二章 形を与える者たち 4
「ごめん! 日向くん! 昨日は変な感じで電話切っちゃって!」
放課後、部室に入るなり、葛西がパチンと両手を合わせて頭を下げてきた。
「えーと、ああ、おう。そうだっけ」
電話って、なんの話だ? ああ、あれか。スカーの奴、こいつにも勝手に連絡してやがったんだ。
今日一日、バタバタしていてすっかり忘れていた。ちゃんとフォローしないと、まずいよな。
『なあ、少年。なぜこんなところに、小学生がいる?』
(……一応、これ、同級生だから。ほら、お前が昨日、涅子先輩の前に電話した奴だよ)
『ああ、思い出したぞ。あの子か。なるほど、制服こそ着ているが、なんというか、その、とても幼いな』
(それ、禁句な。泣きべそかくくらいキレるから、言ってやるなよ)
まあ、葛西にはスカーの声は聞こえないわけだし、大丈夫だろうけどさ。
そんなことを考えながら、俺は部室の机の上に自分のバックパックを置いて、いつもの位置に座る。
「私、すっごいびっくりしちゃってさ。その、つい電話を切ってしまいまして」
「あー、それなあ。いきなりかけた俺が悪かったから、あんまり気にしないでくれ」
どうやら葛西は涅子先輩と違って常識的な判断をしたらしい。そりゃそうだ。こいつは全然悪くない。
こんなに申し訳なさそうに頭を下げられたら、こっちの心の方が痛むわ。
「でもね、日向くんだって悪いんだよ! いきなり今晩そっちに行っていいか、だ、なんて、さ」
(おい、ちょっと待てスカー今の話くわしく!)
ちらちらとこっちの顔色を窺いながら、もにょもにょと口ごもる葛西。
なにそれ、俺が知らないところで何があったの怖い。
『どうしたんだ、少年。そんなに血相を変えて』
(いいから! お前、こいつに何て言ったんだよ!)
『うん? 事情を説明しようにも私自身よくわからないことばかりだったのでな。何も聞かずに泊めてくれ、詳しいことはその時に話すから、と。そんなことを言ったと思うぞ』
(バカじゃねえのお前!)
なんだその外泊の申し出(意味深)みたいな言い回し!
やべえよ、終わったよ。
俺は今日からめっちゃアクティブな勘違いキモ野郎だよ女子みんなからイジメられる!
『そんなに狼狽えることはないんじゃないか、少年。私が思うに、状況はそこまで悪くもなさそうだぞ? ほら、この娘の様子をよく見てみろ』
(様子?)
お先真っ暗な未来予想図に頭を抱えそうになっていた俺は、スカーの指摘に改めて葛西の方を見る。
「わ、私的には日向くんは割と仲良い友達? 部活仲間? だとは思ってるんだけどさ? けど、さすがにお泊りっていうのはレベルが高いというか……ほら、うち、お父さんもお母さんも普通にいるし!」
「うん」
なるほど。続けて?
「貸してた映画、もっかい観なおして、感想とか話せたら楽しいかもなーとは思ったんだけど、日向くんもやっぱり男の子だし。いやいやいや! 信用してないわけじゃないんだよ? それに部屋も片付いてなかったし」
つまるところ、だ。葛西さんよ。
「怒ってない?」
「え、なんで? 怒ってないけど」
イヨッシャァァァァッ! セエェェェェェフッ!
なんかめっちゃ早口でよくわからなかったけど、嫌われたり、キモがられたりしているわけではないらしい。葛西が良い子でほんとに良かった。
首の皮一枚つながった気分だよ。これ普通に絶交案件だったからな?
『……君は今のこの娘の言葉から、もっと別の何かを感じ取るべきだと思うんだがな、少年』
(は? まさかお前、他にもなんかやらかしたんじゃないだろうな?)
『いや、いい。自分で考えろ』
なんだその呆れたような言い草は。お前のせいで大変なことになりかけたんだろうが。
一言ぐらい謝れっての、このデリカシー皆無幽霊が。
「いやー、こっちこそごめんな。ちょっとしたアクシデントで家に帰れなくなってさ。、まあ、色々あって、俺もテンパってたせいで変なこと言ったかもしれない。気にしないでくれ、な?」
おお、我ながらこれはなかなかにスマートなフォローなんじゃないか?
このままの軽いノリでなかったことにしてしまえばいける。いけるぞ、おい。
「ええ? 帰れなかったってなにそれ? 大丈夫なの?」
「と、とりあえずは大丈夫! 昨日もなんとかなったしさ」
「なんとかって、まさか、公園で野宿とかしたんじゃ……」
「いや、まさか! ちがうちがう、その、昨日はあれだ」
本気で心配してくれているらしい葛西だけど、さて、なんて答えたものか。化け物の件とか、スカーのこととか、話しても伝わらないだろうし。どうしようか。
そんなことを俺が考えていた時だった。
「なんだ。日向なら昨日、うちに泊めたから平気だぞ」
時が、止まった。
今まで部室の奥の定位置で文庫本を読んでいた先輩の何気ない一言。
悪夢、再び。そんな言葉が俺の頭の中を駆け抜けていく。
「へーぇ……そうなんですか? 涅子さん」
「ああ。朝ご飯もちゃんと食べさせてから送り出したからな。何も問題ないだろ」
「へーぇ……日向くん、よかったねぇ」
いや、問題大ありなんだよなあ。涅子先輩、ちょっと男前すぎやしませんかね。
普通の女子ってこういうの隠すもんなんじゃないの?
でも、そうかあ。
スカーの言い方で俺を助けてくれちゃう涅子先輩だもんなあ。
マジでなんとも思ってないに違いない。実際、何もなかったし。
「ふーん、そっかそっかぁ。泊めてもらったんだねぇ、日向くん」
抑揚のまるでない声でそんなことを言いながら、じいっと座っている俺を見下ろしてくる葛西。
何、その真顔。目が! 怖い怖い! どうしたんだよ、こいつ!
「前言撤回、してもいいかな?」
「は?」
そっと、俺の肩に手を置いて、葛西は無感情な目のままに笑うという表情を向けてくる。
「やっぱりね、私、怒ってるから」
なんでだよ!