9話 任務達成、お祝いのケーキ
巨大なスライムの核の欠片(スライムを倒したあとに手に入るものは、便宜上どのような大きさでも『欠片』と呼称される)はまとまったお金になった。
「路銀もできたし、目標のものも、手に入ったな」
冒険者ギルドの食堂では、彼女たちにとっては豪勢な宴がもよおされている。
アナとハヅキは一本足の丸いテーブルを挟んで、あいだに置かれた料理に見入っていた。
そこには肉と酒はなかったけれど、生のフルーツをふんだんに使った柔らかいケーキが置かれていた。
冒険者ギルドの食堂で取り扱っているものではなく、高級住宅街の店から取り寄せたものだ。
できれば、静かな場所で優雅に楽しみたいケーキだったが……
互いに自室には食卓もない安宿暮らしなものだから、二人そろってテーブルを囲める場所がギルドの食堂ぐらいしか思いつかなかったのだ。
一等区画のお店は客層が高級すぎて居心地が悪いし。
アナはフォークを片手に、まだカットされていないホールのケーキをじっと見ている。
視線を外さないまま、問いかける。
「……本当にいいんですか? 半分ももらっちゃって……」
「ケーキの話か? 報酬の話か?」
「両方です! だってわたし、途中で気を失っちゃって……わたしを助けて、スライムを倒してくれたの、ハヅキさんなんですよね?」
「うー……あー……」
ハヅキは口ごもった。
――私のことは娘には内緒だよ。
あの絶対存在から、そのように依頼されているのだ。
それは命令のようには響かなかったけれど、それだけに断りにくい。
「……まあ、そうだな。だけれど、アナが私を助けてくれなかったら、あそこで二人とも史上まれに見るまぬけな死に方をしていたかもしれない。君の功績は、半分以上はある。絶対にだ。というかむしろ全部……」
ハヅキはチラリと横目で仔竜のエルマーを見た。
エルマーはテーブルに立てかけられたアナの杖の先端にとまり、翼腕をたたんでそっぽを向いている。
ハヅキはため息をつき、
「とにかく、我らの初めての仕事が大成功したお祝いだ。二人で分かち合おう」
「はい!」
二人はホールのままのケーキにフォークを突き立てた。
「えっ、野蛮」「切り分けるとかなさらない?」「棒倒しかな?」などの意見が周囲の『粗野にして乱暴』で知られる冒険者たちから発せられる。
『生フルーツのケーキ』なんていうものを食べる『スライムスレイヤー』と『パーティークラッシャー』の二人組は、それとなく注目されていたのだった。
ハヅキはマスクを下げてケーキを食べ、あまりのおいしさに『バンバンバン!』とテーブルを叩いてから――
キリッとした顔で、言う。
「私は、故郷に帰る条件がそろってしまった」
「……あ」
フルーツの甘酸っぱさと生クリームの濃厚な甘みでほころんでいたアナの顔が、沈む。
「……そう、ですよね。ハヅキさんは、『スライムの角』を手に入れて、故郷に凱旋するのが目的だった……ん、ですよね」
「うむ」
「『万病に効く』っていうスライムの角を求めていたぐらいですから、誰か、お知り合いが重い病気なんでしょう? ……帰らなきゃいけない、ですよね」
「それなのだが……大事な話をしなければならない」
「は、はい。なんでしょう?」
「私が『スライムの角』を求めた経緯なのだが……これがちょっと複雑でな」
「……」
「『ハヅキ、お前ももう一人前のニンジャだ。主家のオヤカタサマにごあいさつなさい』『はい、父上』『お前がハヅキか! ちこう寄れ! うん、いいのう! 儂のめかけにしてやろう!』」
「……」
「そんな会話のあと、恐ろしいことが起きた……」
「まさか……」
「うん、そのオヤカタサマがこう、あまりに生理的に無理なおじいさんだったので……股間を蹴り上げてしまったんだ……」
「…………はえ?」
「イヤな感触だった」
ハヅキは苦々しい顔をして視線を落とす。
どうやらボールをキックしたのは左足らしいと、視線の向きでわかった。
「『主家への無礼』が理由で私は追放され、戻るにはそれなりの功績を立てねばならなくなった。その『功績』としてふさわしいものこそ、主の股間の痛みに効くはずの、『スライムの角』だった……」
「………………」
「主はまあ生理的に無理だが、故郷には帰りたい。友達もあっちならいるし……だから私は来る日も来る日もスライム狩りをして、気付けばスライムスレイヤーなどと呼ばれるようになっていた」
「……………………」
「しかし、こちらでも、友達ができた」
「……はう」
「だから、半年に一回ぐらい、『スライムの角はまだか』という確認のニンジャが来るのだが、見つからなかったことにして、しばらく君と一緒にいたいと思う」
「……え、あ、う……い、いいんですか?」
「うん。故郷のご飯はちょっと恋しいが、こちらのケーキは、とてもいい。この柔らかい高級ケーキも、硬いドライフルーツのケーキも、好きだ」
そう言って、ハヅキはケーキをパクつく。
ほっぺたにクリームをつけた顔で、
「だからアナ……よければ、末永い付き合いをお願いしたいんだ。……いいかな?」
美しい、黒い瞳がアナをまっすぐに見つめる。
アナは緊張のあまりケーキをのどにつかえさせながら、セキをして、水を飲んで、間違ってもう一回ケーキを食べて、咀嚼して飲み込んで、
「……わ、わたしでよければ、喜んで!」
二人は固い握手を交わす。
そこに結ばれたものは、単なる『パーティーの仲間』以上のものだった。
握手しながらケーキを食べるのをやめない二人の頭上では――
彼女たちのあいだに結ばれた尊いものを祝福するかのように、仔竜が「きゅいきゅい」と嬉しげに鳴き、舞っていた。