4話 ニンジャのハヅキはレアドロップがほしい
「私が挑戦したいのは『スライムの洞穴』だ」
ギルド内には食堂があった。
冒険者として登録を済ませていれば誰でも利用できるこの場所は、安く大盛りの料理が出てくることもあり、いつも多くの冒険者でにぎわっている。
容姿的に妙に目立つアナスタシアとハヅキは、なるべく人目につかない端っこの丸いテーブルを挟んで向かい合っていた。
椅子はないので、背の低いアナスタシアは、ハヅキを見上げるかたちになる。
「アナスタシアさんもご存じかと思うが、スライムというのはとにかく物理攻撃が効きにくい。そこで、魔導士の協力がほしいところだったのだ」
口調からきまじめさが伝わってくる。
自然、話を聞いているアナスタシアの表情も、いつものフワフワしたものではなく、緊張したおももちになった。
「わ、わたし、スライム退治なら多少経験があります! 故郷でもよく出たので!」
「そうか。心強いよ。私の故郷にはいなかったからな……」
「ハヅキさんの故郷って?」
「……まあ、東の方だ。海を渡らないといけないせいか、こことはかなり文化が違うな。出てくる魔物の種類もだいぶ違っている」
「そうなんですか……」
東。
アナスタシアは想像する。
『東の国』については物語でいくらか聞いたことがあった。
四方を海に囲まれた国があり、そこでは黄金がとってもとっても尽きぬほど産出されているのだとか。
黄金というのは魔力の伝導率が高いので、高位の魔導士などはよく装飾品に黄金を用いている。
宮廷魔導士の隊列を見たことがあるのだが、きらびやかな金色で着飾った彼らの出陣式は、陽光を受けてもうなんかほんとにキラッキラで、アナスタシアは『はえーキラキラだあ……』とキラキラした感想を抱いたものだった。
その感動をうまくまとめるには語彙が足りない。
――いけない。
アナスタシアはハッとする。
アナスタシアにはいくつかの『悪い癖』があって、そのうち一つが、『会話中に妄想の世界に旅立つことがある』というものだった。
いかにもきまじめそうなハヅキの目の前で、こんなにフワフワしていたら怒られるかもしれない……
アナスタシアは表情をせいいっぱいキリリとさせた。
「ハヅキさん……わたし、がんばりますよ」
せっかくパーティーに誘ってくれた、格好いい『ニンジャ』の彼女の期待に応えたい。
あと――
パーティーメンバー探しは羊皮紙を書くたびすさまじく緊張するので、できたら当分やりたくないから、ハヅキに捨てられたくない。
「う、うむ、そうか。心強いよ。……ところでアナスタしゅ……アナスタ、シ、アさん、そちらには行きたい仕事などはないのかな? 私の目的にばかり付き合わせるのも申し訳ない……」
「ふぇ? いえ、そんな、わたしは、この子と二人、暮らしていけるだけの稼ぎがあるなら、別にどこでも……ね、エルマー」
アナスタシアはテーブルに立てかけた杖を見る。
大きな真っ白い球体のはまった杖の先端には、真っ白いウロコを持つ、リスほどの大きさの翼竜……エルマーがいた。
エルマーは「きゅいー」とどことなくテキトーな返事をしながら、見定めるようにハヅキの方を見ている。
「もう、エルマーったら、そんなにジロジロ見たら失礼でしょう? いくらハヅキさんが『ものすごい』からって……そんな、胸ばっかり見たら……」
「きゅいっ!?」
エルマーは「違う違うそうじゃない」と言いたそうに翼腕をバタバタさせる。
ハヅキはコホンと咳払いをして、
「えーっと、アナスタシアしゃん」
「……」
「……あなしゅたし……」
「……」
「アナスタシア、さん」
「あの、言いにくいようでしたら『アナ』でいいですよ?」
「む、むう……すまない。どうにも故郷と名前の感じが違ってな……まあ、クエスト中にかんでも困るし、厚意に甘えさせてもらおう。それで、アナしゃん……」
「呼び捨てでも……ハヅキさんの方が大人みたいですし……」
「……私のことも呼び捨てでいい。それでアナは、特に希望する仕事はないということでいいのかな? であれば、早速『スライムの洞穴』に向かいたい」
「仕事の種類はなんですか?」
ダンジョンへ出向く冒険者は、主に三つのことをする。
採集。
討伐。
宝探し。
採集とは、ダンジョン内、あるいは人の踏み入るには環境の厳しい自然の中で、目的のものを集める仕事を指す。
なので、装備は可能な限り軽く、そして積載量が多い方がいい。
動きも『モンスターを見つけたら避ける』ようなものになる。
熟練した採集専門冒険者などは、草刈りに使えそうなマチェット一本程度しか武器を持たない者も多い。
討伐は、人里に現れた、あるいは現れることの危惧されるモンスターを狩る、もしくはモンスターの落とし物を狙う仕事だ。
戦いの邪魔になるような大きいバッグなどは避け、可能な限り邪魔にならない低容量のポーチなどを用意していくことが推奨されている。
討伐専門冒険者の名を冠する歴戦の猛者たちは、メイン装備とサブ装備、そしてある程度の修理キット程度で、他には治療薬さえ持たないことさえある。
モンスターが落とすものはパーティーを組んだ荷物持ちに拾わせ、あとで分配する形式をとることが多いようだ。
宝探しの舞台は、主に未開のダンジョンとなる。
ダンジョンには『古代人の遺物』が落ちていることがあり、それらを拾うことを専門とするトレジャーハンターと呼ばれる者たちもいる。
リターンは大きい。が、リスクも相応に大きく、『冒険者は一発当てるか死ぬか』という言葉は、トレジャーハンターをイメージして語られるものだと言われている。
『スライムの洞穴』は、日常的に人が出入りする、難易度もそう高くないダンジョンだ。
だから宝探しはなかろうが、採集か討伐かでアナスタシアの装備も変わる。
採集の場合、先日買ったばかりのオシャレなバックパックの出番なのだけれど……
「私がほしいのは『希少な落とし物』なのだ」
バックパックの出番はないらしい。
レアドロップ収集は、どちらかといえば『討伐』寄りの仕事だ。
そう大量に荷物は増えないが、すごく大量にモンスターを狩る羽目になる。
だが――
「スライムの、レアドロップですか? ……あったかな……?」
「ある、らしい。ある、らしいのだが……これまで組んだ相手も、みな、『聞いたことがない』と言っていた。……『聞いたことがない』ものを求める私に付き合いきれなかった人たちから、追放もされている」
「そうなんですか……」
追放されているというだけで、アナスタシアには変な仲間意識が芽生えた。
あんまり『追放』までされた人はいないのだ――『一回限りで』という条件をあらかじめ明記しているならともかく、『長いお付き合いを』と希望しているのに追放されるのは、よっぽどのことである。
不運か、性格に問題があるか、能力が前評判と悪い方向に大きく違うか……
あるいはパーティー内での痴情のもつれなんかが原因の場合もあるらしい。
「……アナ、君もまあ、付き合いきれないと思ったら、遠慮なく追放してくれ。私はどうしても求めなければならないものがあって、本来なら独力でやるべきなのだが、未熟ゆえに他者の力を借りるしかないのだ」
「いえ、そんな! 私でよければお付き合いしますよ! 同じ『追放仲間』として!」
「そ、そうか……妙なパーティー名をつけられているのはちょっともの申したいが……うん、気が変わったら遠慮せずに言ってくれ」
「それで、ハヅキさんの求めているレアドロップっていうのは?」
「うーん、これがな、なんとも表現に困る品物で、具体的な説明ができないのだが……」
ハヅキは困ったようにマスクで覆われた顎を掻いて、
「『スライムの角』がほしいのだ」
「……スライムの、角?」
「うむ。スライムの角と呼ばれる、万病に効く薬の原料となるものを、どうしても手に入れなければいけない」