着けて置く事はマイナスにはならないし、標準体型と標準な容姿を手に入れるのは今後の私の為に欠かせない条件だ。
三か月前より確実に重くなった体をどうにかしないといけない。
ちょっと動いただけで息切れするとか真面に仕事を熟せる気がしない。思った以上に色々と落ちている。
このままでは再就職できても直ぐにクビになってしまう。
そうなれば飢え死にまでのカウントダウンが始まる。ついでに私自身の売値も下がる。
自身を売っても借金返済できないとか…最悪の場合は稼ぐ端からお金を持っていかれるという無限地獄に落ちる羽目になる。…仮にも役場がそこまで酷い事をしないと信じたいが“お役所”というものが本当に信じられるのかと聞かれれば否である。
あそこは貧乏人の味方にはならない。
今までの人生で骨身にしみて分かっている事だ。むしろ鞭打ってくるからな。家を追い出された恨みは忘れん。今でも当時の担当者は思い出すたびに呪っている。
この思考が“聖女”失格だと思っているので“聖女”としての自信がない一端でもある。
「こっちは(ダイエットに)本気なんだよ!やる気がないならとっとと他のやつ呼んで来い!邪魔だ!」
こちとら生きるか死ぬかの瀬戸際なんだよ!
「ふ、ふふ…ふふふ……」
私が精一杯の啖呵を切ると急に師匠(人型・男性)が笑い出す。
「よくぞいうた小娘が!」
“聖女”呼びから一気に呼び方がランクダウンした。
「よかろう!
かつて魔王軍にこの人ありと謳われたワシの鍛錬に耐えられるものなら耐えるが良い!」
ちょっとあかんスイッチを入れた気がするがもう遅い。
ここまで言われて降参するのも腹が立つし。
リストラ予備軍から鬼教官へとジョブチェンジした師匠(人型・男性)を睨みつけ「望むところだ!」と宣誓するが…わずか数分後に早まったと後悔した。
てか今、サラリと魔王軍とか言わなかった?
師匠(人型・男性)のしごきは甘え切った今の私には耐えられなかった。
ここに来た直後ならもう少し食らいつけたかもしれないが、数時間で気絶という情けない結果となった。
師匠(人型・男性)は世話係(人型・女性)にこっぴどく怒られており、二人の力関係を垣間見た。
「聖女様、あまり無理はしないように…」
「いいえ、(ダイエットを)諦めるわけにはいかないの。(私の)人生がかかっているのだから!」
気絶から目を覚めた私に対し世話係(人型・女性)は表情を悲し気に歪めたが、勇者が来る前までに痩せるという目標を掲げた私の決心は固い。
ちょっと明日からは鍛錬のメニューをやはり軽めにしてもらわないといけないが、いつかは今日並みのしごきにも耐えられる様になってみせる!と次の目標まで定めた私(のダイエット)を止める事など誰にも出来はしない。
既に筋肉痛による痛みが出始めているので、直ぐには動けないと思うけど。
もう少し軽い運動から始めるべきだった。
そう落ち込む私を元気づける為か、その日の夕食は今までと比べても豪勢なものだった。もちろん残すという選択肢は消え去った。
明日から頑張ればいいか!
ダイエットが失敗する呪文を唱えながら、今日も美味しいご飯をお腹いっぱい食べた。
デザートは別腹ですね!
最終話は18:00以降に投稿予定です。