第一話:借りは返してもらうわよ!
自分で言うのも何だが、私は自分のことを人並み以上、いや、天才であると確信している。
日本一の学校である私立柊学園の中等部で生徒会長を務め、成績、スポーツ共に学園史上類を見ない逸材。まさに死角なしの天才がこの私、岩坂実佳だ。
そんな私が目指すものはただ一つ、柊学園高等部で生徒会長になること。
「遂に・・・この日が来た!」
桜が舞い散るこの春、私は高校生となる。
これは最初の一歩だ。いよいよ待ち望んだ日々が幕を開ける。
希望と誇りを胸に、私は校門へ最初の一歩を踏み出した。
「ちょっとそこどけエエエエエエエエツ!」
驚いて振り返ると、パンダが此方へ突進してくる。
うん? 寝ぼけているのかしら? 何故パンダ? 何故パンダが二足歩行でこっちに迫って来てるの? 何故パンダが喋っているの?
私の思考エンジンがオーバーヒート寸前まで回転しても、その答えは見つからずに私はパンダ(?)に吹き飛ばされた。
宙を舞う。何故宙を舞ってるの? 何故パンダに吹き飛ばされてるの?
わからない。何一つ理解出来ない。
「これが・・・最高峰の高校・・・」
私は訳も判らぬまま、私は校門の前で崩れ落ちる。
◇◆◇◆
今誰かぶつかったか? この着ぐるみ、目のとこ穴空いてないから何も見えねえよ!
俺、佐口敦也は何故パンダの着ぐるみを来て登校して来たのか。それは高校デビューとイキっていた訳でも、着ぐるみを着る変な趣味のある人間だからという訳では断じてない。
正解はバイト。今日、俺の自宅の付近にある牛丼屋がリニューアルオープンした。そのビラ配りのバイトに雇われた俺はパンダの着ぐるみを着てせこせことビラを配っていたのだが、重要なことが俺の頭から抜けていた。
「今日、入学式」
あろうことか、そのことに気付いたのは入学式遅刻五分前。俺は今すぐにこの暑苦しい着ぐるみを投げ捨てて直行したい衝動に駆られたが、そこに問題が発生した。
「バイトの給料・・・後払いじゃん!」
バイトの時間は五時間、給料は後払いで契約している。俺の貴重な財源であるバイト、時給八百八十円。それを無駄にするのか。
どうする。どうすれば良い!
長考の結果、俺は走り出した。多大なる罪悪感でパンダの着ぐるみを被ったまま、俺はもう振り返らない。これから始まる学校生活、そしてバイトを謳歌する為に。
平穏な学校生活を送るために、手段は選ばない。
入学初日に着ぐるみで登校してきた俺は、着くなり先生方に取り押さえられてこっぴどく叱られ、貸し出し用の制服を借りた。借り物せいか、制服がごわつくが仕方がない。
俺は何度も制服を直したりしながら教室へと向かった。
するとその時、保健室を通り過ぎようとしていた時、ドアが開いて誰かが出てきた。
その少女は凛とした顔で俺など見向きもせずに、長い髪を靡かせながら俺と同じ方向に歩いていく。
同級生だろうか。この学校の女子はスカートの色で学年が判るようになっている。ちなみに、男子はネクタイの色が異なる。しかしよく見るとこの少女、校門の前で突っ立っていた子だ。
「・・・何か?」
此方の視線に気付いたようで、少女の方から話しかけてきた。
「いや、同級生だよな?」
「見れば判るでしょう? 今日入学した新入生、それが謎のパンダに激突されて先刻まで保健室で寝る羽目になったのよ」
「そうか、それはまた災難だったな。でもあの時間だと遅刻だぞ」
「全く、今日は厄日だわ。お陰で練りに練った計画が半分パアに---」
少女の言葉が途切れる。
俺の前を歩いていた少女は俺の方へ振り返ると、一呼吸おいてこう言い出した。
「待った。何で貴方が私が遅刻したこと知ってるの?」
「適当に言ってみただけだ。大した意味はない」
「本当はいたんじゃないの? あの時、私の近くにいて、見ていたんじゃないの?」
どうしたものだろう。別に隠すつもりはない、何を隠そうこの俺が君をはね飛ばしたパンダその人なのだから。ここで正直に言って謝る、それが普通の選択肢。
けど、なんかこの人怖い。怖い、目が怖い。
俺は大して悪いことはしていない。だが少女の目は言葉では言い表せない殺気が伝わってくる。
俺は大したことはしていない。けど何だろう。ここで認めてしまったら俺の人生に最後が訪れるような気がする。
考えた末に俺は---。
「ああそうだ。俺はあの時お前を見てた。窓の外からな」
隠し通す道を選んだ。
「窓の外。本当に貴方は窓の外から私を見ていたの?」
「本当だ。ずっと校門の前に立って動かなかったから、ちょっと気になってな」
「そう・・・良かった。そう言ってくれて」
少女はヅカヅカと俺に歩み寄ってくると、俺のネクタイを引っ張り引き寄せてくる。
「私、前の学校見学でこの高等部の校舎の間取りは全て把握しているの。ちなみに貴方、何処から私を見てたの?」
「何処って教室から---」
「教室って一年生の教室よね、可笑しいわね。一年生の教室がある校舎からじゃどうしたって校門は見えない、つまり私が見える筈ないのよ」
そして最後の止め、少女は俺のネクタイを裏返す。そこには学校名と貸し出し用と書かれた文字。
「この制服は借り物。自分のは家に置いてきた? いいえ、仮にもこの学校に入れる生徒はそんな馬鹿なことはしない。ならどうして? 答えは着てきたがそれは制服ではなかった。貴方は何か別の服を着て登校し、職員室で制服を借りた。違う?」
「それがお前の言う通りだとして、俺がパンダだっていう証拠になるのか」
何でこんな無駄な論争しているのだろうう。話すの長過ぎやしないか、というかもうチャイムなってますけど、終わっちゃったけど、入学初日がこれってどうなの?
それに俺はいつまでこんな至近距離で話せば良いのだろうか、いい加減放してくれても良いのではないだろうか。
そう思っていると少女はようやく俺のネクタイから手を離し、ブレザーのポケットから取り出したスマホを操作し、こちらに見せ付けてきた。
「これ、貴方よね」
スマホの画面に写るのは、俺がパンダの着ぐるみを着てビラ配りをしている姿。
「何とか言ったらどうなの佐口敦也。貴方のことはかなり調べたわ」
え、俺調べられてんの!
「まあ今回のことは私にも非があることだし、許してあげても良いわ」
「ああ、そりゃどうも」
コワイ、何で堂々と俺のプライバシー侵害して偉そうなんだよ。
「じゃあ、俺もう行くから。というか帰るから、ホントすいませんでした」
足早にその場を立ち去った俺はこの学校に入ったことを少なからず後悔した。もしかすると、この学校はこの少女のような人ばかりなのだろうか。
「だから嫌だったんだよ。こんな学校」
俺が欲しかったのは平穏な学校生活。なのに初日でこれだ。
俺の平穏は、いつ訪れるのだろうか。
「待ちなさい」
まだ言い足りないのか、腕を掴まれて俺は止まることを余儀無くされる。
「ねえ、知ってる? この学校、長期休暇以外はバイト禁止なの」
「へー知らなかった。でも俺がバイトしていたのは春休みだから、問題ない」
「それがあるのよ。貴方、外部生よね。外部生は受かった途端に入学が強制されて生徒は学校の管理下に置かれる」
「それがどうかしたのか?」
別にバイトなんて早い奴では中学から始めている。
「判らない? 貴方は春休みからこの学校の一員、バイトは校則違反なのよ。先生にどう言ったのかは知らないけれど貴方はバイトをしていた。そしてこの事実は私だけが知っている。言いたいこと判る?」
これは、どう言い訳したものか。バイトが禁止だなんて説明会では聞かなかったがな、自由な校風が売りではなかったのだろうか、この学校は。
「でも安心しなさい。このことは秘密にしてあげても良いわ」
「ほお、言わなくても良いのか、場合によってはお前も同罪になるぞ」
この学校の校則を破った者は即刻、退学になる。その者を庇った者も同罪となる。
「構わないは、そんなものは後でいくらでも言いくるめられるから。でも少なからず犠牲を払うわ、だから貴方に、相応の対価を払って貰う」
少女は俺の腕を掴んだまま、スマホを仕舞うと違うポケットから一枚の折り曲げられた紙を出した。そしてそれを広げて俺の顔の前に突き付ける。
「貴方には私と一緒に、生徒会に入って貰うわ」
この日が、俺たちの最初の出会いであった。
こんにちは、柊です。このサブタイトルは即席なのでまた変更するかも知れないです。佐口は果たして生徒会に入るのか、次回もお楽しみに。ここまで読んで頂き有り難う御座いました