6話 逆襲! スナック感覚で狩られ続けたスライムの底力!
スライムを狩る。
「私の生活を支えているのは、スライムの核の欠片なんだ。『水を蓄える』性質はスライムが死んでも残るから、王都でも主に貯水目的で使われているし、家々のちょっとしたところでもスライムの核の加工品を見ると思う。すでに多く確保されていて、そのぶん買い取り価格が安いけれど、日に二、三百匹も狩ればそこそこ暮らしていけるお金になるんだ」
『スライムの洞穴』奥には拓けた空間があった。
そこには油が撒かれて火が放たれ、炎の壁が円形にできあがっている。
炎の壁は、空間の中央あたりにある水たまりを囲むように張り巡らされている。
水たまりからわいたスライムは、出たとたんに熱にまかれて核を吐き出していく。
ハヅキは、前腕程度の長さの刀身を持つ片刃の直刀――『ニンジャソード』で、スライムの核を次々と斬っていく。
倒したスライムの核の欠片は、先ほどまで油がおさまっていたバックパックをそばに置き、そこに放り込んでいた。
よどみのない手つきだ。
ハヅキが熟練したスライムスレイヤーであることがわかってしまう。
いったい幾千、幾万の時間を費やせば、あそこまで見事な手際にいたれるのだろう?
想像すると悲しくなってしまう。
アナはヒマなので、火にまかれないように気を付けながら、ハヅキの作業を見ていた。
アナの肩では仔竜のエルマーが「なんだろうこの状況」みたいな顔をしてハヅキを見ていた。
ハヅキは穏やかな笑みを浮かべながら、次々スライムを殺していく。
「私の狩ったスライムが、王国の生活の支えになっているんだ。……そう考えると、この無限に続くかと思えるスライム狩り時間も、誰かのためになってるんだなって……誇り、っていうのかな? そんなものを、抱けるよ」
ちなみに。
生活に必需とされる数々の落とし物は、国が専用のダンジョンで大規模な採掘をおこなっている。
重要なインフラを冒険者などという日雇い労働者に一任するわけにはいかないからだ。
それでも『スライムの核』という王国の水事情において重要な役割を持つもの――当然、国が大量かつ効率的に確保し続けているもの――を冒険者ギルドで買い取ってもらえるのは、国による支援政策の一環であり、ようするに冒険者に対する温情であった。
冒険者ならぬ市民のあいだでは『税金の無駄遣い』とたたかれている。
だが、そんな事実は関係ない。
ハヅキにとっては『自分の行為には意味がある』と思いこむことが重要なのであり、実際に意味があるかはどうでもいいのだ。
「そうだ、アナ、ここで獲得したスライムの核の分け前は、半々でいいかな?」
「ええええ!? 半々!? そんなにもらえないですよ!?」
だって、なにもしてないもの。
けっきょく、火もハヅキが持っていた火打ち石で点けたのだから、アナは本当に『そこにいるだけ』だ。
仕事に使えるはずの時間を費やしてここにいるので、まったく分け前がないのは困るが……
半分はさすがに、もらいすぎだ。
しかしハヅキは穏やかに首を振る(このあいだもスライムを狩る、獲得した核の欠片をバックパックに放り込む、という作業はよどみなく続いている)。
「いや、いいんだ。……というのもな、私は、この街に来てだいぶ長い。おそらく、冒険者としては君より経験が上だろう」
「そうなんですか?」
「うむ。スライム狩りで得た偽りの経験だが……まあ、なんていうのかな。スライム狩りをし続け、パーティーを組んだ相手を付き合わせ、そうして嫌がった相手に追放され続けた結果、『要注意人物』? になっているらしく、最近は誰もパーティーを組んでくれなくて……」
「……」
アナはドキリとした。
自分もそれなりの数のパーティーから追放されていて、このままでは『要注意人物』まっしぐらなのだ。
ハヅキの今の姿は、未来の自分の姿かもしれない――
そう思うと、他人事には感じられなかった。
「それに、このあたりでスライム狩りを日常的におこなっていることも知れ渡っていて……見てくれ、これだけ派手にやっているのに、冒険者が誰も近寄ってこない」
「……ほんとだ!」
「みんな『心が死ぬまでスライム狩りに付き合わされる』と、恐れているのだ……」
冒険者ギルド食堂で、やけに視線を感じたのは、そういう理由もあったのかもしれない。
ハヅキの見た目の美しさ、体の『ものすごさ』が理由かと思ったが……
あれは『スライム狩りの女だ! かかわるな!』という視線だったのだ。
「だから、一緒にいてくれるだけで、お金を払いたいぐらいの気持ちなのだ……アナは、私のことを知らなかったようだな。すでにみんな知っているものかと思い、大した説明もなく連れて来てしまって申し訳ない……」
「いえ! その、わたしは……自分がパーティーに入れてもらうために一生懸命で、あんまりまわりのこと見えてなかったっていうか……でも、ハヅキのことを知ってても、わたしは、ハヅキとパーティーを組みましたよ」
「ほんとにぃ?」
「本当に! だって、一人ぼっちの寂しさは、よくわかってるつもりですから」
エルマーはいる。
故郷からついてきてくれた大事なお友達だ。
けれど――
言葉をしゃべるタイプの仲間が、ほしかった。
「きゅい」以外の発言をする仲間が――ほしかったんだ。
「ハヅキがわたしを必要としてくれたように、わたしにも、ハヅキが必要だったんです」
「……アナ、そういうのはやめてくれ」
「えっ? ……あ、同情して、無理に合わせてると思ってます? そんなことは……」
「違うんだ。あんまり優しくされると……惚れる」
「……」
「優しさに慣れていないから、すぐに好きになってしまう」
「……」
アナは泣きそうになった。
背が高くて、スタイルがよくて、綺麗で、ニンジャなハヅキが、なぜだか幼い子供のように見えた。
抱きしめたい衝動にかられる。
アナはスライムを狩り続けるハヅキに後ろから近付いた。
刃物を持っている人に背後から接近してはいけません――そんな意味がこもってそうな「きゅいきゅい」という鳴き声をエルマーがあげるが、気にしない。
そうして、スライム狩りのためにしゃがみこんでいるハヅキを、後ろから抱きしめる。
「あ、アナか? 急にどうした?」
「わかりません。でも、なんだか、こうしてあげたいなって」
「……そうか。ありがとう……」
ざしゅっ、ひょい。ざしゅっ、ひょい。ざしゅっ、ひょい。
スライムが殺され、その核の欠片がバックパックに放り込まれる音が、静かになった洞穴内に響く。
ただ、手つきには多少の動揺が見られた。
「なあ、アナ……もしも私が君のこと、友――」
ざしゅっ、ひょい。ざしゅっ、ひょい。
ハヅキがなにか、大事なことを言いたそうに口ごもった――その瞬間だった。
もっ……
名状しがたいそんな音が耳にとどく。
発生源は二人の横にあるバックパックからだった。
「……なんだ?」
ハヅキが注視する先で――
バックパックが、うごめいた。
大量の『スライムの核の欠片』を宿したバックパックは、うねうねとうごめき、そして――
バックパックを突き破って、なにかが出てくる。
それは大量の『核の欠片』を取り込んだ、『大きな核』だ。
二人がおどろき、見ている先で、大きな核はあたり一帯から水分を集め始める。
そばにあった水たまりはあっというまに干上がり、洞穴中から水分が、地面を伝って核へと流れ込み始める。
なにが起こっているのかわからず呆然とする二人の目の前で――
ついに、スライムが『完成』した。
「……大きいな」
ハヅキの声はどこかぼんやりしていた。
感情が状況においついていないのだ。
見上げるほど巨大なスライムが、半透明の全身をウネウネさせながら、球体になる。
「……なるほど、殺しそこねた『核』があったのか。それにしても合体するとは、スライムスレイヤーと呼ばれたこの私さえ知らなかった」
巨大スライムは、グネグネとうごめき――体の正面を、ハヅキたちに向けた。
まだ事態をのみこめずぼんやりしている二人に対し、巨大になったスライムが鳴く。
「MOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!」
「スライムって鳴くの!?」
「なんてかわいくない鳴き声だ……!」
口々におどろきを述べる二人に対し、巨大スライムがとびかかる。
事態についていけていない二人は気付かないが――
きゅいきゅいと鳴くエルマーは、気付いていた。
合体し、見上げるほどの巨体になったスライム。
その頭頂にあたる場所には――
王冠のような、三本の角があったのだ。