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#09 非情な現実

 パァン! と風船が割れるような音が辺りに響き渡る。

 ルナの一撃は見事スライムの核に命中したのだ。

 それと同時に隆史の体は後ろに大きく倒れた。

 俺は地面に頭をぶつけないよう咄嗟に隆史の体を支えてやる。揺すってやっても意識を失っているのか反応がない。


 あれだけ頑固に張り付いていたスライムも、核が破壊されたことにより、少しずつ形を崩しながら地面に垂れてきている。もう絶命していることは明らかだった。


「た、隆史……!?」


 スライムの居なくなった隆史の顔面は、人間の顔とは思えないほど酷く崩れ、ところどころ骨が見えてしまっている。皮膚は重い火傷の痕のように赤くただれ、見るのも辛いくらいだ。

 そして、ルナの棍棒によってかスライムの酸による影響か定かではないが、眼球は潰され、鼻の骨が折れてしまっている。


「HP残り3か……こんな状態でもまだ生きているんだねー、もし本気でやっていたら隆史くん既に死んでいたかも」


 隆史のスマホを手にしながらステータスを確認するルナ。

 ルナは少しも隆史のことを心配する様子は無い。それどころか、こんな状況だってのに笑っていやがる。


「おい、大丈夫か……!? そ、そうだ、ポーションを使えば……!!」


 スマホを操作して、昨日入手したポーションを取り出す。

 蓋を開け、隆史の口だと思われる穴に目掛けて液体を流し込んだ。


「くすくす、回復アイテムなんてやめておけばいいのに」

「馬鹿言え、仲間なんだぞ! 隆史……絶対に助けてやるからな!!」


 数秒後、ポーションの効果が表れたのか、隆史は2回ほど咳を繰り返した後に意識を取り戻した。

 だが、顔面の傷は塞がっておらず、出血は止まったようだが痛々しい外見はそのままだった。


「か、カケルさん、ルナさん……どこに居るんですか!? な、何も見えないんです!!」


 隆史は目が見えないことで軽いパニック状態に陥っているようだ。


「落ち着くんだ、隆史。俺はここだ。……い、痛みはないか?」

「い、痛みはありませんけど……目の前が真っ暗なんです。スライムがまだ顔にくっついているんじゃないですか……?」

「……いや、違う。スライムはもう倒したんだ……」

「じゃ、じゃあ!! どうして何も見えないんですか!?」


 隆史はまだ自分の眼球が潰されたことに気が付いていないようだった。

 正直に教えるべきか、誤魔化すべきか迷っていると、ルナが隆史の側に近づいてきて……。


「それはね。ルナが隆史くんの眼球を棍棒で潰したからだよ。ばこーんってね」

「……え?」


 ルナの告白に「信じられない」とでも言いたげな声をあげる隆史。


「……済まない。あのまま顔面に張り付いたスライムを倒さないと命の危険があったんだ。他に何も方法が無くて……ごめん」


 俺がそう言って謝ると、隆史はゆっくりと起き上がる。それから両手を震わせながら顔に持って行き、自分で触って確めはじめた。


「な、なんだ……これ。こ、こんなのボクの顔じゃないです……」


 隆史は今にも泣きそうな声を出しながら、何度も何度も何度も自分の顔を触っている。

 俺はそんな隆史にどうやって声を掛ければいいのか分からなかった。


「……カケルくん」


 戸惑っている俺のもとにルナが近づいてきて、耳元で囁く。


「……ダンジョン攻略の続き、しよ? スライムを倒した場所から鍵が見つかったんだ。きっと、こいつが第一層のボスだったんだよ。これを向こうの部屋にある扉に使えば次の階層に進めるよ?」


 金色に光る鍵を見せながらルナが微笑む。


「今はそれどころじゃないだろう。隆史があんな状態じゃ……」


 俺が言いかけていると、ルナは俺の腕を掴んで隆史から離そうと引っ張ってくる。

 隆史はまだ現実を受け入れられないのか、一人で顔を触り続けていた。

 扉のある部屋まで来たところで、ルナが話し始めた。


「何を言っているの? 隆史くんがあんな状態じゃダンジョンを攻略出来るわけがないじゃない」

「いや、今ダンジョン攻略の続きをするって言ったばかりじゃんか。ルナの方こそ何を言っているんだ?」

「だからね……隆史くんをここに置いて、ルナとカケルくんの2人でダンジョン攻略の続きをするの!」


 ルナはさも当たり前のことのように、楽しそうに提案してくる。


「そ、そんなことが出来るわけないだろ! ふざけるのもいい加減にしろよ!!」


 俺がそう言って怒鳴ると、ルナは笑顔から冷たい表情に変えて距離を詰めてくる。そんなルナの瞳には光など宿っておらず、瞳孔の開ききった死人のような目をしていた。


「……ふざけているのはカケルくんの方だよ。目の見えなくなった隆史くんを連れてダンジョンの攻略が出来ると思っているの? これから先、スライムのような危険なモンスターだってたくさん出てくるかもしれないんだよ? 戦うことも出来ない、自分の身を守ることも出来ない、役立たずになった隆史くんは誰が守るの? このまま連れて行って、隆史くんを守ることが出来るの? 一番簡単な第一層の敵でさえ何も出来なかったのに! ……もし無事だったとして、身の回りの世話は? 食料は? そんな余裕が今のわたしたちにあると思ってるの? ねえ、どうなの? 答えてよ」


 捲し立てるように話すルナ。

 それでも、それでも俺は……。


「それでも俺は……隆史を見捨てることは出来ない。何としてでも連れていく」


 俺がそう言うと、ルナは大きく溜息を吐く。


「……あっそう、なら勝手にすれば」


 不満そうに吐き捨てるルナ。

 俺は隆史のいるところまで戻り、手を引っ張りながら扉の部屋まで連れてくることにした。


「隆史、こっちだ。こっちに扉があったんだ。きっと、この向こうに第二層があるぞ!」

「だ、第二層……?」


 ショックのせいか、隆史の声はいつもよりも暗い。


「ルナ、頼む。扉を開けてくれ」


 そう頼むと、ルナは無言で鍵を扉の鍵穴に差し込みガチャリと回した。

 すると鍵は光に包まれて消え、扉は大きな音を立てながらシャッターのように上に上がっていった。重くぶ厚い扉だった。

 って、扉なのにシャッター式かよ。


 んで、その扉の先には階段、ではなく梯子がぶら下がっていた。

 安全を確かめるためにルナと一緒に梯子に近づくと、鉄製のような材質でかなり頑丈な造りになっているようだ。


「結構な高さがありそうだね」

「ああ、でもこれなら隆史も……おーい、隆史! こっちに……」


 こっちにこいよ、って言おうとしたところ、突如、ズドーン! と何か大きなものが落下する音が俺の声をかき消した。

 俺はそれを見た瞬間絶望した。

 シャッター式の扉が落ちてきたのだ。

 隆史の姿は見当たらない。


 まさか、隆史が下敷きになったんじゃ……。


 嫌な予感が全身を駆け巡ったその時、


「か、カケルさん! 今の音なんですか!?」


 声が聞こえたのは扉の向こうからだった。よかった。無事だった。


「扉が落ちてきたんだ! 今開けるぞ!」

 

 そう叫んで扉の前に来たはいいが、どうやって開ければいいのか分からない。こっち側に鍵穴は無いし、持ち上げようにも相当な重量があり、ビクともしない。


「隆史! 聞こえるか!? そっちに鍵が刺さっていると思うからもう一度回すんだ!」

「か、鍵ってどこでしょう?」

「えっと、確かここら辺。俺の声のする場所あたりにあったはずだ!」

「な、ないですよお」

 

 そんなはずは……。


「無駄だよ」


 ルナは冷酷に告げる。


「さっき鍵を回した時に消滅したもん。この扉はもう開かない」


 そうだった……鍵は光に包まれて消えたんだ……じゃあ、この扉はもう――。


「もしかしたら、またスライムが復活して、そいつを倒せば鍵を入手出来るかもしれないけど、今の隆史くん1人でそれが出来るかな?」


 ……出来るはずがない。出来るはずがないのを分かっていて、わざとルナは言っているんだ。


「くそ! 隆史! 俺がこの扉をぶっ壊してそっちに行く!! だから泣くんじゃねえぞ!!」


 俺は叫びながら棍棒で扉を叩きつける。

 反動で手が、腕が痛い。それでも俺は扉を叩き続けた。この分厚い鉄の扉を。何トンもあるようなバケモノ級の扉を――。


 何回も何回も、何回も何回も何回も何回も叩きつけた。もう、手の感覚なんて無くなってた。それなのに……。


「チクショウ……なんで壊れねえんだよ……!!」


 悔しさで涙が出てくる。

 扉には傷一つ付かなかった。


「ね、分かったでしょう? 隆史くんはここに置いていくことしか選択肢はないんだよ」


 さっきまでの冷たい表情から一転、勝ち誇ったように微笑むルナ。

 俺の心は既に諦めが支配していた。隆史にかける言葉なんて何も出てこなかった。


 だって、これ以上隆史に何を言えばいい。これ以上まやかしの希望を与えて何になる?

 隆史を絶望させて、苦しませるだけだ。

 何を言っても現実は変わらない。俺が声をかけたところで何にもならない。


 何にもならないんだ……


「さ、行こ? 梯子を登れば二層だよ」


 ルナはまるでピクニックに出かけるときのような明るい声で俺の手を引いてくる。俺の足は導かれるがままに動いていく。


「カケルさん!? ルナさん!? 待ってください! ぼ、ボクを置いて行かないでください……ぼく、今度は役に立ってみせますから……お願いします。ボクも連れて行ってください!!」


 隆史は声を枯らしながら必死で懇願している。


「ふふっ、役に立ってみせますから、だって。あんな状態じゃ何も出来ないくせにね」


 梯子に手をかけながらルナは鼻で笑った。

 俺にはルナを叱る気力なんて、もう残っていなかった。いや、もうその資格もない。


「ごめん……隆史。さっさとダンジョンを攻略して、助けを呼んでくるから……だから、それまで生きていてくれ」


 俺は梯子に手をかける。


「……カケルさん、ボクを……見捨てないで……」


 それが最後に聞こえた隆史の声だった。

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