#01 ある日、精神科病院にて
気がつくと俺の手足は鎖で繋がれていた。
おかしな話だよね。こんなことになるのは精々悪いことをした囚人か、悪いやつに捕まって拷問される時くらいなのに、俺はというと、ベッドの上でツインテールの美少女に愛されている。
酷いことなんて何一つされていない。だって、彼女は俺の身の回りの世話をしてくれたり、気持ちのいいことをしてくれるんだ。
不満があるとすれば、ちょっと手足が不自由でここから一日中動けないこと。あとは彼女以外の女の子の話題を口にすると命の危険を感じるくらい。
それ以外は天国と言ってもいいと思う。こんなサービス、お金を払わないとしてくれないのが普通だろう? でも違うんだ。彼女は無償で俺に尽くしてくれる。俺だけを愛してくれるんだ。まるで、夢みたいなんだよ。
そう、こんなのは夢。夢しか有り得ないよな。
夢しか――。
◆
――嗚呼。
「……また、この夢か」
最近どうも眠りが浅く、眠れたという気がしない。
ましてや、こんな刺激的な夢を毎日のように見ては休むどころか疲れがかえって溜まってしまう。
高校生活の中で特別な悩みごとがあるわけでも、大きなストレスを抱えているわけでもないのだが、こんな毎日が続くと気が変になりそうだ。
俺は何か得体の知れないものに取り憑かれていて、そいつがこんな夢を見せているのだろうか。……いや、まさかな。
除霊、悪霊退散。それよりも、もっと現実的な解決策を考えよう。
例えば睡眠薬とかだ。なんでも睡眠薬ってのは精神科に行けば簡単に手に入るそうじゃないか。
だがしかし、だがしかしだ。精神科に行くのは正直抵抗があった。
完全な偏見だけど、精神科なんてメンタルがヘラっているような人がいく場所であり、俺のようにちょっと変な夢を見て疲れが取れないってだけで行くのは場違いなんじゃないかと、そう思ってしまうのだ。
ああ、葛藤。……けど、こうなっては背に腹は変えられないか。
意を決して、俺は精神科病院に向かうのだった――。
向かったのは近所にあるちっぽけな精神科病院。こじんまりとした建物で、なかなか歴史を感じさせられる建物だ。
受付を済ませ、待合室で待っていると、ちょうど俺と同じくらいの年齢の、黒いヒラヒラ服を着た長いツインテールの可愛らしい女の子が居ることに気がついた。
可愛らしいというか、かなりの美少女で、何となく夢に出てくる彼女に似ている。こんな女の子も精神科にかかっているんだなあ、とか思いながら横目でチラチラと眺めていると、失態。目があってしまった。慌てて目を逸らす俺。
……そして、気のせいだといいのだけど、目があった瞬間、彼女の口元がニヤリと歪んだような気がする。
「精神科やべえ……俺はやべえところに来ちまった……」
こんな場所、診察を済ませてとっとと帰ろう。
時間を潰すためにポケットからスマホを取り出して、何のゲームをするかなーって、ホーム画面を眺めていると、見たことのない白いアイコンのアプリがいつの間にかインストールされていることに気が付いた。
「なんだ? このアプリ?」
怪しむこともなく、俺の中に眠る好奇心がそのアイコンをタップ。
と、その瞬間、突然大きな揺れが俺を、いや、病院全体を襲った。
地震!! しかも、かなり大きいぞ!!
「椅子の下に隠れてください!」
響き渡る看護師さんの叫び声。
だけど、患者たちはパニックに陥っているのか、ただただ悲鳴を上げているだけで誰も従おうとしない。
雑誌などが置いてある棚は倒れ、照明は点滅を繰り返している。
外に出ようにも、ドアが歪んでしまっているのか開かない。それに加え、さっきまで明るかった外がどうしたことか、暗黒に包まれていたのだ。
地震はまだ続いている。っていうか、むしろさっきよりも激しくなってきている。何かに掴まらないと立っていられない。
そうだ、あの子は……ツインテールの彼女は大丈夫だろうか。
何故こんなときにそんな考えが浮かんだのか自分でも分からない。
歳が近いということで親近感でも覚えたのだろうか。さっきの笑みがよほど印象に残っていたのだろうか。それとも、夢で見た彼女に似ていたからか――。
気が付けば俺の視線は勝手に彼女を探していた。
――居た。
床にへたり込んで、彼女は無表情のまま揺れが収まるのを待っているようだ。
見つけたことで安堵するのも束の間、彼女の頭上にある照明がグラグラと揺れ、今にも落ちてきそうだったのだ。
「危ない! 今すぐそこから離れるんだ!」
俺が叫ぶも虚しく、他の患者の叫び声やらでまったく聞こえている様子はない。照明はまさに落ちる5秒前といったところで、このままでは彼女に直撃してしまう。
「くそ、こうなったら……」
足場が安定しない中、必死で彼女のもとに近づき、自分が盾になるべく彼女に飛びかかった。何故だか知らないけど時間の流れがスローに感じる。
空中で、突然覆いかぶさってきた俺に驚く彼女の顔を見たあと、
「ぐわっ!!」
背中に激しい衝撃を受けて、俺の意識は途絶えたのだった。
「……はじまったね」
そんな彼女の声とともに。
読んでいただきありがとうございます
ブクマ、評価をして頂けるとモチベが上がります