#02 血まみれの美少女
目を覚ます。
さっきまで見ていた天井。
床や壁の損傷は激しいが、俺がさっきまで居た精神科病院で間違いないだろう。
辺りは暗いが全く見えないというわけではない。光源がどこかにあるのだろうか。紙やパンフレットなどが散らばっていて、床はところどころひび割れている。
そして、何より不気味なのが人の気配がまるでないということだ。死体がないのは幸いかもしれないが。しかし、こうやって見ると心霊スポットの廃病院みたいで気味が悪いね、ハハ。
少々背中が痛むが、動けないほどでもない。なんとか立ち上がり、病院から抜け出すべく扉に手をかける、が……後ろに何かつっかえているのか開かない。
そうだ、スマホで助けを呼ぼう。
そう思い、ポケットからスマホを取り出して電源を入れるが圏外。時間の表示も文字化けしているようで使い物にならない。壊れたのか?
こうなれば裏口を探すしかないのだが……はて、裏口は一体どこだろう。
人が居ないということは、出口は絶対にあるはずであり、閉じ込められたということは無いはずだ。
スマホの明かりを頼りにカウンターの裏に回り、診察室を通り抜け、奥の部屋に進んでいくと一つの扉を見つけた。この扉が外に繋がっているといいのだが……というか、開いていてくれ。
ノブに手を伸ばし手首を捻る。ガチャリ、と確かな手ごたえ。
これでやっと外に出られた! と喜ぶも何かがおかしい。目の前に広がっていたのはいつもの日常風景ではなく、ゴツゴツとした茶色い岩肌、天井は真っ暗で何も見えない。
それはまるで洞窟の中のようだった。
「なんだ、これは……」
洞窟の中は広く、誰が置いたのか壁には火の点いた松明が一定間隔で並んでいる。
振り返れば、俺が出て来たばかりの精神科病院。明らかに洞窟の背景とミスマッチで、病院だけが地面の中に潜りこんできたようにも見える。
「と、とにかくここから抜け出さないとだな……」
スマホが使えない今、頼れるのは自分自身だけ。ここで待っていても何か変化があるとは思えないし、留まることよりも前に進むことを選んだ。
そういえば、俺が助けた彼女は無事だろうか。病院にいなかったということはうまく抜け出すことが出来たのだろうか。
そんなことを考えながら歩いていると、3つの分かれ道に差し掛かった。その真ん中には何やら看板が地面から生えている。その看板にはマジックペンか何かでこう書かれていた。
『← 死 ↑ 生 → 死』
死とか、生とか、何やら物騒なものが書かれているこの看板。矢印は進行方向のことだろう。
これは一体誰が何のために立てたのか、大人しく従うべきなのか、俺は頭をフル回転させて考える。もし従うなら真っ直ぐだが、罠という可能性だって考えられる。
――どうする俺……?
5分くらい悩みに悩んだ後、俺は生の方、つまり真っ直ぐに進むことにした。
「……これが罠なら俺の運命もそこまでってことだ」
しばらく歩いてみたものの、景色は相変わらず単調な茶色の岩肌をした景色が続くだけ。
このまま進んでいいものかどうか迷っていると……何やら前方で幼稚園児ほどの身長の人影があることに気が付いた。
まさか、人か?
「おーい! 誰か居るのか!? ここはどこなんだ!?」
嬉しくなった俺は手を振って叫ぶ。相手も俺に気付いたのか、トコトコと駆け寄ってくる。
よかった、生きている人が居たんだ――。
そう安心していた俺は、すぐに後悔することになる。
近づいてきた影は松明の光でみるみる鮮明になっていき、人間離れした醜い緑の肌が見えてくる。顔面には人間のものとは思えないような大きな鼻が付いており、手には棍棒が握られてある。人間離れしたその風貌に、俺の頭は混乱しながらも既視感を覚えていた。
こいつ……確かゲームか何かで見たことがある……そうだ、ゴブリン、ゴブリンだ!
でも、どうしてゴブリンが現実世界にいるんだ……!?
「キシェシェ!!」
目の前のゴブリンは俺の様子を伺いながら、唸り声を上げている。どう見てもお友達になれそうな様子はない。完全に俺を獲物として見ている目だ。
一方の俺は武器になりそうなものは何も持っていない。石を拾って投げようにも、この距離だと屈んだ時点で殺られる。逃げるために背を向けても殺られる。背を向けなくても殺られる。頭の中に浮かんだ文字は、死、死、死。
どっちが優勢か、火を見るよりも明らかだった。
か、完全に詰んだ――。
――そう思った時、ゴブリンの背後からカツカツと新たな足音が聞こえてくる。
刹那、激しい打撃音と共にゴブリンの頭はグシャリと潰れ、赤黒い血が飛び散る。頭を無くしたゴブリンの体はドミノを倒すようにパタリと前に倒れた。
ゴブリンの後ろにいる何者かが、ゴブリンの頭を粉砕した――そいつは何者なんだ?
警戒心を解かぬまま、身構えていると、
「また会えたね、カケルくん♡」
ゴブリンと同じ棍棒を持った血まみれの美少女が、甘ったるい声で俺の名前を呼んだ。
精神科病院で見た、あのツインテールの美少女だった。